張りぼての白馬の王子様

田鶴

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19.母の悔恨

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 アントンは、母アウグスタが拘束される日、職場の王宮から騎士達に同行してマンダーシャイド伯爵家のタウンハウスに戻った。アントンが騎士達と共にアウグスタの前に現れても、アウグスタは動揺もせずに静かに自室のソファに座っていた。彼女は夫パトリックよりも肝が据わっていてもう覚悟していたようだった。

「アウグスタ・フォン・マンダーシャイド。貴女の夫パトリック・フォン・マンダーシャイドは元宰相ベネディクト・フォン・ツェーリンゲンの腐敗政治に加担した。連座で妻の貴女も捕らえられる」
「そう、分かったわ。でもアントン、貴方はどうなるの?」
「私的な質問は許されていない」

 アントンは母親に事務的に警告しただけだったが、宰相派貴族の捕縛を任されている第1騎士団長が口を挟んだ。

「私達は少しの間、席を外しましょう」
「団長、何を言っているのですか?!」
「貴方が必要もないのにわざわざ夫人の連行に同行したのは、心残りがあるからでしょう? 私達が席を外してもレディが貴方に危害を与えられるはずもありません」
「心残りなどありません」
「10分経ったら、戻ります」

 団長は、アントンの答えを聞きもせずに部下達を促して退室した。一気に静かになった部屋の中で母子はしばらく口を開かなかった。

「……アントン、時間がないから手短に話すわよ」
「私には話す事などありません」
「でも私にはあるのよ。私達が結婚した頃、あの人はまだ優しくて子供が中々できないってお義父様、お義母様に責められる私を庇ってくれたわ。もちろん今みたいに他の女を抱いたりしてなかった」
「あの父が?!」

 「結局結婚2年経っても子供ができなかったから、お義父様は私達を白い結婚に偽装して離婚させようとしたの。私は悲しかったけど、マンダーシャイド伯爵家の事を考えたら文句は言えないって思った。でもあの人はお義父様に大反発したわ」

「そんな事を今更話して何になるって言うんだ!」
「いいから続きを聞いて」
「だったら、子供ができないのを責められて俺達がどんな気持ちになるか分かってたはずだろう?! なのにどうして子供を早く作れって責めたんだ?!」

「それは私が伯爵夫人という枠に雁字搦めになってたから……リーゼロッテには悪い事をしたって思うわ。でも貴方には悪いと思わない。侍女や部下、未亡人、娼婦……貴方が関係を持った女は数えきれないわね。トラウザーズの前をちゃんと閉じる暇がない程、爛れた肉体関係を持って妻を抱かないなら、妻に子供ができないのは当然でしょう?」

 アントンは、まさか母親に白い結婚がばれているとは思っていなくて絶句してしまい、何も言えなくなってしまった。

「あの人は、お義父様を強制的に引退させる力をつけようとして宰相に近づいた。結果、お義父様を引退させるのには成功したけど、あの人は権力に魅入られてどんどん歪んでいった。その結果が今よ」
「私は権力欲にまみれた者達を排除する側にあって、権力の魔力に負ける者ではない。そんな役にも立たない昔話をするだけなら、団長を呼び戻してさっさと貴女を連行する」

「最後までちゃんと聞いて。彼がどんどん道を外していくのを側で見ていながら、私はすまし顔した伯爵夫人のままだった。彼が他の女を抱いて香水の匂いをプンプンさせて朝帰りしても、嫉妬を見せるのは醜い、誇り高き伯爵夫人のする事じゃないって知らない振りをした。彼が宰相の元で後ろ暗い事をしているらしいのにも何となく気付いてはいたけど、妻が夫の仕事に口を挟むものじゃないって思って何も言わなかった。もっとちゃんと向き合えばよかったと後悔してる……」

 アウグスタは普段、表情を全く顔に出さないのに、この時ばかりは目に涙が浮かび、涙声になった。アントンは、そんな母親の顔を初めて見て内心驚いた。

 「貴方は殿下の側近のままでいられるの?」
「そんな事は貴女に関係ありません。それより、貴女の繰り言に付き合っている暇はないんですよ。もういいですね」

 アントンは扉の方へ歩みだしたが、アウグスタはソファから素早く立ち上がって彼の手首を掴んで引き留めた。

「な、何ですか!?」
「貴方はもうマンダーシャイド伯爵にはなれないわよね。いくら殿下の側近でクーデターの立役者でも罪人の息子という事実は変えられないから、これから大変だと思うわ。でも伯爵なんて変なプライドも持つ必要がなくなる。しないでリーゼロッテとちゃんとで向き合うのよ」
「私は彼女と離縁します」
「1度手を離したら、もう2度と戻って来ないわよ。後悔先に立たずなんですからね」
「彼女は元宰相一派の家出身です」
「貴方は殿下の側近なんですから、そんなのどうにでもなるでしょう? そういう時にコネを使わなくてどうするの?」
「そういう汚い事はしません。もういいですね? 団長を呼び戻します」

 扉に向かう息子をアウグスタは最早止めなかったが、最後にどうしても聞きたい事があって彼の背中に呼びかけた。

「ねえ、あの人はどうなるの? 最後にもう1度だけ会わせて……」
「無理です。死刑囚は面会禁止です」
「もうそこまで決まってるの……」

 アウグスタは力なく床の上に崩れ落ちたが、アントンは振り向かずに扉を開け、騎士団長と騎士達を呼び戻してアウグスタを捕縛させた。

 この時、実際にはまだ元宰相派の処遇は最終決定されていなかったが、宰相断罪から3ヶ月後、王太子レオポルトの実母で前王妃マレーネ、前王弟ヨアヒム、元宰相とその一門の処分が正式に決まった。

 ベネディクトと元宰相派の当主達は処刑された。その中にはアントンの父パトリックとリーゼロッテの父エーリヒもいた。

 ヨアヒムを含むその他の男性は、余程の高齢でなければ、去勢された後にどこかの教会か修道院で神職に就かされた。

 女性は女子修道院で修道女になるか、そうでなければ出産可能な期間、長期摂取すると不妊になる避妊薬を飲まされ続け、監視付きで孤児院で働く。マレーネも修道院に送られ、生涯幽閉となった。
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