始まりは偽装デキ婚から【R18】

田鶴

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1.婚約者

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ロプコヴィッツ侯爵令嬢ゾフィーは父マティアスの執務室に婚約者のコーブルク公爵令息ルドルフのことで呼び出されていた。

「ルドルフとの仲はどうなっているんだ?また結婚式延期要請がきたぞ」

「仕方ありません。領地の土砂崩れの復旧でお忙しいんですから」

「前回は領地の小麦不作だったな。前々回の延期の理由は・・・」

「もうやめてください!」

「黙れ、私の言うことを遮るのではない!」

ゾフィーの婚約者ルドルフは、婚約者がいるにもかかわらず自らの家の侍女アンネと恋仲だった。彼の父コーブルク公爵アルベルトはアンネなど即刻解雇したかったが、そんなことをすればアンネと駆け落ちするとルドルフが脅すので、仕方なく雇い続けていた。彼女は平民だからルドルフが結婚すると貴賤結婚となる。それだとシュタインベルク王国の法律では原則としてルドルフも平民となり、爵位継承ができなくなってしまう。シュタインベルク王国の爵位継承は男子のみで血縁関係が重要視されるから、赤の他人を養子にして爵位継承は難しい。ただ、爵位を買う裕福な商人が増えた昨今では結婚前に別の貴族家の養子になるという抜け道も認められるようになったのだが、ルドルフの両親はそれを許すつもりはなかった。コーブルク公爵家の反対意向に背いてまで誰もあの侍女を養女にしようという家門が現れるわけがない。

しかもルドルフはコーブルク公爵家の一人息子できょうだいがいない。公爵の妹がノスティツ家に嫁いで息子を2人もうけているが、妹夫婦は怠惰と放蕩でノスティツ家を没落させて今はニートの長男も含めて皆、王宮の下級官吏をしている次男におんぶにだっこ。息子がいる遠縁の分家ラムベルク男爵家も一家そろって妹夫婦のようなダメ人間で、他の分家は途絶えて久しい。だからルドルフとゾフィー双方の両親がアンネを結婚後に愛人にすればよいと説得してもルドルフは頑として首を縦に振らなかった。

本来はゾフィーが18歳になったら結婚と決まっていたのに、今までなんだかんだともっともらしい理由をつけてルドルフは結婚を延期し続けており、ゾフィーは行き遅れと言われる20歳になってしまった。今、婚約解消したら親より年上の貴族か金満商人の後妻ぐらいしか縁談は来ないだろう。ルドルフに至っては男性でも婚期を逃したと言われる27歳になっていた。婚期を逃している上にこんな醜聞が流れていては、いくら公爵家嫡男と言っても、ゾフィーと婚約解消すれば次の婚約者など望みようもなかった。それに色々な政治情勢も相まって、双方の両親にとっては今更婚約解消はありえなかった。

「お前はルドルフを慕っているのか?」

ゾフィーは核心をついた質問に恥ずかしくて答えられず、赤くなってうつむいた。

「いいのか、あんな平民の侍女風情に想い人をとられて?」

「そ、そうは言っても妻になるのは私なんですから・・・」

「このままだとあの男の心は永遠にあの女のものだな。それどころか、あいつが駆け落ちしたら結婚すらなくなるぞ。それか向こうの有責で婚約解消するか?多分ルドルフはそれを狙って何度も結婚式を延長してるんだろう」

マティアスは婚約解消の選択肢は最早ないことを承知でゾフィーにそう迫った。ゾフィーだってこの婚約が破綻していることはわかっていたが、なるべくそのことを考えたくなくて、ルドルフの度重なる結婚延期要請に何も有効な対策をとれず本来の結婚予定から2年もずるずると経ってしまった。

「もしルドルフと結婚したいのなら、既成事実を作りなさい。ルドルフは律儀な奴だから、今はまだお前と婚約解消していない以上あの女とまだ寝ていないはずだ。お前が初めての女になって子供もできれば絆されるだろう」
「そ、そんなことできません!」

「何もそんなに大それたことじゃない。結婚よりちょっと早く子供を作るだけだ。どうせ結婚するんだから問題はない。それにお前がぐずぐずしていると、ルドルフは我慢できなくなっていずれあの女とヤるだろうから、あの女の身体におぼれてますますお前のことなんか見なくなるぞ」

子供の頃から婚約者を愛しているゾフィーにとって、彼が他の女と抱き合うのを考えるだけで絶望と嫉妬で目の前が真っ暗になり、父親の下卑た言い方に抗議もできなかった。愛人のところに入り浸りでほとんど帰ってこない父とそんな父に絶望してゾフィーを異常に束縛する母の元で彼女は育ったから、自分を妹のようにかわいがってくれたルドルフと3歳年上の母方の従兄のハインリヒを慕っていた。だがゾフィーを束縛したがる母と伯母の姉妹とハインリヒはセットだったから、ゾフィーは次第にルドルフに傾倒していった。律儀なルドルフは恋人がいる今も失礼がないように婚約者としてやさしくゾフィーを扱ってくれている。でもゾフィーは、子供の頃と違い、侍女と恋仲になってからのルドルフとは距離を感じるようになっていた。それに2人は7歳も年が離れているため、ルドルフにとってゾフィーは成人後も妹のようにしか思えないようだった。

「今度の公爵家での夜会でルドルフはお前をエスコートする。彼が休憩室に行ったら、お前も行け。その前にこれを飲むんだぞ」

マティアスはそう言って媚薬らしき液体が入った小瓶をゾフィーに見せた。彼は詳しくは語らなかったが、ルドルフにも媚薬を盛るのだろう。

「こ、公爵はこんな計画、ご承知なんですか?」

「当たり前だろう。アルベルトも息子のわがままにほとほと疲れているんだ」

ゾフィーが黙って小瓶を受け取ったことをマティアスは了承と受け止めた。

「ああ、そうだ。ビアンカやハインリヒがルドルフのことで何か言ってくるかもしれないが、無視するように」

ゾフィーの母ビアンカは不誠実なルドルフとの婚約を破棄してハインリヒと婚約しろとかねてから主張してマティアスと対立していた。もっともビアンカがハインリヒを推すのは純粋にゾフィーのためというわけでなく、ハインリヒをゾフィーと結婚させて養子に入ってもらい、ビアンカが憎む妾腹のゾフィーの弟ルーカスに侯爵家を継がせないためだった。だが、マティアスは先の王位継承闘争で負けた派閥に与した侯爵家が負った打撃を回復させるためにゾフィーとルドルフの結婚による公爵家との繋がりは欠かせないと考えていた。当主が是とするなら、本来なら夫人の反対なんて振り切れるものなのだが、ルドルフと侍女の禁断愛と度重なる結婚式延期により、事態が混迷していた。
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