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22.スキャンダル
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亜美が週刊奥様直撃の三浦記者に突撃取材された翌日、俊介は編集部に電話したが、記者は不在だった。だがその数時間後、その日のうちに三浦記者から折り返し電話があった。
「今日、妻に突撃取材したそうですね。関係者に迷惑をかけるのはやめて下さい」
『そうは言われましてもね。こちらも商売ですので』
「この件を記事にするのですか?」
『はて、この件とは?』
元から一筋縄ではいかないと俊介は思っていたが、予想通り、暖簾に腕押しのような問答から始まってため息をつきたくなった。
「とぼけないで下さい。私の義父、久保浩のことです」
『ああ、そのことですか』
「記事にするのをやめていただけませんか?」
『それはお約束しかねます。私達は、雑誌が売れると思えば記事にします』
「そうですか。では法的手段をとらせていただきます」
『いいですよ。こちらにも顧問弁護士はいます。それに私が今日したことと言えば、路上で奥様に話しかけただけです』
「とにかく迷惑ですので、話しかけるのもやめて下さい」
『それもお約束できませんね。それよりお伺いしたいことがあるんです。社長と家政婦は、いつから肉体関係にあるのかご存知ですか?』
「そんなわけないでしょう!」
『おかしいですね。色々な方々から証言が出ているんですが』
「一体誰がそんな根も葉もない噂を貴方の耳に入れたのですか?」
『情報源は明かせませんよ』
いくら抗議してもらちがあかず、俊介は電話を切り、スマホに向かって『クソッ』と怒鳴って八つ当たりした。浩がスキャンダルにまみれて社長退任を余儀なくされても俊介には痛くも痒くもない。むしろ望んでいた。だが、そのスキャンダルが亜美の古傷を抉るなら別だ。
でも俊介の懸念は現実となってしまった。数日後に発売された週刊奥様直撃の最新号に『久保コーポレーション世襲社長、妻の生前から家政婦と不倫三昧!』と銘打つ記事が大々的に掲載された。表紙の1番大きな見出しが浩のスキャンダルで、電車の中吊り広告にもデカデカと載った。
そうなると、久保家の面々を取材しようとするのは週刊奥様直撃だけでない。ワイドショーのレポーターやカメラマン、他の週刊誌やスポーツ新聞の記者も久保家の周りをウロウロしており、亜美は外出できなくなった。浩は帰宅せずにお気に入りの高級ホテルに滞在していたが、俊介は浩の運転手榎本の運転する車の中に隠れてなんとか帰宅した。
「亜美! 大丈夫だったか?」
「俊!」
亜美は俊介にいきなり抱き着いた。それまで取材攻勢の止まない自宅に1人でいて心細かったのだろう。俊介の顔を見た途端に彼女の涙腺は崩壊した。
「亜美、これからこのホテルに避難して。お義父さんも少なくとも今日まではここにいるはず」
「俊は?」
「後から行く」
「いや! 俊と一緒じゃなきゃ行かない! どうして今、行けないの?」
「どうしても仕事で抜けられない用事が今からあるんだ」
「俊、お願い……1人じゃ心細いの」
「ごめん……本当にごめん。今、亜美と一緒にホテルに行くと、約束の時間に遅れちゃうんだ。今日中に絶対に合流するから、今は運転手の榎本さんと一緒に行ってくれる?」
「……そう、分かった。でも絶対今日中に来てね。お願いよ」
亜美の落胆した様子を見て俊介は胸が痛んだ。だが、仕事なら仕方ないと思ったのだろう。彼女は予想よりもすんなりと引き下がった。
亜美は、榎本の運転する車の中に隠れて途中で頃合いを見てタクシーに乗り換え、避難先のホテルに向かうことになった。
亜美が出て行った後、すぐに俊介は2世帯住宅の自分達の住居部分を家探しし始めた。使っていない三穴コンセントがコンセントに刺さっているのが何か所かで見つかった。その他にも観葉植物の葉の間とぬいぐるみの中からカメラを見つけ、それら全部を破壊した。
ちょうどその時、家電話の内線が鳴った。内線は、2世帯住宅の親世帯と子世帯、それに今は家政婦の森川敦子の住む離れを結ぶものだが、敦子も既にどこかに避難しているはずだった。だが内線をかけてきたのは、敦子だった。
「森川さん、まだ離れにいるんですか?! ここにいたら、当分缶詰ですよ!」
『ええ、スマホを忘れて取りに来たら、もう出れなくなっちゃいました』
「義父は森川さんに避難先を手配したはずですけど」
『はい、でも手配いただいたホテルに着いてから、スマホを忘れたのに気付いたんです。それで戻って来たんですが、敷地から出れなくなってしまいました。でも若旦那様が戻っていらしたようだったので、一か八かで内線をかけてみました』
「私もこれから妻に合流するんです。森川さんのホテルを教えて下さい。一緒に出ましょう」
運転手の榎本が乗って行ったのとは別の車に俊介は森川敦子を乗せて後部座席と助手席の間に身を隠させ、車庫を出た。その途端にレポーターが車に肉薄し、車の窓を叩いてマイクを突きつけてきた。少しでもアクセルを踏み込んだら彼らを轢いてしまう。俊介はクラクションを鳴らしてソロソロと車を動かした。レポーター達が本能的に避けたその隙にスピードを上げて走り去った。
「若旦那様、ありがとうございます。このままだったら、飢え死にするところでした」
「まさか。僕か、榎本さんに連絡したら、すぐに助けに行きましたよ」
「ありがとうございます」
「もうすぐ着きますよ。このホテルが不便だったら僕に連絡下さい。別のホテルを手配します」
「何から何まですみません。それで……あの、旦那様はどちらのホテルにいらっしゃるんでしょう?」
さすがの浩も色ボケはしておらず、潜伏先のホテルは敦子に内緒にしているらしい。俊介は義父がまだ分別を持っていて安心した。
「義父は別のホテルにいますよ。ご心配なく」
「あの、いつものお気に入りの所ですか?」
お坊ちゃま育ちで単純な義父は、まさに敦子の予想した高級ホテルにいた。俊介は、亜美と合流したら、すぐにホテルを移ろうと決意した。
「森川さん……駄目ですよ。おふたりが一緒の所を撮られたら、格好のネタになってしまうんですからね」
「はい、存じています。ただ、心配で聞きたかっただけなんです」
「僕に任せておいて下さい。さあ、着きましたよ」
敦子は避難先のホテルに着くと、お礼を言って車を降りて行った。その後ろ姿を見て俊介はなぜか不安になった。
「今日、妻に突撃取材したそうですね。関係者に迷惑をかけるのはやめて下さい」
『そうは言われましてもね。こちらも商売ですので』
「この件を記事にするのですか?」
『はて、この件とは?』
元から一筋縄ではいかないと俊介は思っていたが、予想通り、暖簾に腕押しのような問答から始まってため息をつきたくなった。
「とぼけないで下さい。私の義父、久保浩のことです」
『ああ、そのことですか』
「記事にするのをやめていただけませんか?」
『それはお約束しかねます。私達は、雑誌が売れると思えば記事にします』
「そうですか。では法的手段をとらせていただきます」
『いいですよ。こちらにも顧問弁護士はいます。それに私が今日したことと言えば、路上で奥様に話しかけただけです』
「とにかく迷惑ですので、話しかけるのもやめて下さい」
『それもお約束できませんね。それよりお伺いしたいことがあるんです。社長と家政婦は、いつから肉体関係にあるのかご存知ですか?』
「そんなわけないでしょう!」
『おかしいですね。色々な方々から証言が出ているんですが』
「一体誰がそんな根も葉もない噂を貴方の耳に入れたのですか?」
『情報源は明かせませんよ』
いくら抗議してもらちがあかず、俊介は電話を切り、スマホに向かって『クソッ』と怒鳴って八つ当たりした。浩がスキャンダルにまみれて社長退任を余儀なくされても俊介には痛くも痒くもない。むしろ望んでいた。だが、そのスキャンダルが亜美の古傷を抉るなら別だ。
でも俊介の懸念は現実となってしまった。数日後に発売された週刊奥様直撃の最新号に『久保コーポレーション世襲社長、妻の生前から家政婦と不倫三昧!』と銘打つ記事が大々的に掲載された。表紙の1番大きな見出しが浩のスキャンダルで、電車の中吊り広告にもデカデカと載った。
そうなると、久保家の面々を取材しようとするのは週刊奥様直撃だけでない。ワイドショーのレポーターやカメラマン、他の週刊誌やスポーツ新聞の記者も久保家の周りをウロウロしており、亜美は外出できなくなった。浩は帰宅せずにお気に入りの高級ホテルに滞在していたが、俊介は浩の運転手榎本の運転する車の中に隠れてなんとか帰宅した。
「亜美! 大丈夫だったか?」
「俊!」
亜美は俊介にいきなり抱き着いた。それまで取材攻勢の止まない自宅に1人でいて心細かったのだろう。俊介の顔を見た途端に彼女の涙腺は崩壊した。
「亜美、これからこのホテルに避難して。お義父さんも少なくとも今日まではここにいるはず」
「俊は?」
「後から行く」
「いや! 俊と一緒じゃなきゃ行かない! どうして今、行けないの?」
「どうしても仕事で抜けられない用事が今からあるんだ」
「俊、お願い……1人じゃ心細いの」
「ごめん……本当にごめん。今、亜美と一緒にホテルに行くと、約束の時間に遅れちゃうんだ。今日中に絶対に合流するから、今は運転手の榎本さんと一緒に行ってくれる?」
「……そう、分かった。でも絶対今日中に来てね。お願いよ」
亜美の落胆した様子を見て俊介は胸が痛んだ。だが、仕事なら仕方ないと思ったのだろう。彼女は予想よりもすんなりと引き下がった。
亜美は、榎本の運転する車の中に隠れて途中で頃合いを見てタクシーに乗り換え、避難先のホテルに向かうことになった。
亜美が出て行った後、すぐに俊介は2世帯住宅の自分達の住居部分を家探しし始めた。使っていない三穴コンセントがコンセントに刺さっているのが何か所かで見つかった。その他にも観葉植物の葉の間とぬいぐるみの中からカメラを見つけ、それら全部を破壊した。
ちょうどその時、家電話の内線が鳴った。内線は、2世帯住宅の親世帯と子世帯、それに今は家政婦の森川敦子の住む離れを結ぶものだが、敦子も既にどこかに避難しているはずだった。だが内線をかけてきたのは、敦子だった。
「森川さん、まだ離れにいるんですか?! ここにいたら、当分缶詰ですよ!」
『ええ、スマホを忘れて取りに来たら、もう出れなくなっちゃいました』
「義父は森川さんに避難先を手配したはずですけど」
『はい、でも手配いただいたホテルに着いてから、スマホを忘れたのに気付いたんです。それで戻って来たんですが、敷地から出れなくなってしまいました。でも若旦那様が戻っていらしたようだったので、一か八かで内線をかけてみました』
「私もこれから妻に合流するんです。森川さんのホテルを教えて下さい。一緒に出ましょう」
運転手の榎本が乗って行ったのとは別の車に俊介は森川敦子を乗せて後部座席と助手席の間に身を隠させ、車庫を出た。その途端にレポーターが車に肉薄し、車の窓を叩いてマイクを突きつけてきた。少しでもアクセルを踏み込んだら彼らを轢いてしまう。俊介はクラクションを鳴らしてソロソロと車を動かした。レポーター達が本能的に避けたその隙にスピードを上げて走り去った。
「若旦那様、ありがとうございます。このままだったら、飢え死にするところでした」
「まさか。僕か、榎本さんに連絡したら、すぐに助けに行きましたよ」
「ありがとうございます」
「もうすぐ着きますよ。このホテルが不便だったら僕に連絡下さい。別のホテルを手配します」
「何から何まですみません。それで……あの、旦那様はどちらのホテルにいらっしゃるんでしょう?」
さすがの浩も色ボケはしておらず、潜伏先のホテルは敦子に内緒にしているらしい。俊介は義父がまだ分別を持っていて安心した。
「義父は別のホテルにいますよ。ご心配なく」
「あの、いつものお気に入りの所ですか?」
お坊ちゃま育ちで単純な義父は、まさに敦子の予想した高級ホテルにいた。俊介は、亜美と合流したら、すぐにホテルを移ろうと決意した。
「森川さん……駄目ですよ。おふたりが一緒の所を撮られたら、格好のネタになってしまうんですからね」
「はい、存じています。ただ、心配で聞きたかっただけなんです」
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