1 / 5
第1章 探偵事務所もといなんでも屋
1.納得できない依頼
しおりを挟む
ボロボロの雑居ビルの3階にわたし・外川真由がバイトしている吉田探偵事務所はある。
所長の吉田耕作さんは、わたしの年の離れた兄の親友で、わたしはコーサクと呼んでいる。
事務所はいつも閑古鳥が鳴いていて、コーサクはソファでゴロゴロしているか、デスクの椅子でずり落ちそうになってだらしなく座っている。
コーサクは身だしなみもひどい。くせ毛の頭髪はボリューミーで爆発していて鳥の巣状態、顔は無精ひげを生やしていてまだ30歳そこそこなのにおじさんっぽい。目はいつも眠そうに半目になっていて、気だるそうだ。
コーサクのシャツは、たいていシワシワでどこかのボタンが取れている。いつも履いているジーンズも踵を履き潰しているスニーカーも破れている。その破れは、自称おしゃれだそうだけど、そんなわけはない。単に破れただけだ。
外出していたコーサクが帰って来た。仕事だと言っていたけど、近所のカフェで鼻の下を伸ばして店員のお姉さんを見ていたに違いない。珍しくシャツのボタンが揃っているからだ。
「真由、ただいまー。誰かお客さん来た?」
「いいえ」
「電話は?」
「ありません……ハァ、働けっつーの」
「何か言ったー?」
「いえー、何でもありません!」
コーサクの懐事情は謎だ。開店休業状態なのにバイト代はきちんと払われるし、雑居ビルもコーサクの所有らしい。1、2階はテナント、5階はコーサクの住居でわたしは4階のワンルームのうちの1戸を格安で借りている。
条件は悪くないけど、あまりに退屈なので、本当はとっとと辞めたい。でも辞めたら何もない田舎に強制的に帰らされるのは確実だ。
2年前、東京の短大の英文科を卒業したわたしは、就職に失敗した。派遣とバイトで食いつないでいたわたしに業を煮やして両親が上京してきた。田舎に連れ帰らされそうになったところ、わたしが東京に残れるようにコーサクと田舎の兄が両親を説得してくれた。
探偵事務所で働くようになった頃のことをぼうっと思い出していたら、突然事務所のドアが開いた。
「こんにちはー!」
「げっ?! 俺はいないって言って! バイト代上乗せするから!」
入って来た町内会の会長のおじさんを見て、コーサクは、速攻でデスクの下に潜り込んで居留守を決め込んだ。コーサクはいつもダラダラしているのに、こういう時だけ素早い。
「真由ちゃん! 耕作君はデスクの下でしょ? 困るんだよなぁ、町内会会費5年分と側溝清掃欠席代10回分、合わせて2万円滞納してる分、払ってもらわなきゃ。お祖父さんの代からの付き合いなんだからさ、頼むよ」
コーサクは、わたしのバイト代を払うお金はあっても町内会会費は払わない。今時アホくさいからと言っていた。
わたしからしたら、ご近所でゴマをすってでも営業すればいいのにと思う。ご近所から頼まれることは、何でも屋みたいな仕事のほうが多いかもしれないけど、仕事は仕事だ。
コーサクは、デスクの裏側からすぐ前に立っているわたしの足首をツンツンと突いてきた。要は黙っていろってことだ。でも、わたしはコーサクを裏切る!
「会長さん、ご明察ぅ~! こちらをご覧くださぁ~い!」
わたしは、バスガイドさんみたいに見てもらう方向を指し示す手をデスクの下へ向けた。
「そこにいるのは分かっているんだぞ、耕作君よ」
諦めの悪いコーサクは、デスクから出てこなかったけど、会長が近づいて来てコーサクをデスクの下から引っ張り出して愚痴を言い始めた。
会長がブーブー文句を散々たれている間に、コーサクはそろそろとドアのほうへ動いた。だけど、その動きを見逃す会長ではない。
「待ちな! 今日はね、町内会会費の徴収じゃない。いや、払ってくれればいいけどね、それよりいい話を持って来たんだよ」
「えっ?! 仕事ですか?!」
「そうそう、仕事だよ。今度、町内会の夏祭りがあるんだけどね、そこでカフェを出店しようって話になったんだよ」
「ふーん、そうですか」
コーサクは、ボサボサの頭をボールペンで掻きながら、気のない返事をした。会長は気を悪くしたみたいだ。
「ちょっとよく聞きなよ。夏祭りのカフェのメイドを真由ちゃんにやってほしいんだよ。滞納した今までの会費は免除するし、真由ちゃんにはバイト代を払う。その代わり、このメイド服を着てくれるかな?」
会長がジャジャジャーンとバッグから出したメイド服は、メイドカフェの店員が着ているみたいな、いかにもザ・メイド服だった。スカートの長さだって絶対膝上だ。
「ちょっとおじさん、わたし、こんなの着ないよ!」
「その話乗ったー!!」
わたしの抗議とコーサクの叫び声が重なった。
「ちょっと! 何勝手に承諾してるの?! 事務所の留守番はどうするの?!」
「いや、だって、どうせ誰も来ないだろ? 俺がいればいいよ」
「そういう話じゃない! お兄ちゃんに言いつけてやる!」
「あいつはやれって言うさ」
「そんなわけないじゃない!」
「それじゃ、真由ちゃん、耕作君、頼んだよ~」
わたしがコーサクとギャーギャー揉めている間に会長は帰ってしまった。
所長の吉田耕作さんは、わたしの年の離れた兄の親友で、わたしはコーサクと呼んでいる。
事務所はいつも閑古鳥が鳴いていて、コーサクはソファでゴロゴロしているか、デスクの椅子でずり落ちそうになってだらしなく座っている。
コーサクは身だしなみもひどい。くせ毛の頭髪はボリューミーで爆発していて鳥の巣状態、顔は無精ひげを生やしていてまだ30歳そこそこなのにおじさんっぽい。目はいつも眠そうに半目になっていて、気だるそうだ。
コーサクのシャツは、たいていシワシワでどこかのボタンが取れている。いつも履いているジーンズも踵を履き潰しているスニーカーも破れている。その破れは、自称おしゃれだそうだけど、そんなわけはない。単に破れただけだ。
外出していたコーサクが帰って来た。仕事だと言っていたけど、近所のカフェで鼻の下を伸ばして店員のお姉さんを見ていたに違いない。珍しくシャツのボタンが揃っているからだ。
「真由、ただいまー。誰かお客さん来た?」
「いいえ」
「電話は?」
「ありません……ハァ、働けっつーの」
「何か言ったー?」
「いえー、何でもありません!」
コーサクの懐事情は謎だ。開店休業状態なのにバイト代はきちんと払われるし、雑居ビルもコーサクの所有らしい。1、2階はテナント、5階はコーサクの住居でわたしは4階のワンルームのうちの1戸を格安で借りている。
条件は悪くないけど、あまりに退屈なので、本当はとっとと辞めたい。でも辞めたら何もない田舎に強制的に帰らされるのは確実だ。
2年前、東京の短大の英文科を卒業したわたしは、就職に失敗した。派遣とバイトで食いつないでいたわたしに業を煮やして両親が上京してきた。田舎に連れ帰らされそうになったところ、わたしが東京に残れるようにコーサクと田舎の兄が両親を説得してくれた。
探偵事務所で働くようになった頃のことをぼうっと思い出していたら、突然事務所のドアが開いた。
「こんにちはー!」
「げっ?! 俺はいないって言って! バイト代上乗せするから!」
入って来た町内会の会長のおじさんを見て、コーサクは、速攻でデスクの下に潜り込んで居留守を決め込んだ。コーサクはいつもダラダラしているのに、こういう時だけ素早い。
「真由ちゃん! 耕作君はデスクの下でしょ? 困るんだよなぁ、町内会会費5年分と側溝清掃欠席代10回分、合わせて2万円滞納してる分、払ってもらわなきゃ。お祖父さんの代からの付き合いなんだからさ、頼むよ」
コーサクは、わたしのバイト代を払うお金はあっても町内会会費は払わない。今時アホくさいからと言っていた。
わたしからしたら、ご近所でゴマをすってでも営業すればいいのにと思う。ご近所から頼まれることは、何でも屋みたいな仕事のほうが多いかもしれないけど、仕事は仕事だ。
コーサクは、デスクの裏側からすぐ前に立っているわたしの足首をツンツンと突いてきた。要は黙っていろってことだ。でも、わたしはコーサクを裏切る!
「会長さん、ご明察ぅ~! こちらをご覧くださぁ~い!」
わたしは、バスガイドさんみたいに見てもらう方向を指し示す手をデスクの下へ向けた。
「そこにいるのは分かっているんだぞ、耕作君よ」
諦めの悪いコーサクは、デスクから出てこなかったけど、会長が近づいて来てコーサクをデスクの下から引っ張り出して愚痴を言い始めた。
会長がブーブー文句を散々たれている間に、コーサクはそろそろとドアのほうへ動いた。だけど、その動きを見逃す会長ではない。
「待ちな! 今日はね、町内会会費の徴収じゃない。いや、払ってくれればいいけどね、それよりいい話を持って来たんだよ」
「えっ?! 仕事ですか?!」
「そうそう、仕事だよ。今度、町内会の夏祭りがあるんだけどね、そこでカフェを出店しようって話になったんだよ」
「ふーん、そうですか」
コーサクは、ボサボサの頭をボールペンで掻きながら、気のない返事をした。会長は気を悪くしたみたいだ。
「ちょっとよく聞きなよ。夏祭りのカフェのメイドを真由ちゃんにやってほしいんだよ。滞納した今までの会費は免除するし、真由ちゃんにはバイト代を払う。その代わり、このメイド服を着てくれるかな?」
会長がジャジャジャーンとバッグから出したメイド服は、メイドカフェの店員が着ているみたいな、いかにもザ・メイド服だった。スカートの長さだって絶対膝上だ。
「ちょっとおじさん、わたし、こんなの着ないよ!」
「その話乗ったー!!」
わたしの抗議とコーサクの叫び声が重なった。
「ちょっと! 何勝手に承諾してるの?! 事務所の留守番はどうするの?!」
「いや、だって、どうせ誰も来ないだろ? 俺がいればいいよ」
「そういう話じゃない! お兄ちゃんに言いつけてやる!」
「あいつはやれって言うさ」
「そんなわけないじゃない!」
「それじゃ、真由ちゃん、耕作君、頼んだよ~」
わたしがコーサクとギャーギャー揉めている間に会長は帰ってしまった。
26
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
置き去りにされた聖女様
青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾
孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう
公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ
ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう
ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする
最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで……
それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
婚約者の不倫相手は妹で?
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる