傀儡妃は幼馴染の王太子をひたすら愛する

田鶴

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第3章 激動の王国

57.成りすましの御者

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 夜が明けてすぐに複数の足音やカロリーネの声が聞こえてきたので、ヨアヒムは御者台でマントのフードを引っ張って深く被った。

「ちょっと! 乱暴に縄を引っ張らないでよ! 痛いわ!」

 ヨアヒムがフードの下からそっと見ると、カロリーネとガブリエレは手首を縄で縛られ、その縄に繋がった別の縄を引っ張られて歩かされていた。両足首も縄で繋がっており、歩けるような間隔で結ばれているが、騎士達の大股についていける程緩くはない。手首の縄を強く引っ張られ、仕舞いにはガブリエレが転倒して顔を地面に打ち、鼻の頭を酷くすりむいて泣き出してしまった。その様子を見てヨアヒムははらわたが煮えくり返ったが、ここで暴れて3人とも牢にとんぼ返りになる訳にはいかない。

 カロリーネは号泣しているガブリエレになんとか近づいて宥めようとしたが、反対側へ縄を強く引っ張られ、大声で抗議した。

「ガブリエレ! 大丈夫?!――ちょっと! 酷いじゃないの! こんな無粋な物のせいで私達は碌に歩けないのよ。それでも騎士なの? レディに対する振舞いとは思えないわ! かわいそうに……年頃のかわいい女の子の顔に傷をつけて……酷いわよ!」
「お前達はレディでもなんでもない。只の罪人だ」
「濡れ衣よ! それに例え犯罪人だろうと何だろうと女性は女性、男性は男性でしょうが!」

 罪人に人権がないのが当然という認識が世間一般の常識であったから、カロリーネの主張は騎士達の機嫌を損ねただけだった。

「おい、ババア、つべこべ言わないでさっさと荷馬車に入れ!」

 騎士の1人が荷馬車に乗り込もうとしているカロリーネの背中をドカッと蹴った。弾みでカロリーネは倒れ込んで先に乗り込んでいたガブリエレにぶつかり、ガブリエレはまた顔から転倒して擦りむいた鼻を荷馬車の床に強打してまた泣き出した。

「ああ! ガブリエレ、ごめんね!――ちょっと! 私達はアンタ達に何もしてないじゃないの! なんでこんな事するのよ!」
「ハッ! 何も知らないとは笑止千万だな!」
「どういう事よ!」
「お前の死んだ亭主が誰を殺させたか、お前達は全く我関せず、高みの見物だったんだな。お前達の贅沢三昧の陰で死んだ命がいくつあったと思うんだ! この野郎!」

 激昂した騎士がカロリーネを殴りそうな勢いに聞こえたので、ヨアヒムはもう我慢ができなくなり、とうとう御者台から降りて騎士達に話しかけた。ヨアヒムの声に気付いたカロリーネは一瞬驚きの表情を見せたが、彼が思わせぶりな視線をちらりと投げるとすぐに元の怒りの表情に戻った。

「旦那、旦那! ここで騒ぎを起こしちゃまずいですぜ。早く修道院に連れて行かなきゃ」
「そうだよ、お前。いくらこの女が憎いって言っても私刑はマズイぜ。殿下が厳命してらしたじゃないか」

 ヨアヒムが激高した騎士を宥めると、比較的冷静だった別の騎士もそれに加勢した。

 クーデター前は罪人への体罰どころか拷問すら横行していたが、ルイトポルトが実権を握った後は罪人を公式にも非公式にも拷問したり、個人的に罰を勝手に与えたりするのが禁止された。ほとんどの人達はそれを理解しがたいようであったが、罪人に私刑を加えれば厳罰が下されるのが分かっている以上、渋々従っている。この場にいる騎士達にも多少の意地悪は見逃されても殴る蹴るまではまずいという感覚があるようだった。

「じゃあ、旦那方、出発しますぜ」
「ああ。そうしよう」

 ヨアヒムは、北の修道院に向かう道へ馬車を走らせた。馬車の両側には騎士が騎乗して1人ずつついてきている。御者台の後ろからはガブリエレの泣き声とカロリーネが宥める声が聞こえる。今すぐ馬車を停めて縄を切ってやりたかったが、護衛の騎士の手前、そうはいかない。

 黙って馬車を走らせて数時間、太陽が中天に来た頃、騎士が御者台の横まで馬を進めてきた。

「私達はここから王宮に戻る」

 そう言っただけで騎士達は踵を返していった。
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