吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

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妖怪と妖怪

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鬼は突如現れた乱入者に一瞬戸惑ったようだが、邪魔者ごと俺を叩き潰す事にしたらしい。両腕を固く組み、一つの巨大なハンマー作った鬼は、目の前の璃亜目掛けて渾身の力を込めて振り下した。鉄骨の束を叩きつけるような一撃が華奢な身体の少女を襲う。圧倒的な破壊があるはずだった、絶望的な粉砕があるはずだった。

だがあったのは……とんっ、という今の状況には不釣り合いな軽い音だけだった。
「なッ!?」

鬼が驚きで目を剥く。璃亜がとった行動は、頭上に迫る鬼の豪腕を、己の右腕一本で受けとめるという至極シンプルなものだった。

「その目、その髪、それに牙、まさか吸血鬼か!? それにしては人間の匂いがするようだけど?」

後ろへ飛び璃亜との距離を離す鬼。

「ゴチャゴチャと、うるさいんですよ。うちの所長を傷つけた意味を正しく理解していないみたいですね」

「はっ、だから何だっていうんだ!? ここからは君が相手をしてくれるとでも!? 言っておくが、火前坊の力はこんなものじゃ」

ガドンッ!! と、学校全体を揺るがす様な衝撃が走る。

「ご、ブはぁっ!? いつ、の間に!?」

見やれば、璃亜の華奢でしなやかな細腕が、距離を取り油断していた鬼の脇腹に突き刺さっている。

「ぐぅ――がぁあああああああ!!」

ボッ! と腕を真横に薙ぎ払い、璃亜の身体を両断しようとする。が、当たらない。身をかがめるようにして裏拳を回避し、そのままの体勢で真上に鋭い蹴りを放つ璃亜。その細身の身体からは想像もできない強烈な一撃は、鬼の巨体を浮かせるほどだった。

「あなたの正体がなんであろうと関係ない。私はただ全力で所長の敵を叩き潰すだけです」

「ば……ぅ……!?」

鬼が獣のようなうめき声を発する。

「見た目通りタフですね。だったら立てなくなるまで――ッ!?」

「く、そがぁぁあああああああああああああ!!!!」

ボッバァ!! と、鬼が爆発した。正確には鬼の身体から爆炎が吹き出した。璃亜の姿が灼熱の火炎に包まれる。

「璃亜っ!?」

いくら夜の璃亜でも至近距離であの爆発を浴びれば無傷では済まない。

煙が晴れ、二人の姿が現れた。

「ば、はぁー、はあー! は、ははははは!! さすがに木っ端微塵とはいかなかったが、そのダメージじゃあ戦えないだろう!?」

鬼の言うとおり璃亜のダメージは深刻だった。爆発の瞬間かろうじて両腕でガードしたものの、代償は大きい。彼女の白く綺麗だった腕は、所々焼け爛れ目を逸らしたくなる程痛々しさがあった。

「璃亜! 大丈夫か!?」

「……問題ありません。この程度なら――ふっ!」

短く息を吐いて両の腕に力を込める。すると、そのボロボロになった腕の傷がビデオの逆回しのように元通りになっていく。

「さて、続けましょうか。 そのダメージじゃあ、何でしたっけ?」

璃亜の声は平静を装い余裕を見せてはいるが、俺は知っている。彼女の再生能力は傷は治せても、消耗した体力までは回復しない。蓄積したダメージを回復させる方法は一つしかなく、今の状況でそれを行うのは難しい。

「顔色が悪いぞ吸血鬼、傷の修復はできても体力までは回復できないタイプか」

璃亜の状態を看破される。何とかして消耗した彼女の体力を回復させてやりたい。怪物同士の戦いにただの人間である俺が割り込む隙はない、それでもなんとか彼女の力になりたい。

そのために出来ること――!!

「おい!! 筋肉ダルマ!!」

鬼の首がゆっくりとこちらを振り返る。月明かりに照らされた廊下で、熱気発する赤い鬼再びと対峙する。

「ああ? 今更君が出てきた所で何ができる? 僕がこの吸血鬼を始末するのを大人しく待っていろ、君を殺すのはその後だ」

それはどうかな。さっきの消火器であいつに物理的な目眩ましが有効な事は分かった。

「璃亜ぁ!! 天井を崩せ!!」

「はい!」

短い返事と共に璃亜が軽く跳ね、天井に向かって拳を叩きつける。

ゴッガァッ! という破壊音と共に、砕けたコンクリートや蛍光灯の破片がこの場にいる三人の頭上から降り注ぎ、そして大量の粉塵が周囲を覆う。

俺は素早くスマホを操作し、コード一の結界を呼び出した。降り注ぐ校舎の残骸から身を守るため、ではない。

「――な、んだこれは!?」

結界で包むのは俺では無く、鬼。

……今この瞬間、廊下は崩れた天井から舞い散る粉塵で溢れかえっている。放っておけばすぐに収まる程度。しかし、それをさらに狭い空間に閉じ込めればどうなるか。

「くそ!! 何も見えねぇ!! これは――結界か!? こんな薄っぺらい壁すぐに叩き割って――ッ!?」

できないさ。コード二より脆弱なコード一の結界だ、この鬼が全力で拳を振るえばいとも容易く砕かれるだろう。
だが、相手は普通の人間より二回りほど大きい身体をしている。可能な限り狭い設定で呼び出した結界のなかでは満足に身体を動かすのは難しいだろう。結果、拳だけを動かし小突く程度の攻撃しかできない鬼。小突く程度と言っても鬼の膂力ならば、少し時間をかければ結界を破壊することは可能だろう。現に、結界には小さなヒビが入り始めている。間もなく鬼は結界の檻から解き放たれる。

だがそれで十分。

「璃亜! これでしばらく時間を稼げる、今のうちに済ませるぞ!!」


「所長……!」

璃亜が俺に駆け寄り、正面に立つ。

「では…………失礼します……」

璃亜の細く白い手が俺の肩に掛かる。ゆっくりと、抱きかかえるように引き寄せられる。間近に彼女の顔が迫る。長いまつげに切れ長の目、赤い瞳はまるでルビーのように輝いている。お互いの唇の距離が縮まる。舌を伸ばせばその柔らかな表面に届いてしまいそうな程。今なお瓦礫が崩れ、鬼が結界を破ろうと暴れているはずだが、周りの音が耳に入ってこない。今この瞬間、世界には俺と璃亜の二人だけしか存在しないのではないかという想像が頭をよぎる。

……なんどやってもこの瞬間だけはなれないな。

「……頂きます」

はむ、とふっくらと柔らかい彼女の唇が俺の首筋に触れる。

……そして。

「……っ!」

ちくりと走る痛みに思わず声が漏れそうになる。すーっと、血の気が引いていくのを感じる。どれくらい経っただろう。ほんの数秒のようにも、数時間続いていたようにも思える。実際には十数秒の出来事なのだが、朦朧とする意識の中では正確に推し量ることはできない。

「……ご馳走様です」

璃亜の妖艶な声が耳に滑りこんでくる。そこでようやく行為が終わった事を知る。

「ありがとうございます。これで、全力で戦えます」

「……璃亜」

「所長はここで休んでいて下さい。 後は私が終わらせますから」

世界に、音が蘇った。

それはドンッ! という璃亜が敵めがけて飛び込むための凄まじい踏み込みのせいなのか、ガシャぁン!、と鬼が結界を打ち砕き、怒りに任せ怒号をあげこちらへ突っ込んできたせいなのかは分からない。

ただ一つ明らかなのは、再びこの狭い一本の廊下が、怪物同士がぶつかり合う、戦場へ変化したという事だけだ。
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