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吸血鬼と狼男②
しおりを挟むドクン! と、その身の細胞が変化を始める。全身の筋肉が爆発的に膨れ上がりそのシルエットは『人』から『獣人』へと変わっていく。夕方、探偵事務所で行ったものとは違い二足歩行の形のまま獣の特徴が色濃く出ている姿だ。満月からの月明かりに照らされた銀月は全長2メートルを超え、全身を覆う獣毛、そして先刻とは違い頭部まで完全な狼の姿となっていた。
「これはまた…………、随分と獣臭そうな姿になりましたね」
「言ってくれるなよ。俺だって毛深い姿でいるのは好きじゃないが吸血鬼とやり合おうってんだ、ノミだのダニだのを気にしてる場合じゃ無いってな」
「気になるなら後で動物病院にでも連れて行ってあげましょうか?」
異常に体が発達した狼をそのまま二足歩行にしたよう怪物を目の前にして、璃亜がとった行動は一つ。
ドンッ! と、その見た目は華奢な脚で地面を蹴り、銀月に向かって一直線に突き進んだ。そしてその勢いのまま棒立ちの獣人の懐へ潜り込むと、目一杯振りかぶった右拳を自分の身長よりも高い位置にある銀月の顔目掛けて叩き込んだ。
「――――あなたを叩きのめしたその後で良ければ!」
ゴッギィ!!
その細い腕からは想像もつかない力が込められた拳をアッポーカット気味に食らった銀月が大きく仰け反る。だが――――。
「ク、…………は」
逆に言えば、そこらの妖怪ならノックアウトどころか、頭の形が変わってしまう程の攻撃を受けて仰け反るだけで済んでいた。
「クはははははははッ! さすがは吸血鬼! この姿であってもコレほどの衝撃を受けるとは思ってなかったぞ!! 一瞬目の前に星が見えるほどにな!」
顔面を璃亜の拳で突き上げられた状態のまま銀月は高笑いを続ける。
「だがこれで分かった。アンタは俺に勝てねぇ――――ぜッ!!」
元々銀月の頭は璃亜よりも高い位置にあった。それに加えて仰け反った分、より大きく勢いを付ける事に成功した狼頭による渾身の頭突きが、璃亜の額に炸裂する。
ゴッッッ!! という、巨大な岩と岩をぶつけあった様な鈍い音がその場に響いた。
「がッ――――ァぁあああッ!?」
自分から踏み込んできた時と同じぐらいのスピードで後方へ吹き飛ばされる。その勢いは壁、というよりは瓦礫の山に変わり果てた工場の残骸にぶつかる事でようやく止まった。
「璃亜!! おい、大丈夫か!? 璃――――ッ!?」
「勿論無事です、ご心配なく」
ガラガラと瓦礫の山から立ち上がる璃亜。
額からは一筋、赤い血が流れていたがその目は真っ直ぐに前を向いており自分を吹き飛ばした相手を見据えている。
「クは! そうこなくっちゃなあ!!」
対して銀月は腹の底から楽しそうな声を上げる。
「俺は今からアンタを殺すがそれは結果であって目的じゃねえ。俺が望むのはこの姿で全力を出しきれる命懸けの戦い、そして勝利だ。だから隠し球があるなら早めに頼むぜ、それら全てを噛み砕いてこそ俺の望みは満たされる!」
「その勝ち誇ったような余裕、気に要りませんね。半分とは言えこの身には吸血鬼の血が流れているんですよ、その私を相手に勝つ事が決まっている? 冗談にしても笑えませんね」
鋭い視線で銀月を睨みつける。先ほど吹き飛ばされたばかりとは思えない程強い意志がその真紅の瞳には宿っている。
「上等じゃねぇか、璃亜。こっちの隠し球、見せてやろうぜ」
「しかし…………、それでは所長が…………」
「大丈夫だよ、俺の心配はしなくていい。大方今の俺の様を見て体に負担をかけないように気を使ってくれているんだろうけどこんな傷、帰ってうまい飯でも食えばすぐ良くなるって」
「…………所長」
「大丈夫だって。ホラぐっといけぐっと」
そういって相一は己の襟首を掴むと軽く下に引き下げた。適度に引き締まった首筋が露わになる。
「…………では」
ふわり、と座り込む相一に覆いかぶさるようにして璃亜が寄りかかる。
「頂きます」
はむ、と璃亜の柔らかい唇が相一の肌に触れる。艶やかな璃亜の白髪から漂う心地良い香りが相一の鼻腔をくすぐった。ちくりとする小さな痛みと共に体から血の気が引いていく。
「作戦会議の次はお別れのハグかあ? まあこれが今生の別れになるんだ、せいぜい悔いの残らないようにってなあ」
だが銀月の言葉は二人には届かない。
「ご馳走様です。…………後は、私に任せてゆっくり休んでいて下さい。――――すぐに終わらせますから」
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