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それはいつか昔の暗い過去
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夏祭りから3日後、つまり狼男による事務所襲撃から3日。サイドテールの女子高生、中原詩織は夕日に染まる街を歩いていた。
「うーあっづぃー、コンビニでアイスでも買ってこうかなぁーいやでも事務所着く前に溶けちゃうかもしれないしどうしよううだぁーあついー」
そんな事を考えながらも天柳探偵事務所に続く道へと歩を進める。
人影の少ない通り、さらに両隣を背の高いビルに挟まれているおかげで気をつけないとうっかり通りすぎてしまいそうな程目立たたない目的地、その建物を見上げる位置に彼女はいつの間にか立っていた。
そこで彼女は事務所からいつもとは異なる喧騒さを感じた。
「ここが騒がしいのはいつもの事だけど…………人が騒いでるっていうよりは、なんかドタバタ動きまわってるみたいな。まぁいいやおっ邪魔しまーす」
そんな事に頭を悩ますぐらいならとっとと自分の目で確認してしまった方が早い、そう判断した詩織はいつも通り遠慮無く扉を押し開けた。そこで見た光景は…………。
「なんで! この俺が! こんな大工の真似事をしなくちゃならねえんだよ!!」
誰あろう、先日この事務所を襲撃し壁に大穴を開けた張本人である銀月大牙が喚きながら金槌を振るっていた。
「えーと…………へ? ――――えぇッ!?」
眼の前の光景に理解が追いつかない。
「ん? ああ詩織ちゃんか、いらっしゃい」
来客用のソファに腰掛け週刊誌のページをめくりながらさも当たり前のように声をかけてくる。
「いらっしゃい、じゃないですよ! なんであの人…………人じゃないけど、なんでここにいるんですか!?」
当然の疑問に答えたのは以外にも銀月だった。
「知らねえよ! この前の借りを返してやろうとここまで来たら、吸血鬼の姉ちゃんは日が落ちてなきゃ戦えねえって言うもんだからそれまでココで待とうとしたらいきなりコレを押し付けられたんだよ!!」
荒らげる語気とは裏腹に金槌を振る腕は正確にベニヤ板を事務所の壁を打ち付けていく。
「詩織さん何か飲み物でもいかがですか?」
「あ、じゃあアイスコーヒーを…………って、そうじゃなくて!」
「まあまあ詩織ちゃん気持ちは分かるが少し落ち着け。俺だってなんの考えも無くこの状況を受け入れている訳じゃない」
「というと?」
「あいつが用があるのは吸血鬼状態の璃亜、つまり日が落ちるまではあいつも手出し出来ない訳だ。で、後で相手をしてやる代わりに自分が開けた大穴の修理をしろと璃亜が言い出したんだよ」
事も無げに言い放つ相一に思わず頭を抱えそうになる詩織。
「なんかこう、全体的にノリが軽い! なに部屋の掃除手伝ってくれたら晩飯おごるぜ、みたいな感覚で殺し合いの約束とりつけてんですか!?」
「え? いやぁだって業者に頼もうにもそんなお金ウチにないし? 壊した本人が直してくれるんならそれに越した事はないだろ、っていだだだ揺らすな揺らすな詩織ちゃん俺一応怪我人…………」
相一の肩を掴んでガクガクと揺らす。
「まあまあ詩織さん気持ちは分かりますが少し落ち着いて…………これコーヒーです」
言いながら璃亜がソファ横のテーブルにミルクにガムシロップそしてグラスを並べていく。
「あ、ありがとーございます…………ってそうでもなくて、あああぁぁもう!!」
自分と周囲のテンションが噛み合わない事にガシガシと頭をかく。
「まあまあ嬢ちゃん気持ちはわかるが少し落ち着け――――」
「ダァァレのせいだと思ってんですかこのやろうゥゥゥッゥ!!」
肺の中の酸素を全て使いきり肩で息をしていた詩織だったが、一度大きく深呼吸すると改めて口を開いた。
「すぅー…………はぁー…………ああもう頭痛い。…………丁度いいです、私もあなたに言いたい事がありました」
「クハ、俺に恨み事でも垂れようってのか?」
銀月が作業の手を止め鋭い視線を詩織に向ける。獲物を品定めするような目つきに対して怯むこと無く言葉をつなげる。
「確かにあなたには文句の一つや二つ言ってやりたいと思ってますけど…………それより先に言っておきたい事があるんです」
銀月は目を細め、眼の前の少女の言葉を待つ。
「――――あの時は助けてくれてありがとうございました!!」
「ハぁ? ――――って、いっでえ!!」
予想もしていなかった感謝の言葉に銀月の手元が狂う。赤くなった指先をさすりながらとんでもなく奇妙なものを見るような目つきで詩織をみやる。
「ああクソいきなり訳わかんねえ事言いやがって、思い切り指叩いちまったじゃねえか! そこは、この前はよくも騙してくれたなーとかってキレるとこだろ。そこからなんで礼が出て来るんだよ」
正直に言って、という前置きから詩織は話を続ける。
「この事務所の人たちを傷つけたあなたにすっごく腹を立てている事は確かです、でも…………路地裏の不良に襲われそうになってた私を助けてくれた事に感謝しているのも本当です。あの時はちゃんとお礼言えませんでしたから…………」
「…………」
「それにここの人たち私が思っている以上に図太い性格してるみたいですし、本人たちが気にしてないのに外野がごちゃごちゃ言うのもアレかなーっと」
「…………ハぁ」
黙って聞いていた銀月がゆっくりと溜息をつく。その表情に先ほどまでの鋭さは無く、呆れたように肩をすくめ作業に戻る。
「…………おいクソ人間、あの嬢ちゃんいつもあんななのか?」
金槌を振るいベニヤ板を壁に打ちつけながらすぐ後ろのソファに腰掛け雑誌をめくる相一に問いかける。
「いやぁ前はそんな事なかったと思うけどなんか最近逞しくなったような気はするな、あと俺の名前は天柳相一だ」
「あの、探偵さん? 女の子に対して逞しくなったっていうのは褒め言葉になってませんけど!?」
「大丈夫ですよ詩織さん、褒めてませんから」
「あれ? 秘書さんがなんか辛辣なんですけど? っていつの間にか秘書さん〈夜バージョン〉になってるし!?」
詩織が振り返るとそこには長い白髪を後ろで束ねポニーテールにした璃亜がエプロン姿で立っていた。
「ちょっと前から思ってましたけどこの状態の秘書さんってなんだかSっ気が滲み出てるような…………」
「何か…………?」
白髪ポニーテールの吸血鬼が猛獣でも尻尾を巻いて逃げ出しそうな素敵な笑顔を詩織に向ける。
「なっ何でもないっす! そういえば氷柱ちゃんと千里ちゃんが居ませんけどどこか行ってるんですか?」
「お二人なら新作ゲームの発売日だとか言って朝から出かけています。遅くなるとの連絡は無いのでそろそろ帰って来ると思いますよ」
丁度その時事務所の玄関から話し声が聞こえてきた。
出かけていた二人が帰ってきたらしい。
「ただいまー――――って、げっ!?」
「わっ…………氷柱ちゃんどうしたの…………?」
急に立ち止まった自分より少し大きい背中にぶつかりそうになった千里がその脇から事務所の居間兼応接室を覗きこむ。
そこには――――
「つうかオイ吸血鬼の姉ちゃん。そうなってるってことはもう闘えるってことだよな? 大工ごっこは終わりだ、――――そろそろ本番始めようぜ」
「見てわかりませんか、夕食の準備で忙しんですよ。氷柱さんたちも帰ってきたことですし先に夕食を済ませてからでもいいでしょう」
「そうそう詩織ちゃん今日も夕飯食べてくだろ?」
「ハイっ是非頂きます!」
「晩飯なんざどうだっていいんだよ! そんなことより――――」
いつもよりほんの少し騒がしさが増した、いつもの風景だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………なあオイ嬢ちゃん、ここの連中はどんな神経してんだ? ちょっと前に殺し合った奴と食卓なんて囲むか普通」
「私は今日で慣れました。あ、銀月さん醤油とってもらえます? ――――どうも」
「コロッケに醤油って…………合うのそれ?」
自分の取り皿の揚げ物に醤油を垂らしていく詩織に氷柱が訝しげな顔をする。
「なんでもかんでもマヨネーズで黄色一色に塗りつぶしちゃう氷柱ちゃんには言われたくないなぁ」
「なっ、そこまで見境ない訳じゃないわよ! ただこういう揚げ物系にはマヨネーズが一番相性が良いってだけで…………」
「氷柱ちゃんは…………マヨネーズ教の狂信者だから…………」
「ちびっ子まで!?」
「所長おかわりはいかがですか? ホラのそっちのあなたも」
「おうサンキュ、お前も遠慮すんなよ。この後璃亜にリベンジするんだろ? だったら飯は食っとかないとだろ」
カラカラと笑いながら銀月の茶碗をさっと取り上げ璃亜に渡してしまう相一。
「あっオイ勝手に…………」
銀月が止める間もなく眼の前に茶碗に盛られた白米の山が差し出される。
「…………ハぁ、なんかもうどう良くなって来たわ」
「あん?」
「普通もっとこう、何かあるだろ。一応つい最近殺し合ったわけなんだしもう少しピリっとした空気というか緊張感というか…………。大体テメエ、この前姉ちゃんを攫った時は血相変えて追いかけて来たくせに今はなんでそんなに悠長に構えてんだよ」
「あーあの時はだな…………」
相一は一旦箸を置き冷えた麦茶で喉を潤す。そして銀月に向き直るとゆっくりと口を開いた。
「怖かったんだよ」
「ハぁ?」
銀月の顔は何を言ってるんだこの人間は、というものであった。
ただの人間の身で圧倒的に力の差がある狼男に単身挑んだこの男がのたまう言葉ではないだろうと思うのは当然かもしれない。
「怖いんだよ、自分の居ない所で身内が傷つくのが」
「…………」
「自分がいれば何とかできる、なんて思い上がってる訳じゃない。実際お前にはほとんど手も足も出せずにぶっ飛ばされて後は璃亜頼みになっちまった訳だしな」
そこで全く、とい言わない辺りに僅かばかり彼のプライドを感じる。
「それでも…………何も出来なくても…………自分の知らない所で大切な人を失うのは、もう嫌なんだよ」
「…………ふん」
ちらと食卓を見やると吸血鬼は手を止め物悲しそうな表情を相一に向けている。過去に何かしらあったのだろう。銀月も人間の感情の機微に敏い訳ではないがそれぐらいは分かる。
しかし。
それを踏まえた上で尚、狼男は言い放つ。
「そんなもんお前が弱かっただけの事だろうが」
瞬間、部屋の空気がミシリと軋んだ。
「待った璃亜」
静かな一言だった。
その一言で一瞬で部屋を埋め尽くした殺気が同じ速度で霧散していく。
「しかし所長――――ッ!」
「いいんだよ、ありがとな」
納得出来ないという表情を浮かべる璃亜だったがそれ以上は何も言わなかった。
「お前の言うとおりだよ銀月。確かに俺はただの人間でお前ら妖怪と比べたらどうしようも無く非力な存在だ。でも…………だからこそ、それを理由にほんの少しの可能性を取りこぼしたくないんだ。…………と、まぁ何だかんだ理由つけていい格好しようとしてみたけど簡単に言えば、自分の知らない所で勝手に話が進んで勝手に終わっちまうのが許せねぇってだけだよ」
「ごっそさん」
茶碗に盛られた白米の山を綺麗に平らげた銀月は無愛想にそう言うと席を立った。
「帰るのか?」
「今から喧嘩って気分でも無くなった」
「そうかよ。それは良かった」
「また来るぞ」
「次からは前もって連絡してくれると晩飯の都合的に助かるって璃亜が」
「…………ハぁ」
振り返らずに手振りだけで答えると玄関から一歩踏み出す。
そして。
ダンッ! という音だけ残して夏の夜へと消えていった。
「うーあっづぃー、コンビニでアイスでも買ってこうかなぁーいやでも事務所着く前に溶けちゃうかもしれないしどうしよううだぁーあついー」
そんな事を考えながらも天柳探偵事務所に続く道へと歩を進める。
人影の少ない通り、さらに両隣を背の高いビルに挟まれているおかげで気をつけないとうっかり通りすぎてしまいそうな程目立たたない目的地、その建物を見上げる位置に彼女はいつの間にか立っていた。
そこで彼女は事務所からいつもとは異なる喧騒さを感じた。
「ここが騒がしいのはいつもの事だけど…………人が騒いでるっていうよりは、なんかドタバタ動きまわってるみたいな。まぁいいやおっ邪魔しまーす」
そんな事に頭を悩ますぐらいならとっとと自分の目で確認してしまった方が早い、そう判断した詩織はいつも通り遠慮無く扉を押し開けた。そこで見た光景は…………。
「なんで! この俺が! こんな大工の真似事をしなくちゃならねえんだよ!!」
誰あろう、先日この事務所を襲撃し壁に大穴を開けた張本人である銀月大牙が喚きながら金槌を振るっていた。
「えーと…………へ? ――――えぇッ!?」
眼の前の光景に理解が追いつかない。
「ん? ああ詩織ちゃんか、いらっしゃい」
来客用のソファに腰掛け週刊誌のページをめくりながらさも当たり前のように声をかけてくる。
「いらっしゃい、じゃないですよ! なんであの人…………人じゃないけど、なんでここにいるんですか!?」
当然の疑問に答えたのは以外にも銀月だった。
「知らねえよ! この前の借りを返してやろうとここまで来たら、吸血鬼の姉ちゃんは日が落ちてなきゃ戦えねえって言うもんだからそれまでココで待とうとしたらいきなりコレを押し付けられたんだよ!!」
荒らげる語気とは裏腹に金槌を振る腕は正確にベニヤ板を事務所の壁を打ち付けていく。
「詩織さん何か飲み物でもいかがですか?」
「あ、じゃあアイスコーヒーを…………って、そうじゃなくて!」
「まあまあ詩織ちゃん気持ちは分かるが少し落ち着け。俺だってなんの考えも無くこの状況を受け入れている訳じゃない」
「というと?」
「あいつが用があるのは吸血鬼状態の璃亜、つまり日が落ちるまではあいつも手出し出来ない訳だ。で、後で相手をしてやる代わりに自分が開けた大穴の修理をしろと璃亜が言い出したんだよ」
事も無げに言い放つ相一に思わず頭を抱えそうになる詩織。
「なんかこう、全体的にノリが軽い! なに部屋の掃除手伝ってくれたら晩飯おごるぜ、みたいな感覚で殺し合いの約束とりつけてんですか!?」
「え? いやぁだって業者に頼もうにもそんなお金ウチにないし? 壊した本人が直してくれるんならそれに越した事はないだろ、っていだだだ揺らすな揺らすな詩織ちゃん俺一応怪我人…………」
相一の肩を掴んでガクガクと揺らす。
「まあまあ詩織さん気持ちは分かりますが少し落ち着いて…………これコーヒーです」
言いながら璃亜がソファ横のテーブルにミルクにガムシロップそしてグラスを並べていく。
「あ、ありがとーございます…………ってそうでもなくて、あああぁぁもう!!」
自分と周囲のテンションが噛み合わない事にガシガシと頭をかく。
「まあまあ嬢ちゃん気持ちはわかるが少し落ち着け――――」
「ダァァレのせいだと思ってんですかこのやろうゥゥゥッゥ!!」
肺の中の酸素を全て使いきり肩で息をしていた詩織だったが、一度大きく深呼吸すると改めて口を開いた。
「すぅー…………はぁー…………ああもう頭痛い。…………丁度いいです、私もあなたに言いたい事がありました」
「クハ、俺に恨み事でも垂れようってのか?」
銀月が作業の手を止め鋭い視線を詩織に向ける。獲物を品定めするような目つきに対して怯むこと無く言葉をつなげる。
「確かにあなたには文句の一つや二つ言ってやりたいと思ってますけど…………それより先に言っておきたい事があるんです」
銀月は目を細め、眼の前の少女の言葉を待つ。
「――――あの時は助けてくれてありがとうございました!!」
「ハぁ? ――――って、いっでえ!!」
予想もしていなかった感謝の言葉に銀月の手元が狂う。赤くなった指先をさすりながらとんでもなく奇妙なものを見るような目つきで詩織をみやる。
「ああクソいきなり訳わかんねえ事言いやがって、思い切り指叩いちまったじゃねえか! そこは、この前はよくも騙してくれたなーとかってキレるとこだろ。そこからなんで礼が出て来るんだよ」
正直に言って、という前置きから詩織は話を続ける。
「この事務所の人たちを傷つけたあなたにすっごく腹を立てている事は確かです、でも…………路地裏の不良に襲われそうになってた私を助けてくれた事に感謝しているのも本当です。あの時はちゃんとお礼言えませんでしたから…………」
「…………」
「それにここの人たち私が思っている以上に図太い性格してるみたいですし、本人たちが気にしてないのに外野がごちゃごちゃ言うのもアレかなーっと」
「…………ハぁ」
黙って聞いていた銀月がゆっくりと溜息をつく。その表情に先ほどまでの鋭さは無く、呆れたように肩をすくめ作業に戻る。
「…………おいクソ人間、あの嬢ちゃんいつもあんななのか?」
金槌を振るいベニヤ板を壁に打ちつけながらすぐ後ろのソファに腰掛け雑誌をめくる相一に問いかける。
「いやぁ前はそんな事なかったと思うけどなんか最近逞しくなったような気はするな、あと俺の名前は天柳相一だ」
「あの、探偵さん? 女の子に対して逞しくなったっていうのは褒め言葉になってませんけど!?」
「大丈夫ですよ詩織さん、褒めてませんから」
「あれ? 秘書さんがなんか辛辣なんですけど? っていつの間にか秘書さん〈夜バージョン〉になってるし!?」
詩織が振り返るとそこには長い白髪を後ろで束ねポニーテールにした璃亜がエプロン姿で立っていた。
「ちょっと前から思ってましたけどこの状態の秘書さんってなんだかSっ気が滲み出てるような…………」
「何か…………?」
白髪ポニーテールの吸血鬼が猛獣でも尻尾を巻いて逃げ出しそうな素敵な笑顔を詩織に向ける。
「なっ何でもないっす! そういえば氷柱ちゃんと千里ちゃんが居ませんけどどこか行ってるんですか?」
「お二人なら新作ゲームの発売日だとか言って朝から出かけています。遅くなるとの連絡は無いのでそろそろ帰って来ると思いますよ」
丁度その時事務所の玄関から話し声が聞こえてきた。
出かけていた二人が帰ってきたらしい。
「ただいまー――――って、げっ!?」
「わっ…………氷柱ちゃんどうしたの…………?」
急に立ち止まった自分より少し大きい背中にぶつかりそうになった千里がその脇から事務所の居間兼応接室を覗きこむ。
そこには――――
「つうかオイ吸血鬼の姉ちゃん。そうなってるってことはもう闘えるってことだよな? 大工ごっこは終わりだ、――――そろそろ本番始めようぜ」
「見てわかりませんか、夕食の準備で忙しんですよ。氷柱さんたちも帰ってきたことですし先に夕食を済ませてからでもいいでしょう」
「そうそう詩織ちゃん今日も夕飯食べてくだろ?」
「ハイっ是非頂きます!」
「晩飯なんざどうだっていいんだよ! そんなことより――――」
いつもよりほんの少し騒がしさが増した、いつもの風景だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………なあオイ嬢ちゃん、ここの連中はどんな神経してんだ? ちょっと前に殺し合った奴と食卓なんて囲むか普通」
「私は今日で慣れました。あ、銀月さん醤油とってもらえます? ――――どうも」
「コロッケに醤油って…………合うのそれ?」
自分の取り皿の揚げ物に醤油を垂らしていく詩織に氷柱が訝しげな顔をする。
「なんでもかんでもマヨネーズで黄色一色に塗りつぶしちゃう氷柱ちゃんには言われたくないなぁ」
「なっ、そこまで見境ない訳じゃないわよ! ただこういう揚げ物系にはマヨネーズが一番相性が良いってだけで…………」
「氷柱ちゃんは…………マヨネーズ教の狂信者だから…………」
「ちびっ子まで!?」
「所長おかわりはいかがですか? ホラのそっちのあなたも」
「おうサンキュ、お前も遠慮すんなよ。この後璃亜にリベンジするんだろ? だったら飯は食っとかないとだろ」
カラカラと笑いながら銀月の茶碗をさっと取り上げ璃亜に渡してしまう相一。
「あっオイ勝手に…………」
銀月が止める間もなく眼の前に茶碗に盛られた白米の山が差し出される。
「…………ハぁ、なんかもうどう良くなって来たわ」
「あん?」
「普通もっとこう、何かあるだろ。一応つい最近殺し合ったわけなんだしもう少しピリっとした空気というか緊張感というか…………。大体テメエ、この前姉ちゃんを攫った時は血相変えて追いかけて来たくせに今はなんでそんなに悠長に構えてんだよ」
「あーあの時はだな…………」
相一は一旦箸を置き冷えた麦茶で喉を潤す。そして銀月に向き直るとゆっくりと口を開いた。
「怖かったんだよ」
「ハぁ?」
銀月の顔は何を言ってるんだこの人間は、というものであった。
ただの人間の身で圧倒的に力の差がある狼男に単身挑んだこの男がのたまう言葉ではないだろうと思うのは当然かもしれない。
「怖いんだよ、自分の居ない所で身内が傷つくのが」
「…………」
「自分がいれば何とかできる、なんて思い上がってる訳じゃない。実際お前にはほとんど手も足も出せずにぶっ飛ばされて後は璃亜頼みになっちまった訳だしな」
そこで全く、とい言わない辺りに僅かばかり彼のプライドを感じる。
「それでも…………何も出来なくても…………自分の知らない所で大切な人を失うのは、もう嫌なんだよ」
「…………ふん」
ちらと食卓を見やると吸血鬼は手を止め物悲しそうな表情を相一に向けている。過去に何かしらあったのだろう。銀月も人間の感情の機微に敏い訳ではないがそれぐらいは分かる。
しかし。
それを踏まえた上で尚、狼男は言い放つ。
「そんなもんお前が弱かっただけの事だろうが」
瞬間、部屋の空気がミシリと軋んだ。
「待った璃亜」
静かな一言だった。
その一言で一瞬で部屋を埋め尽くした殺気が同じ速度で霧散していく。
「しかし所長――――ッ!」
「いいんだよ、ありがとな」
納得出来ないという表情を浮かべる璃亜だったがそれ以上は何も言わなかった。
「お前の言うとおりだよ銀月。確かに俺はただの人間でお前ら妖怪と比べたらどうしようも無く非力な存在だ。でも…………だからこそ、それを理由にほんの少しの可能性を取りこぼしたくないんだ。…………と、まぁ何だかんだ理由つけていい格好しようとしてみたけど簡単に言えば、自分の知らない所で勝手に話が進んで勝手に終わっちまうのが許せねぇってだけだよ」
「ごっそさん」
茶碗に盛られた白米の山を綺麗に平らげた銀月は無愛想にそう言うと席を立った。
「帰るのか?」
「今から喧嘩って気分でも無くなった」
「そうかよ。それは良かった」
「また来るぞ」
「次からは前もって連絡してくれると晩飯の都合的に助かるって璃亜が」
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