吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

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束の間の休息

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「結局、何しに来たのよアイツは」

「自分が壊した…………壁の修理…………?」

「そんな殊勝な奴じゃ無いでしょ」

夕食の後、息抜きに今日買ってきたばかりの格闘対戦ゲームをやりながらのやり取り。そんな二人を横から眺める詩織はアイスコーヒーにガムシロップとミルクを大量投入しながらぼんやりと応える。

「そんなに悪い人…………にはあんまり思えないんだよねー。もちろん氷柱ちゃんや探偵さん、秘書さんたちを傷つけたことは許せないけど」

「そういえば詩織あいつに助けられた事があるって言ってたけどなんかあったの?」

詩織は銀月と出会った時の事を想い出しながら口を開く。

「あーそれはね――――」

子供組がゲームに盛り上がっている横では相一と璃亜はのんびりとお茶をすすっている。そこで璃亜がふと何かを思い出したように声をあげた。

「そういえば」

「ん?」

「あの狼男…………私に惚れたなどと言っていた割にはそれらしい反応を見せませんでしたね。ああいえ別に残念だとかそういう訳じゃないんですが」

「ああそのことな。お前が晩飯作ってくれてる間にそれとなく聞いてみたんだけど…………」

「?」

「誰かさんがボコボコにしたせいかもしれないけど、氷柱に氷漬けにされる直前の事はあんまり覚えてないって言ってたぞ」

「…………私、そんなに言われるほど叩きのめしたつもりは無いんですが」

「いやぁ傍から見てるとアレは中々…………」

「うっ…………これからはやり過ぎないよう気をつけます」

それは多分無理だろう、と思うものの口にはしない賢明な相一だった。

一方その頃、とある街を一望できる丘の上。そこにそびえる一本の大木の上に銀月大牙の姿があった。

「ぶぇっくしょッ! ハぁ、別に寒くもなんともねえんだが…………」

ゴツゴツした手で皮ジャンの襟を正すと、大木の先端から一息で飛び降りた。

ただの人間ならば四階建てのビルから身を投げるのと等しい自殺行為だが人外の彼からすれば猫が塀から地面に飛び降りる事と変わりない。

とん、とその体格に似合わず軽やかな着地を見せる。

「お前らも無傷…………とは言わねえが無事だったんだから、あの雪女も甘いよな」

銀月の元に十数匹の狼が集まってくる。

その中でも一際大きな体格に数多くの古傷を残す一匹が鼻を鳴らしながら前に出た。

「わかってる分かってる悪かったって」

銀月は面倒くさそうに言いながら傷だらけの狼を頭を撫でる。

「まあでも吸血鬼もそうだがあの人間にも興味が湧いた。しばらくはこの街に居ることにしよう。どうせ帰っても口うるさいジジイどもからどやされるだけだしな」

とある街の夜景を見下ろしながら、ふと今日の出来事を思い出す。

「それにしてもあの吸血鬼の姉ちゃんを見た時の胸がざわつく感覚は何だったんだ」

独りごちながら首をかしげる。実際彼が兎楽璃亜に対して感じた好意は常識を超えたレベルでボッコボコにされた際の恐怖を吊り橋効果的なアレによって勘違いしたのが原因なのだが本人にその時の記憶がないのでしょうがない。

時計の短針が真上を通過するまであと十分程、世間は寝静まり事務所の中にも珍しく静寂の時間が訪れていた。

最新作の格ゲーで大いに盛り上がったらしい三人はソファに座ったまま寝息を立てている。夏の夜のじっとりとした暑さから逃れるため雪女にしがみつくように眠る詩織と千里、二人の寝顔は心地よさそうに緩んでいる。対して左右からその二人に挟まれる氷柱は息苦しそうにうんうん唸っている。

そんな普段からは想像しがたい静まり返った部屋の中で天柳相一はため息を吐く。

「まったく、三人共子供じゃねぇんだから」

言いながら寝室から毛布を一枚持ってくるとソファで寝息を立てる三人にかけてやる。一息つき三人の少女が眠るソファとは対面にある来客用ソファに腰掛けた彼の前に湯気の立つコーヒーカップが差し出される。

「今日も一日お疲れ様です。隣、宜しいですか?」

「おう、サンキュ。って言っても、今日も仕事らしい仕事はしてないけどな」

エプロンを外した璃亜は小声で笑う所長の隣にゆっくりと腰を下ろす。

「はぁ、まったく。楽しそうに言う事ではないでしょう」

半眼に閉じた呆れ眼を相一に向ける。

「だってなぁいつも通り事後処理は乃里子さんに丸投げだし、事務所の壁も大体銀月が直してってくれたし俺がする仕事がそんなに無いというか」

これは毎回の事だが妖怪などという常識外の存在とまともにぶつかれば周囲への被害もそれなりのものになる。今回に限ってみても、既に使用されていないとはいえ廃工場が丸々一つ崩壊し、その周囲も街灯や自販機を始め数えだすときりがない。

そんな惨状をほったらかしにしておけば問題になるのは火を見るより明らかである。そうなる前に知り合いの警察に頼んで交通事故だのガス爆発だの適当にでっち上げて常識の範囲内での事件として処理してもらうということだ。なのだが…………

「今回はほとんど…………っていうか完全に身内の都合だったからなぁ。警察の依頼で暴れたのならともかく個人の都合での喧嘩だったから、乃里子さんを説得するのに苦労したぜ。あれ? そう考えると俺は結構仕事をしたと言えるのではないだろうか。…………だから、まぁそのなんだ、俺は怒ってないから気にすんな――――乃里子さんは怒ってたけど」

「…………申し訳ありません」

自分のコーヒーカップを両手で握りがっくりと項垂れる璃亜。

「まぁまぁ。乃里子さんから、何だあの惨状は戦争でもしたのか馬鹿野郎少しは加減というものを覚えろ…………という内容の説教を小一時間聞かされ続けただけだから気にすんな」

「うぅ…………ほんとうに、本当に申し訳ありません」

本人は至極普通に慰めたつもりだったが逆効果だったらしい。


「あぁほら嫌なことは呑んで忘れるのが一番って言うけど。」

そう言って相一は己の首筋をとんとんと指で叩く。

「あの、それは…………」

「遠慮すること無いぞ。これは普段の礼や労いの意味もあるんだから…………ほら」

相一は襟口を掴みその首筋を晒す。

「…………で、では失礼して」

そう言って居住まいを正すと相一に向かってぎこちなく手を伸ばす。その視線は適度に筋肉のついた首筋へと注がれている、がそのままピクリとも動かず伸ばしかけた手を上げたり下げたりしている。

「ええと、璃亜…………?」

「――――ひゃい!?」

ビックゥ、と吸血鬼の体が跳ね伸ばしかけた手を引っ込めた。

「いや、えっと、これはですね。最近所長の血を頂く時は大体戦闘の真っ最中だったじゃないですか? なので、こう、改まってゆっくり頂くという機会があんまり無かったものですからなんというか…………その…………」

「もしかして照れくさかったり?」

ブンブンと勢い良く首を縦に振る璃亜。

その頬は僅かに紅潮し、相一を見つめる瞳は潤んでいる。

「あーっと、じゃあまた今度にするか?」

「い、いえ! 折角所長がお誘いしてくださったのですからそうはいきません!」

そう言うと璃亜は拳をぎゅっと握り締め、一度大きく深呼吸する。

「すぅーはぁー、よし! お待たせてして申し訳ありません。それではこの不肖兎楽璃亜所長のご厚意の下、その血を頂きたいと思います!!」

「お、おう」

半ばヤケになりつつある璃亜が食い気味に相一へと迫る。彼女は相一の腕にしがみつくような体勢でしなだれかかり、その熱い視線は真っ直ぐに相一の首筋に注がれている。

「では…………頂きます」

吸血鬼の柔らかい唇が相一の肌へ触れる。同時に、同じシャンプーを使っているのにも関わらず男の自分からは絶対にしないであろう甘く色っぽい香りが彼の鼻腔をくすぐった。

(確かに、こうして落ち着いた状況で血を吸われるのは久しぶりだな)

遠い昔の事を思い出すように過去の出来事に意識を向けている所にちくりと刺すような痛みが走る。一瞬にも永遠にも感じられる時間の中でぼんやりと意識を泳がせていると、どこからか視線を感じたような気がした。

ゆっくりと血の気が引いていく中で感じた視線は氷の刃を突きつけられているような印象を受ける。

璃亜は吸血行為に夢中で気づいていないのか、それが中断されることはなく相一の体にしがみつく力は緩められることもなかった。

そこに。

「あ・ん・た・た・ち」

絶対零度でさえ生ぬるい、そう言わんばかりに冷えきった表情を貼り付けた雪女がそこにいた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「いやほらこうのんびりした時間も久しぶりだったし日頃の感謝とかなんやかんやを込めてだな」

「…………」

ソファの上で相一と並んで正座している吸血鬼はがっくりと肩を落としている。二人の前には青白いツインテールを揺らしながら腰に手をあてふんぞり返る氷柱の姿が。

「ほんとにもう! あんたらもうちょっと周りの目を憚るって事を覚えてくれないかしら。ちびっ子たちの情操教育上良くないっての。大体あんたらはいつもいつも――――」

「…………っ!?」

「…………っ」

氷柱の言葉に、詩織はびくりと肩を震わせ千里は瞼を閉じたままふいと顔を逸らす。

「ぐ、ぐーぐー…………」

「…………すぴー…………すぴー」

「お前らなぁ」

そこで詩織はいかにも丁度今目覚めたところですよと言うようにわざとらしく伸びをすると

「…………ん? んー、ゲームしてたらいつの間にか寝ちゃってたなぁー? あれー探偵サンどうしたんですか何かあったんですかまた氷柱ちゃんが二人の濡れ場にヤキモチ妬いちゃったりしてるんですかまぁ私はぐっすり寝てましたから何の話かさっぱりわかんないので聞きたいことがあるならさっきから隣で薄目あけてる千里ちゃんにでも聞いてください」

「…………すぴー…………すぴぶふぅッ!?」

さりげなく顔を逸らして規則的な寝息を立てていたヘッドホンを装備したおかっぱ少女は飲み物を口に含んでいたらちょっとした大惨事になってたんじゃね? ぐらいの勢いで吹き出した。

「…………ぶるーたすお前もか」

「…………」

そこで相一はここまで璃亜が一言も発さずわなわなと震えている事に気づく。

「おーい璃亜?」

問いかけるものの返事は無い。俯く彼女の顔は吸血時とは違う理由で赤く染まっているがそこに気付く者はいない。

「あー璃亜? 私も少し言い過ぎたっていうかこれは別にヤキモチだとかそういうアレじゃないっていうか単にあんたの、その…………行為はちびっ子たちに見せるには刺激が強すぎるんじゃないかということを言いたいだけであって」

行為の最中の光景を思い出したのかこちらも赤面しながらまくし立てる氷柱。

「…………うう」

「「「う?」」」

「うぁあああああああああああああああああ!!」

羞恥心が臨界点を突破したらしい璃亜が絶叫とともに崩れ落ちる。

「だって…………だって、こんなに落ち着いて所長の血を味わう機会なんて久しぶりで…………ちょっと気分が盛り上がってしまったと言いますか…………それを濡れ場だなんだと…………私、そんな振る舞いをした覚えはないですよ! ですよね所長!?」

相一の肩を掴んでガクガク揺らしながら涙目を浮かべる璃亜。

「お、おうそうだ…………な?」

正直血を吸われている間の記憶はぼんやりとしか覚えてないのでなんとも言えない相一。まあその直前己の腕にしがみつき艶っぽい表情で迫って来た璃亜に扇情的なものを感じた事は黙っておいたほうが自分のためでも彼女のためでもあると考え返事はぼかしておいた。

目尻に涙を浮かべながら相一にしがみつく璃亜、その間に入ってに二人を引き剥がそうとする氷柱。そんな様子を見てオロオロ狼狽える千里と、ヘッドホン少女があたふたしているのを微笑ましそうに眺める詩織。

いつも通りの事務所の風景。

耳元で騒ぎ立てる吸血鬼と雪女の声を聞きながら探偵事務所の所長は思う。

願わくば、こんな取るに足らない日常がいつまでも続きますように…………と。
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