魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第6章 秘匿された生命

6-2 純情な依頼者

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リビングの時計は正午を示した。
それでも構わず眠りこける澪を起こし、エリカは一緒に昼食をとる。

「うむむ、エリたんが作るドリアは絶品だねぇ~。よっ、料理上手!」

とろけそうな笑顔でエリカの料理に舌鼓を打つ澪。

「お口に合ったようで何よりだわ。じゃあ今度は、澪お手製の料理を私にご馳走してくれないかしら?」
「うげげ、あたしの料理の腕が壊滅的なの知ってるでしょ、いじわるぅ~。」

澪は口を尖らせてぶつぶつと文句を垂れた。



食事の片付けが終わり、リビングで二人がくつろいでいると、本日の依頼人が工房を訪ねてきた。

「こんちは~。お邪魔するっすね。」

威勢のいい声で現れたのは、エリカの依頼人としては珍しい、年若き青年であった。
坊主頭で背が高く、いかにもスポーツをやっていそうな風貌。
上下とも黒い学生服を着ている。
エリカは依頼人をソファに促しつつ自らも腰を下ろした。

「こんにちは。私はこの工房で解決屋を営んでいる、魔女の白羽根エリカです。よろしくお願いしますね。」
「じ、自分は日々野善太ひびのぜんたって言います。高2です。よ、よろしくっす……」

エリカが丁重に挨拶すると、依頼人の初っ端の元気はどこへやら、目が泳いで声は尻すぼみに小さくなってゆく。

「大丈夫ですか?どうかしました?」
「い、いや、てっきりおばさんが出てくると思ってたっす。こんなに若くて綺麗なお姉さんが二人もいるなんて予想外で、自分ドキドキしちまって。しかも魔女って……なんか、いいっすね。」

みるみるうちに真っ赤に染まる善太の顔。
どうやらあまり女性慣れしていない、初心で純情な若者のようである。

「聞いた?綺麗なお姉さんだってよ~、あたしたち。嬉しいねぇエリたん。」
「そうね。素直にありがたいわ。」

にやけた顔で隣に座る澪がエリカを肘でつついた。

「なんかすんません。自分、緊張してヤバいです。」
「そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですよ。さあ、こちらをどうぞ。」
「あざっす。いただきます。」

エリカが差し出した温かいお茶をすすると、善太は気持ちが落ち着いたのか、ふうと一つ息を吐いた。

「日々野さんは高校生ですよね。今日は平日ですが授業はないのですか?」
「大丈夫っすよ。正月休み明けだから今日は学校が午前中で終わりで。あと、善太って気軽に呼んでくれていいっす。苗字で呼ばれると、どうにもこそばゆいんで。」
「わかりました。ただ、呼び捨てはちょっと気が引けるので、善太君と呼ばせてもらいますね。」

自分のコーヒーに口を付けてからエリカは話を続ける。

「そもそも、いきなり『魔女です』なんて言われても胡散臭いですよね。ということで、まずは私が魔女であることの証明のため、簡単な魔法を披露します。」

おもむろにティッシュを一枚つまんだエリカは立ち上がると、

「― 焔の種よ、熱く芽吹け! ―」

依頼人への自己紹介でよく用いる定番の魔法を唱えた。
すると、ティッシュは瞬時に燃え上がり、跡形もなく消え失せた。

「おお~!マジっすか、ヤバ!これが魔法!」

善太は興奮した声を上げ、大仰に手を叩いて喜ぶ。
魔法の実演によほど感激したらしい。
エリカは鼻高々とした表情で再度ソファに座った。

「これで、決して嘘ではなく、本当に私が魔法を使えることは納得してもらえましたか?」
「もちろんっすよ。」

大きく頷く善太に向かって、エリカはこほんと一つ咳払いをし、話を切り出した。

「それでは改めて、依頼内容の話に入りますね。事前に電話で軽くお話を聞いた時は、山の中に不思議な生き物がいるとのことでしたが、詳しく教えてもらえますか?」
「はい、化け物を見たのは自分じゃなくて、じっちゃんなんすけどね。うちのじっちゃん、田舎に住んでて山を持ってるんすけど、山の中で最近ヤバい化け物を見たとか言ってきて。これが、そん時の記憶をもとにじっちゃんが描いた化け物の絵っす。」

善太は折りたたまれたメモ用紙をローテーブルの上で開いた。
黒い線で描かれていたのは、犬か狼と思しき胴体に、獰猛な虎のような頭部を二つ持つ、見たこともない動物であった。

「これは……信じられないわね。」
「すごいねっ。映画の世界の生き物みたいだよ。というかおじいちゃん絵が上手だね~。」
「あざっす。じっちゃん、絵を描くのが趣味らしくて、結構上手いんすよ。」

顔を突き合わせて絵を覗き込むエリカと澪は各々感想を述べた。

「こんな感じで、頭が二つくっついたデカい犬がいたなんて言ってるんすよ。いよいよじっちゃんもボケちまったかと思ってたら、別の日に山に入った猟師の人も同じ生き物を見たらしくて。これは何かあるはずだと思って、ここに相談しに来たってわけっす。」
「なるほど。一応聞きますが、ここに来る前に警察には相談しましたか?」
「じっちゃんが交番のお巡りさんに伝えたんすけど、『そんなもんいるわけない。きっとただの見間違いだ。』ってんで、まともに取り合ってくれなかったって聞きました。そりゃそうっすよね。かといって、化け物に山を荒らされでもしたら困るんで。」
「それでこの解決屋に依頼したということですね。」
「はい。かあちゃんの友達が昔、白羽根さんにお世話になったとかで、そのツテで今回依頼させてもらったっす。」

善太は軽く頭を下げた。
特に広告や営業はせず、基本的に口コミで来た客のみをエリカは相手にしているため、今回のような依頼のパターンはかなり多い。
腕を組んでしばし思案していたエリカは悩ましげに口を開いた。

「双頭の大きな犬……。ねえ、アレイスター。有り得ないとは思うけれど、魔獣の中にそんな生き物がいなかったかしら。」
「オルトロスだな。二つの頭を持つ、四足歩行の獰猛な魔獣。」

エリカの質問に返答しながら、ローテーブルの上にアレイスターがふわりと舞い降りた。

「おわっ!なんだこの虫、喋ってる!」

あまりの驚きでソファからひっくり返りそうになる善太。
苦笑いしつつ見守るエリカが申し訳なさそうに解説する。

「驚かせてしまってごめんなさい。この緑色の蛾はアレイスター。魔女である私の使い魔なんです。」
「ハッハッハ、いい反応だったぜ善太。よろしくな。」

アレイスターが大きく羽根を広げて挨拶した。

「び、びっくりした……魔女って何でもありなんすね。」
「使い魔を従えている魔女は結構多いな。オレの場合は使い魔とは言え、実質エリカの指導係兼お目付け役だけどな。」
「あながち否定できないのが悔しいわね。」
「は~。世界は広いな……」

感心した様子の善太はソファに座り直し、姿勢を正すとエリカに尋ねた。

「えっと、話戻しますけど、さっき言ってた魔獣ってのは一体何なんすか?」
「人知を超えた不思議な力を持つ生き物のことです。今でこそ眉唾物として扱われていますが、大昔には実在して、人目につかない秘境でひっそり生きていたと言われているんです。」
「お~、マジっすか。ロマンあるっすね。」

テーブルに置かれたチョコレートを頬張りながら善太は話に聞き入る。

「でも、今はもうとっくに絶滅してしまったみたいで、どこにもいないはずなんですよね。」
「そうかなぁ。本当にみんないなくなっちゃったの?」

隣で静かにやりとりを聞いていた澪がここにきて口を挟んだ。

「実は山奥でひっそりこっそり生き延びていた、なんて可能性もあるんじゃないかなぁ。」
「そうね。一人だけならまだしも、二人の目撃証言があるわけだから、ただの偶然とか勘違いとは思えないわ。それに、警察が相手をしてくれないのだし、ここはまさに私達の出番よね。」
「決まりだねっ。よ~っし、謎の生き物を探しに行こう~。」

話がまとまったところで、エリカは一つ手を叩いて善太の方に向き直った。

「ということで、今回の依頼はお受けしますね。」
「あざっす。助かります。」
「それで、おじいさんが所有している山はどの辺りにあるんでしょうか。」
堀田山ほったさんって名前の山で、卯丸町うまるまちってとこにあります。めっちゃ田舎っすよ。」

エリカは携帯電話を取り出すと卯丸町の場所を検索した。
調べた結果を確認して、澪にも画面が見えるように差し出す。

「ここからずっと北の県境ね。相当な距離があるわ。」
「おっ、てことはあたしの出番だねっ。前に山芝村に行った時みたいに、バイクにエリたんを乗っけてびゅ~んと連れていってあげるよ~。」
「それは凄く助かるわ。ただ、山芝村よりはるかに遠いみたいだし、魔獣の捜索にはできるだけ時間を取りたいから、今回は前日入りした方がいいかも。」

エリカと澪が計画を話し合っていると、善太が得意げな顔で提案した。

「卯丸町には、うちの親戚がやってる立派な温泉旅館があるんすよ。せっかくだからそこに泊まったらどうすか?」

エリカと澪はお互いにはっと顔を見合わせ、

「温泉!」
「おんせん!」

同時に歓喜の声を上げた。
二人共、瞳を爛々と輝かせ、澪に至っては勢い余ってテーブルから身を乗り出した。

「もちろん泊まらせてもらうよ~。」
「了解っす。じゃあ卯丸町に行く日が決まったら自分に連絡してください。紹介枠ってことにして、特別プランで予約しとくんで。」
「やった~。もう善太くん大好きっ!」

澪はいきなり抱きつくと、善太の顔を自分の胸にぐりぐりと押し付けた。
まるで小さな子供をあやすかのような気軽さで。

「~~~~~~!」
「ちょ、ちょっと澪、そんなことしたら善太君が窒息するわよ。」
「あれれ、ほんとだ。ごめんよぉ~。」

エリカに指摘された澪は慌てて手を離し、もがき苦しんでいた善太を解放した。

「ぷはあっ。自分、幸せっす……」

純真な高校生男子には少しばかり刺激が強かったらしい。
顔を上気させた善太は鼻血を出してソファに卒倒してしまった。

「依頼人をノックアウトしてどうすんだよ……」

澪の頭上を飛ぶアレイスターがやれやれとばかりにため息をついた。





そして一週間後、卯丸町へと向かう当日。
工房の前には、白と深い赤色のボディを持つバイクにまたがる、防寒着を着込んだ澪とエリカの姿があった。

「とりあえず今日は卯丸町に移動するだけにして、例の魔獣を探すのは明日にしましょ。」
「りょ~かいだよ、エリたん。温泉目指して突っ走るからどーんと任せてねっ。」
「目的がすり替わってる気がするけど……まあいいわ、確かに温泉は楽しみだしね。」
「それじゃ、いざレッツゴー!」

陽気な掛け声を合図に澪はアクセルを回し、はるか北を目指して愛車を発進させた。
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