魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第6章 秘匿された生命

6-3 極楽天国

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午前中に工房を出発した澪とエリカは、道すがら見つけた名所を観光したり、途中で昼食をとったりしつつバイクを走らせた。
冬場は日中の時間が短い。
目的の卯丸町に到着した頃には、既に日が西へと傾きつつあった。

「卯丸町に着いたよ~、エリたん。」
「この辺りは平地でまだまだ街中って感じね。暗くならないうちに、山の方にある旅館まで行きましょ。」
「りょーかい!」

澪は愛車を自由自在に駆ってさらに道を進んでゆく。
そして、とうとう目当ての場所、善太の親族が経営する温泉旅館に辿り着いた。

「ここね。善太君に教えてもらった通り、玄関に碧楼閣って書いてある。間違いないわ。」
「おお~!すっご~い!」

見る者を圧倒するような威容を誇る和風の建物。
瓦葺きの屋根と木造の柱、真っ白な漆喰でできた壁、それら全てが歴史と伝統を感じさせる。
薄暗くなりつつある空の下、軒下に置かれた行灯や、窓から漏れる暖色系の明かりがとても幻想的である。

旅館の中に入ったエリカが受付で名前を告げると、従業員は「少しお待ちください」と言い残し、奥の部屋へと引っ込んでしまった。

「あれれ、ちゃんと予約できてなかったのかな~?」
「善太君が代わりに連絡してくれたはずだから、そんなことはないと思うけれど……」

不安な様子で待つ二人の元にしばらくして従業員が戻ってきた。
その隣に立っているのは、桜色の着物に白い帯を締めた初老の女性。

「お待たせして申し訳ございません。白羽根様と雛塚様ですね。わたくしは当旅館の女将を務めている、梅里と申します。甥の善太からお二方の話は聞いております。」

女将はとても礼儀正しい言葉遣いで挨拶した。
従業員が一度席を外したのは彼女を呼びに行くためであったらしい。

「私は白羽根エリカで、こちらは友人の雛塚澪です。よろしくお願いします。」

エリカも丁寧に一礼した。

「このたびは父の依頼にご対応頂けるとのことで、誠にありがとうございます。当館がご提供できる最大限のおもてなしをさせていただきますね。」

にっこりと柔らかに微笑む女将。
その言葉の端や一つ一つの所作には洗練された気品を感じさせる。

「やった~!ありがとうございま~す。頑張って依頼を解決しちゃいますねっ。」
「もう、あなたは私のお手伝いでしょ。」

自分が主役であるかのように振る舞う澪をエリカは呆れた目で見つめた。
一つ咳払いをすると、気を取り直して女将に向き直る。

「今、父の依頼とおっしゃっていましたが……」
「きちんと説明せず申し訳ありません。善太は私の妹の子供なんです。なので、彼の祖父が私の父にあたるということですね。」
「なるほど、よく分かりました。」

疑問が解けたエリカが手をポンと叩く。

「それではお部屋までご案内しますね。私の後についてきてください。」

女将に付き従ってエリカと澪は旅館の長い廊下を歩き始めた。



「うわ~!見て見てエリたん、すっごく広いよ~。」
「本当ね。これは立派なお部屋だわ。」

案内されたのは旅館3階の角にある一室。
二人には十分すぎるほどの広さを持つ、趣のある畳敷きの和室が用意されていた。
意気揚々と部屋に上がった澪は部屋の中を一通り眺め回す。
そして最後に、障子戸を開けて縁側に出ると、

「さあ、このスペースはどんな感じ――えっ。」

思わず息をのんだ。

「澪、どうしたの?――こ、これは。」

障子戸の先を覗き込んだエリカは驚きの声を上げた。
窓ガラスの外に広がっていたのは広大な銀世界。
星空の下、木々に雪が降り積もった冬山。
闇にそびえる巨人のような、威風堂々たるその佇まいは、見る者を圧倒する壮麗さである。

「驚きました。とても美しい景色ですね。」

しばし景色に見惚れていたエリカはようやく振り返ると、女将に感想を告げた。

「当館自慢の冬景色、ご満足いただけたようで何よりです。」

畳の上で正座した女将が心底喜ばしそうに微笑む。

「それでは、お食事の時間はいつ頃にいたしましょう。例えば19時などいかがでしょうか。」
「はいっ、大丈夫で~す。」

食い気味で即答した澪を見てエリカが苦笑した。

「承知しました。では、それまでごゆっくりおくつろぎください。」

女将は畳に手を付けて丁重に座礼すると部屋を後にした。



お待ちかねの夕食の時間になり、浴衣に着替えたエリカと澪は向かい合って座布団の上に座った。

「おお~、すごいすごい。見るからに美味しそうだよ~。じゅるり。」

澪が目をキラキラと輝かせ、テーブルの上に並ぶ豪華絢爛な料理の数々を眺め回す。
刺身の盛り合わせ、牛焼肉 、野菜の天ぷら、カニの足……更には様々な小鉢が視界を埋めつくす。
二人は行儀よく手を合わせると、

「いただきます。」
「いっただきま~す。」

各々料理に手を付け始めた。
薄く切られたマグロやブリなどの新鮮な海の幸に舌鼓を打ち、お吸い物のダシのきいた香りが鼻をくすぐる。

「口のなかでとろけるお肉、美味しすぎるぅ。あ~最高だよっ。生きててよかった~。」

天にも昇りそうなうっとりとした顔で澪が感動すれば、

「どの料理も本当に絶品ね。このカニなんて、今まで食べた中で一番美味しいかもしれないわ。」

箸を進めるエリカも満足そうに太鼓判を押す。
その様子を部屋の隅で眺めていたアレイスターは、思い立ったかのように飛び立つと、ひらひらと飛んでテーブルの角に止まった。

「おうおう、オマエらばっかり贅沢な料理を満喫しててズルいぜ。オレにもちょっとは楽しませてくれよ。」
「そう言われても、アレイスターはご飯を食べられないでしょう。」

蛾の姿をしているアレイスターは食べ物を口にすることができない。
というより、そもそも使い魔であるアレイスターに食事という行為は必要ない。
せいぜい飲み物を少し飲める程度で、基本的には主人であるエリカからの魔力供給さえあれば、十分に活動できる。

「それじゃアーくん、あたしのお肉のいい匂いを嗅がせてあげるよっ。ほれほれ~。」

不憫に思った澪が牛肉を一枚箸でつまみ、アレイスターの顔へと近付けた。
絶妙な焼き加減の肉の香ばしい匂いが触角を通じて伝わる。

「いやーマジで旨そうな匂いだぜ。こんないいモン食ってんのかよ、オマエら。こりゃ明日は気合入れて働かねーとな。」
「あ、そういやお仕事でここまで来たんだったねっ。」
「忘れてたのかよ!」

ツッコミを入れるかのようにアレイスターが羽根で澪の手を叩いた。



「いくら使い魔でも女性の裸を見るのは許されないと思うから、アンタは部屋でお留守番していてちょうだい。」
「それともアーくんは一人で男湯に入る~?」
「いやいや、蛾は水の中に入ったら溺れちまうぜ。オレは大人しく部屋で待ってるから、オマエらだけでさっさと行ってこい。」

豪華すぎる夕食を終えたエリカと澪はそんなやり取りの後、念願の温泉へとやってきた。
アレイスターは少々不満そうであったがどうしようもない。
後でコーヒー牛乳でも持っていってあげようと思いながら、エリカは大浴場の湯船に入る。

「はあ、これは癒されるわね。」
「極楽、ごくらくぅ~。ふああ、この世の天国だよぉ~。」

うっすらと硫黄の香りが漂う空間、二人はゆっくりと肩まで浸かり、しばし無言で至福の時を過ごす。
ふとエリカが曇ったガラスドアの先を見ると、細い通路があった。
どうやら大浴場の外にも空間が続いているようだ。

「澪、あそこから外に出れるみたいよ。」
「むむ、ということはもしかして――」

湯船から出てドアを押し開けた二人は、その先に広がる光景に感激した。

「「露天風呂~っ!」」

ゴツゴツとした岩で囲まれた湯船、その上を遮るものは何もなく、一面に広がるのは澄み渡った星空。
立ち昇る湯気の向こうには、部屋の窓越しに見えていた白銀の雪山が手の届きそうな距離に。
まさに絶景という言葉がふさわしい。
雄大な自然を前にして、二人は並んで露天風呂に浸かった。

「お仕事で来ただけなのに、こんなに贅を尽くしたおもてなしをしてもらえて、私達は幸せ者ね。」
「ほんとにそうだね~。」

長い白髪を後ろでまとめたエリカがしみじみと感想をこぼした。
温かなお湯に全身を包まれる、極上の感覚をエリカが味わっていると、澪がいつになく真面目な声色で口を開く。

「ねえエリたん、あたし最近思うんだけどさっ、どうしてこの世界には魔女なんているんだろうね?」
「急にどうしたの?澪。」

湯けむり越しに見える澪は頬に手を当てて悩ましげである。

「自分が魔女だって分かってから、ずっと不思議なんだよね~。だって、世の中のほとんどの人は普通の人間で、ほんの一部の家系だけ、生まれる女の子が必ず魔力を持ってるんでしょ。男の子の場合は、そうじゃないことも多いみたいだけどっ。」
「その通りよ。特定の限られた血筋にだけ代々魔女が生まれ続ける。今まで魔女がいたことのない家系に突発的に魔女が生まれることは、決してないわ。」

エリカは薄い乳白色のお湯を手ですくい、肩にかけながら疑問に答えた。

「じゃあ、ご先祖様をずっとずっと昔まで遡っていったら、どこかで『初めて魔法が使えるようになった人』に行き着くってことだよねっ。その人はどうやって魔力を手に入れたんだろ?特別なリンゴを食べたりしたのかな~。」
「アダムとイブじゃないんだから違うと思うけど……魔女の起源は私も気になっているわ。でも、工房にある本の中に、魔女の歴史について書かれているものは一つもないのよね。」
「あんなにたっくさん本棚があるのに!?変なの~。」

工房を訪れるたびに嫌でも目に入る、壁一面に並んだ本棚を思い返し、澪は眉をひそめた。
そのまま水面に顔の下半分を沈めてブクブクと息を吐く。

「確かにおかしいわよね。何か理由があるのかもしれないけれど、記録が何も残っていない以上、今となっては知る術はないわ。」
「魔女の歴史の裏側に隠された真実とはいかに!?な~んてね。まっ、これから色んな人の依頼を解決していくうちに、ちょっとでも何か分かったらいいねっ。」

澪は立ち上がって湯船のへり、岩の上に腰を下ろした。
夜空を見上げながら湯で火照った体を冷ます。
すらりとした体から立ち昇る蒸気と、肢体に沿って流れ落ちる水滴が妙に艶めかしい。

「そうね――って、改めて見ると澪はモデルみたいなスタイルをしているわね。羨ましいわ。」

エリカも浴槽から上がると湯船のへりに座る。
そこに、妖しい目つきをした澪がいそいそと擦り寄ってきた。

「いやいや、何を言っておりますかお姉さ~ん。エリたんだってほどよい肉付きのいい体してるでしょ~。ほらほら~。」
「ちょ、ちょっと、何してるのよ。くすぐったいわ。」
「おお~、ぷにぷにだねっ。」

澪がエリカの二の腕を握ってその柔らかな感触を満喫する。
そんな子供っぽいやり取りの最中、二人が気付かぬうちに、露天風呂には他の宿泊客がやってきていた。

「あ……。」

気まずそうにうつむくエリカ。
二人が他の客に不審な目で凝視されたのは言うまでもない。
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