魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第1章 忌まわしき力

1-6 後始末

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突如としてエリカの視界に入ってきたのは、上から下まで全身黒ずくめの男。
その見た目を端的に表すなら、まさしく忍者という言葉がふさわしい。
細身の黒い装束に身を包み、頭と口元を黒い布で覆っている。

ただ一点、普通の忍者と大きく異なるのは、左胸の部分。
ちょうど心臓の辺りに、アメーバのような奇妙な物体が装束の上から貼り付き、その中心には不気味な赤い核が蠢いている。

正体不明の男の登場に、エリカは体をこわばらせた。
やっとの思いで姿勢を正して杖を構えるが、それもあくまでハッタリ。
先程までの戦闘ですっかり体力を使い果たしてしまい、実際には魔法を使える余力など残っていない。

「あなたは、誰?一体何の用かしら。」

エリカが露骨に警戒しつつ問いかけると、

「案ずるな、落ち着くがよい。今ここで貴殿に危害を加えるつもりは毛頭ない。」

低い声、威厳を感じさせる口調で、忍者男は答えた。
そして道路に膝をつくと、地面に倒れ伏している凱人の口元に耳を近付ける。

「――まだ息はあるようだな、結構。ならば、今後も我らにとって利用価値があると見える。この男は回収させてもらう。」

忍者男は凱人の生存を確認すると、いとも簡単に右肩へと担ぎ上げた。
これら一連の行動と言動から、エリカはこの男の正体を察する。

「もしかして――あなたも彼と同じくタナトスの構成員、つまりウィッチハンターということ?」

忍者男は目を細め、口元を覆う布の中で苦笑した。

「ふっ、流石に分かるか。左様、拙者もウィッチハンターである。ただ、この野蛮な男と一括りにされるのは心外だがな。」

胸の赤い核に手を当て、忍者男はさらに語り続ける。

「此度はこの男を回収しに参ったのみ。何度も申すが、今はまだ貴殿を狩る意思はないゆえ、安堵するがよい。」
「『今はまだ』というのが気になるけど……。その言葉、とりあえず信用していいのね?」
「いかにも。拙者に二言はない。」

言って、忍者男は背後を振り返った。
視線の先にいたのは、遠く倉庫の陰に隠れ、一部始終を見ていた萌。

「そこのお主!」
「は、はいっ!?」

まさか自分が話しかけられるとは思っていなかった萌が、困惑の声を上げる。

「この男が多大なる迷惑を掛けていたようだな。此奴に代わって心底お詫び申し上げる。今後二度と、お主には接触させぬと誓おう。」
「は、はあ……」

思いもよらない謝罪の言葉に、萌は返す言葉が見つからない。
一方の忍者男はひとしきり伝え終わると、顔を戻して再び正面を向いた。
そして、エリカをまっすぐに見据えて口を開く。

「また縁があれば会うこともあろう――魔女の娘よ。いや、いずれ貴殿とは相まみえる予感がするな。」
「それはどういう意味かしら?」
「ふっ、戯言ゆえ気にするな。では失礼する、御免!」

忍者男は胸元から白い球を取り出すと、真下に向かって強く投げつけた。

「待ちなさい!」

破裂した球から白煙がもうもうと立ちこめ、視界が奪われる。
エリカは目を凝らして必死に探すが、煙に阻まれ見つけることができない。

煙が晴れると、そこに忍者男と凱人の姿はなかった。

張り詰めていた緊張感が解け、エリカの満身創痍の体が再び悲鳴を上げる。
自分の体に目を落とすと、鮮やかな瑠璃色であったはずのローブは裂けて破れ、血の朱色に染まっている。

(これ以上はもう限界ね……。早く工房に戻って、アレイスターの治療もしないと。)

時刻は既に深夜の3時。
道路、電柱、信号機、ブロック塀、ガードレール――、ありとあらゆるものが腐って溶けて穴が開き、見渡す限り壮絶な戦いの跡。

安全を確認し、恐る恐る歩いてきた萌に向かって、エリカは声を絞り出した。

「これで、戦いは終わりました……。さあ、私達も……帰りましょう。」
「だ、大丈夫ですか!?救急車を呼びましょうか?」

未だ動揺が収まらずに慌てる萌を制し、エリカは気丈に答える。

「いえ……、その必要はないです。呼んだところで、とても事情なんて……話せませんし、かえって面倒なことに……なるだけですから。」

話しつつ、エリカはどこから取り出したのか、おもむろに赤色の錠剤を手の平に乗せ、口に放り込んだ。

「……今のは、一時的に体力を回復する魔法の薬です。副作用もありますけど……。ふう、これでひとまず、問題なく帰れると思います。」
「ほ、本当ですか?」
「工房に戻れば本格的な治療もできますし、大丈夫ですよ。赤桐さんも、気を付けて帰ってくださいね。」
「わ、分かりました。お気を付けて……」

そこでエリカと萌は分かれ、各々の家路についた。
静謐が辺りを支配する中、エリカはふと上を仰ぎ見る。
そこには、見渡す限り満天の星空が広がっていた――





その翌日。

「う、う~ん……」

昼過ぎまで泥のように眠っていたエリカが目を覚ます。
体の傷や痛みはある程度回復していた。
というのも、彼女が住んでいる工房には恒常的な治癒魔法が仕掛けられており、部屋の中にいるだけで、徐々に傷が癒えてゆく仕組みになっているため。

もちろん、エリカ自身がそんな大それた魔法を扱えるはずがない。
2階の部屋の壁に吊り下げられている、かつて母親が膨大な魔力を注ぎ込んだランタン。
そこから放たれる暖かな光の効果である。

(まだ本調子じゃないけど、このままもう一日くらい経てば、ほとんど回復できそうね。)

一方のアレイスターは、机の上で羽を下ろし、すやすやと眠っている。

(良かった、大丈夫みたい。)

羽の傷がひどく、ランタンの効果だけでは回復に時間がかかりそうだったため、エリカ自身の魔力を注入して治癒を早めてある。

ベッドの端に座り、窓から覗く陽光を眺めながら、物思いにふけるエリカ。

怒りの感情が爆発したあの時、自分の身に何が起きたのか?
記憶から抜け落ちた空白の時間、自分は一体何をしていたのか?
なぜ鉤爪の男は、あんなにも無残な姿で倒れていたのか?

(私は、どうしてしまったの――)

答えが得られぬまま悶々と思案していると、

「んっ、ああ……」

アレイスターの目がゆっくりと開いた。

「目が覚めたのね!大丈夫?」
「おう、まだあちこち痛みは残ってるが……羽に開いた穴はほとんど塞がってるし、だいぶ良くなってるな。もう1、2日経てば問題なさそーだぜ。」
「良かった……、心配したんだから。」

安堵の声を漏らしたエリカは意を決し、ずっと気になっていた疑問を口にした。

「昨日の夜、私に一体何があったの?殺される寸前まで追い詰められた後、突然記憶がなくなって、気が付いたら鉤爪の男が傷だらけで倒れていて……。ねえ、アレイスターは知っているんでしょう?」
「あー、そうだな……。簡単に言うと、アレは『力の暴走』ってヤツだ。」

アレイスターは重い口を割り、少し言いづらそうに答えた。

「力の暴走?」
「あくまで推測だけどよ、強烈な感情が引き金になって、オマエ自身も知らなかった、内に眠っていたとんでもねぇ力が解放されたんだろーな。そして我を忘れて暴走してしまった、と。」
「とんでもない力……。」

エリカは左右の手の平を開き、不思議そうに見つめる。

「その力を使って、私が鉤爪の男をあんなボロボロにしたってこと?」
「ま、そーいうことだな。」
「あの男の両腕、気持ち悪いくらいドロドロに溶けていたけれど――それも私がやったの?」
「ああ。オマエが放った紫色の炎が、アイツの腕を蝕んで腐らせたんだぜ。」

紫色の炎?
腕を蝕んで腐らせた?
予想だにしないアレイスターからの言葉に、エリカの頭は混乱する。

(初歩的な魔法しか使えない私に、そんな力はないはず……。)

額に手を当て、必死に思考回路を働かせるエリカ。
そこに、アレイスターがさらに解説を加える。

「オレの見立てじゃ、ありゃあ『腐蝕』の力だな。」
「腐蝕……?そんな種類の魔法、聞いたことがないわ。」
「普通はそうだな。けどよ、こんな言い伝えを聞いたことがある。確か――」

と、アレイスターが言いかけたところで玄関の呼び鈴が鳴り、会話は中断した。

「あ、お客さんみたいね。また後で続きを教えてちょうだい。」

エリカは2階からゆっくり階段を降り、玄関へと向かう。
ドアを開けると、そこには両手を体の前で揃え、緊張した面持ちの萌が立っていた。

「あっ、あの……」
「あ……、赤桐さん。こんにちは。」

昨夜の一件を思い出したエリカは言葉に詰まる。
何といっても、彼女の元カレだった男性を殺しかけたのである。
どんな顔で向き合えば良いのか、何と声をかければ良いのか、まるで分からない。

二人の間に気まずい沈黙が流れる。
重い空気の中、萌がおずおずと口を開く。

「き、昨日のお礼と、依頼料をお渡しするために来ました。」
「そうでしたか。わざわざ……ありがとうございます。」

もともと控えめな性格に輪をかけて、今日の萌は落ち着かない様子。
顔はうつむき、視線を合わせようとしない。

「せっかくなので、もし良かったら中でお茶でもどうですか?」
「い、いえ!だ、大丈夫です!」

エリカの丁寧な提案にも、萌は素早く頭を横に振って遠慮する。

(そこまで拒否しなくても……。まあ、昨日の私の残酷な所業を考えれば、怯えてしまうのも仕方ないか。)

エリカは依頼人との間にできた心の壁を感じ、一抹の寂しさを覚える。

「昨日は本当にごめんなさい、とても怖い場面を見せてしまって。元カレの方も、あんな状態にしてしまって……。」
「き、気にしないでください。も、もう凱人のストーカーに悩むこともなくなるので、これで良かったんです。」

という言葉とは裏腹に、萌の表情は無理矢理作ったような笑顔。
目は泳いでいて視点が定まらない。

「こ、こちらが今回の依頼料です。」

萌はバッグから封筒を取り出し、丁寧な所作でエリカに手渡すと、

「ほ、本当にありがとうございました!」

早口でそれだけ言ってすぐに背を向け、小走りで立ち去ってしまった。

「待って!赤桐さん!」

必死の呼びかけも虚しく、萌が振り返ることはない。
秋晴れの空の下、エリカは呆然と立ち尽くしたまま、遠ざかる依頼人の後ろ姿を見つめていた。



依頼人が帰った後、エリカは玄関先で大きなため息をつく。
そこに、部屋の中から一部始終を見ていたアレイスターが飛んできた。

「エリカ、そんなに気を落とすな。」
「うん、分かってるわ。でもやっぱり、私の自業自得とはいえ、あそこまで怖がられちゃうとショックよね……。」

エリカは右手で顔を覆い隠してうなだれる。
彼女の白く美しい長髪が、左右の肩からはらりと落ちた。

依頼人の萌は自分をひどく恐れ、怖がっていた。
彼女は自分をやんわりと避け、距離を置いていた。
暴走中のことで自分の意志ではなかったとはいえ、昨夜犯してしまった、猟奇的な行為のせいで。
やるせない気持ちに、エリカはもう一度ため息をつく。

「まあ、今回は仕方ねーだろ。ああやって暴走してなけりゃ、実際オマエは殺されてたんだからな。」

思い悩むエリカの肩にアレイスターが止まり、励ましの言葉をかける。

「終わっちまったことを嘆いても仕方ねーし、今後のことを考えようぜ。あの忍者男の口ぶりからして、オレ達はタナトスに目を付けられた可能性が高い。用心しねぇとな。」
「そうね、ありがとう。確かに落ち込んでばかりもいられないわね。」

エリカは顔を上げ、一歩、また一歩と玄関から外に向かって足を踏み出す。

「ウィッチハンターに負けないためにも――」

太陽に向かって手を伸ばすと、開いた手の平に現れる杖。

「母さまのように、もっと強くて一人前の魔女にならなくちゃ。」

握りしめた杖の先端で、クリスタルが陽光を反射し、未来を照らす光のように眩く煌めいた。
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