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第3章 狂気の科学者
3-4 胸打つ演技
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その後も撮影は順調に進み、夕方の16時には今日の予定が全て終了した。
まだ日差しが残る空の下、スタジオの入口前で談笑する一同。
「あ~、終わったわ~!」
「お疲れ様、ヒカル。今日も最高だったね。シリアスな展開によくマッチした、素晴らしい演技だったと思うよ。」
両腕をグッと伸ばしたヒカルの頭を、屈んだ啓二が優しく撫でる。
「ありがとう!もう、啓二はいつも褒めるのが上手いんだから~。」
「ちょっと、ヒカル、痛いよー。」
ヒカルは嬉しそうな笑顔を見せ、啓二の頭を両手で抱きかかえて揺さぶった。
「――しかし撮影が上手くいきすぎて、外が暗くなる前に終わってしまったなぁ。これなら、今日は帰りの護衛は必要なさそうだ。うーん、わざわざ来てもらったのに申し訳ない。」
今度はきまり悪そうに苦笑いする啓二に対し、
「いえいえ、ヒカルちゃんのすごい演技を間近で見れて満足です!そうよね、アレイスター?」
「ああ、エリカの言う通りだ。ここまで見に来た甲斐があったぜ。」
エリカとアレイスターは興奮気味の声で返した。
「それじゃあ、また明日もよろしく頼むよ。明日の撮影は夕方開始で夜までかかる予定だから、今度こそ護衛をお願いすることになると思う。」
「分かりました。しっかり準備しておきますね。」
そしてエリカと啓二は軽く明日の確認をして、それぞれの帰途につく。
「エリカお姉ちゃん、また明日!」
「うん、明日もよろしくね。」
車に乗り込むヒカルに手を振りながら、エリカは駅に向かって歩き出した。
・
・
・
翌日の夕方、エリカは昨日と同じ黒いワンピース姿で、港にほど近い都会の臨海部に来ていた。
というのも、この場所が今日のロケ地だと啓二から聞いていたためである。
静かに、ゆっくりと規則的に海面を揺らすさざ波。
目の前を流れる運河に停泊する白い遊覧船。
運河の対岸に屹立するのは、どれも30階程度の高さはあろうかという複数の高層ビル。
幅の広い遊歩道で立ち止まると、エリカは柵に両腕をかけてもたれかかり、海に沈みゆく夕日を眺める。
不意に通り過ぎる、磯の香りをほのかに乗せた海風。
エリカはひらりと風になびいた白い髪を手で押さえつけた。
「ププッ、な~に女優みたいにカッコつけてんだか。まだオマエには100年早いぞ。」
その様子を見て、すぐ隣で柵の上に止まっていたアレイスターが茶化した。
ショルダーバッグの中にずっと隠れていた昨日とは違って、屋外にいられる今日は心なしか生き生きとしている。
「たまにはいいじゃない。それなりに様になっているでしょう?」
「ハッハッハ、本気で言ってるのか?大人の魅力ってモンが全然足りてねーなぁ。」
「う、うるさいわね。あと2、3年もすればきっと――」
海を前にしてエリカとアレイスターが雑談していると、
「エリカお姉ちゃん、今日もよろしくね!」
小走りで向かってくるヒカルの姿が。
「はあはあ、ヒカル、ちょっと待ってくれよ~。」
さらにその後を追いかける啓二も続く。
「ヒカルちゃん、今日も頑張って。楽しみにしてるね。」
「うん、最高の演技を見せてあげるわ!」
エリカと話せて満足したのか、ヒカルはクルリと背を向けて、今度は来た道を引き返す。
そして、街路樹の下で集まっている撮影スタッフ達のもとへと走って向かった。
「ほら啓二、こっちよ!」
「ヒカル……、少しはケガ人を気遣ってくれ……」
あばら骨が折れているにも関わらず、せわしなく走り回るヒカルに振り回され、ついつい弱音を吐く啓二。
(でも啓二さん、まんざら悪い気分でもなさそうね。)
機材を運び準備を進めるスタッフを眺めつつ、エリカは撮影が始まるのを待つ。
しばらくして完全に日が落ち、暗くなった遊歩道に街灯の明かりが点る。
闇に染まる海を背景にして撮影が始まった。
新しい母親が買い物に行っている間に、ヒカル演じる真悠が家出するシーン。
真悠があてどもなく街をさまよい歩くシーン。
いなくなった真悠を母親が必死に探し回るシーン。
着々とスケジュールは進んでゆく。
そして最後に撮影するのは、真悠が怪しい男に声を掛けられ、誘拐されそうになる場面。
物語一番の見せ場となるシーンである。
真剣な面持ちのヒカルとスタッフが所定の位置につき、しばしの静寂の後、
「よ~い、アクション!」
大きな掛け声を合図に撮影がスタートした。
『寒いよ……寂しいよ……』
遊歩道沿いのベンチに一人で座り、今にも泣き出しそうな顔で、漆黒の海を眺める真悠。
彼女の元に、一人の怪しげな中年男性が近付く。
顔には無精ひげが生え、汚れた黒いジャンパーを羽織ったその男は、真悠に声を掛けた。
『そこのお嬢ちゃん、一人ぼっちでどうしたのかな?よかったらおじさんの家に来るかい?家の中はあったかいし、美味しいご飯も食べさせてあげるよ。』
『ううん、大丈夫です。』
『まあそんなこと言わないでおくれよ。こんなところにずっといたら、風邪をひいちゃうぞ?ほら、おじさんと一緒に行こうか。』
『ちょっと、やめてっ!』
嫌がる真悠の腕を、怪しい男が掴んで引っ張ろうとした瞬間、
『その子から手を離しなさい!』
一人の女性が大きく息を切らしながら走ってきた。
長い黒髪を乱して立ち止まった彼女は、真悠の新しい母親。
『誰だい、あんたは?』
『私はその子の――真悠の母です!』
怪しい男の問いかけに、母親は胸に手を当て、鋭く響き渡る声で答えた。
『私の真悠に、あなたは何をしているのですか!?』
(チッ、何てタイミングの悪い――仕方ねぇ、今回は手を引くか。)
男はほんの一瞬、意地の悪い顔をしたかと思うと、すぐに作り笑顔に戻して真悠から手を離した。
『えっ!?……ありゃ、てっきり親戚の子どもによく似ていたもんで、声掛けちゃいましたわ。人違いだったみたいですね、すんません。ハハハ。』
そして苦しい言い訳を残しつつ、ヘラヘラとした顔で小走りに去っていった。
『真悠!!』
男の姿が見えなくなると、母親は目を涙ぐませて真悠に駆け寄り、思い切り抱き締めた。
『どうして……来てくれたの?』
消え入りそうな声を絞り出す真悠に、母親は感情を込めて答えた。
『そんなの決まっているでしょう?あなたは私の娘だからよ。愛しているからよ!』
『ありがとう、お母さん……』
真悠はこの時初めて、新しい母親のことを”お母さん”と呼んだ。
二人はお互いの肩に顔を埋め、長い間抱き合っていた。
「はい、オッケー!」
監督の声が高らかに響き、このシーンの撮影が完了した。
これで今日予定されていたスケジュールは全て終了。
「今日も見応えがあったわね。ほんと、ヒカルちゃんの演技はすごいわ。真悠の複雑な内心を、表情、声色、態度、全部使って的確に表現してる。」
「あの母親役も流石だったな。不審者役のおっさんも不気味な雰囲気が出てて良かったぜ。」
木陰で撮影を見守っていたエリカとアレイスターが、熱く感想を語り合う。
「こうやって見学に熱中してると、お仕事で来ているってことを忘れそうになるわね。」
「だがオレ達にとっての本番はこれからだ。家に帰るまでが護衛、ってな。もちろん分かってるだろーが、気を抜くなよ?」
「忠告ありがとう、大丈夫よ。それじゃ、行きましょ。」
今の時刻は20時。
これから湯城家に帰るとなれば、夜の闇に紛れてウィッチハンターが襲ってくる可能性は十分にある。
エリカは気を引き締め直し、トレードマークの私服、赤いワンピースに着替え終わったヒカルの元へと向かう。
「今日もすごかったね、ヒカルちゃん。お母さん役の人と抱き合う最後のシーンなんて、感動してつい泣きそうになったわ。」
「ありがとう、嬉しいわ!一生懸命、気持ちを込めて真悠になりきったのよ。ただ、頑張りすぎてちょっと疲れちゃったわね。」
ヒカルは笑顔で答えたものの、さすがに疲労の色を隠し切れていない。
「早くお家に帰って、みんなでご飯を食べたいわ。」
「そうだな、今日のヒカルはよく頑張ったから、大好物のハンバーグでお願いしておいたよ。今頃、家でヒカルのお母さんが準備してくれてるはずさ。」
「ほんと!?うれしい!さすが啓二ね!」
街灯が照らす明かりの下、しゃがんで語りかける啓二と、目を輝かせて喜ぶヒカル。
その仲睦まじい姿を見つめるエリカとアレイスター。
彼らの背後では、打ち寄せる波が静かに音を立てている。
「さあ、そろそろ家に帰ろうか。昨日とは違ってもう夜だし、奴らが襲ってくるかもしれない。白羽根さんには今日こそ護衛をお願いしたいから、一緒に車に乗ってくれるかい?」
「もちろんです。そのために私達は来たわけですから。」
啓二の呼びかけにエリカは即答し、皆で駐車場へと向かう。
手をつないで歩く啓二とヒカルの後ろで、エリカは付かず離れずついてゆく。
しばらく歩いて駐車場に着くと、啓二が水色の軽自動車のカギを開けた。
「……よし、これくらいで大丈夫だろう。後ろの座席に座ってもらえるかな?」
後部座席の荷物を整理し、一人が座れる程度のスペースを確保した後、エリカを車内に促す。
「分かりました。よいしょ、っと。」
後部座席にエリカ、助手席にヒカル、運転席に啓二と、それぞれが乗り込む。
エンジンがかかるとヘッドライトが煌々と点り、車がゆっくりと発進した。
・
・
・
エリカ達が乗る車は港湾部を少し走行した後、高速道路に入った。
都会を貫く高架上の高速道路であり、その下には一般道、左右には密集して立ち並ぶビル群。
夜空の星がかすむほどの建物の明かりは、まさに都会の夜景といった様相。
所々で大きなカーブを経由しながら、車は快調に飛ばす。
「そういえば、あばら骨が折れていても運転に支障はないのですか?」
ふと気になったエリカが後部座席から尋ねると、
「心配してくれてありがとう。でも、ほとんど影響はないよ。車の運転なんて、ただ座って手足を軽く動かしているだけだからね。」
啓二は全く問題なさそうに、右手を上げてひらひらと振った。
ハンドルさばきも慣れた手つきである。
「高速道路なんか乗らなくても、下道で家まで帰れねーのか?往復で高速使ったらまあまあ料金高いだろ?」
今度はエリカの膝の上に止まっているアレイスターが、啓二に話を振った。
「ハハハ、確かにそうかもしれないね。でも、家でヒカルとゆっくり過ごす時間は何物にも代えがたいんだ。だから、多少お金がかかったとしても早く帰れる方を選ぶよ。当然のことさ。」
そう言って、啓二が助手席に座るヒカルをチラリと見ると、
「も、もう!啓二ったら、恥ずかしいじゃない!」
ヒカルは恥ずかしそうにそっぽを向き、
「ヒュウ!愛されてるなぁ、ヒカル!」
ここぞとばかりにアレイスターが茶化した。
車内で会話が続く間に、車は大きな川に架かる橋を渡っていた。
視界が一気に開け、眼下に広がる水面には、金色に輝く月が映る。
窓に明かりのついた多くの高層ビルが、車の進むはるか前方にそそり立つ。
エリカ達が渡る橋のすぐ横に見えるのは、斜張橋と呼ばれるタイプのもう一本の橋。
橋の途中には大きな二本の塔がそびえ、そこから下に向かって放射状に伸びている無数のケーブルが大きな存在感を放つ。
――しかし、その塔の頂に、有り得ないものが存在していた。
高さ50 m以上はあろうかという塔の上に、こちらを向く異形の人影が。
(あれは――まさか!!)
気付いた瞬間、エリカの背筋に悪寒が走る。
「啓二さん!思いっ切りスピードを上げて!」
焦るエリカは運転席と助手席の間から身を乗り出し、衝動的に大声で叫んだ。
「え!?何だい、一体どうしたんだ?」
「いいから早く!」
尋常ではないエリカの剣幕を感じ取り、啓二はアクセルを強く踏み込む。
が、時すでに遅し。
塔の上にいた何者かは跳び上がると、まるで戦闘機のように猛スピードで空を裂き、車目がけて突撃してきた。
「キャ――――――――――!!」
車内に響き渡る、ヒカルの叫び声。
次の瞬間、凄まじい衝撃とともに、エリカ達の乗る車は宙に吹き飛ばされた。
まだ日差しが残る空の下、スタジオの入口前で談笑する一同。
「あ~、終わったわ~!」
「お疲れ様、ヒカル。今日も最高だったね。シリアスな展開によくマッチした、素晴らしい演技だったと思うよ。」
両腕をグッと伸ばしたヒカルの頭を、屈んだ啓二が優しく撫でる。
「ありがとう!もう、啓二はいつも褒めるのが上手いんだから~。」
「ちょっと、ヒカル、痛いよー。」
ヒカルは嬉しそうな笑顔を見せ、啓二の頭を両手で抱きかかえて揺さぶった。
「――しかし撮影が上手くいきすぎて、外が暗くなる前に終わってしまったなぁ。これなら、今日は帰りの護衛は必要なさそうだ。うーん、わざわざ来てもらったのに申し訳ない。」
今度はきまり悪そうに苦笑いする啓二に対し、
「いえいえ、ヒカルちゃんのすごい演技を間近で見れて満足です!そうよね、アレイスター?」
「ああ、エリカの言う通りだ。ここまで見に来た甲斐があったぜ。」
エリカとアレイスターは興奮気味の声で返した。
「それじゃあ、また明日もよろしく頼むよ。明日の撮影は夕方開始で夜までかかる予定だから、今度こそ護衛をお願いすることになると思う。」
「分かりました。しっかり準備しておきますね。」
そしてエリカと啓二は軽く明日の確認をして、それぞれの帰途につく。
「エリカお姉ちゃん、また明日!」
「うん、明日もよろしくね。」
車に乗り込むヒカルに手を振りながら、エリカは駅に向かって歩き出した。
・
・
・
翌日の夕方、エリカは昨日と同じ黒いワンピース姿で、港にほど近い都会の臨海部に来ていた。
というのも、この場所が今日のロケ地だと啓二から聞いていたためである。
静かに、ゆっくりと規則的に海面を揺らすさざ波。
目の前を流れる運河に停泊する白い遊覧船。
運河の対岸に屹立するのは、どれも30階程度の高さはあろうかという複数の高層ビル。
幅の広い遊歩道で立ち止まると、エリカは柵に両腕をかけてもたれかかり、海に沈みゆく夕日を眺める。
不意に通り過ぎる、磯の香りをほのかに乗せた海風。
エリカはひらりと風になびいた白い髪を手で押さえつけた。
「ププッ、な~に女優みたいにカッコつけてんだか。まだオマエには100年早いぞ。」
その様子を見て、すぐ隣で柵の上に止まっていたアレイスターが茶化した。
ショルダーバッグの中にずっと隠れていた昨日とは違って、屋外にいられる今日は心なしか生き生きとしている。
「たまにはいいじゃない。それなりに様になっているでしょう?」
「ハッハッハ、本気で言ってるのか?大人の魅力ってモンが全然足りてねーなぁ。」
「う、うるさいわね。あと2、3年もすればきっと――」
海を前にしてエリカとアレイスターが雑談していると、
「エリカお姉ちゃん、今日もよろしくね!」
小走りで向かってくるヒカルの姿が。
「はあはあ、ヒカル、ちょっと待ってくれよ~。」
さらにその後を追いかける啓二も続く。
「ヒカルちゃん、今日も頑張って。楽しみにしてるね。」
「うん、最高の演技を見せてあげるわ!」
エリカと話せて満足したのか、ヒカルはクルリと背を向けて、今度は来た道を引き返す。
そして、街路樹の下で集まっている撮影スタッフ達のもとへと走って向かった。
「ほら啓二、こっちよ!」
「ヒカル……、少しはケガ人を気遣ってくれ……」
あばら骨が折れているにも関わらず、せわしなく走り回るヒカルに振り回され、ついつい弱音を吐く啓二。
(でも啓二さん、まんざら悪い気分でもなさそうね。)
機材を運び準備を進めるスタッフを眺めつつ、エリカは撮影が始まるのを待つ。
しばらくして完全に日が落ち、暗くなった遊歩道に街灯の明かりが点る。
闇に染まる海を背景にして撮影が始まった。
新しい母親が買い物に行っている間に、ヒカル演じる真悠が家出するシーン。
真悠があてどもなく街をさまよい歩くシーン。
いなくなった真悠を母親が必死に探し回るシーン。
着々とスケジュールは進んでゆく。
そして最後に撮影するのは、真悠が怪しい男に声を掛けられ、誘拐されそうになる場面。
物語一番の見せ場となるシーンである。
真剣な面持ちのヒカルとスタッフが所定の位置につき、しばしの静寂の後、
「よ~い、アクション!」
大きな掛け声を合図に撮影がスタートした。
『寒いよ……寂しいよ……』
遊歩道沿いのベンチに一人で座り、今にも泣き出しそうな顔で、漆黒の海を眺める真悠。
彼女の元に、一人の怪しげな中年男性が近付く。
顔には無精ひげが生え、汚れた黒いジャンパーを羽織ったその男は、真悠に声を掛けた。
『そこのお嬢ちゃん、一人ぼっちでどうしたのかな?よかったらおじさんの家に来るかい?家の中はあったかいし、美味しいご飯も食べさせてあげるよ。』
『ううん、大丈夫です。』
『まあそんなこと言わないでおくれよ。こんなところにずっといたら、風邪をひいちゃうぞ?ほら、おじさんと一緒に行こうか。』
『ちょっと、やめてっ!』
嫌がる真悠の腕を、怪しい男が掴んで引っ張ろうとした瞬間、
『その子から手を離しなさい!』
一人の女性が大きく息を切らしながら走ってきた。
長い黒髪を乱して立ち止まった彼女は、真悠の新しい母親。
『誰だい、あんたは?』
『私はその子の――真悠の母です!』
怪しい男の問いかけに、母親は胸に手を当て、鋭く響き渡る声で答えた。
『私の真悠に、あなたは何をしているのですか!?』
(チッ、何てタイミングの悪い――仕方ねぇ、今回は手を引くか。)
男はほんの一瞬、意地の悪い顔をしたかと思うと、すぐに作り笑顔に戻して真悠から手を離した。
『えっ!?……ありゃ、てっきり親戚の子どもによく似ていたもんで、声掛けちゃいましたわ。人違いだったみたいですね、すんません。ハハハ。』
そして苦しい言い訳を残しつつ、ヘラヘラとした顔で小走りに去っていった。
『真悠!!』
男の姿が見えなくなると、母親は目を涙ぐませて真悠に駆け寄り、思い切り抱き締めた。
『どうして……来てくれたの?』
消え入りそうな声を絞り出す真悠に、母親は感情を込めて答えた。
『そんなの決まっているでしょう?あなたは私の娘だからよ。愛しているからよ!』
『ありがとう、お母さん……』
真悠はこの時初めて、新しい母親のことを”お母さん”と呼んだ。
二人はお互いの肩に顔を埋め、長い間抱き合っていた。
「はい、オッケー!」
監督の声が高らかに響き、このシーンの撮影が完了した。
これで今日予定されていたスケジュールは全て終了。
「今日も見応えがあったわね。ほんと、ヒカルちゃんの演技はすごいわ。真悠の複雑な内心を、表情、声色、態度、全部使って的確に表現してる。」
「あの母親役も流石だったな。不審者役のおっさんも不気味な雰囲気が出てて良かったぜ。」
木陰で撮影を見守っていたエリカとアレイスターが、熱く感想を語り合う。
「こうやって見学に熱中してると、お仕事で来ているってことを忘れそうになるわね。」
「だがオレ達にとっての本番はこれからだ。家に帰るまでが護衛、ってな。もちろん分かってるだろーが、気を抜くなよ?」
「忠告ありがとう、大丈夫よ。それじゃ、行きましょ。」
今の時刻は20時。
これから湯城家に帰るとなれば、夜の闇に紛れてウィッチハンターが襲ってくる可能性は十分にある。
エリカは気を引き締め直し、トレードマークの私服、赤いワンピースに着替え終わったヒカルの元へと向かう。
「今日もすごかったね、ヒカルちゃん。お母さん役の人と抱き合う最後のシーンなんて、感動してつい泣きそうになったわ。」
「ありがとう、嬉しいわ!一生懸命、気持ちを込めて真悠になりきったのよ。ただ、頑張りすぎてちょっと疲れちゃったわね。」
ヒカルは笑顔で答えたものの、さすがに疲労の色を隠し切れていない。
「早くお家に帰って、みんなでご飯を食べたいわ。」
「そうだな、今日のヒカルはよく頑張ったから、大好物のハンバーグでお願いしておいたよ。今頃、家でヒカルのお母さんが準備してくれてるはずさ。」
「ほんと!?うれしい!さすが啓二ね!」
街灯が照らす明かりの下、しゃがんで語りかける啓二と、目を輝かせて喜ぶヒカル。
その仲睦まじい姿を見つめるエリカとアレイスター。
彼らの背後では、打ち寄せる波が静かに音を立てている。
「さあ、そろそろ家に帰ろうか。昨日とは違ってもう夜だし、奴らが襲ってくるかもしれない。白羽根さんには今日こそ護衛をお願いしたいから、一緒に車に乗ってくれるかい?」
「もちろんです。そのために私達は来たわけですから。」
啓二の呼びかけにエリカは即答し、皆で駐車場へと向かう。
手をつないで歩く啓二とヒカルの後ろで、エリカは付かず離れずついてゆく。
しばらく歩いて駐車場に着くと、啓二が水色の軽自動車のカギを開けた。
「……よし、これくらいで大丈夫だろう。後ろの座席に座ってもらえるかな?」
後部座席の荷物を整理し、一人が座れる程度のスペースを確保した後、エリカを車内に促す。
「分かりました。よいしょ、っと。」
後部座席にエリカ、助手席にヒカル、運転席に啓二と、それぞれが乗り込む。
エンジンがかかるとヘッドライトが煌々と点り、車がゆっくりと発進した。
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都会を貫く高架上の高速道路であり、その下には一般道、左右には密集して立ち並ぶビル群。
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所々で大きなカーブを経由しながら、車は快調に飛ばす。
「そういえば、あばら骨が折れていても運転に支障はないのですか?」
ふと気になったエリカが後部座席から尋ねると、
「心配してくれてありがとう。でも、ほとんど影響はないよ。車の運転なんて、ただ座って手足を軽く動かしているだけだからね。」
啓二は全く問題なさそうに、右手を上げてひらひらと振った。
ハンドルさばきも慣れた手つきである。
「高速道路なんか乗らなくても、下道で家まで帰れねーのか?往復で高速使ったらまあまあ料金高いだろ?」
今度はエリカの膝の上に止まっているアレイスターが、啓二に話を振った。
「ハハハ、確かにそうかもしれないね。でも、家でヒカルとゆっくり過ごす時間は何物にも代えがたいんだ。だから、多少お金がかかったとしても早く帰れる方を選ぶよ。当然のことさ。」
そう言って、啓二が助手席に座るヒカルをチラリと見ると、
「も、もう!啓二ったら、恥ずかしいじゃない!」
ヒカルは恥ずかしそうにそっぽを向き、
「ヒュウ!愛されてるなぁ、ヒカル!」
ここぞとばかりにアレイスターが茶化した。
車内で会話が続く間に、車は大きな川に架かる橋を渡っていた。
視界が一気に開け、眼下に広がる水面には、金色に輝く月が映る。
窓に明かりのついた多くの高層ビルが、車の進むはるか前方にそそり立つ。
エリカ達が渡る橋のすぐ横に見えるのは、斜張橋と呼ばれるタイプのもう一本の橋。
橋の途中には大きな二本の塔がそびえ、そこから下に向かって放射状に伸びている無数のケーブルが大きな存在感を放つ。
――しかし、その塔の頂に、有り得ないものが存在していた。
高さ50 m以上はあろうかという塔の上に、こちらを向く異形の人影が。
(あれは――まさか!!)
気付いた瞬間、エリカの背筋に悪寒が走る。
「啓二さん!思いっ切りスピードを上げて!」
焦るエリカは運転席と助手席の間から身を乗り出し、衝動的に大声で叫んだ。
「え!?何だい、一体どうしたんだ?」
「いいから早く!」
尋常ではないエリカの剣幕を感じ取り、啓二はアクセルを強く踏み込む。
が、時すでに遅し。
塔の上にいた何者かは跳び上がると、まるで戦闘機のように猛スピードで空を裂き、車目がけて突撃してきた。
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