魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第3章 狂気の科学者

3-3 撮影現場

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「けどよ、そもそも芸能活動なんて目立つことやってるから、ウィッチハンターに見つかっちまったんじゃねーのか?命を大切にするなら、ちょっと考え直した方がいいと思うけどな。」

テーブルの端に飛んできたアレイスターの、空気を壊すような発言を

「ちょっと、何てこと言うの!」

エリカは慌てて注意する。

「啓二さん、気分を害してしまったなら申し訳ありません。」
「まあまあ落ち着いて。確かに彼の意見はもっともだよ。」

必死に謝るエリカを見た啓二は落ち着いてフォローしつつ、

「ところで、彼は白羽根さんの使い魔かな?」

アレイスターを指してエリカに尋ねた。

「はい、紹介が遅れてすみません。そこに止まっている緑色の蛾は私の使い魔で、名前は――」
「アレイスターだ。よろしくな。」

アレイスターは器用に触覚を垂らし、依頼人の二人に向かってお辞儀のような仕草をした。

「まあ、とてもきれいな蛾だわ!よろしくね。」

ヒカルに褒められたアレイスターは上機嫌に胸を張った。

「おう、ありがとな、ヒカル!」

そして会話が一段落したのを見計らって、啓二が口を開く。

「――で、何で芸能活動をしているのかっていう話だったね。それはもちろん、ヒカル自身の意思さ。ヒカルが女優に興味を持って、憧れて、やってみたいと思ったんだ。なら、子供の純粋な気持ちに、周りの大人が口を挟む余地はないだろう?できるのは、その想いを尊重して、最大限のサポートをしてあげることだけさ。」

一呼吸置き、啓二は胸に手を当てて強い口調で言い切る。

「だから僕は、ヒカルの夢を叶えるため、命を懸けてでもウィッチハンターから守り抜くんだ。」

啓二の純真無垢な言葉に圧倒され、押し黙るエリカとアレイスター。
しばしの沈黙が流れた後、アレイスターが啓二に謝罪した。

「……さっきはスマンな。芸能活動は止めた方がいいなんて、無神経なことを言っちまった。アンタにそこまでの覚悟があるとは知らなかったぜ。」
「いやいや、そんなに気に病まないでくれ。僕は全然気にしてないから大丈夫さ。」

アレイスターをたしなめる啓二の表情は、至って柔らかな笑顔。
それを見たアレイスターの、

「いいマネージャーだな、ヒカル。大切にしろよ。」

という本心からの言葉に、

「うん、啓二はわたしの自慢のマネージャーよ。大好きなんだから!」

ヒカルは恥ずかしそうに頬を赤らめ、啓二の腕に抱きついた。
一方のエリカは微笑ましくその様子を眺めながら、

「さあ、オムライスが冷めないうちに、みんなで食べましょう。」

食事の手が止まっていた二人に優しく促した。



その後は静かに昼食を食べ進め、3人揃って完食したところで、

「そういえば、啓二さんはアレイスターを見ても全然驚いていなかったですよね。」

エリカは感じていた疑問を啓二に投げかけ、

「そうそう。普通の人間なら、オレが喋ってるのを見たらビビッて叫び声を上げるモンだぜ。」

アレイスターも続けて同調した。
啓二はゆっくりとお茶を飲みながらそれに答える。

「ああ、僕の矢溝家はね、ヒカルの湯城家に使用人として先祖代々仕えているんだ。湯城家は一族で大きな会社を経営している一方で、とても由緒ある魔女の家系でもあるんだよ。だから、僕は魔女に関係する事柄については一通りの知識がある。もちろん、使い魔のこともね。」
「そうだったんですね、それなら納得です。」

エリカが啓二の話に聞き入っていると、アレイスターがクルリと半回転してエリカの方を向いた。

「なあエリカ、依頼内容についてもっと具体的に詰めておかなくていいのか?まだ必要な情報が足りてねーと思うぞ。」

冷静な忠告を受けてエリカは改めて切り出す。

「それもそうね――では啓二さん。私はいつ、どのような流れでヒカルちゃんを護衛すればいいでしょうか?」
「普段ヒカルの家にいる間は警備がとても厳重だから大丈夫だろうし、外出時もさすがに昼間はウィッチハンターも襲ってこないと思う。白昼堂々、一般人に見つかるようなリスクは冒さないはず。危険なのは間違いなく夜だ、ドラマの撮影が遅くまでかかった時とかね。奴らが襲撃するとしたら、そういう日に撮影現場から家まで車で移動しているタイミングじゃないかな。実際、この間襲われた時はまさにそんな感じだったし。」

啓二の話す情報をもとに、エリカは自分の考えを整理して提案した。

「では、撮影の間は私はどこか近くの場所で待機していますので、撮影が終わったら連絡してください。そうしたら、お二人と合流して一緒に車に乗り込み、ヒカルちゃんの隣で家まで護衛します。という流れでどうでしょうか?」
「そうだね。でもせっかく依頼を受けてもらったんだから、撮影中も関係者として見学したらいいんじゃないかな。」
「えっ、そんなことができるんですか!?」

啓二の思いもよらない提案に、手を合わせて喜ぶエリカ。
慌てて口元を手で覆うも、ついつい笑みがこぼれるのを隠しきれない。

「僕もテレビ局の人とは顔見知りだからね。付き添いが一人増えるくらいなら問題ないと思うよ。」

啓二の寛大な提案に対してアレイスターが、

「エリカがオッケーってことは、オレも撮影現場を見ていいんだよな?そうだよな?」

と食い気味に会話に割って入り、ここぞとばかりに主張した。

「はははっ、他の人に見つからないよう上手く隠れてくれるなら、アレイスター君もこっそり見てもらって構わないよ。」
「よしきた!話が分かる男だな!」

啓二から見学の許可をもらって、アレイスターはまるでガッツポーズをするかのように、羽を強くパタパタと震わせた。
その様子を楽しそうに見つめる啓二とヒカルを前にして、エリカは締めとばかりに両膝をポンと叩く。

「私が確認したいことは全て聞き終わりましたが、お二人から何か質問はありますか?」

すると、ヒカルが元気よく右手を挙げて、

「エリカお姉ちゃんは、どんな魔法が得意なの?」

と、エリカには少し答えづらい質問をした。

「そういや魔女は人それぞれ、地・水・火・風・空の5大元素、どれかの魔法に特化しているんだよね?」

啓二も続けて興味深そうに尋ねる。。
全く悪気はないのであろうが、結果的にはエリカの傷口に塩を塗る形に。

(腐蝕の魔法が得意だなんて言ったら、きっとヒカルちゃんは怖がるだろうし、かといって他の魔法はあんまり上手くないし……)

冷や汗をかいて答えに窮するエリカを、

「ハッハッハ、エリカはちょっと変わった魔女なんだ。5大元素全部の魔法をまんべんなく使えるんだぜ。氷の棘や風の刃、火の玉、鉱石の盾、って感じでな。」

とアレイスターが少し話を盛りつつ、うまくフォローした。

「わあ!色んな魔法を使えるなんて、お姉ちゃんってすごいのね。尊敬しちゃうわ。」

ヒカルは大きく手を叩いて喜ぶ。

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。ちなみに、ヒカルちゃんはどんな魔法が使えるの?」

今度はエリカからのお返しの質問。
しかし、ヒカルは急にうつむいて指をいじりながら黙ってしまう。
その代わりに答えたのは、隣に座っている啓二。

「湯城家は代々、『地』の元素魔法に特化した魔女の一族で、もちろんヒカルにもその素養がある。ただ、なにぶん彼女の興味は役者や演技の方に向いていてね。魔法の訓練は全然していないから、ほとんど使えないんだ。」
「でも、お家にいるときなら、魔法で小さなお花を咲かせられるのよ!」

ヒカルは少し不満そうに、頬を膨らませて補足した。

「じゃあ、また今度ヒカルちゃんのお家に遊びに行った時、私にもお花を見せてね。」
「うん、約束するわ!綺麗なお花を見せてあげる!」

エリカとヒカルはお互いの小指を絡め、指切りげんまんをした。

「よし、そろそろ僕達はこれでお暇しようかな。お昼ごはん、とても美味しかったよ、ありがとう。次の撮影は明後日の朝8時からで、場所はこの資料に書いてあるスタジオだ。当日はよろしく頼むよ。」

啓二はエリカに撮影スタジオのパンフレットを手渡すと、イスから立ち上がった。

「ほら、帰るよ。ヒカル。」

ヒカルも慌ててそれに続き、

「エリカお姉ちゃん、またね!オムライス美味しかったわ!」

エリカに向かって手を振った。

「ありがとう、また明後日よろしくね。」

エリカも手を振り返す。
帰る二人をエリカは玄関まで見送り、今日のところは解散となった。





その2日後、時刻は朝の7時半。
エリカは黒いカーディガンとロングスカートという姿で、啓二から指定された場所である撮影スタジオ、その最寄り駅に到着していた。

「ふわ~ぁ、眠いわね……」

あくびを嚙み殺しながら、通勤客で混み合う駅の改札を抜ける。
平日の早朝という時間帯、まさに通勤ラッシュのど真ん中。
右も左も見渡す限り、気怠げにぞろぞろと歩く人ばかり。

「ハッハッハ、普段夜型のオマエには、早起きはさぞかしキツいだろうな~。」

アレイスターの陽気な声が聞こえた。
姿の見えない彼がどこにいるのかというと、エリカの黒いショルダーバッグの中。
人目の多い場所では緑色の羽がとても目立つため、変に騒ぎを起こさないよう、こうして隠れていることが多い。

「大丈夫よ。眠くても、お仕事なんだからちゃんと頑張るわ。」
「そりゃそうだ。ホラ、さっさと行こうぜ。遅刻なんてしたら目も当てられねーからな。」

多くの学生や会社員が行き交う駅前の大通り。
エリカはスタジオを目指し、人の波を縫うようにして足早に進む。





目的地のスタジオは駅から10分ほど歩くと到着した。
天井は高く、床は一面灰色のやや無機質な広い空間の中、

「おはようございます、エリカお姉ちゃん。」

既にヒカルと啓二が撮影の準備を始めていた。
白いセーターと青いジーンズという衣装で、イスに座って熱心に台本を読むヒカル。
集中する彼女の脇で、啓二がエリカに話しかける。

「こちらの都合上、撮影途中から君をスタジオに入れるのは難しくて。それで、わざわざ朝一から来てもらったんだ。申し訳ないね。」
「いえいえ、むしろこんな貴重な場面に立ち会わせてもらえて、本当にありがとうございます。」

言葉を交わすエリカと啓二の周囲に、出演者やスタッフが続々と集まってきた。
スタッフがせわしなく運んでいるのは、重量感のあるカメラや長い柄のついたマイク、照明、モニターなど、誰もがテレビで一度は見たことのある様々な機材。
助監督と思われる人物がテキパキと指示を出し、急ピッチで準備を進める。

「そろそろ撮影が始まるから、白羽根さんはあの辺りで見学していてもらえるかな?」

啓二はスタジオの端、丸いイスが並んでいる壁際の場所を指差した。

「分かりました――それじゃあヒカルちゃん、頑張ってね!」

エリカが歩き出しながらエールを送ると、

「うん、頑張るわ!わたしの演技、よく見ててね!」

ヒカルは読んでいた台本から顔を上げ、明るい表情で答えた。



エリカがスタジオの壁際に移動した後、出演者がスタジオの中央に集合する。
そこは、一般的な家庭のリビングを模したセットになっていた。
白い壁に囲まれた部屋の中、クッションが乗った茶色い横長のソファの前には、楕円型の小さなテーブル。
さらにその前方に置かれている、大きな画面のテレビ。

ヒカルがソファに座り、膝に頬杖をついてテレビを眺める。
母親役の女優がその傍に立つ。
スタッフが各々の機材を持って定位置につく。
そして、監督の

「よ~い、アクション!」

という掛け声で撮影が始まった。

『真悠ちゃん、お菓子は何が食べたい?』
『いらない。』
『飲み物はどう?オレンジジュース、それともココア?』
『だから、いらないって。』
『じゃあ、真悠ちゃ――』
『気安く私の名前を呼ばないで!』

ヒカルが演じるのは、母親を病気で亡くした、真悠という名前の中学生。
そして、真悠の父親が再婚してやってきた新しい母親を、40代の女優が演じている。

新しい母親を受け入れることができず、頑なに心を閉ざし続ける真悠。
何とか打ち解けたいと願うも、どうやって距離を縮めればよいものか、途方に暮れる母親。
二人の真剣な演技が醸し出す緊張感と、張り詰めた空気が一帯を支配する。

『ちょっと、どこに行くの?』
『私の部屋に戻る。勝手に入ってこないで、いい?』
『……うん、わかったわ。』

母親を冷たくあしらう真悠がリビングを出て行ったところで、

「はーい、オッケー!」

満足そうな監督の声が響き渡り、このシーンの撮影が終了した。

「これが生の撮影現場……すごい雰囲気。鳥肌が立ったわ。」
「ああ、臨場感が半端じゃねーぜ。」

エリカは壁に背中を預け、ショルダーバッグの中に隠れるアレイスターと、小声で感想を伝え合った。
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