20 / 36
第3章 狂気の科学者
3-7 護るべき人
しおりを挟む
「― あまねく阻め、石英の盾! ―」
エリカが杖を突き出して詠唱すると、体の前に現れたのは六角形をした鉱石の盾。
虹色の光線は真正面から衝突し、そのまま盾に吸収されるかのように消失した。
しかし、白衣の女は全く意に介していない様子。
「それで防いだつもりかい?アッハハハ、笑えるねえ!ワンダー・ライフルは『当たった物体を少しの間だけ自由自在に操作できる』って言っただろう?それは、魔女が創り出したモノだって例外じゃないのさ。ほ~ら、この通り!」
白衣の女がパチンと指を鳴らす。
すると鉱石の盾は90度倒れて地面と水平になり、まるでフリスビーのように回転してエリカの腹部を強打した。
エリカはみぞおちを押さえて橋の上で膝をついたが、すぐに立ち上がり、
「― 風刃よ、切り刻め! ―」
白衣の女に向かって三日月状の風の刃を飛ばした。
「おおっと!」
白衣をはためかせて颯爽とかわす女に対し、
「― 切り刻め!切り刻め! ―」
エリカは杖を左右に振って絶え間なく風の刃を放つ。
「いやいやいや~。全くもう、危ないなぁ。これだから血気盛んな魔女は困るんだよ。」
白衣の女は逃げ込むようにしてショベルカーの後ろに身を隠した。
風の刃は運転席に当たり、窓が割れて盛大に飛び散るガラスの破片。
「コソコソしていないで出てきなさい!」
エリカが不意打ちを警戒しつつ一歩一歩前へと進むと、
「出てこいと言われて素直にホイホイ出ていくほど、ウチはお馬鹿さんじゃないのさ。さてと、野蛮なキミには――こんなプレゼントはどうかな?」
ショベルカーの後ろから何かが放り投げられた。
地面に転がったそれは、黒と銀色の二色でスイカのように塗り分けられた、球状の金属体。
訝しむエリカの前で頂点に亀裂が入ると、花が咲くかのように中心から外側に向かって開いた。
瞬間、金属体の中から弾け飛ぶ、スイカの種を連想させる大量の銀色の粒。
「きゃあっ!痛い!」
逃げる間もなくエリカに銀色の粒が衝突し、次々と爆発した。
「まだまだ!ウチの愛がた~っぷりこもったプレゼント、受け取ってくれるかな?ほらほらほら~!」
今度はコンテナの後ろに移動した白衣の女の元から、スイカ状の金属球が二つ続けてエリカの前に投げ込まれる。
それが地面に落下して開く直前、
「同じ手は二度も通用しないわ!― 疾く駆けよ、炎球の弾丸! ―」
エリカは杖先を斜め下に向け、炎の球を連続して放つ。
スイカ状の金属体は開くことなく炎に包まれて燃え上がった。
「あ~あ、ウチお気に入りの『スイカ・ボム』が壊れちゃったよ。もったいないことしてくれるなぁ。」
肩をすくめてひどく残念がる白衣の女。
そんな戦いの最中、橋の上で燃え盛る炎に水滴が一つ、二つと降り注ぐ。
慌てて空を見上げたエリカ。
その目に映ったのは、雲に覆われた暗い空からパラパラと降り始めた雨粒と、逃げるようにして飛び去ってゆく海鳥の群れだった。
・
・
・
一定の距離を保ったまま、いつでも反応できる態勢で凱人と対峙する啓二。
そこに、橋の反対側からアレイスターが全速力で飛んできた。
「よう啓二、助太刀しに来たぜ!調子はどうだ?」
「アレイスター君か!これはありがたい、すごく助かるよ。しかし、向こうにいる白羽根さんを一人にしてしまって大丈夫なのかい?」
「エリカならすぐにへばったりしねーよ。とは言え長期戦になれば分が悪いだろうから、こっちもあのバケモン男を早いとこ倒してケリをつけるぞ。」
「了解。それじゃあサポートを頼むよ!」
アレイスターと言葉を交わした後、護星棍を構える啓二に向かって猛スピードで凱人が迫りくる。
交差するようにその頭上をアレイスターが飛び、黄色い鱗粉を振りかけると、鱗粉は弾けて次々に閃光が炸裂した。
視界を奪われて走る速度が緩んだ凱人の腹部に、
「はああああっ!」
野球のバットを振るような動きで、啓二が棍を思い切り叩きつけた。
「グウッ!!」
凱人は大きく後方に弾き飛ばされ、橋の上で大の字になって仰向けに倒れた。
「いいぜ啓二!オレ達、意外と息ピッタリじゃねーか?」
「そうだね、この調子でどんどん押していこうか。」
即興とは思えないほどの連携の出来に手応えを感じるアレイスターと啓二。
しかし喜びも束の間、凱人はあっという間に立ち上がり、
「グアアアアッ!ウグアアアア!!」
絶叫を上げ、今度はなんと目を閉じた状態で突進してきた。
(鱗粉の閃光を防ぐためか?クソッ、だったら――これでどうだ!)
アレイスターは再び凱人の上空を飛行し、大量の鱗粉を投下した。
ただし先程と同じ黄色の鱗粉ではなく、今回の色は茶色。
瞼を閉じたままそれを全身に浴びた凱人は、
「ウゴオッ!ゴボオオオオオオオオッ!」
足を止め、激しく咳込んで苦しそうにうずくまった。
「一体何が……?うっ、何だこの臭いは!」
啓二は思わず顔をしかめる。
その原因は、辺りを漂う茶色い鱗粉が放つ、下水のような酷い悪臭。
「今だ啓二!アイツをぶっ叩け!」
頭上から響いたアレイスターの声で我に返った啓二は、
「うおおおおおっ!これでも、食らえっ!」
両手で持った護星棍を垂直に振り下ろし、うずくまる凱人の頭に痛烈な一撃。
更にもう一度腕を振り上げて棍を叩きつけようとするが、
「ヌゥガアアアアアアアア!!」
凱人は左腕の電気を帯びた棒を頭上にかざして受け止めた。
交差する棍と棒、その接点を伝って電流が啓二に流れ込もうとする。
(まずい!)
寸前で啓二は棍を引き、後方に退避して事なきを得た。
そしてその横にはアレイスターがひらりと舞い戻る。
「惜しかったな、でもイイ感じだったぜ。オレの茶色い鱗粉も意外と使えるだろ?」
「はははっ、確かにある意味強力だけど、振りかけるのは敵だけにしてくれよ?本当に酷い臭いなんだからさ。」
緊迫感に包まれる戦いの最中も軽口を叩き合う、アレイスターと啓二。
そんな中、気が付けば上空からぽつぽつと降り出した雨粒が、二人の体を濡らし始めた。
「チッ、こんな時に雨かよ。勘弁してほしーぜ。」
アレイスターが悪態をつく間にも、次第に激しさを増してゆく雨。
啓二の服は水分で湿り、橋桁のアスファルトは濡れて灰色から黒へと色が濃くなってゆく。
――その時、何か重大なことに気付いたかのように、啓二の顔がみるみる険しくなり、悪寒に体を震わせた。
「アレイスター君、まずいぞ!この状況は……とても危険だ!!」
・
・
・
対岸のコンテナの裏、スイカ状の爆弾を手の平で転がしながら、次の作戦を練る白衣の女。
と、その左腕に装着した電子機器から突然機械音が鳴り響く。
白衣の女がボタンを押すと、少し離れた位置にいるエリカにも聞こえる程の大きさで、荒々しい男の怒声が響き渡った。
「おいミレーユ!テメェいつまで時間かけてんだ、チンタラしてんじゃねぇぞ!新しいターゲットの魔女が見つかったから、そっちはさっさとケリをつけて、早く俺と合流しやがれ!」
「まったく、キミはいつも強引なんだから。魔女狩りを楽しむという姿勢を少しは持ったらどうだい?ま、こっちの戦いはもうすぐ終わると思うから安心しなよ。スーパー凱人クンの大活躍と大殺戮、キミにも見てもらいたかったなぁ~、アッハハハ!」
「ゴチャゴチャうるせぇな。いいから終わったら早く来いや。バックレたら承知しねぇぞ!」
ドスのきいた声で男は恫喝すると、通信は一方的に切れた。
「やれやれ、せっかくの楽しい狩りに水を差さないでほしいものだねぇ。」
ミレーユと呼ばれた白衣の女は頭上に腕を伸ばし、手を雨で濡らしながらほくそ笑む。
「しっかしこのタイミングで大雨かあ……ウチはとことんツイてるねぇ~。さてと、スーパー凱人クンにはもうひと頑張りしてもらおうかな!」
黒い海面を大量の雨粒が打ち、次々と波紋が生まれては消えてゆく。
ミレーユは嬉々として左腕の電子機器を操作した。
・
・
・
激しい雨に打たれて全身ずぶ濡れになる啓二。
髪は額にぺったりと張り付き、服は水分を含んで身動きを取りづらい。
その視線の先で、
「ウオ――――――――ッ、グアッ!!」
凱人は天を仰いで叫ぶと、電気を帯びた左腕の棒を足元に叩きつけた。
すると、濡れて表面に水が浮かんだアスファルトを通じて、強烈な電流が周囲へと瞬時に伝わる。
「うああああああああああっ!」
脚を伝って体中に電気が駆け巡り、絶叫を上げて苦しむ啓二。
体を支えることができなくなり、そのまま橋の上にうつ伏せで倒れ込む。
「ちくしょう!これ以上やらせるか!」
アレイスターは活路を見出そうと雨の中を突き進む。
しかし、その途中で凱人の右腕先のスタンガンが高々と掲げられ、バチっという破裂音を立てた。
空中の雨粒を伝播して、青白い稲妻が広範囲に炸裂。
「だああああ――っ!」
稲妻の直撃を受けたアレイスターは羽根が焦げ、雨粒に押し戻されるようにして橋上に墜落した。
そんな危機的な状況を目の当たりにして、車から出ようとするヒカル。
「啓二、待ってて!こうなったらわたしも戦うわ!」
「ヒカル、こっちに来てはいけない!とてもじゃないがこの状況は危険すぎる!」
それを啓二は制止し、護星棍を杖代わりにして何とか立ち上がろうと試みる。
だが凱人は攻勢の手を全く緩めることなく、
「グウウウッ!」
帯電した左腕の棒をもう一度真下に打ち付けた。
不気味な雷光を放ちながらアスファルトを伝う電流が、再び啓二を襲う。
「ぐううううううううっ!!ああああああああああっ!!」
「啓二――――!」
体を震わせて悶え苦しむ啓二を見て、ヒカルはいてもたってもいられずにドアを大きく開け、車から飛び出した。
そのまま啓二の前に躍り出て、自分の胸に小さな握りこぶしを当てる。
すると、握った手の中に一輪の赤い花を模した杖が現れた。
「― 薔薇の花ことば、美と愛情! ―」
ヒカルが独特な詠唱の言葉とともに花の杖を振ると、杖先からまるで薔薇のような、トゲを纏った茎が凱人に向かって伸びてゆく。
しかし、凱人は帯電した棒でその茎をいとも簡単にあしらい、茎はあっさりと橋の上に転がった。
「そ、そんな!わたしの魔法が一瞬で……」
「グルアアアアアアアア!」
呆然とするヒカルに狙いを定め、凱人は右手のスタンガンを当てようと飛び掛かる。
そこに、腹の底から絞り出すような啓二の大声が轟いた。
「ヒカルは――僕が――絶対に守るんだ!うおおおおおおおおっ!!」
満身創痍の体を気力で動かして凱人の前に立ちふさがり、渾身の力で護星棍を突き出す。
棍は左胸、ちょうど心臓のある位置に命中。
凱人は動きをピタリと止め、口から大量の鮮血を吹き出した。
(やった……か?)
・
・
・
「良かった!啓二さん、流石だわ。これでもう大丈夫そうね。」
隠れ続けるミレーユを攻めあぐねていたエリカは、対岸の戦果を見て喜びの声を上げた。
そこに、コンテナの裏から拍手をしながらふらりと現れたミレーユ。
「すごいすごい!彼、普通の人間にしてはやるじゃないか。――でも残念、ウチは死神なんだ。魔女とその味方をするヒト達は全員漏れなく、深い深い地獄の底に叩き落として、絶望で支配してやるのさ!!アハハハハハハハハハハ!!」
ミレーユは白衣のポケットから赤いスイッチを取り出すと、親指で力強く押し込んだ。
エリカが杖を突き出して詠唱すると、体の前に現れたのは六角形をした鉱石の盾。
虹色の光線は真正面から衝突し、そのまま盾に吸収されるかのように消失した。
しかし、白衣の女は全く意に介していない様子。
「それで防いだつもりかい?アッハハハ、笑えるねえ!ワンダー・ライフルは『当たった物体を少しの間だけ自由自在に操作できる』って言っただろう?それは、魔女が創り出したモノだって例外じゃないのさ。ほ~ら、この通り!」
白衣の女がパチンと指を鳴らす。
すると鉱石の盾は90度倒れて地面と水平になり、まるでフリスビーのように回転してエリカの腹部を強打した。
エリカはみぞおちを押さえて橋の上で膝をついたが、すぐに立ち上がり、
「― 風刃よ、切り刻め! ―」
白衣の女に向かって三日月状の風の刃を飛ばした。
「おおっと!」
白衣をはためかせて颯爽とかわす女に対し、
「― 切り刻め!切り刻め! ―」
エリカは杖を左右に振って絶え間なく風の刃を放つ。
「いやいやいや~。全くもう、危ないなぁ。これだから血気盛んな魔女は困るんだよ。」
白衣の女は逃げ込むようにしてショベルカーの後ろに身を隠した。
風の刃は運転席に当たり、窓が割れて盛大に飛び散るガラスの破片。
「コソコソしていないで出てきなさい!」
エリカが不意打ちを警戒しつつ一歩一歩前へと進むと、
「出てこいと言われて素直にホイホイ出ていくほど、ウチはお馬鹿さんじゃないのさ。さてと、野蛮なキミには――こんなプレゼントはどうかな?」
ショベルカーの後ろから何かが放り投げられた。
地面に転がったそれは、黒と銀色の二色でスイカのように塗り分けられた、球状の金属体。
訝しむエリカの前で頂点に亀裂が入ると、花が咲くかのように中心から外側に向かって開いた。
瞬間、金属体の中から弾け飛ぶ、スイカの種を連想させる大量の銀色の粒。
「きゃあっ!痛い!」
逃げる間もなくエリカに銀色の粒が衝突し、次々と爆発した。
「まだまだ!ウチの愛がた~っぷりこもったプレゼント、受け取ってくれるかな?ほらほらほら~!」
今度はコンテナの後ろに移動した白衣の女の元から、スイカ状の金属球が二つ続けてエリカの前に投げ込まれる。
それが地面に落下して開く直前、
「同じ手は二度も通用しないわ!― 疾く駆けよ、炎球の弾丸! ―」
エリカは杖先を斜め下に向け、炎の球を連続して放つ。
スイカ状の金属体は開くことなく炎に包まれて燃え上がった。
「あ~あ、ウチお気に入りの『スイカ・ボム』が壊れちゃったよ。もったいないことしてくれるなぁ。」
肩をすくめてひどく残念がる白衣の女。
そんな戦いの最中、橋の上で燃え盛る炎に水滴が一つ、二つと降り注ぐ。
慌てて空を見上げたエリカ。
その目に映ったのは、雲に覆われた暗い空からパラパラと降り始めた雨粒と、逃げるようにして飛び去ってゆく海鳥の群れだった。
・
・
・
一定の距離を保ったまま、いつでも反応できる態勢で凱人と対峙する啓二。
そこに、橋の反対側からアレイスターが全速力で飛んできた。
「よう啓二、助太刀しに来たぜ!調子はどうだ?」
「アレイスター君か!これはありがたい、すごく助かるよ。しかし、向こうにいる白羽根さんを一人にしてしまって大丈夫なのかい?」
「エリカならすぐにへばったりしねーよ。とは言え長期戦になれば分が悪いだろうから、こっちもあのバケモン男を早いとこ倒してケリをつけるぞ。」
「了解。それじゃあサポートを頼むよ!」
アレイスターと言葉を交わした後、護星棍を構える啓二に向かって猛スピードで凱人が迫りくる。
交差するようにその頭上をアレイスターが飛び、黄色い鱗粉を振りかけると、鱗粉は弾けて次々に閃光が炸裂した。
視界を奪われて走る速度が緩んだ凱人の腹部に、
「はああああっ!」
野球のバットを振るような動きで、啓二が棍を思い切り叩きつけた。
「グウッ!!」
凱人は大きく後方に弾き飛ばされ、橋の上で大の字になって仰向けに倒れた。
「いいぜ啓二!オレ達、意外と息ピッタリじゃねーか?」
「そうだね、この調子でどんどん押していこうか。」
即興とは思えないほどの連携の出来に手応えを感じるアレイスターと啓二。
しかし喜びも束の間、凱人はあっという間に立ち上がり、
「グアアアアッ!ウグアアアア!!」
絶叫を上げ、今度はなんと目を閉じた状態で突進してきた。
(鱗粉の閃光を防ぐためか?クソッ、だったら――これでどうだ!)
アレイスターは再び凱人の上空を飛行し、大量の鱗粉を投下した。
ただし先程と同じ黄色の鱗粉ではなく、今回の色は茶色。
瞼を閉じたままそれを全身に浴びた凱人は、
「ウゴオッ!ゴボオオオオオオオオッ!」
足を止め、激しく咳込んで苦しそうにうずくまった。
「一体何が……?うっ、何だこの臭いは!」
啓二は思わず顔をしかめる。
その原因は、辺りを漂う茶色い鱗粉が放つ、下水のような酷い悪臭。
「今だ啓二!アイツをぶっ叩け!」
頭上から響いたアレイスターの声で我に返った啓二は、
「うおおおおおっ!これでも、食らえっ!」
両手で持った護星棍を垂直に振り下ろし、うずくまる凱人の頭に痛烈な一撃。
更にもう一度腕を振り上げて棍を叩きつけようとするが、
「ヌゥガアアアアアアアア!!」
凱人は左腕の電気を帯びた棒を頭上にかざして受け止めた。
交差する棍と棒、その接点を伝って電流が啓二に流れ込もうとする。
(まずい!)
寸前で啓二は棍を引き、後方に退避して事なきを得た。
そしてその横にはアレイスターがひらりと舞い戻る。
「惜しかったな、でもイイ感じだったぜ。オレの茶色い鱗粉も意外と使えるだろ?」
「はははっ、確かにある意味強力だけど、振りかけるのは敵だけにしてくれよ?本当に酷い臭いなんだからさ。」
緊迫感に包まれる戦いの最中も軽口を叩き合う、アレイスターと啓二。
そんな中、気が付けば上空からぽつぽつと降り出した雨粒が、二人の体を濡らし始めた。
「チッ、こんな時に雨かよ。勘弁してほしーぜ。」
アレイスターが悪態をつく間にも、次第に激しさを増してゆく雨。
啓二の服は水分で湿り、橋桁のアスファルトは濡れて灰色から黒へと色が濃くなってゆく。
――その時、何か重大なことに気付いたかのように、啓二の顔がみるみる険しくなり、悪寒に体を震わせた。
「アレイスター君、まずいぞ!この状況は……とても危険だ!!」
・
・
・
対岸のコンテナの裏、スイカ状の爆弾を手の平で転がしながら、次の作戦を練る白衣の女。
と、その左腕に装着した電子機器から突然機械音が鳴り響く。
白衣の女がボタンを押すと、少し離れた位置にいるエリカにも聞こえる程の大きさで、荒々しい男の怒声が響き渡った。
「おいミレーユ!テメェいつまで時間かけてんだ、チンタラしてんじゃねぇぞ!新しいターゲットの魔女が見つかったから、そっちはさっさとケリをつけて、早く俺と合流しやがれ!」
「まったく、キミはいつも強引なんだから。魔女狩りを楽しむという姿勢を少しは持ったらどうだい?ま、こっちの戦いはもうすぐ終わると思うから安心しなよ。スーパー凱人クンの大活躍と大殺戮、キミにも見てもらいたかったなぁ~、アッハハハ!」
「ゴチャゴチャうるせぇな。いいから終わったら早く来いや。バックレたら承知しねぇぞ!」
ドスのきいた声で男は恫喝すると、通信は一方的に切れた。
「やれやれ、せっかくの楽しい狩りに水を差さないでほしいものだねぇ。」
ミレーユと呼ばれた白衣の女は頭上に腕を伸ばし、手を雨で濡らしながらほくそ笑む。
「しっかしこのタイミングで大雨かあ……ウチはとことんツイてるねぇ~。さてと、スーパー凱人クンにはもうひと頑張りしてもらおうかな!」
黒い海面を大量の雨粒が打ち、次々と波紋が生まれては消えてゆく。
ミレーユは嬉々として左腕の電子機器を操作した。
・
・
・
激しい雨に打たれて全身ずぶ濡れになる啓二。
髪は額にぺったりと張り付き、服は水分を含んで身動きを取りづらい。
その視線の先で、
「ウオ――――――――ッ、グアッ!!」
凱人は天を仰いで叫ぶと、電気を帯びた左腕の棒を足元に叩きつけた。
すると、濡れて表面に水が浮かんだアスファルトを通じて、強烈な電流が周囲へと瞬時に伝わる。
「うああああああああああっ!」
脚を伝って体中に電気が駆け巡り、絶叫を上げて苦しむ啓二。
体を支えることができなくなり、そのまま橋の上にうつ伏せで倒れ込む。
「ちくしょう!これ以上やらせるか!」
アレイスターは活路を見出そうと雨の中を突き進む。
しかし、その途中で凱人の右腕先のスタンガンが高々と掲げられ、バチっという破裂音を立てた。
空中の雨粒を伝播して、青白い稲妻が広範囲に炸裂。
「だああああ――っ!」
稲妻の直撃を受けたアレイスターは羽根が焦げ、雨粒に押し戻されるようにして橋上に墜落した。
そんな危機的な状況を目の当たりにして、車から出ようとするヒカル。
「啓二、待ってて!こうなったらわたしも戦うわ!」
「ヒカル、こっちに来てはいけない!とてもじゃないがこの状況は危険すぎる!」
それを啓二は制止し、護星棍を杖代わりにして何とか立ち上がろうと試みる。
だが凱人は攻勢の手を全く緩めることなく、
「グウウウッ!」
帯電した左腕の棒をもう一度真下に打ち付けた。
不気味な雷光を放ちながらアスファルトを伝う電流が、再び啓二を襲う。
「ぐううううううううっ!!ああああああああああっ!!」
「啓二――――!」
体を震わせて悶え苦しむ啓二を見て、ヒカルはいてもたってもいられずにドアを大きく開け、車から飛び出した。
そのまま啓二の前に躍り出て、自分の胸に小さな握りこぶしを当てる。
すると、握った手の中に一輪の赤い花を模した杖が現れた。
「― 薔薇の花ことば、美と愛情! ―」
ヒカルが独特な詠唱の言葉とともに花の杖を振ると、杖先からまるで薔薇のような、トゲを纏った茎が凱人に向かって伸びてゆく。
しかし、凱人は帯電した棒でその茎をいとも簡単にあしらい、茎はあっさりと橋の上に転がった。
「そ、そんな!わたしの魔法が一瞬で……」
「グルアアアアアアアア!」
呆然とするヒカルに狙いを定め、凱人は右手のスタンガンを当てようと飛び掛かる。
そこに、腹の底から絞り出すような啓二の大声が轟いた。
「ヒカルは――僕が――絶対に守るんだ!うおおおおおおおおっ!!」
満身創痍の体を気力で動かして凱人の前に立ちふさがり、渾身の力で護星棍を突き出す。
棍は左胸、ちょうど心臓のある位置に命中。
凱人は動きをピタリと止め、口から大量の鮮血を吹き出した。
(やった……か?)
・
・
・
「良かった!啓二さん、流石だわ。これでもう大丈夫そうね。」
隠れ続けるミレーユを攻めあぐねていたエリカは、対岸の戦果を見て喜びの声を上げた。
そこに、コンテナの裏から拍手をしながらふらりと現れたミレーユ。
「すごいすごい!彼、普通の人間にしてはやるじゃないか。――でも残念、ウチは死神なんだ。魔女とその味方をするヒト達は全員漏れなく、深い深い地獄の底に叩き落として、絶望で支配してやるのさ!!アハハハハハハハハハハ!!」
ミレーユは白衣のポケットから赤いスイッチを取り出すと、親指で力強く押し込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる