魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第3章 狂気の科学者

3-7 護るべき人

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「― あまねく阻め、石英の盾! ―」

エリカが杖を突き出して詠唱すると、体の前に現れたのは六角形をした鉱石の盾。
虹色の光線は真正面から衝突し、そのまま盾に吸収されるかのように消失した。
しかし、白衣の女は全く意に介していない様子。

「それで防いだつもりかい?アッハハハ、笑えるねえ!ワンダー・ライフルは『当たった物体を少しの間だけ自由自在に操作できる』って言っただろう?それは、魔女が創り出したモノだって例外じゃないのさ。ほ~ら、この通り!」

白衣の女がパチンと指を鳴らす。
すると鉱石の盾は90度倒れて地面と水平になり、まるでフリスビーのように回転してエリカの腹部を強打した。
エリカはみぞおちを押さえて橋の上で膝をついたが、すぐに立ち上がり、

「― 風刃よ、切り刻め! ―」

白衣の女に向かって三日月状の風の刃を飛ばした。

「おおっと!」

白衣をはためかせて颯爽とかわす女に対し、

「― 切り刻め!切り刻め! ―」

エリカは杖を左右に振って絶え間なく風の刃を放つ。

「いやいやいや~。全くもう、危ないなぁ。これだから血気盛んな魔女は困るんだよ。」

白衣の女は逃げ込むようにしてショベルカーの後ろに身を隠した。
風の刃は運転席に当たり、窓が割れて盛大に飛び散るガラスの破片。

「コソコソしていないで出てきなさい!」

エリカが不意打ちを警戒しつつ一歩一歩前へと進むと、

「出てこいと言われて素直にホイホイ出ていくほど、ウチはお馬鹿さんじゃないのさ。さてと、野蛮なキミには――こんなプレゼントはどうかな?」

ショベルカーの後ろから何かが放り投げられた。
地面に転がったそれは、黒と銀色の二色でスイカのように塗り分けられた、球状の金属体。
訝しむエリカの前で頂点に亀裂が入ると、花が咲くかのように中心から外側に向かって開いた。
瞬間、金属体の中から弾け飛ぶ、スイカの種を連想させる大量の銀色の粒。

「きゃあっ!痛い!」

逃げる間もなくエリカに銀色の粒が衝突し、次々と爆発した。

「まだまだ!ウチの愛がた~っぷりこもったプレゼント、受け取ってくれるかな?ほらほらほら~!」

今度はコンテナの後ろに移動した白衣の女の元から、スイカ状の金属球が二つ続けてエリカの前に投げ込まれる。
それが地面に落下して開く直前、

「同じ手は二度も通用しないわ!― 疾く駆けよ、炎球の弾丸! ―」

エリカは杖先を斜め下に向け、炎の球を連続して放つ。
スイカ状の金属体は開くことなく炎に包まれて燃え上がった。

「あ~あ、ウチお気に入りの『スイカ・ボム』が壊れちゃったよ。もったいないことしてくれるなぁ。」

肩をすくめてひどく残念がる白衣の女。
そんな戦いの最中、橋の上で燃え盛る炎に水滴が一つ、二つと降り注ぐ。

慌てて空を見上げたエリカ。
その目に映ったのは、雲に覆われた暗い空からパラパラと降り始めた雨粒と、逃げるようにして飛び去ってゆく海鳥の群れだった。





一定の距離を保ったまま、いつでも反応できる態勢で凱人と対峙する啓二。
そこに、橋の反対側からアレイスターが全速力で飛んできた。

「よう啓二、助太刀しに来たぜ!調子はどうだ?」
「アレイスター君か!これはありがたい、すごく助かるよ。しかし、向こうにいる白羽根さんを一人にしてしまって大丈夫なのかい?」
「エリカならすぐにへばったりしねーよ。とは言え長期戦になれば分が悪いだろうから、こっちもあのバケモン男を早いとこ倒してケリをつけるぞ。」
「了解。それじゃあサポートを頼むよ!」

アレイスターと言葉を交わした後、護星棍を構える啓二に向かって猛スピードで凱人が迫りくる。
交差するようにその頭上をアレイスターが飛び、黄色い鱗粉を振りかけると、鱗粉は弾けて次々に閃光が炸裂した。
視界を奪われて走る速度が緩んだ凱人の腹部に、

「はああああっ!」

野球のバットを振るような動きで、啓二が棍を思い切り叩きつけた。

「グウッ!!」

凱人は大きく後方に弾き飛ばされ、橋の上で大の字になって仰向けに倒れた。

「いいぜ啓二!オレ達、意外と息ピッタリじゃねーか?」
「そうだね、この調子でどんどん押していこうか。」

即興とは思えないほどの連携の出来に手応えを感じるアレイスターと啓二。
しかし喜びも束の間、凱人はあっという間に立ち上がり、

「グアアアアッ!ウグアアアア!!」

絶叫を上げ、今度はなんと目を閉じた状態で突進してきた。

(鱗粉の閃光を防ぐためか?クソッ、だったら――これでどうだ!)

アレイスターは再び凱人の上空を飛行し、大量の鱗粉を投下した。
ただし先程と同じ黄色の鱗粉ではなく、今回の色は茶色。
瞼を閉じたままそれを全身に浴びた凱人は、

「ウゴオッ!ゴボオオオオオオオオッ!」

足を止め、激しく咳込んで苦しそうにうずくまった。

「一体何が……?うっ、何だこの臭いは!」

啓二は思わず顔をしかめる。
その原因は、辺りを漂う茶色い鱗粉が放つ、下水のような酷い悪臭。

「今だ啓二!アイツをぶっ叩け!」

頭上から響いたアレイスターの声で我に返った啓二は、

「うおおおおおっ!これでも、食らえっ!」

両手で持った護星棍を垂直に振り下ろし、うずくまる凱人の頭に痛烈な一撃。
更にもう一度腕を振り上げて棍を叩きつけようとするが、

「ヌゥガアアアアアアアア!!」

凱人は左腕の電気を帯びた棒を頭上にかざして受け止めた。
交差する棍と棒、その接点を伝って電流が啓二に流れ込もうとする。

(まずい!)

寸前で啓二は棍を引き、後方に退避して事なきを得た。
そしてその横にはアレイスターがひらりと舞い戻る。

「惜しかったな、でもイイ感じだったぜ。オレの茶色い鱗粉も意外と使えるだろ?」
「はははっ、確かにある意味強力だけど、振りかけるのは敵だけにしてくれよ?本当に酷い臭いなんだからさ。」

緊迫感に包まれる戦いの最中も軽口を叩き合う、アレイスターと啓二。
そんな中、気が付けば上空からぽつぽつと降り出した雨粒が、二人の体を濡らし始めた。

「チッ、こんな時に雨かよ。勘弁してほしーぜ。」

アレイスターが悪態をつく間にも、次第に激しさを増してゆく雨。
啓二の服は水分で湿り、橋桁のアスファルトは濡れて灰色から黒へと色が濃くなってゆく。

――その時、何か重大なことに気付いたかのように、啓二の顔がみるみる険しくなり、悪寒に体を震わせた。

「アレイスター君、まずいぞ!この状況は……とても危険だ!!」





対岸のコンテナの裏、スイカ状の爆弾を手の平で転がしながら、次の作戦を練る白衣の女。
と、その左腕に装着した電子機器から突然機械音が鳴り響く。
白衣の女がボタンを押すと、少し離れた位置にいるエリカにも聞こえる程の大きさで、荒々しい男の怒声が響き渡った。

「おいミレーユ!テメェいつまで時間かけてんだ、チンタラしてんじゃねぇぞ!新しいターゲットの魔女が見つかったから、そっちはさっさとケリをつけて、早く俺と合流しやがれ!」
「まったく、キミはいつも強引なんだから。魔女狩りを楽しむという姿勢を少しは持ったらどうだい?ま、こっちの戦いはもうすぐ終わると思うから安心しなよ。スーパー凱人クンの大活躍と大殺戮、キミにも見てもらいたかったなぁ~、アッハハハ!」
「ゴチャゴチャうるせぇな。いいから終わったら早く来いや。バックレたら承知しねぇぞ!」

ドスのきいた声で男は恫喝すると、通信は一方的に切れた。

「やれやれ、せっかくの楽しい狩りに水を差さないでほしいものだねぇ。」

ミレーユと呼ばれた白衣の女は頭上に腕を伸ばし、手を雨で濡らしながらほくそ笑む。

「しっかしこのタイミングで大雨かあ……ウチはとことんツイてるねぇ~。さてと、スーパー凱人クンにはもうひと頑張りしてもらおうかな!」

黒い海面を大量の雨粒が打ち、次々と波紋が生まれては消えてゆく。
ミレーユは嬉々として左腕の電子機器を操作した。





激しい雨に打たれて全身ずぶ濡れになる啓二。
髪は額にぺったりと張り付き、服は水分を含んで身動きを取りづらい。
その視線の先で、

「ウオ――――――――ッ、グアッ!!」

凱人は天を仰いで叫ぶと、電気を帯びた左腕の棒を足元に叩きつけた。
すると、濡れて表面に水が浮かんだアスファルトを通じて、強烈な電流が周囲へと瞬時に伝わる。

「うああああああああああっ!」

脚を伝って体中に電気が駆け巡り、絶叫を上げて苦しむ啓二。
体を支えることができなくなり、そのまま橋の上にうつ伏せで倒れ込む。

「ちくしょう!これ以上やらせるか!」

アレイスターは活路を見出そうと雨の中を突き進む。
しかし、その途中で凱人の右腕先のスタンガンが高々と掲げられ、バチっという破裂音を立てた。
空中の雨粒を伝播して、青白い稲妻が広範囲に炸裂。

「だああああ――っ!」

稲妻の直撃を受けたアレイスターは羽根が焦げ、雨粒に押し戻されるようにして橋上に墜落した。

そんな危機的な状況を目の当たりにして、車から出ようとするヒカル。

「啓二、待ってて!こうなったらわたしも戦うわ!」
「ヒカル、こっちに来てはいけない!とてもじゃないがこの状況は危険すぎる!」

それを啓二は制止し、護星棍を杖代わりにして何とか立ち上がろうと試みる。
だが凱人は攻勢の手を全く緩めることなく、

「グウウウッ!」

帯電した左腕の棒をもう一度真下に打ち付けた。
不気味な雷光を放ちながらアスファルトを伝う電流が、再び啓二を襲う。

「ぐううううううううっ!!ああああああああああっ!!」
「啓二――――!」

体を震わせて悶え苦しむ啓二を見て、ヒカルはいてもたってもいられずにドアを大きく開け、車から飛び出した。
そのまま啓二の前に躍り出て、自分の胸に小さな握りこぶしを当てる。
すると、握った手の中に一輪の赤い花を模した杖が現れた。

「― 薔薇の花ことば、美と愛情! ―」

ヒカルが独特な詠唱の言葉とともに花の杖を振ると、杖先からまるで薔薇のような、トゲを纏った茎が凱人に向かって伸びてゆく。
しかし、凱人は帯電した棒でその茎をいとも簡単にあしらい、茎はあっさりと橋の上に転がった。

「そ、そんな!わたしの魔法が一瞬で……」
「グルアアアアアアアア!」

呆然とするヒカルに狙いを定め、凱人は右手のスタンガンを当てようと飛び掛かる。
そこに、腹の底から絞り出すような啓二の大声が轟いた。

「ヒカルは――僕が――絶対に守るんだ!うおおおおおおおおっ!!」

満身創痍の体を気力で動かして凱人の前に立ちふさがり、渾身の力で護星棍を突き出す。
棍は左胸、ちょうど心臓のある位置に命中。
凱人は動きをピタリと止め、口から大量の鮮血を吹き出した。

(やった……か?)





「良かった!啓二さん、流石だわ。これでもう大丈夫そうね。」

隠れ続けるミレーユを攻めあぐねていたエリカは、対岸の戦果を見て喜びの声を上げた。
そこに、コンテナの裏から拍手をしながらふらりと現れたミレーユ。

「すごいすごい!彼、普通の人間にしてはやるじゃないか。――でも残念、ウチは死神なんだ。魔女とその味方をするヒト達は全員漏れなく、深い深い地獄の底に叩き落として、絶望で支配してやるのさ!!アハハハハハハハハハハ!!」

ミレーユは白衣のポケットから赤いスイッチを取り出すと、親指で力強く押し込んだ。
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