魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第3章 狂気の科学者

3-8 慟哭の涙は雨と共に

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「がはっ!」

突然、口から血を吐き出した啓二。
即座に自分の胸元を確認すると、そこには心臓を串刺しにする細長い物体が。
凱人の右手にあったはずのスタンガンがいつの間にか変形し、鋭利な槍となって啓二の左胸を貫通していた。

「くそっ……しまっ、た……」
「グウッ!ガアッ!」

凱人が槍を引き抜くと同時に、赤い血が勢いよく噴出した。
啓二は膝から崩れ落ち、そのまま鈍い音を立てて橋上に倒れた。

「啓……二?」

ヒカルが呆然と見つめ続けるが、啓二はピクリとも動かない。
その間も血は雨と混ざり、赤い水が止まることなくアスファルトの表面を流れてゆく。

「啓二……何か言ってよ!ねえ、ねえ!」

倒れたままの啓二から反応はない。
ヒカルの声は震え、今にも泣き出してしまいそうな表情。
両手で頭を抱えてへたり込むと、抑えていた感情が溢れ出す。

「いや、いや、いやああああああああああああああああああああ!!」

錯乱状態のヒカルは甲高い声で絶叫を上げた。
同時に体内の魔力が暴走し、柱ほどの太さがある植物のツタが、ヒカルを囲むように地面から何本も出現。
巨大なツタは四方八方に制御なく暴れ回り、ある一本はコンテナを押し潰し、別の一本は橋桁に突き刺さって穴を開け、他の一本は海面を叩きつけて巨大な水柱を上げた。
さらに別のツタが鞭のようにしなり、偶然にも凱人の腕を強打したが、凱人はほとんど微動だにしない。

「ガアアアアアアアッ!!」

むしろそれをきっかけにしてヒカルに向き直り、次の獲物とばかりに狙いを定めた。





槍が啓二の胸を貫く、まさにその瞬間を反対側の橋から目撃したエリカは、

「啓二さん……そ、そんな……」

一瞬で希望を打ち砕かれてその場に崩れ落ちた。
背後からニヤニヤと笑ってその様子を観察するミレーユが、誇らしげに語る。

「どうだい、どうだい!これが魔女に関わった人間、魔女の味方をしたヒトの末路だよ。キャッハハハ!まっとうに暮らしていれば良かったのに、魔女なんかに肩入れするからこうなるのさ、自業自得だね。」

血も涙もない言葉を畳み掛けるミレーユに、

「………………ふざけないで!」

エリカの堪忍袋の緒が切れた。
振り向いた目は紫に変色し、体の周囲には紫色の火の粉が舞う。

「― 腐れ、蝕め、煉獄に落ちよ! ―」

杖をかざして紫色の火球を飛ばしたが、ミレーユは俊敏な動きで横に避けた。

「すごいすごい!これが腐蝕の魔女の本領発揮かぁ!……って、うわっ!ウチの大切な白衣に何てことしてくれるんだい!」

かわしきれなかった紫色の炎、それが白衣の裾を溶かしたことにミレーユは気付く。

「何で、どうしてあなたはそんな酷いことができるの!?人の命をもてあそぶようなことを!」

杖を向けたまま厳しく詰問するエリカに対し、

「フッ、どの口が言うのかな?」

ミレーユは一瞬真顔になる。
が、すぐに元のニヤついた顔へと戻った。

「ウチなんかに構ってるよりも、チビッ子の魔女のことを心配した方がいいんじゃないかい?ま、もう手遅れだと思うけどね。さあさあ、もうすぐ今日のクライマックスだ――んん!?」

その時、突如響いた大きな衝撃音。
エリカが音の出所に視線を移すと、泣き崩れたヒカルの周囲で巨大な緑色のツタが暴れている。
その中心では凱人がヒカルに狙いをつけ、いつ襲い掛かってもおかしくない状況。

「ヒカルちゃん!」

何とかして助けようと焦るエリカだが、橋の反対側へと渡る手段がない。
陥没部の前で足止めを食らっていると、偶然にも巨大なツタの一本が対岸からこちらへと伸び、エリカの頭上に落下。

「きゃあっ!」

エリカが避けるとツタはアスファルトを叩きつけ、そのまま動かなくなった。
一直線に伸びる緑色の植物はまさしく――分かたれた橋と橋を繋ぐ道。

「この上を歩けば向こう側に行けるはず!待っててヒカルちゃん、今行くわ!」

エリカはツタの道を猛然と駆け出し、ヒカルの待つ対岸へと向かう。

「ちょっとちょっと!せっかく素晴らしいフィナーレを迎えられそうなんだ、邪魔はさせないよ!」

ミレーユもその後を追いかけようとするが、

「― 腐れ、蝕め! ―」

エリカが後方に向けて放った紫色の炎がツタに命中。
ツタの先端は一瞬で腐り、ちぎれた断片が次々と海に落下した。
なおも紫炎は激しく炎上し続ける。

「は~、もう最悪だよ!渡れなくなったじゃないか。これじゃあもう、後はスーパー凱人クンに全部任せるしかないねぇ。」

燃え盛るツタを前にして、悔しそうにミレーユは地団太を踏む。





ツタの道を全力で突き進み、エリカは橋の反対側に到達した。

口元を血で濡らしたまま、無表情で右腕の長い槍を振りかぶる凱人。
呆然自失で涙を流してへたり込み、なすすべなく頭上の槍を見つめるヒカル。

「絶対にやらせないわ!ヒカルちゃんから――離れなさい!」

息を切らし、濡れた白い髪を振り乱し、脚がちぎれんばかりの全速力で駆けるエリカは、凱人を狙える位置まで接近すると、

「― 腐乱の蛇よ、緊縛せよ! ―」

杖先から紫色の蛇を3匹出現させた。
凱人の首、胴体、両脚に、それぞれ1匹ずつ巻きついて強く締め上げる。

「ガアアアアアアア!!」

蛇が絡みついた肌が黒く変色し、身動きが取れず苦しみの呻きを上げる凱人。
エリカはその体の中心に杖先の焦点を合わせ、

「― 腐れ、蝕め、煉獄に落ちよ!! ―」

ありったけの感情を込めた大声で詠唱し、紫色の火炎を放射した。

「グウウウ!ギアアアアアアア!!」

容赦のない紫炎に焼かれ、肉体を溶かされながら、凱人は絶叫する。

「はあああああああっ!」

なおもエリカは一切手を緩めることなく、杖から炎を放ち続ける。
時の経過とともに凱人の声はどんどんと弱まってゆき、

「グアアアアアア――アア――ア――ア……」

声が完全に聞こえなくなると同時に、エリカは紫炎の放出を止めた。
炎が消失した後にはもう凱人の姿はなく、残されていたのは機械の双腕と、降り注ぐ雨粒が飛沫を上げる赤黒い血だまりだけ。

「はあ、はあ、はあ……」

肩で息をするエリカが顔を上げるとそこには、倒れたままの啓二にすがるようにして這い寄るヒカルの姿があった。





「あ~あ、やってくれたねぇ。ウチの大事な大事なスーパー凱人クンが跡形もなく消えちゃったよ。」

崩落部を挟んだ反対側の橋で、長い金髪をかきむしりながら、ミレーユは苛立たしげにつぶやいた。

「チビッ子の魔女を始末したかったけど……こうなったからには、ウチ一人で腐蝕の魔女ちゃんの相手をするのは危険かな。万が一あの紫色の炎で溶かされちゃったら、たまったもんじゃないしねぇ。」

ミレーユはぶつぶつと喋りながらアスファルトの上を歩く。

「それよりも、早くあの男に合流してあげなきゃいけないね。まったく、気が進まないなぁ。絶対ウチの失態を責めてくるよ、あ~あ。」

そこまで言うと、ミレーユは突然橋から海上へと飛び降りた。
白衣をたなびかせて着水する寸前、海中からサメの姿形をした銀色のロボットが浮上。
落下してきたミレーユはその背に着地すると、サメ型のロボットは海面を高速で移動し、そのままいずこかへと去っていった。





「啓二、啓二!ねえってば!」

土砂降りの雨の中、橋の上にへたり込んで悲壮な声を上げたヒカル。
その膝の上には啓二の頭が乗り、朦朧とした意識のまま、苦しそうに横たわっていた。
凱人の槍で穿たれた左胸の穴から、とめどなく流れ続ける血が痛ましい。

「ヒカル、すまないね……。君を……ずっと守ると誓ったのに……。その約束は……果たせそうにない……。」
「何を言ってるの!いやよ!わたしと啓二はいつまでも一緒なんだから、そうでしょ!?」

ヒカルは花の形をした杖を啓二の胸に押し当て、精一杯の魔力を込めた。
先端の花の部分から白く眩い光を発する杖。
が、一瞬で光は消失した。

「ありがとう……ヒカル……。でもこの傷は……致命傷だ。回復魔法は……もう間に合わない……ごふっ!」
「啓二!しっかりしてよ……うう……うう……。」

力の入らない啓二の手を強く握りしめるヒカル。
泣き腫らしたその顔は、大粒の涙と雨にまみれて見るに堪えない。

「………………」

その傍で立ち尽くすエリカは無言で唇を嚙む。
ただただ悔しそうに、悲しそうに。
依頼を果たすことのできなかった、己の力不足を痛感しながら。

「これからは……僕がいなくても……自分の身は自分で守れるように……たくさん特訓して、立派な魔女に……なるんだぞ。」

啓二は途切れ途切れの声で言うと、残された力を振り絞り、右手を掲げてヒカルの眼前に差し出した。
その手に握られていたのは赤い筒。
先程までの長い棒から変化し、元の形状に戻っていた護星棍である。

「そして……もし、もしヒカルと一緒に……人生を歩んでくれる……信頼できる人に……巡り合えたら……、この護星棍を……託して、欲しい……ごほっ!」

啓二の口から吐き出された鮮血が飛び散り、ヒカルの顔を赤く染める。

「あ……あああ……あ……」

声にならない声を漏らしながら、ヒカルは震える手で赤い筒を掴む。
啓二は護星棍から手を離すと、とても愛おしそうに、大切そうに、優しくヒカルの頬に手を触れた。

「ヒカル……まだまだ君と……楽しい日々を……過ごした……かっ……た……」

啓二の手がするりと落ちた。
安らかな笑顔のまま瞼は閉じ、心臓の鼓動はもう感じられない。

「啓二、なんで、そんなの、うそよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

絶望に満ちた表情で、天を仰ぎ叫び散らすヒカル。
必死に堪えていた感情が溢れ出し、もう誰にも止められない。
あまりにも痛ましいその様子を見てエリカは思わず目を逸らす。

「いや、いや、いやいやいやああああああああああっ!!うあっ、あっ、ああああああああああああああああああああっ!!」

冷たく暗澹とした夜の下、ヒカルの慟哭の叫びは雨音を切り裂き、いつまでも響き続けた。
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