コトレットさんの不思議なお仕事~こちら異世界管理局~

胡散臭いゴゴ

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ユマ・ビッグスロープの場合

01.今日も王都は全てこともなし

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【“ユマ・ビッグスロープの場合”(1/3話)】



 ***********************************

 後ろ向きに引っ繰り返り掛けた俺は、背中を空き家の扉にぶち当て――……

 ぶち破り――……

 結局、盛大に空き家へと転がり込んだ。


 仰向けに倒れた俺は、空き家と見た部屋に、灯りが灯っていることに気づいた。と同時に……

 「Raaるああ?」

 奥から鼻に抜けるような声がした。驚き、または悲鳴にしては緊張感がない。俺は首を逸らして、上下逆様の部屋の奥に目をらす。
Oh la laうーららぁ、まーさか、この部屋に入って来るなんてさー。ありえねー」
部屋の青白い照明に、両側から照らされて浮かび上がる、伝法でんぽうな言葉遣い、抑揚のない口調。声からすると、どうやら女らしい。

 頭から黒頭巾をすっぽり被った、顔の下半分、口元が皮肉っぽく笑う。
「これだから、運とトラブルに全振りチートしてる奴は困るんだ」


 黒頭巾の女の奇妙な物言いを怪訝けげんに思いつつ、俺は床を転がり、身を起こした。まず思ったのが、女の背丈が思いの外低い、ということだった。ぶかぶかのローブで体つきが隠れ、被ったフードのせいで顔も定かではないが、小柄で、華奢きゃしゃ。少女、いや、むしろ……

 「幼女……?」

 そう呟くと、黒頭巾は上目遣いに俺の顔を見た。覗き見えた顔立ちが、やはり幼く見える。そして……彼女の瞳は、はっとするような赤い色をしている。
「幼女ぉ?」
頭巾の下から、ジト目が光っている。何だかさげすむような目つきだ。
「うーぷす。お前、いい趣味してんなー」
声も幼い、だが口調は明らかに俺をバカにしている。

 しかも俺が口を開こうとすると、
「よいよい。。別にどー見えてよーが・・・・・・・・
しっしと追い払うような手振りをして、さっさと背中を向ける。さすがにむっとしたが、そこで俺はようやく室内の様子が目に入り……

 開き掛けた口は、言おうとしていた言葉を失ってしまった。


 目に映った光景を、頭が理解するには少し時間が要った。薄暗い部屋、少女を淡く照らす青白い光……窓か方形の照明かと思ったそれは、全てモニターの画面が発する光だったのだ。

 左右正面の壁一面、上から下までモニター画面が埋め込まれて並んでいる。

 「何だ、これ……」

 この“世界”、俺の暮らす“王都カルーシア”は中世ヨーロッパ的な世界観をしている。蒸気機関さえ、この世界にはまだない。それなのにこの部屋の設備はまるで現代のビルのセキュリティ室、時代考証どうなってんだ。
「何だ、ここは? お前は、いったい……?」
俺は呆然としたまま誰何すいかする。


 幼女(?)はしばらく帳簿に何やら書き込んでいたが、やがて大儀そうに向き直った。両手で髪を掻き上げるように、うなじに黒頭巾を落とした。

 「るああ。アタシはルシウ・コトレットだ」

 黒い頭巾の下から、真っ赤な瞳と、淡い銀色の髪があふれ出た。



 ***********************************

 俺の名前は、逢坂悠馬オウサカ・ユウマという。異世界転移者だ。

 カルーシアの言葉で、世界は“オルト”、異邦人は“トランジッテ”。異世界転移者はさしづめ”オルト・トランジッテ“ってとこだろう。

 生まれは駅前にイ●ンとG●Oを標準装備する地方都市、高校1年生が本来の身分ジョブ、そしてこっちでは傭兵メルセナリオのユマ・ビッグスロープで通っている。

 ユマ、とは王都風の発音だ。

 カルーシアでは“ユーマ”のように伸ばしが入ると、女性名に聞こえてしまう。俺に言わせれば、“ユマちゃん”の方が女の子みたいなんだけど。
 ちなみに“ビッグスロープ”は、逢坂=大阪=“大きい坂”だ。百人一首を授業でやって以来、“大阪”があだ名なんだよ。蝉丸のせいで。

 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関――……


 そんな俺が“異世界転移”したのは、体育の授業中、見失ったバレーボールが顔面直撃した拍子だから、もはや屁をこいた勢いでも“転生”しそうだ。いずれスマホ弄ってるだけで“召喚”されたりするんだろうよ。
 俺が最後に見た現実世界の光景は、10本の指を広げた間からの、体育館天井の水銀灯だった。不幸中の幸いは体操服の上にジャージを着ていたことだろうな。 少なくとも、“すぐ死ぬ奴スペランカー”で有名な“彼”より貧弱な初期装備で、ゼロからスタートは免れたのだから。


 けれど、途方には暮れたよ。

 “異世界転生”、“異世界召喚”。自分に何が起きたのかは割とすんなり理解した。ラノベでもアニメでも“タイトル長いの”は流行だし。
 正直、自分にもいつか起きないかなあ、とか思ったことがないと言わない。みんなだってそうだろ? でもね、言っておくよ。

 いきなりとか、マジでないから。

 最近は最初に女神様とか出てくるのチュートリアルがデフォだって聞いてたんだけど。オープニングないとか、スーパーモンキー大冒険だから。「ながいたびがはじまる……」じゃないから。

 異世界の雑踏ざっとうに放り出されると、驚くほどいろんなことを一瞬で考えるぞ。

 日本人に到底見えない人達ばっかりが歩いている
  ↓
 外国にワープしたんじゃないの
  ↓
 服装が古風なのに加え、剣とか普通に持っている
  ↓
 大昔の外国にタイムスリップしたんじゃないの
  ↓
 周りの人たちが日本語喋っているように聞こえる
  ↓
 コミケなんじゃないの
  ↓
 レ●りんがいないよ
  ↓
 OK、だったらたぶん異世界だ。いても異世界ル●ニカの可能性あるけどな。


 呆然、混乱。夢を見てるのかと周りを見回す。頬をつねる、を人生初めて実際にやってみる。夢じゃない、あれもこれも。
 思うに、異世界転移して即行動に移れる奴は、たぶん物ッ凄いアホか、何も考えていないんだろう。普通は何もできねえよ。俺の場合、できたのは教会だか聖堂だかの石段に、ぺたんと腰を落とすことだけだった。

 「君、珍しい恰好してるね」

 少年のような喋り方に顔を上げた鼻先に、差し出されていた小さな花フラールと、飾り気のない笑顔。彼女――アーシャとの出会いだった。
 後になって思えば、ジャージ姿が異世界の町で悪目立ちしていたことが、俺とアーシャを巡り合わせた訳だ。ありがとう、□□高校の学年ごと3年ローテーションする色の内、ハズレと評判の頓狂とんきょうな緑色のジャージ。


 こうして異世界の少女、アーシャ・ノエル・ロランに手を引かれ、俺の異世界生活は始まった訳だが――……



 ***********************************

 さて、異世界の美少女と知り合った直後、お約束ベタというかご都合主義というか、俺は路地裏んとこでガラの悪そうな3人組に絡まれた。

 異世界転生初の“イベント”スタート。
 マジか。展開さくさくだな。


 が、やってて良かった中学高校と剣道部、道場になら小学校入った頃から通ってる。そして傍らに冗談のように落ちてある俺の初期装備デッキブラシ
 今までケンカなんてろくにしたこともないが、試合だと思えば多少は経験がある。ブラシを踏んで起き上がってきた柄をつかむ。よし、ここまではかっこいい。俺はブラシ近くを両手で握り、3人を向こうに柄を正眼に据えた。

 「「「そっち側持つのかよ!」」」
 「そっちの方持つの?!」

 前後から突っ込まれたが、剣道だもの、重心が先端にあるとやりにくい。
「ふざけやがって……」
リーダー格っぽいのが凄むと――


 右側の男が、すっと前に出た――……のを見た気がした・・・・・・


 「……?」

 男は動いてはいない。あれ、気のせいか?。

 と思うや男が、今度は本当に殴り掛かって来た、が、注目していたものだから、咄嗟に出会いがしらをいいの・・・を見舞ってしまう。面、一本!
「なっ、てめぇ……!」
気色けしきばむ残りの二人も、勢いと物の弾みで叩き伏せる。
「「「覚えてやがれっ!」」」
あ、その捨て台詞、本当に言う奴いるんだ?


 男達が支え合うようにして退散すると、俺はブラシを取り落とし、肩で息をした。アーシャ腕を取って、揺すってはしゃぐが、言葉も耳に入らない。
 道具を使ったとはいえ、瞬く間に、人相の悪いのを3人……一番びっくりしてるのは俺自身だから。異世界転移、初日にどれだけ人生初をぶっ込むつもり……


 右の頬っぺたに、ちゅっ、柔らかい感触。
 えー……と、はい、これも初めてです……


 こうして――俺の人生初を重ねる日々、異世界生活オルト・レーベンが幕を開いたのだった。


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