4 / 79
ユマ・ビッグスロープの場合
01.今日も王都は全てこともなし
しおりを挟む【“ユマ・ビッグスロープの場合”(1/3話)】
***********************************
後ろ向きに引っ繰り返り掛けた俺は、背中を空き家の扉にぶち当て――……
ぶち破り――……
結局、盛大に空き家へと転がり込んだ。
仰向けに倒れた俺は、空き家と見た部屋に、灯りが灯っていることに気づいた。と同時に……
「Raa?」
奥から鼻に抜けるような声がした。驚き、または悲鳴にしては緊張感がない。俺は首を逸らして、上下逆様の部屋の奥に目を凝らす。
「Oh la la、まーさか、この部屋に入って来るなんてさー。ありえねー」
部屋の青白い照明に、両側から照らされて浮かび上がる、伝法な言葉遣い、抑揚のない口調。声からすると、どうやら女らしい。
頭から黒頭巾をすっぽり被った、顔の下半分、口元が皮肉っぽく笑う。
「これだから、運とトラブルに全振りしてる奴は困るんだ」
黒頭巾の女の奇妙な物言いを怪訝に思いつつ、俺は床を転がり、身を起こした。まず思ったのが、女の背丈が思いの外低い、ということだった。ぶかぶかのローブで体つきが隠れ、被ったフードのせいで顔も定かではないが、小柄で、華奢。少女、いや、むしろ……
「幼女……?」
そう呟くと、黒頭巾は上目遣いに俺の顔を見た。覗き見えた顔立ちが、やはり幼く見える。そして……彼女の瞳は、はっとするような赤い色をしている。
「幼女ぉ?」
頭巾の下から、ジト目が光っている。何だか蔑むような目つきだ。
「うーぷす。お前、いい趣味してんなー」
声も幼い、だが口調は明らかに俺をバカにしている。
しかも俺が口を開こうとすると、
「よいよい。。別にどー見えてよーが」
しっしと追い払うような手振りをして、さっさと背中を向ける。さすがにむっとしたが、そこで俺はようやく室内の様子が目に入り……
開き掛けた口は、言おうとしていた言葉を失ってしまった。
目に映った光景を、頭が理解するには少し時間が要った。薄暗い部屋、少女を淡く照らす青白い光……窓か方形の照明かと思ったそれは、全てモニターの画面が発する光だったのだ。
左右正面の壁一面、上から下までモニター画面が埋め込まれて並んでいる。
「何だ、これ……」
この“世界”、俺の暮らす“王都カルーシア”は中世ヨーロッパ的な世界観をしている。蒸気機関さえ、この世界にはまだない。それなのにこの部屋の設備はまるで現代のビルのセキュリティ室、時代考証どうなってんだ。
「何だ、ここは? お前は、いったい……?」
俺は呆然としたまま誰何する。
幼女(?)はしばらく帳簿に何やら書き込んでいたが、やがて大儀そうに向き直った。両手で髪を掻き上げるように、うなじに黒頭巾を落とした。
「るああ。アタシはルシウ・コトレットだ」
黒い頭巾の下から、真っ赤な瞳と、淡い銀色の髪が溢れ出た。
***********************************
俺の名前は、逢坂悠馬という。異世界転移者だ。
カルーシアの言葉で、世界は“オルト”、異邦人は“トランジッテ”。異世界転移者はさしづめ”オルト・トランジッテ“ってとこだろう。
生まれは駅前にイ●ンとG●Oを標準装備する地方都市、高校1年生が本来の身分、そしてこっちでは傭兵のユマ・ビッグスロープで通っている。
ユマ、とは王都風の発音だ。
カルーシアでは“ユーマ”のように伸ばしが入ると、女性名に聞こえてしまう。俺に言わせれば、“ユマちゃん”の方が女の子みたいなんだけど。
ちなみに“ビッグスロープ”は、逢坂=大阪=“大きい坂”だ。百人一首を授業でやって以来、“大阪”があだ名なんだよ。蝉丸のせいで。
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関――……
そんな俺が“異世界転移”したのは、体育の授業中、見失ったバレーボールが顔面直撃した拍子だから、もはや屁をこいた勢いでも“転生”しそうだ。いずれスマホ弄ってるだけで“召喚”されたりするんだろうよ。
俺が最後に見た現実世界の光景は、10本の指を広げた間からの、体育館天井の水銀灯だった。不幸中の幸いは体操服の上にジャージを着ていたことだろうな。 少なくとも、“すぐ死ぬ奴”で有名な“彼”より貧弱な初期装備で、ゼロからスタートは免れたのだから。
けれど、途方には暮れたよ。
“異世界転生”、“異世界召喚”。自分に何が起きたのかは割とすんなり理解した。ラノベでもアニメでも“タイトル長いの”は流行だし。
正直、自分にもいつか起きないかなあ、とか思ったことがないと言わない。みんなだってそうだろ? でもね、言っておくよ。
いきなりとか、マジでないから。
最近は最初に女神様とか出てくるのがデフォだって聞いてたんだけど。オープニングないとか、スーパーモンキー大冒険だから。「ながいたびがはじまる……」じゃないから。
異世界の雑踏に放り出されると、驚くほどいろんなことを一瞬で考えるぞ。
日本人に到底見えない人達ばっかりが歩いている
↓
外国にワープしたんじゃないの
↓
服装が古風なのに加え、剣とか普通に持っている
↓
大昔の外国にタイムスリップしたんじゃないの
↓
周りの人たちが日本語喋っているように聞こえる
↓
コミケなんじゃないの
↓
レ●りんがいないよ
↓
OK、だったらたぶん異世界だ。いても異世界の可能性あるけどな。
呆然、混乱。夢を見てるのかと周りを見回す。頬をつねる、を人生初めて実際にやってみる。夢じゃない、あれもこれも。
思うに、異世界転移して即行動に移れる奴は、たぶん物ッ凄いアホか、何も考えていないんだろう。普通は何もできねえよ。俺の場合、できたのは教会だか聖堂だかの石段に、ぺたんと腰を落とすことだけだった。
「君、珍しい恰好してるね」
少年のような喋り方に顔を上げた鼻先に、差し出されていた小さな花と、飾り気のない笑顔。彼女――アーシャとの出会いだった。
後になって思えば、ジャージ姿が異世界の町で悪目立ちしていたことが、俺とアーシャを巡り合わせた訳だ。ありがとう、□□高校の学年ごと3年ローテーションする色の内、ハズレと評判の素っ頓狂な緑色のジャージ。
こうして異世界の少女、アーシャ・ノエル・ロランに手を引かれ、俺の異世界生活は始まった訳だが――……
***********************************
さて、異世界の美少女と知り合った直後、お約束というかご都合主義というか、俺は路地裏んとこでガラの悪そうな3人組に絡まれた。
異世界転生初の“イベント”スタート。
マジか。展開さくさくだな。
が、やってて良かった中学高校と剣道部、道場になら小学校入った頃から通ってる。そして傍らに冗談のように落ちてある俺の初期装備。
今までケンカなんて碌にしたこともないが、試合だと思えば多少は経験がある。ブラシを踏んで起き上がってきた柄を掴む。よし、ここまではかっこいい。俺はブラシ近くを両手で握り、3人を向こうに柄を正眼に据えた。
「「「そっち側持つのかよ!」」」
「そっちの方持つの?!」
前後から突っ込まれたが、剣道だもの、重心が先端にあるとやりにくい。
「ふざけやがって……」
リーダー格っぽいのが凄むと――
右側の男が、すっと前に出た――……のを見た気がした。
「……?」
男は動いてはいない。あれ、気のせいか?。
と思うや男が、今度は本当に殴り掛かって来た、が、注目していたものだから、咄嗟に出会いがしらをいいのを見舞ってしまう。面、一本!
「なっ、てめぇ……!」
気色ばむ残りの二人も、勢いと物の弾みで叩き伏せる。
「「「覚えてやがれっ!」」」
あ、その捨て台詞、本当に言う奴いるんだ?
男達が支え合うようにして退散すると、俺はブラシを取り落とし、肩で息をした。アーシャ腕を取って、揺すってはしゃぐが、言葉も耳に入らない。
道具を使ったとはいえ、瞬く間に、人相の悪いのを3人……一番びっくりしてるのは俺自身だから。異世界転移、初日にどれだけ人生初をぶっ込むつもり……
右の頬っぺたに、ちゅっ、柔らかい感触。
えー……と、はい、これも初めてです……
こうして――俺の人生初を重ねる日々、異世界生活が幕を開いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
