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封鎖区~虚構の城~
22.ヒガンテ・エ・チリエーソ~巨人の叫びと“桜”の刀~
しおりを挟む【“封鎖区~虚構の城~”(1/9話)】
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数刻の後、俺とルシウは城の全貌を窺える場所にいた。
道中取り立てて何事も起きなかったのが、却って神経をすり減らした。
俺の“世界観”のカルーシアは、異世界ではあるが、比較的現実的な構文で回っている。一番非常識なモノが……
「るあ? 何見てんだよ?」
この赤い目の幼女だ。
モンスターを警戒するなんて初めての経験で、延々出るか出ないかのお化け屋敷でビクビクさせられるなら、いっそ出てくれた方がスッキリした。いつ何と出くわすかと、落ち着かず、言葉も少なく、道々腰の桜花にむやみと触れていた。
「ここまで来て、記録も回復も出来ないのか」
「なーふ。あるか」
ゲームと現実の区別を若干失って、攻略するダンジョンの前。さて、LVと覚悟は足りているのやら。
見上げる古城は廃墟と化して久しく、或いは異教の聖堂のようだった。外見の印象はサグラダ・ファミリアを思わせるが、事実、部分々々に意匠を取り込んでいるように見える。何となく“魔王の居城”ではなく“吸血鬼の屋敷”っぽく感じるのは、石の城壁ではなく先端が槍になった鉄柵で囲われているせいだろう。
城の前庭には首を吊りやすそうな立ち枯れた木々がまばらに影を晒して、奇怪な石碑や装飾、怪物像が配置されていて、かなりイタめの中二病美術館野外展示の様相を呈している。人形達の街と同様、否応なしに外国人墓地を連想させる。
言ってしまえばありきたりな分、だからこそ記号的に怖い。
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俺は自称“かよわい少女”を背に庇いながら、開いた鉄格子の門から、城の敷地内へ足を踏み入れる。本当は敵襲に備えておくべきなのだろうが、“荒神切”を抜く肚が括れないまま、居合の如く柄に手を掛けている。
動くものは何ひとつない。
“世界”……“封鎖区”に気づかれていないかのように、静かだ。ひと安心と胸を撫で下ろすべきか、拍子抜けと思うべきか、不気味と取るべきか。
ともあれ、警戒はしておくべきだ。
“ト”の形に半壊した十字架の彫刻に走り寄り、背中を預けて、周囲の気配を窺う――……OK、敵の気配はない。続くルシウの肩を抱き寄せて、見上げてくる赤い視線に頷き掛ける。
「……どうやら、城内に入ってからが本番らしいな」
俺がそう言った瞬間、少女の目がぎくりと見開かれた。
「るあ! ユーマ、後ろ後ろ……!」
ド●フかよ。恐怖に弾かれて振り返ると――
十字架の後ろから、巨人が立ち上がるところだった。
冗談だろ? そう思った。どう見たって、明らかに物陰より巨人の方が大きいじゃないか。その光景は手品というより錯視のようで、眩暈を起こしそうになりながら、それでいて、俺は巨人の奇怪な外見をひと目で見て取っている。
俺の倍は軽く超す巨体は、横に並べば大人と子ども――いや、幼児の体格差。俺が持ってる巨人のイメージからすると、細身で、類人猿的に腕が長い。布切れ一枚身に付けてはおらず、股間に何もないな、雄ではないのかな、と明後日なことを考えている自分もいる。
人生初、異世界でも初めてこの目で見る、いわゆる怪物だ。
巨人が、完全に物陰から這い出した。ぞろりと髪を長く垂らし、見下ろす眼に知性はない。やれやれ、俺もとうとう勇者の真似事をするまで来たか――内心で嘯くことで己を鼓舞し、ついに腰の物に抜く踏ん切りをつける。が、次の瞬間――
「きィいやああアアああァァあああッッッ――!!」
その見てくれから想像もしない、ヒステリックな絶叫が空気を震わせた。
「なッ……?!」
“束縛の叫び”……! 巨人の絶叫が耳をつんざき、俺から思考と、体の自由を奪う。残された視界に――
戸板ほどはある平手打ちが迫り――
俺の体は軽々と真横に吹っ飛んで、女性を象った石像に激突、砕き散らした。
「うぷす! ユーマ!」
「かっは……っ……」
即座には衝撃さえ感じない。瓦礫に手を着いて、俺は来るべきダメージと呼吸困難に身構える……?……来ない?
「……そう、か……」
革服の下に着込んだ、何だか凄い来歴のミスリル銀のチェーンメイル――ティラトーレの鎖衣。打撃を分散させる編まれ方だと聞いていたが……
「……これは、“一番いい”だけのことはあるな……」
彫像をぶっ壊したヒガンテの一撃を、ほぼほぼなかったことにしている。傍らに落ちている女性像の頭部を、
「ゴメンな、オネーサン」
台座に残った腰から下の足元に置くと、立ち上がって、破片を払う。
巨人は足音も荒く、投げた玩具を取りに来る。
***********************************
と、俺の体を柔らかな光がふわりと包んだ。
「るああ! 無事か? 防御魔法だ、これで呪縛の叫びは効かねーはず……」
「ぎいいイ……きィイやあァァァあああッッッ――!」
ルシウの声を巨人の叫びが掻き消すが、俺の体を硬直させる力は既にない。
「助かった、ルシウ!」
ヒガンテが拳のハンマーを、像の台座ごと俺を粉々にする勢いで振り下ろす。
天羽緋緋色“荒神切”桜花――ついにその刀身を、抜き打ちに頭上へ撥ね上げた。受けるッ!
……いや、待て。
桜花が折れることは、よもやないだろーが、俺の腕はどうなの? 堪えれるのか? 気づいた時にはもう遅い、“お節介な時間干渉”は“封鎖区”の外に置いて来た。待ったなし、剣は天に、ブーツは大地に。衝撃に備え、踏ん張る……!
そして桜花の刃は音もなく巨人の腕に吸い込まれた。
マジか……バター切る方がまだ抵抗あるぞ。“切れる”って次元の話じゃない。ほら、構えているだけで、すうーっと肉に刃が入っていくから。
「ん? てことは――……」
骨を断つプツって感触で、ふと気づく。
これ、全く受け止めていない。
振り下ろした勢いのままで、切れた腕が落ちてくる。
「やっば……!」
刀身を左脇に引き、右肩から前方へ転がり込むモ●ハン回避。直後、一瞬前の俺がいた地点に叩きつけられる、切断された巨人の腕。
身を起こし様に巨人の足首を、腱の側から地を這う軌跡で切りつける。地響きとともに仰向けに倒れたヒガンテに駆け寄り――
桜花を逆手に返して――心の臓へと突き立てる。
「ぎぃぃぃぃぁぁあああ――……」
悪鬼滅ぶべし、冥府魔道へ還るがいい。
ヒガンテの断末魔が、異世界監視人の加護に打ち消され、虚空へと消えていくのだった。これは……きーもちいーい!
いや、決まった。今のは決まった。
特に桜花をくるっと逆手に持ち直した時の、“くるっ、ざん!”が最高カッコ良かった。いやあ、伝説の武器やべぇわ。クセになるわ、これ。
それにしても、恐るべきは天羽緋緋色“荒神切”桜花。
巨人の腕を切ったあの感覚、俺の中の“切る”という概念を覆した。
改めて子細にすると、銅にも似ていてより深く赤く輝き、どことなくルシウを連想する。これが緋緋色という色なんだろうか。刀身は揺らめき立ち、刃紋を注視すれば木目状の積層鍛造痕――微かなダマスカス模様が入っていることが判る。
日本刀は血と脂ですぐ刃が鈍るなんて聞くが、桜花の刀身にはそのどちらも全く付着さえしていなかった。
俺は意味なく二度ほど切っ先を振るうと、桜花をゆっくり鞘に納め、最後にちょっと手を止めて、無意味に音高く鯉口を鳴らした。
「これにて一件落着」
うむ、余は満足じゃ。
「るああ、ユーマあ」
オブジェの陰から飛び出してきたルシウが、どんと背中に突き当たった。
「うーぷす。すげーぞ、お前。思った以上にやるじゃねーか」
「ざっとこんなもん、と言いたいとこだが、さすがに得物がいいから……」
満更でない気分で振り返り――
「あ……」
俺の顔から血の気が引いた。
枯れ木の後ろから、異形の彫刻の裏から、鉄柵の間から――…
陰という陰から、何体もの巨人が這い出してきていた。
「るあっ?」
俺は状況を理解っていない幼女の細い腰に腕を回すと、
「るああっあっあっあっあああ――……?!」
小脇に抱え上げ、一目散に逃げ出した。
背後で束縛の悲鳴が次々に響いた。
後ろを確かめる余裕なんてない。俺は息継ぎさえせずに前へ、城の正面扉まで、行く手にも出る巨人を掻い潜る、駆け抜ける。お姫様を抱えたまま、無駄にデカい扉にブーツの底を預けて、
「頼むから、カンヌキとか掛けてないでくれよ! っと!」
思い切り押し開ける。幸いなことに開いてくれた隙間から、城内へ滑り込み、背中で押して、全体重を掛けて閉める。
そして来るべき巨人のノックを覚悟する……来ない……追っては来ていない、のか? ならば城内に待ち受ける新手の敵は――……いない……ようだ。
止めていた息を漏らしながら、扉の内側にずるずると崩れ落ちる。
ゲームでもあるまいに、扉に逃げ込んだら追って来ないとか、ふざけているにも程があるが、それでも今は助かった。
いや……助かった、のか? 俺は膝の上にうつ伏せに乗っかった、ルシウの頭に肘を置いた。
「るあ……」
さて、これは……果たして逃げ込んだのか、それとも、追い込まれたのか……
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