コトレットさんの不思議なお仕事~こちら異世界管理局~

胡散臭いゴゴ

文字の大きさ
25 / 79
封鎖区~虚構の城~

22.ヒガンテ・エ・チリエーソ~巨人の叫びと“桜”の刀~

しおりを挟む

【“封鎖区~虚構の城~”(1/9話)】



 ***********************************

 数刻の後、俺とルシウは城の全貌ぜんぼううかがえる場所にいた。
 道中取り立てて何事も起きなかったのが、かえって神経をすり減らした。

 俺の“世界観”イマジカのカルーシアは、異世界ではあるが、比較的現実的な構文ファンタジーなしで回っている。一番非常識なモノが……
「るあ? 何見てんだよ?」
この赤い目の幼女だ。
 モンスターを警戒するなんて初めての経験で、延々出るか出ないかのお化け屋敷でビクビクさせられるなら、いっそ出てくれた方がスッキリした。いつ何と出くわすかと、落ち着かず、言葉も少なく、道々腰の桜花カタナにむやみと触れていた。

 「ここまで来て、記録も回復も出来セーブポイントないのか」
 「なーふ。あるか」

 ゲームと現実の区別を若干失って、攻略するダンジョンの前。さて、LVと覚悟は足りているのやら。


 見上げる古城は廃墟と化して久しく、或いは異教の聖堂のようだった。外見の印象はサグラダ・アントニオファミリア・ガウディを思わせるが、事実、部分々々に意匠いしょうを取り込んでいるように見える。何となく“魔王の居城”ではなく“吸血鬼の屋敷”っぽく感じるのは、石の城壁ではなく先端が槍になった鉄柵で囲われているせいだろう。

 城の前庭には首を吊りやすそうな立ち枯れた木々がまばらに影をさらして、奇怪な石碑や装飾オブジェ怪物像ガーゴイルが配置されていて、かなりイタめの中二病美術館野外展示の様相を呈している。人形達の街と同様、否応なしに外国人墓地を連想させる。

 言ってしまえばありきたりな分、だからこそ記号的に怖い。



 ***********************************

 俺は自称“かよわい少女”を背にかばいながら、開いた鉄格子の門から、城の敷地内へ足を踏み入れる。本当は敵襲に備えておくべきなのだろうが、“荒神切”を抜くはらが括れないまま、居合の如く柄に手を掛けている。

 動くものは何ひとつない。

 “世界”……“封鎖区”に気づかれていないかのように、静かだ。ひと安心と胸を撫で下ろすべきか、拍子抜けと思うべきか、不気味と取るべきか。
 ともあれ、警戒はしておくべきだ。

 “ト”の形に半壊した十字架の彫刻に走り寄り、背中を預けて、周囲の気配をうかがう――……OK、敵の気配はない。続くルシウの肩を抱き寄せて、見上げてくる赤い視線に頷き掛ける。
「……どうやら、城内に入ってからが本番らしいな」
俺がそう言った瞬間、少女の目がぎくりと見開かれた。
「るあ! ユーマ、後ろ後ろ……!」
ド●フかよ。恐怖に弾かれて振り返ると――

 十字架の後ろから、巨人ヒガンテが立ち上がるところだった。


 冗談だろ? そう思った。どう見たって、明らかに物陰より・・・・・・・・巨人の方が大きい・・・・・・・・じゃないか。その光景は手品マジックというより錯視トリックのようで、眩暈めまいを起こしそうになりながら、それでいて、俺は巨人の奇怪な外見をひと目で見て取っている。

 俺の倍は軽く超す巨体は、横に並べば大人と子ども――いや、幼児の体格差。俺が持ってる巨人ヒガンテのイメージからすると、細身で、類人猿的に腕が長い。布切れ一枚身に付けてはおらず、股間に何もないな、雄ではないのかな、と明後日なことを考えている自分もいる。

 人生初、異世界でも初めてこの目で見る、いわゆる怪物モンストロだ。


 巨人が、完全に物陰から這い出した。ぞろりと髪を長く垂らし、見下ろす眼に知性はない。やれやれ、俺もとうとう勇者イリアスの真似事をするまで来たか――内心でうそぶくことで己を鼓舞こぶし、ついに腰の物に抜く踏ん切りをつける。が、次の瞬間――

 「きィいやああアアああァァあああッッッ――!!」

 その見てくれから想像もしない、ヒステリックな絶叫が空気を震わせた。
「なッ……?!」
“束縛の叫び”バインド・ボイス……! 巨人の絶叫が耳をつんざき、俺から思考と、体の自由を奪う。残された視界に――

 戸板ほどはある平手打ちが迫り――

 俺の体は軽々と真横に吹っ飛んで、女性をかたどった石像に激突、砕き散らした。
「うぷす! ユーマ!」
「かっは……っ……」
即座には衝撃さえ感じない。瓦礫がれきに手を着いて、俺は来るべきダメージと呼吸困難に身構える……?……来ない?
「……そう、か……」
革服の下に着込んだ、何だか凄い来歴のミスリル銀のチェーンメイル――ティラトーレの鎖衣。打撃を分散させる編まれ方だと聞いていたが……
「……これは、“一番いい”だけのことはあるな……」
彫像をぶっ壊したヒガンテの一撃を、ほぼほぼなかったことにしている。傍らに落ちている女性像の頭部を、
「ゴメンな、オネーサン」
台座に残った腰から下の足元に置くと、立ち上がって、破片を払う。

 巨人は足音も荒く、投げた玩具を取りに来る。



 ***********************************

 と、俺の体を柔らかな光ルミエールがふわりと包んだ。
「るああ! 無事か? 防御魔法デフェーサだ、これで呪縛の叫びバインドは効かねーはず……」
「ぎいいイ……きィイやあァァァあああッッッ――!」
ルシウの声を巨人の叫びが掻き消すが、俺の体を硬直させる力は既にない。
「助かった、ルシウ!」
ヒガンテが拳のハンマーを、像の台座ごと俺を粉々にする勢いで振り下ろす。


 天羽緋緋色“アマハヒヒイロ“ア荒神切”桜花ラガミキリ”オウカ――ついにその刀身を、抜き打ちに頭上へね上げた。受けるッ!

 ……いや、待て。

 桜花が折れることは、よもやないだろーが、俺の腕はどうなの? 堪えれるのか? 気づいた時にはもう遅い、“お節介な時間干渉”は“封鎖区”の外に置いて来た。待ったなし、剣は天に、ブーツは大地に。衝撃に備え、踏ん張る……!


 そして桜花の刃は音もなく巨人の腕に吸い込まれた。

 マジか……バター切る方がまだ抵抗あるぞ。“切れる”って次元の話じゃない。ほら、構えているだけで、すうーっと肉に刃が入っていくから。
「ん? てことは――……」
骨を断つプツって感触で、ふと気づく。

 これ、全く受け止めていない。
 振り下ろした勢いのままで、切れた腕が落ちてくる。

 「やっば……!」
刀身を左脇に引き、右肩から前方へ転がり込むモ●ハン回避。直後、一瞬前の俺がいた地点に叩きつけられる、切断された巨人の腕。
 身を起こし様に巨人の足首を、けんの側から地を這う軌跡で切りつける。地響きとともに仰向けに倒れたヒガンテに駆け寄り――


 桜花を逆手に返して――心の臓へと突き立てる。
「ぎぃぃぃぃぁぁあああ――……」
悪鬼滅ぶべし、冥府魔道めいふまどうかえるがいい。


 ヒガンテの断末魔が、異世界監視人クストーデの加護に打ち消され、虚空へと消えていくのだった。これは……きーもちいーい!

 いや、決まった。今のは決まった。

 特に桜花カタナをくるっと逆手に持ち直した時の、“くるっ、ざん!”が最高カッコ良かった。いやあ、伝説の武器チートやべぇわ。クセになるわ、これ。


 それにしても、恐るべきは天羽緋緋色“荒神切”桜花。
 巨人の腕を切ったあの感覚、俺の中の“切る”という概念をくつがえした。

 改めて子細にすると、銅にも似ていてより深く赤く輝き、どことなくルシウを連想する。これが緋緋色ヒヒイロという色なんだろうか。刀身は揺らめき立ち、刃紋を注視すれば木目状の積層鍛造痕――微かなダマスカス模様が入っていることが判る。
 日本刀は血と脂ですぐ刃が鈍るなんて聞くが、桜花の刀身にはそのどちらも全く付着さえしていなかった。


 俺は意味なく二度ほど切っ先を振るうと、桜花をゆっくり鞘に納め、最後にちょっと手を止めて、無意味に音高く鯉口を鳴らした。
「これにて一件落着」
うむ、余は満足じゃ。
「るああ、ユーマあ」
オブジェの陰から飛び出してきたルシウが、どんと背中に突き当たった。
「うーぷす。すげーぞ、お前。思った以上にやるじゃねーか」
「ざっとこんなもん、と言いたいとこだが、さすがに得物がいいから……」
満更でない気分で振り返り――


 「あ……」


 俺の顔から血の気が引いた。
 枯れ木の後ろから、異形の彫刻の裏から、鉄柵の間から――…

 陰という陰から、何体もの巨人が這い出してきていた。

 「るあっ?」

 俺は状況を理解わかっていない幼女の細い腰に腕を回すと、
「るああっあっあっあっあああ――……?!」
小脇に抱え上げ、一目散に逃げ出した。

 背後で束縛の悲鳴バインド・ボイスが次々に響いた。


 後ろを確かめる余裕なんてない。俺は息継ぎさえせずに前へ、城の正面扉まで、行く手にも出る巨人を掻い潜る、駆け抜ける。お姫様を抱えたまま、無駄にデカい扉にブーツの底を預けて、
「頼むから、カンヌキとか掛けてないでくれよ! っと!」
思い切り押し開ける。幸いなことに開いてくれた隙間から、城内へ滑り込み、背中で押して、全体重を掛けて閉める。
 そして来るべき巨人のノックを覚悟する……来ない……追っては来ていない、のか? ならば城内に待ち受ける新手の敵は――……いない……ようだ。

 止めていた息を漏らしながら、扉の内側にずるずると崩れ落ちる。


 ゲームでもあるまいに、扉に逃げ込んだら追って来ないとか、ふざけているにも程があるが、それでも今は助かった。
 いや……助かった、のか? 俺は膝の上にうつ伏せに乗っかった、ルシウの頭に肘を置いた。
「るあ……」


 さて、これは……果たして逃げ込んだのか、それとも、追い込まれたのか……


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...