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封鎖区~虚構の城~
24.ダミナーレ・エ・“フラグ”~銀色の少女と“恋愛要素“~
しおりを挟む【“封鎖区~虚構の城~”(3/9話)】
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「なーに、惚れた女のためだったら、腕の2本や3本惜しくねーさ」
「るあ?」
「うん?」
あれ……今、何を言った、俺……?
そうっと視線をルシウの方へ向けると、眦のやや上がった赤い瞳がまん丸に見開かれていた。
「る、るああ? 惚れ……??」
顔から血の気が引いた。すぐに倍プッシュで上がって来た。
「い、いや! それは、その……アレだよ、うん!」
「うーぷす! そ、そーだよな! 判ってる、大丈夫!」
どっちも何を喋っているか判っていない。
お互いむやみに慌てて、やがてルシウがぽつりと、
「るああ……嘘です、よく判りません……」
「ですよね……」
僕にもよく判りません。“封鎖区”で出会いを求めるのは間違っているんです。
ルシウは両手をきゅうと握ると、しばらく顔を隠した。
やがて手を外すと、かなり取り澄ました顔になっている。ただし銅色の頬は心なしかいつもより赤い。
「うーぷす。な、何だよー、お前、アタシのこと好きなのかよー?」
ルシウは腕組みして、にやっと笑い、上からマウントで来た。ただし声が若干上擦りつつ、目がきょろきょろ踊っていては、成功しているとは言い難い。
「えーと……その、 “はい”……?」
思わずそう答えてしまったが……
うん、まあ、ルシウは可愛いよ。見た目かなり可愛い、けど……
異世界監視人にもう一度会いたいと、王都を尋ね歩いた、それってそうなの? やや眦の吊り上がった大きな目、明るい褐色の頬、白に僅かに灰色を溶かした薄い銀髪が、とても印象に残ったのは、ひと目惚れと言われればそうなのか?
いや、それよりよ。
元の世界では高校生の俺、少女……いや、幼女相手に、それはどうなの? いろいろとマズい気がする。案件になる。
少女はよそを向き、横目で俺を見つめていたが、不意にきゅっと両目を閉じた。
「………………………………」
聞き取れない声で、口の中で小さく呟き、胸の前で手を重ねる。
すると――……
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……――次の瞬間、俺と同じ年頃の、銀色の乙女がそこに立っていた。
ルシウは黒頭巾をうなじに落とし、後ろ髪にしなやかな指を差し込むと、ふわりと襟から送り出した。背中まで届いた銀の髪はさらさらと流れる。薄暗い地下道で褐色の頬に、僅かに朱の差すのが判る。真っ赤な瞳は、ついさっきよりも近い高さから俺を見ている。
「るああ。どうかな――……?」
異国的な雰囲気を漂わせる、紛うことなき美少女。髪の色、肌の色、目の色は同じなのにまるで別人だ。
あまりの変わり様に言葉を失っていると、ルシウがにこっと微笑……
……まない。いつものようににっと白い歯を見せて笑う。その表情で、俺の中の“この美少女”と“あの幼女”が音を立てて一致する。
「うーららぁ。どーだ。これでアタシもユーマと釣り合った見た目だろー」
「うん、その……すごく奇麗でびっくりした……」
「るああ。そーだろ、そーだろ」
ルシウは「いひひ」と少年のように笑うが、正直、今の彼女の見た目に、俺が釣り合っていることは全くないと思う。
ルシウは腰に手を当て、少し前屈みに、下から顔を突き合せてくる。
……近い。思わず首が引けて、胸を反らせた体勢を強いられる。そんな男心を知らずか、ルシウは無頓着な距離感で、はにかんでみせる。
「るああ。そりゃあアタシだってさー、好意を持たれて悪い気はしねーよ?」
そ、その顔、表情と距離、どれもが反則過ぎる。そう思っている目と鼻の先で、ルシウは笑顔のまま、
「でもさー、ユーマあ……」
「アタシは“こちら側”のモノだからさ。そーゆー“好き”とかはさー、ううん、イヤってんじゃなくて、だけど――……ダメなんだよね」
「るああ。だから……ゴメンな」
「ああ……理解ってるさ」
俺と彼女。異世界の旅人と異世界監視人。住む“世界”が違うことは、言われるまでもなく、
「……理解ってる」
別に、彼女とどうこうなりたいんじゃない。たぶん、俺の気持ちはもっとふわっとした――時々隣で見ていたいとか、時々笑って欲しいくらいの……って、これは言葉にするとまるで乙女だな。
「理解ってるさ、ルシウ」
「るああ。ゴメンな、ユーマ」
ルシウは今度は、可憐な顔立ちに相応しく、静かに微笑んだ。
「それで、るああ、だからってんじゃねーけど、この仕事の間だけども、せめてユーマに似合う見た目でいてやろう……いようかなって、そう思ったのさ」
「後半、えらく早口になったな。デレたのか……く」
レバー打たれた。ティラトーレの鎖衣を装備する俺には効かない。ルシウは「べえっ」と舌を出すと、そっぽを向いてしまった。
その横顔は、子どもみたいないつもの笑い方に戻っているけど、どこか寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
……――この姿は、俺へのプレゼントなんだな。
すらりとした容姿と、神秘的な目や肌の色が相まって、それは神話の女預言者か異邦の占星術師か。澄ましてさえいれば、その美しさはもはや人とは一線を画し、近寄り難い凄みさえ感じさせる……喋りさえしなければ。その姿を記憶と目に焼き付けながら、俺は静かに口を開いた。
「ルシウ……」
「元の姿に戻ってもらっていいかな?」
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「るあ……?」
目を丸くしたルシウに、俺は頭を掻きながら笑う。
「いや……その姿もすごくいいんだけど、元の姿が、ほら、すごく可愛いからさ」
ルシウは目をぱちくりして、
「……うーぷす……」
それから、赤褐色の頬をヒクッと引き攣らせた。
「そーか……そーだよな……」
「そもそも、お前といる時のアタシの年恰好、あの幼女の姿は、お前のイメージっつうか、“世界観”の反映だよ……てことは、おまえは“好き”なのは――……」
美少女は石壁に手をついて、ずるずると崩れ落ち、屈み込んだ。えーと……ハーレム系主人公じゃないけど、言っていい? “俺、何か変なこと言ったかな”?
「なーふ……つまり、お前の理想は、こっちの恰好の……」
そう呟くと、神秘的な美少女はンコ座りでしゅるしゅると縮んで――……ちっこい異世界幼女、元の可愛いルシウたんに戻った。
俺の知っているルシウに戻った異世界監視人さん、しばし膝小僧を抱いてしゃがんでいたが、やがて立ち上がり、また高さの離れた俺の顔を見上げて、にっこりチョキをした。
「るああ。そっかあ。お兄ちゃんは、ちっちゃいルシウが大好きなんだねっ」
うむ、俺はどうやら、何かフラグ的なものをへし折ったらしいな。
「るああ。ルシウもお兄ちゃん、だーいすき」
そう言うと、幼女は俺に背を向け、奈落から響くような声で呟いた。
「……ないわー……」
肩越しにかつてないジト目で、俺を汚い物のように下から見下ろす。
「なーふ。とっと次行くぞ、次ぃ」
ルシウは立てた親指を2回ほど振って、廊下の先の扉を指示した。恋愛要素どころか、人としての扱いが二段三段落ちた気がする。
麗しの異世界監視人は返事も待たず、すたすたと歩き出した。幼女から立ち上る漆黒のオーラ的なものに怯みつつ、後に続く、と、ルシウはもう一度肩越しにちらりと振り返って――
「……ないわー……」
毒を吐くような深い深いため息を吐かれて、俺は――……
これなら、ドラゴンに火炎に吐かれた方が、まだマシだと思った。
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