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封鎖区~虚構の城~
25.ドラギオ・エ・イグニス~赤い竜と火の息吹~
しおりを挟む【“封鎖区~虚構の城~”(4/9話)】
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前言撤回、ドラゴンの火炎はマジ洒落んなんない――……
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居心地悪い空気のまま、石廊下の尽きるところ、次の扉を開くと――神殿遺跡、そんな印象の場所に出た。
或いはローマの円形闘技場を思わせる、中央が空まで吹き抜けになった、広い中庭のような場所だ。外から見た城の大きさに、この空間は収まり得ない。
遺跡は円を基調に出来ていた。
そこここに石の円柱が、あるものは立ち、あるものは崩れ倒れている。吹き抜けの下の広い円形舞台を囲んでひと際大きな石柱が円環状に立ち、継ぎ目の全くない巨石のリングを高く掲げている。舞台の規模はそれこそ剣闘士が試合をできる余裕があった。
元は12本で輪に並んでいたと思しい円柱群は、向かって右側の幾柱か倒れ、支えていた石環の部分が崩落して月日が経っているようだ。
或いは、人の心に拠って生まれる“封鎖区”だから、最初から“古い状態”で“新しく創り出された”のか。矛盾してるよーに聞こえるけれど。
石舞台には祭壇らしきオブジェがあり、見上げる天井の開口部もまた円く、夜空には星の瞬きが覗ける。雲間から差す日の光のように、祭壇に月明かりが垂直に降り注いでいる。
……――いや、おかしいぞ。
城に辿り着いた時には、まだ日没までかなり時間があったはずだ。いくら何でも夜更け……まして月が真上に昇る時刻にはならない。
「空間だけじゃなくて、時間の流れまで歪んでいるのか……?」
「なーふ。お前の性的嗜好並みにな」
うわあ。言葉の棘で血が出そう。
それにしても、この庭……この城の幽霊屋敷然とした雰囲気に比べ、同じ廃墟でも、神聖感があると言おうか、静謐な空気に満ちている。
俺は周囲を見渡しながら、歩を進め、円舞台の縁に足を掛けた。
「……何もいない、な」
「るああ。油断すんな。“封鎖区”だ、いきなりぼっと出てもおかしかねえ」
ルシウは俺の腰を掴み、首を縮めてついて来ている。
とは言え、本当に穏やかなところだ。人工物の痕跡が、自然物に静かに覆われつつある。かつては人々の祈りの場で、今は忘れられ、ゆっくりと原初の姿に還ろうとしているような……ん?
ふと、何か聞こえた気がした。吹き過ぎる風の声か、それとも……?
ルシウも顔を上げる。二人、無言で耳を澄ます――……
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ばさっ――……
聴こえた。気のせいじゃない。
音は次第に、大きく、近く。
嫌な予感がする。ルシウも顔を見れば、同じことを考えていることが判る。“羽ばたく”とは“羽撃く”と書くが、まさにそれは風を翼で撃つ音、破滅を告げる者が飛来する音だ。桜花を抜き、夜空を見上げるルシウの肩を抱いて、ゆっくり後退る。
「……なるほど、吹き抜けはこいつの出入り口、か……」
「うーぷす。こりゃあ、また、大物だぞー……」
一帯に突風《ラフィカ》が巻き起こり、俺は少女に覆い被さるように地に伏せた。さすがにルシウも、黙って俺の下で小さくなっている。
星空を切り取る円から、まずは尾が現れる……それだけで一匹の生き物のようにのたくりながら……次に後ろ足が……強靭な爪は大地さえも踏み砕くだろう……前足……鋭利な爪は人などたやすく引き裂く……双翼……大気を叩き伏せるように撃ち……顎……揺らめく熱気を漏らしながら……眼……王者の睥睨が、小さき者どもを見下ろす――……
深紅の火竜――レッドドラゴンの降臨だ。
ドラギオはステージに舞い降りると、瓦礫を踏みしめ、咆哮を轟かせた。登場から一連の流れ、やっぱりドラゴンは絵になる。ゲームのムービーでも、定番のこの構図だ。だが、はっきり言っておく。
それをカッコいいと喜べるのは、画面一枚隔てている場合に限るからな。舞台に降りた竜は、ちょうど円環石柱の檻に収まる形だが、あいにく右側が崩れているから、割と出入り自由だ。
俺は生まれて初めての本物の竜を見上げて呻く。
「いやあ……これは無理だろー……」
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とにかくデカい、それに尽きる。どーやって戦うんだよ、これ。
博物館で見上げた恐竜の骨格標本、あれぐらいはあると思うが、ガワがある分ボリューム感がひと回り違う。後ろ脚で立った肩が目測建物の2階超、もたげれば頭の位置は更に上に行く。足元を掻い潜っても、腹に刀は届かない。
竜の鱗といえば、途轍もなく硬いと相場がきまっているが、仮に桜花の刃で切れるとしても、急所という急所が射程範囲外だ。
(待てよ……まず尻尾切断してから、足元立ち回り基本で、転倒→頭の部位破壊狙っていけば――……)
いけば――……じゃねーよ。
そりゃ、中高生ならどうしたって、狩猟系ゲームを連想するさ。だけど、これは現実だ。ここが異世界の中の異世界、入れ子の幻想に思えるとしても。頭から“体力ゲージとボタン配置”を追い出せ。
ゲーム脳もいい加減にしとかないと、結末は“クエスト失敗”じゃないから。
と、青くとろりとした光が周囲に溢れ、俺の体に纏わりつき、薄い膜になった。
「るああ。水精霊の加護を施した。ミスリル銀の防具と合わせ、二重に強力な火耐性が備わったぞ」
ルシウが俺の加護から這い出して、すっくと立ち、ドラギオを見上げる。
「奴の吐く火炎もかなり軽減される。ユーマあ、思う存分やってきな!」
一歩前に出て、びしっと火竜に指を突き付けた。俺は少女のその後ろから――
両の頬っぺたの肉をぐいっと指で挟んだ。
「るあああああっ?!」
「やってきな! じゃねえよ。お前なあ、軽減されるってのは軽減されるってことで、食らって大丈夫、って意味じゃねーんだぞ」
「るああ、いたい、いたいー」
「そーだよ、攻撃されりゃ痛い、ブレス浴びれば熱いんだ。人間がHP満タンでも残り1でも、同じように動けると思ったら大間違いだぞ、このゲーム脳」
「思ってない……ちゃんと回復魔法も掛けるから、許してえ……」
「援護も任すぞ。こっから先、俺の足が止められたら、その時点で……」
視線を感じた。
振り向くと、無感情な蛇の目が、二人のイチャイチャを見ている。
「……二人とも“GAME OVER”だぞ……」
顎がゆっくり開く。その周りで大気が歪む。
「ルシウ、“水の加護”とやらをあの柱へ撃て!」
「る……るあっ?!」
叫び捨てて、少女の小柄な体を抱いて、一番近い円柱の後ろへ身を投げる。
燃え盛る灼熱の火が迸るのと――
石柱に青い光の螺旋が巻き付くのは、ほぼ同時だった。
石柱の左右を、竜の息吹が吹き抜けていく。
「あ……ぶねえ……」
額の汗を竜革の手袋に吸わせると、我が魔法使いは青く光る柱を仰いでいる。
「うーぷす。柱の方に耐性を付与するとは、盲点だったぜ……」
「咄嗟の思い付きにしちゃ、上出来だろ?」
一発目のブレスを凌いで、俺とルシウは顔を見合わせる。微かに、だが確かに、突破口が見えたんじゃないか――
「よし。頼むぞ、俺の異世界監視人」
「うーぷす。任せな、アタシの異世界の訪問者」
ルシウがにっと笑うのを信じて、柱の陰から飛び出し様に、抜刀するは天羽緋緋色“荒神切”桜花。ドラギオの長い首が、俺の動きを追って巡る。その眼は爬虫類のそれ、竜と言えば高い知性を持つ存在である”世界観”もあるが、こいつの目に知恵と感情は伺えない。
俺は思う。ルシウと目と目で通じ合った的なノリで飛び出したけど……
こっちの意図、ちゃんと理解ってくれてるよね……?
ドラギオが鼻から黒煙を噴いた。
次のブレスが来る。最も近い遮蔽物を求める、と同時に――
「るああ! “水の加護よ、詠し唱う”!」
折れた柱の土台が、光の青に覆われた。OK、ちゃんと通じ合ってる。第二のブレスが襲ったが、石材と魔法障壁が盾となり、大部分を弾く。余熱くらいは防具と魔法のおかげで何とか我慢できそうだ。
ふと――……異臭が鼻についた。竜の火と煙の匂いだ。
「何だっけ……この匂い、どこかで……?」
嗅いだ覚えのある、あまり好きじゃない匂い……いや、そんな場合じゃない。
魔術的な塹壕を移動しながら、反撃の糸口を探る。
戦術的な方針は立った。まず、そこまではいい。問題は――
どうやって、決定打を食らわすかだ。
少年バトル漫画でなけりゃ、剣で切れるのは、当たり前だが刀身の長さまでだ。桜花の刃がよしんば竜の鱗を貫くとして、刀身を根元まで二尺三寸押し込んだところで、「痛い」以上のダメージになり得るとは思えない。致命傷を与える……竜を倒すには、やはり急所を撃たねばなるまいが――
ともあれ、まずはひと太刀入れてみないことには始まらない。柱と柱の間を逃げているだけじゃ、いずれこっちの体力が尽きる……のは理解ってる、んだけど……
俺はドラゴンの巨体を見上げた……やっぱ、怖いぞ、この巨大さは……
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