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EX3 帰り道に考える

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「はぁ、乗せられちゃったかなぁ」

 私――増倉栞は、学校からの帰路で、してやられたという気持ちと後悔の念に板挟みになりながら物思いに耽っていた。

 完全に杉野に乗せられたなぁ。

 それに、まさか杉野があんなに香菜の肩を持つなんて。
 私の予想が外れたのかな。あるいは……
 だとしたら、面倒なことになってしまったかな。

 杉野は演劇部男子の中じゃ、いいポジションにいる。中立すぎる樫田、出席率の悪い大槻や山路と違い、自分の意見を言うし、ちゃんと部活に来ている。
 演技だって男子の中では一番上手いと思う。
 もし仮に、香菜と杉野の間に何か特別な関係性があったのなら、それは私にとって厄介この上ないことだ。

 私と香菜はよく対立する。それは演劇に対する価値観の違いなのだろう。
 私は楽しくがモットーで、香菜の場合は上手さや賞を取れるかどうかを重要視している節がある。別に香菜の考えが間違っているとは言わない。ただ、だからといって楽しむことを忘れてはいけないと思っている。
 香菜は上手さを求めるあまり楽しさを無視する事がある。むしろキツいことを推奨している。

 まぁ、なってしまったことは仕方ない。
 部活動紹介の劇は、香菜の劇をやるとしよう。
 問題はどれだけ新一年生が来るかだ。
 最低四、五人は来てほしいところだが、どうだろうか。見学すら全然来ない可能性すらある。
 ああ、そう考えるとあの時同意してしまったことが悔やまれる。

 やっぱり今からでも反対しようか。いや、でも……。

 なってしまったことは仕方ないと思いつつ心は揺れていた。
 そんな感じで悩みながら駅についた頃、後ろから知っている声が私を呼んだ。

「あれ~? 栞ちゃんじゃん」

 栞ちゃんと私を呼ぶ人はこの世に一人しかいなかった。
 私は後ろを振り返りつつ言った。

「何の用ですか、津田先輩」

「辛辣だなぁ」

 そう言いつつも津田先輩はニコニコと笑顔を浮かべていた。
 その余裕綽々な態度がムカつく。
 甘い顔に色気のある声、それに高身長で文武両道。演技も上手い完璧超人である津田先輩。
 しかし、私は嫌いだ。
 なぜなら、

「袖振り合うも多生の縁っていうし、そこでお茶でもする? あ、それともどっかででもする?」

 超がつくほどのクズ人間だからである。

「いえ、結構です。私、先輩と話すことないんで」

 では、と言って駅の方に向かおうとしたとき、

「演劇部のことでもかい?」

 去ろうとする私の足が止まる。
 …………。

「ほら、前も誰が部長になるか気にしてただろ? 今日も情報共有しようよ」

「……情報共有だけですよ?」

「ああ、それで構わない。それじゃ」

「あ、すぐ済むのでここでしましょう」

 私がすかさず言うと、津田先輩は一瞬固まったが、すぐに笑顔になる。

「……仕方ない。今日のところはそれでいいよ。ただし情報提供はそっちが先ね」

「私ですか? でも話すことなんて……」

「あるでしょ、部活動紹介。どうなったの?」

「ああ」

 私は納得すると、大槻や山路が来なかったことや、今日台本が決まったことを話した。

「ふぅーん、なるほど」

 何がなるほどなのか分からないが津田先輩そう言って、顎に手を当て考え始めた。

「大槻と山路が同じ日に初めて春休みの部活に来たってことは偶然か? いや違うな。樫田か杉野が動いたんだろう。どっちだ?」

 こういう時、津田先輩は状況を良く考え予測を立てる。

「それに、台本決めも栞ちゃんはツメが甘いなぁ」

「甘いですか?」

「ああ、こっちの方が楽しい劇なら、とりあえずやってみて楽しいことを共有しなきゃ、それに多数決が最終決定じゃないだったら多少は詭弁を使わなきゃ」

「詭弁ですか?」

「そう、絶対に多くの見学者が来るとか、来てからふるいにかければいいとか」

「そんな! 嘘を言うなんて」

「主導権を握りたければ嘘ぐらいつかないと。それに嘘かどうかなんてやってみないと分からないでしょ」

「それこそ詭弁じゃないですか」

「それでいいんだよ」

 津田先輩のこういうところか私と合わない。
 嘘でいい適当でいい。結果は後から。大事なのは主導権を自分で握ること。集団の中で自分が楽できればいいと思っている。
 集団のことは二の次だ。

「まぁ、でも多数決でも一部の人間だけで決めるでもなく、全会一致で決めたのは大したもんだ。良くやったよ」

 意外なことに、津田先輩の口からお褒めの言葉が出てきた。

「大槻や山路を端役にして、勝手に決めることもできただろうに」

「先輩たちが言ったんじゃないですか。全会一致で決めろって」

 私がそう言うと、津田先輩は笑いだした。

「あはは! そうだね。そこが君たちの良いところだ」

 なにやらバカにされたようにも感じたが、津田先輩は本心でそう言ったのだろう。

「まぁいい、話を戻そう。大槻と山路。二人のことだが、動いたのは杉野だろう」

「どうしてです? 樫田の可能性もあるのじゃないですか?」

「動機を考えてごらん。樫田は中立公正な男だ」

「だから、何です? そりゃ、樫田に動機がないのは分かりますけど杉野にだって」

「確かに杉野自身には、な。けどその裏に誰かいるとしたら?」

 誰か。この場合私の中で考えられるのは一人だけだった。
 同学年の中で一番、何か企んでそうな人。

「香菜が? ……でもそれなら樫田の可能性も」

「さっき言ったろ。中立公正だって。栞ちゃんなら樫田と杉野どっちを仲間にする?」

「それは……」

 多分、杉野だ。
 別に樫田が悪いわけではない。ただ、色々と杉野の方が協力してくれそうだからだ。

「でもでも、杉野が単独で動いたっていうのはないですか? みんなに二人のこと頼まれたわけだし」

「まぁ、その可能性もある。けど話を聞く限り、杉野は……そうだな。例えば台本決めのとき香菜ちゃんの方を選んだりと栞ちゃん的に違和感を覚えたわけでしょ」

「ええ、まぁ……」

「その違和感か当たっていたら?」

 その言葉を、私は否定出来なかった。

「そしてここからが本題だ。杉野は何故香菜ちゃんと手を組んだのか?」

「……」

 大槻と山路を部活に来させるため……は違うな。

「香菜の台本を選ぶため?」

「それは香菜ちゃん側の都合であって杉野の都合ではないよ」

 確かにそうだ。じゃあ、杉野のメリットは何だ?

「ここからは俺の憶測だけど、二人はもっと大きな目標のために手を組んだんじゃないかな?」

「大きな目標?」

「そう。例えば、全国大会とか」

「はぁ」

 津田先輩の意見に私はピンときていなかった。
 全国大会? そんなの私達には縁遠い存在だ。
 さすがの香菜もそんな大言壮語を思わないだろう。
 それに、杉野が同意するイメージか湧かない。
 そしてなりより、

「香菜と杉野が何か……例え全国を目指すなんてこと企んでいても、周りがそれに賛成しませんよ。それは先輩もよくご存知でしょ」

「まぁねー。さて、じゃあ情報交換のお返しと行こうか」

 津田先輩は話を切り替えた。
 ああそうだった。この人から次の部長について聞きたかったんだった。

「で、次の部長は誰なんですか?」

「それがさー、俺たち三人で意見割れちゃってねー、今揉めてんだ」

「三人とも別々の人を推してるんですか?」

「ああ、木崎と未来ちゃんも頑固でねー」

「……」

 さて、部長に推薦される三人とは誰だろうか。
 まず樫田。彼は木崎先輩辺りに推薦されるだろう。同じ裏方として仲いいし。
 問題は津田先輩と轟先輩が誰を推薦しているかだ。
 自惚れじゃなければ私か香菜な気はしている。
 次点で杉野かな。

「その顔は誰が推薦されたか気になる顔だね」

「当然です。今後の部活動に関わってくるんですから」

「そんなもんかねー。俺としては誰が部長でもそんな変わらない気がするが」

「本気でそう思ってんですか。全国とまでは言わなくても香菜が部長になったら厳しい部活になりますよ」

「さっき自分で言ってたじゃないか。周りが賛成しないって」

「それは……でも部長になれば部の方針に口を出せるはずです」

「じゃあ、香菜ちゃんが次に狙うのは部長の座かねぇ」

「……」

 あり得る。それはある話だ。
 私としては樫田に部長になってもらって穏やかな部活を送りたいものだ。
 何か私にできるわけではないし。
 でも樫田の性格からして香菜が部長やりたいと言ったら譲るだろう。それは困る。
 それに香菜が部長なる可能性は普通にある。
 できればそうなってほしくないけど。

「栞ちゃん栞ちゃん」

「なんですか、今けっこう大切な考え事しているんですけど」

「俺が栞ちゃんを部長に推薦してあげよっか?」
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