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閑話  Dark change

EX4 カフェオレの味

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「ふぁ~~」

 あくびが自然と出る。
 こういうときに、春眠暁を覚えず処々啼鳥を聞くとはよく言ったものだ。とでも言うとそれっぽいのかな~。

「いやぁー 春だねぇー」

 僕――山路徹朗は購買に行く途中、ふと校庭を見て春の訪れを感じていた。
 三月も終わり、あと数日で新年度。
 春休みも終わるというのに、学校に来て部活をしていた。
 まぁ、大槻と僕がサボっていたから大変なんだけどねー。
 演劇部って台本決まるまで、惰性だからね。
 おかげで、バイト三昧できた。
 ゲームに小説、スパチャ。
 余裕があるから色々できるなぁ。

「……ほんと、あっという間だねー」

 楽しいことを考えているのに、しんみりする。
 別に僕は部活を引退するわけではない。
 むしろ、二年生になって中心になっていくだろう。
 中心といってもその中では、僕は末端だけどねー。
 でも、末端だからってサボっていいわけじゃないことを知っている。
 なぜそうしたか、僕は自分の行動理由を察している。
 その結果も。

 逃げ出したはずの現実。
 逃げた先もただの現実。

 同じ現実なのに僕は元の場所に戻らなかった。
 それはきっと、逃げたことに対する罰だ。
 杉野と樫田には感謝している。
 それと同時に――

「……山路?」

 後ろから声をかけられた。
 振り返ると、黒ぶちメガネの演劇部二年生、木崎甲先輩がいた。

「……どうした、校庭を見て」

「木崎先輩、いえいえ……ただ春の訪れを感じていたんです」

「……そうか。休憩中かい?」

「はい、ちょっと飲み物買いに。先輩は? どうして学校に?」

「……ああ、二年でミーティングをね。一緒に自販機まで行こうか」

「はい」

 そういって、歩き出す木崎先輩の横に着く。
 先輩たちは、大槻と僕がサボったことを知っているのだろうか。
 違うか。サボったことをどう思っているのだろうか。
 知りたいのは、評価ではなく感想だ。

「……練習は順調かい?」

「そう、ですねー。これといって大きな問題はないかと」

 つい、そんなことを言ってしまった。
 これも逃げだ。

「……いいことだ。こっちは未来と津田が揉め――すまない」

「え?」

 言われて気づく。名前に反応いていたことに。

「すみません。最低ですね」

「……違う、違うよ山路」

 木崎先輩は必死に否定してくれる。
 少しの沈黙。
 気づくと自販機の前にいた。
 ぎこちない雰囲気が流れる。

 これも罰だろうか。
 ならせめて、至らない贖罪をしよう。
 間もなく、それすらできなくなってしまうのだから。
 木崎先輩と二人きりの今、最大の敬意を。

「いいんですよ先輩。僕は拙かったかもしれませんが、尊い思い出を頂きましたから。だから……だから大丈夫です」

「…………」

「変な感じになっちゃいましたね。すみません。なんか奢りますよ」

「……バカ。そういうのは先輩が後輩にやるんだよ」

 そういって、木崎先輩は自販機に小銭を入れる。
 そして無言で僕に選べと催促する。
 僕はやもなく、缶のカフェオレを選択した。
 続いて木崎先輩はブラックコーヒーのボタンを押す。
 お釣りと缶二つを取ると、僕にカフェオレを渡してくれた。

「ありがとうございます」

 缶を受け取る。

「……もう、これで最後かもしれないからね」

 寂しそうな声。
 僕は本当にこの人に何も返せていない。
 この一年間、頂いたことしかない。
 缶の冷たさが手を浸蝕する。
 自分の罪を分からないで、罰ばかり自覚している。
 缶を開けて、カフェオレを飲む。
 コーヒーの苦みも牛乳の甘味も感じない。
 混ざり合っている味だ。

「……山路。したいようにしていいんだ」

「それは」

「……決めるのは自分。だから残り少しだけ考えてみて」

 木崎先輩は、こうしろとは言わない。
 ただ、いつも可能性を広げてくれる。

「ありがとうございます」

 今の僕に言える精一杯だった。

「……ああ、分かった。僕はもう戻るけど山路はどうする?」

 いつもの穏やかな声だった。
 そして、いつの間にかコーヒーを飲みを終えていた木崎先輩はゴミ箱に缶を捨てた。
「僕は、もう少しここにいます」

「……そうか、部活動紹介の劇頑張って」

「はい」

 そう言って、木崎先輩は歩いていく。
 その背中を僕は黙って見ていた。

 ずっと、ずっと。
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