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言葉で迷わせるは謎(上)
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予想はしていたが、異母兄シェロンの反応は過剰だった。
異母兄の場合、それが通常運行といえば通常運行なのだが。
シェイラと同じ色の瞳をカッと見開いてはいるものの、その目は虚ろ。
顔色も悪く、肌や髪の張りや艶も一気に失われたような気がする。
悪いが、今の異母兄は、とても【貴公子】には見えない。
異母兄が唇をわなわなと震わせながら紡ぐ言葉にも、動揺が容易く見て取れる。
「な、なななな、え? シェイラ? え? その指?? ああ、僕は夢でも見ているのかな? シェイラ、僕の頬を思い切り引っ張って…」
事後、シェイラを送ると言ったオリヴィエ様を振り切って一人で自室に戻ろうとしていたシェイラだが、運悪く異母兄に出くわしてしまった。
どうして、教会の周辺をうろついているのだろう、この異母兄は。
そして、気づかなくともいいものを、目敏くシェイラの左手の薬指を認めての、異母兄のこの反応である。
なんだかもう、色々と疲れた。
疲労と苛立ちが積もりに積もったシェイラは、細く溜息をついて、すっと手を上げる。
そして…、思い切り異母兄の頬を引っ叩いた。
「いたい!!」
ばちん、という音がして、異母兄の口から悲鳴が上がる。
それは、痛いはずだ。
叩いたシェイラの掌だって、熱を持ってじんじんとしている。
そういえば、叩かれた方だけではなく、叩いた方だって痛いのだということを思い出す。
ああ、叩かなければよかった。
シェイラが、そっと自分の右手を左手で押さえていると、異母兄は左頬を手で押さえてびくびくとしている。
「シェイラ、お兄様は引っ張って、と言ったはずなのだけれど…?」
「申し訳ありません、お異母兄様。 思い切り引っ叩いて、と聞こえました」
シェイラが笑顔で言うと、異母兄もつられて笑顔になる。
異母兄にとってはその程度の痛みだったということにしておこう。
「きっと僕が言い間違えたんだろう。 シェイラ、気にしないでくれ。 僕は大丈夫…」
言いかけた異母兄は、そこで何かを思い出したらしい。
再び、カッと目を見開いて、叫んだ。
「じゃない!」
キッとシェイラの左手の薬指を睨みつけると、ぐいぐいとシェイラに迫ってくる。
「その、指のリングは何!? 僕には、【精霊の戒め】に見えるんだけど…!?」
異母兄の言葉に、シェイラは目を数度、瞬かせた。
戒め。
なるほど、これはまさしくそのようなものだろう。
シェイラはそう納得した上で、周囲を窺う。
興奮しきっている異母兄と、このままここにいるのは得策ではないだろう。
教会は王族の暮らす敷地内の離れたところにあり、周囲は背の低い生垣のようなもので囲まれている。
人が近づけばすぐにわかるし、今のところ人影はない。
だからといって異母兄が口にしているのは、あまり声を大にして話す内容でもない。
「お異母兄様、声が大きいです」
そう、異母兄を軽く注意した上で、シェイラは自分の薬指の光の輪を見つめる。
「…そうですね、名前は初めて聞きましたが、きっとそういうものなのだと思いま」
「僕の可愛いシェイラの純潔を踏みにじった野良犬はどこのどいつ?」
シェイラの言葉を途中で遮る形で、異母兄は声を発した。
目は据わりきっているし、顔からも表情が消えている。
しかも、異母兄の声は、シェイラが今までに聞いたことがないくらいに、限りなく低い。
そう思って、シェイラは思い出してしまった。 いや、正確には以前に一度、聞いたことがある。
異母兄が父に呪詛を吐いたときだ。
だが、シェイラは異母兄に指摘された事項に驚き、動揺もしていた。
「え、純潔、って」
声は不自然に上擦るし、目だってきっと泳いでいる。
顔だって赤いし、変な汗をかいてきた。
何が悲しくて、異母兄に処女喪失を指摘されねばならない。
というか、どうしてそれを知っているのか!
異母兄はシェイラが動揺していることになど、思い至らないのか、そっとシェイラの左手を取って、その甲を撫で始めた。
「ああ、可哀想に。 シェイラは知らなかったんだね。 僕が大切に大切に育てたシェイラだもの。 その行為の持つ意味を知らなかったに違いな」
「そうではなくて、どうしてご存じなの?」
今度は、シェイラが異母兄の言を遮った。
何を、とは具体的に言わなかったのだが、異母兄は、そこは察してくれたらしい。
静かな声で、聞いてきた。
「その、【精霊の戒め】。 どうして【戒め】と言うか知っている?」
「いいえ」
知らなかったから、素直に応じた。
一陣の風が吹き抜けて、さわさわと青々とした木々が揺れる。
その揺れが収まった頃に、異母兄は口を開いた。
「婚前に交渉して、将来婚姻することを約束する。 となれば、婚姻するのが通常の流れだ。 それに反することがないようにと、光の精霊が動向を監視するから【戒め】なんだよ」
異母兄の目は、真っ直ぐにシェイラの目を見つめている。
シェイラは軽く、目を見張った。
「え?」
「浮気や不倫など以ての外。 その戒めが指を締め上げ、引き千切られそうなほどの激痛が走る。 逆に、意に反して蹂躙されそうな場合には、光の精霊の加護が働く。 婚約や婚姻が解消された場合のことは、シェイラも知っているよね」
どうしてだろう。
不自然なほどに、静かだ、と思った。
自分の心臓の音だけが聞こえる。
シェイラは、再び、自分の左手の光の輪を凝視する。
天使の輪っかのようだ、と思っていたけれど、とんでもない。
これは、天使の輪っかなんて、可愛らしいものではなかったようだ。
異母兄は、シェイラの目を見つめたままで、にこりと笑った。
「さて、シェイラ。 怒らないから言ってごらん? 僕の可愛いシェイラを蹂躙しただけでも赦し難いのに、こんなものをシェイラに嵌めた男は、どこのどいつ?」
「…あの…、えっと」
シェイラは目を泳がせて、しどろもどろになる。
怒らないから言ってごらん、と異母兄は言っているが、この場合異母兄が怒らないのはシェイラのことであって、相手のことではない。
それくらい、シェイラだってわかる。
だが、異母兄は微笑んだままで、シェイラにもう一歩近づいた。
「白状してしまった方がいいよ、シェイラ。 僕たちは母親が違うといえど、兄妹。 ずっと隠し通せるわけなど、ないのだから」
異母兄の場合、それが通常運行といえば通常運行なのだが。
シェイラと同じ色の瞳をカッと見開いてはいるものの、その目は虚ろ。
顔色も悪く、肌や髪の張りや艶も一気に失われたような気がする。
悪いが、今の異母兄は、とても【貴公子】には見えない。
異母兄が唇をわなわなと震わせながら紡ぐ言葉にも、動揺が容易く見て取れる。
「な、なななな、え? シェイラ? え? その指?? ああ、僕は夢でも見ているのかな? シェイラ、僕の頬を思い切り引っ張って…」
事後、シェイラを送ると言ったオリヴィエ様を振り切って一人で自室に戻ろうとしていたシェイラだが、運悪く異母兄に出くわしてしまった。
どうして、教会の周辺をうろついているのだろう、この異母兄は。
そして、気づかなくともいいものを、目敏くシェイラの左手の薬指を認めての、異母兄のこの反応である。
なんだかもう、色々と疲れた。
疲労と苛立ちが積もりに積もったシェイラは、細く溜息をついて、すっと手を上げる。
そして…、思い切り異母兄の頬を引っ叩いた。
「いたい!!」
ばちん、という音がして、異母兄の口から悲鳴が上がる。
それは、痛いはずだ。
叩いたシェイラの掌だって、熱を持ってじんじんとしている。
そういえば、叩かれた方だけではなく、叩いた方だって痛いのだということを思い出す。
ああ、叩かなければよかった。
シェイラが、そっと自分の右手を左手で押さえていると、異母兄は左頬を手で押さえてびくびくとしている。
「シェイラ、お兄様は引っ張って、と言ったはずなのだけれど…?」
「申し訳ありません、お異母兄様。 思い切り引っ叩いて、と聞こえました」
シェイラが笑顔で言うと、異母兄もつられて笑顔になる。
異母兄にとってはその程度の痛みだったということにしておこう。
「きっと僕が言い間違えたんだろう。 シェイラ、気にしないでくれ。 僕は大丈夫…」
言いかけた異母兄は、そこで何かを思い出したらしい。
再び、カッと目を見開いて、叫んだ。
「じゃない!」
キッとシェイラの左手の薬指を睨みつけると、ぐいぐいとシェイラに迫ってくる。
「その、指のリングは何!? 僕には、【精霊の戒め】に見えるんだけど…!?」
異母兄の言葉に、シェイラは目を数度、瞬かせた。
戒め。
なるほど、これはまさしくそのようなものだろう。
シェイラはそう納得した上で、周囲を窺う。
興奮しきっている異母兄と、このままここにいるのは得策ではないだろう。
教会は王族の暮らす敷地内の離れたところにあり、周囲は背の低い生垣のようなもので囲まれている。
人が近づけばすぐにわかるし、今のところ人影はない。
だからといって異母兄が口にしているのは、あまり声を大にして話す内容でもない。
「お異母兄様、声が大きいです」
そう、異母兄を軽く注意した上で、シェイラは自分の薬指の光の輪を見つめる。
「…そうですね、名前は初めて聞きましたが、きっとそういうものなのだと思いま」
「僕の可愛いシェイラの純潔を踏みにじった野良犬はどこのどいつ?」
シェイラの言葉を途中で遮る形で、異母兄は声を発した。
目は据わりきっているし、顔からも表情が消えている。
しかも、異母兄の声は、シェイラが今までに聞いたことがないくらいに、限りなく低い。
そう思って、シェイラは思い出してしまった。 いや、正確には以前に一度、聞いたことがある。
異母兄が父に呪詛を吐いたときだ。
だが、シェイラは異母兄に指摘された事項に驚き、動揺もしていた。
「え、純潔、って」
声は不自然に上擦るし、目だってきっと泳いでいる。
顔だって赤いし、変な汗をかいてきた。
何が悲しくて、異母兄に処女喪失を指摘されねばならない。
というか、どうしてそれを知っているのか!
異母兄はシェイラが動揺していることになど、思い至らないのか、そっとシェイラの左手を取って、その甲を撫で始めた。
「ああ、可哀想に。 シェイラは知らなかったんだね。 僕が大切に大切に育てたシェイラだもの。 その行為の持つ意味を知らなかったに違いな」
「そうではなくて、どうしてご存じなの?」
今度は、シェイラが異母兄の言を遮った。
何を、とは具体的に言わなかったのだが、異母兄は、そこは察してくれたらしい。
静かな声で、聞いてきた。
「その、【精霊の戒め】。 どうして【戒め】と言うか知っている?」
「いいえ」
知らなかったから、素直に応じた。
一陣の風が吹き抜けて、さわさわと青々とした木々が揺れる。
その揺れが収まった頃に、異母兄は口を開いた。
「婚前に交渉して、将来婚姻することを約束する。 となれば、婚姻するのが通常の流れだ。 それに反することがないようにと、光の精霊が動向を監視するから【戒め】なんだよ」
異母兄の目は、真っ直ぐにシェイラの目を見つめている。
シェイラは軽く、目を見張った。
「え?」
「浮気や不倫など以ての外。 その戒めが指を締め上げ、引き千切られそうなほどの激痛が走る。 逆に、意に反して蹂躙されそうな場合には、光の精霊の加護が働く。 婚約や婚姻が解消された場合のことは、シェイラも知っているよね」
どうしてだろう。
不自然なほどに、静かだ、と思った。
自分の心臓の音だけが聞こえる。
シェイラは、再び、自分の左手の光の輪を凝視する。
天使の輪っかのようだ、と思っていたけれど、とんでもない。
これは、天使の輪っかなんて、可愛らしいものではなかったようだ。
異母兄は、シェイラの目を見つめたままで、にこりと笑った。
「さて、シェイラ。 怒らないから言ってごらん? 僕の可愛いシェイラを蹂躙しただけでも赦し難いのに、こんなものをシェイラに嵌めた男は、どこのどいつ?」
「…あの…、えっと」
シェイラは目を泳がせて、しどろもどろになる。
怒らないから言ってごらん、と異母兄は言っているが、この場合異母兄が怒らないのはシェイラのことであって、相手のことではない。
それくらい、シェイラだってわかる。
だが、異母兄は微笑んだままで、シェイラにもう一歩近づいた。
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