【R18】呪われた(元)王子の最低な求愛

環名

文字の大きさ
24 / 39

言葉で迷わせるは謎(上)

しおりを挟む
 予想はしていたが、異母兄シェロンの反応は過剰だった。
 異母兄の場合、それが通常運行といえば通常運行なのだが。

 シェイラと同じ色の瞳をカッと見開いてはいるものの、その目は虚ろ。
 顔色も悪く、肌や髪の張りや艶も一気に失われたような気がする。
 悪いが、今の異母兄は、とても【貴公子】には見えない。

 異母兄が唇をわなわなと震わせながら紡ぐ言葉にも、動揺が容易く見て取れる。
「な、なななな、え? シェイラ? え? その指?? ああ、僕は夢でも見ているのかな? シェイラ、僕の頬を思い切り引っ張って…」
 事後、シェイラを送ると言ったオリヴィエ様を振り切って一人で自室に戻ろうとしていたシェイラだが、運悪く異母兄に出くわしてしまった。
 どうして、教会の周辺をうろついているのだろう、この異母兄は。
 そして、気づかなくともいいものを、目敏くシェイラの左手の薬指を認めての、異母兄のこの反応である。

 なんだかもう、色々と疲れた。
 疲労と苛立ちが積もりに積もったシェイラは、細く溜息をついて、すっと手を上げる。
 そして…、思い切り異母兄の頬を引っ叩いた。

「いたい!!」

 ばちん、という音がして、異母兄の口から悲鳴が上がる。
 それは、痛いはずだ。
 叩いたシェイラの掌だって、熱を持ってじんじんとしている。
 そういえば、叩かれた方だけではなく、叩いた方だって痛いのだということを思い出す。
 ああ、叩かなければよかった。

 シェイラが、そっと自分の右手を左手で押さえていると、異母兄は左頬を手で押さえてびくびくとしている。
「シェイラ、お兄様は引っ張って、と言ったはずなのだけれど…?」
「申し訳ありません、お異母兄様。 思い切り引っ叩いて、と聞こえました」
 シェイラが笑顔で言うと、異母兄もつられて笑顔になる。
 異母兄にとってはその程度の痛みだったということにしておこう。
「きっと僕が言い間違えたんだろう。 シェイラ、気にしないでくれ。 僕は大丈夫…」
 言いかけた異母兄は、そこで何かを思い出したらしい。
 再び、カッと目を見開いて、叫んだ。

「じゃない!」

 キッとシェイラの左手の薬指を睨みつけると、ぐいぐいとシェイラに迫ってくる。
「その、指のリングは何!? 僕には、【精霊の戒め】に見えるんだけど…!?」
 異母兄の言葉に、シェイラは目を数度、瞬かせた。

 戒め。
 なるほど、これはまさしくそのようなものだろう。

 シェイラはそう納得した上で、周囲を窺う。
 興奮しきっている異母兄と、このままここにいるのは得策ではないだろう。

 教会は王族の暮らす敷地内の離れたところにあり、周囲は背の低い生垣のようなもので囲まれている。
 人が近づけばすぐにわかるし、今のところ人影はない。
 だからといって異母兄が口にしているのは、あまり声を大にして話す内容でもない。

「お異母兄様、声が大きいです」
 そう、異母兄を軽く注意した上で、シェイラは自分の薬指の光の輪を見つめる。
「…そうですね、名前は初めて聞きましたが、きっとそういうものなのだと思いま」

「僕の可愛いシェイラの純潔を踏みにじった野良犬はどこのどいつ?」
 シェイラの言葉を途中で遮る形で、異母兄は声を発した。

 目は据わりきっているし、顔からも表情が消えている。
 しかも、異母兄の声は、シェイラが今までに聞いたことがないくらいに、限りなく低い。

 そう思って、シェイラは思い出してしまった。 いや、正確には以前に一度、聞いたことがある。
 異母兄が父に呪詛を吐いたときだ。

 だが、シェイラは異母兄に指摘された事項に驚き、動揺もしていた。
「え、純潔、って」

 声は不自然に上擦るし、目だってきっと泳いでいる。
 顔だって赤いし、変な汗をかいてきた。

 何が悲しくて、異母兄に処女喪失ロスト・バージンを指摘されねばならない。
 というか、どうしてそれを知っているのか!

 異母兄はシェイラが動揺していることになど、思い至らないのか、そっとシェイラの左手を取って、その甲を撫で始めた。
「ああ、可哀想に。 シェイラは知らなかったんだね。 僕が大切に大切に育てたシェイラだもの。 その行為の持つ意味を知らなかったに違いな」
「そうではなくて、どうしてご存じなの?」
 今度は、シェイラが異母兄の言を遮った。
 何を、とは具体的に言わなかったのだが、異母兄は、そこは察してくれたらしい。
 静かな声で、聞いてきた。

「その、【精霊の戒め】。 どうして【戒め】と言うか知っている?」
「いいえ」
 知らなかったから、素直に応じた。
 一陣の風が吹き抜けて、さわさわと青々とした木々が揺れる。
 その揺れが収まった頃に、異母兄は口を開いた。

「婚前に交渉して、将来婚姻することを約束する。 となれば、婚姻するのが通常の流れだ。 それに反することがないようにと、光の精霊が動向を監視するから【戒め】なんだよ」

 異母兄の目は、真っ直ぐにシェイラの目を見つめている。
 シェイラは軽く、目を見張った。
「え?」
「浮気や不倫など以ての外。 その戒めが指を締め上げ、引き千切られそうなほどの激痛が走る。 逆に、意に反して蹂躙されそうな場合には、光の精霊の加護が働く。 婚約や婚姻が解消された場合のことは、シェイラも知っているよね」

 どうしてだろう。
 不自然なほどに、静かだ、と思った。
 自分の心臓の音だけが聞こえる。

 シェイラは、再び、自分の左手の光の輪を凝視する。

 天使の輪っかのようだ、と思っていたけれど、とんでもない。
 これは、天使の輪っかなんて、可愛らしいものではなかったようだ。

 異母兄は、シェイラの目を見つめたままで、にこりと笑った。
「さて、シェイラ。 怒らないから言ってごらん? 僕の可愛いシェイラを蹂躙しただけでも赦し難いのに、こんなものをシェイラに嵌めた男は、どこのどいつ?」
「…あの…、えっと」
 シェイラは目を泳がせて、しどろもどろになる。

 怒らないから言ってごらん、と異母兄は言っているが、この場合異母兄が怒らないのはシェイラのことであって、相手のことではない。
 それくらい、シェイラだってわかる。

 だが、異母兄は微笑んだままで、シェイラにもう一歩近づいた。
「白状してしまった方がいいよ、シェイラ。 僕たちは母親が違うといえど、兄妹。 ずっと隠し通せるわけなど、ないのだから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

真面目な王子様と私の話

谷絵 ちぐり
恋愛
 婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。  小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。  真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。 ※Rシーンはあっさりです。 ※別サイトにも掲載しています。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

処理中です...