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9.無理の種類*
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ラファエルは、上目遣いにセラフを見上げ、そっとセラフの寝衣の、一番上のボタンに触れた。
「…脱がせても、いい?」
静かな、問いだった。
緊張が、こちらまで伝わるような。
「…どうぞ」
セラフにも、彼の緊張が伝播したのだろう。
全身が、心臓になったかのようだし、喉も乾いたような感じがする。
ぎこちなく頷くと、ラファエルの指が、そっとセラフの寝衣のボタンに触れる。
ゆっくりと、ボタンが外されていく様を、じっと見つめた。
ひとつ、ふたつ、みっつ…。
ひとつボタンが外されるごとに、セラフの素肌があらわになっていく。
寝衣のボタンは、お腹のあたりまで、計五つ。
身体のラインが出ない、ゆとりのある、寸胴型の寝衣は、あとは肩から落とし、足元から引き抜けば、取り去られてしまう。
だが、彼はすぐにはそうしなかった。
そっと、セラフのあらわになった胸元に、口づけを降らせている。
随分と、気が長い。
そう思って、セラフは、実は違うのではないかと気づいた。
だから、口を開く。
「…あの、ラファエル。 無理をしないで、大丈夫ですよ」
やっぱり女性と無理ならば、時間稼ぎをしないで無理と言ってくれていい、と言ったつもりだった。
だが、顔を上げたラファエルの表情から、ラファエルがそう受け取らなかったことは、わかる。
瑠璃のきれいな瞳を軽く見張ってセラフを凝視した彼は、唇を引き結んで、頬を赤く染めていた。
サッと視線を落とし、眉も下げたと思ったら、もごもごと口を動かす。
「すごく格好悪い」
「え?」
「…ルフォンおじさんは、女性慣れしていたから、きっと余裕があったでしょう。 …急がないように、って、繰り返していたのに、無理しているって、気づかれるなんて」
今度はセラフが言葉を失い、ラファエルを凝視する番だった。
というと、何か?
無理は無理でも無理の種類が違う、と?
「…逆に、無理をさせるかもしれないから…。 そのときは、教えて」
間近にラファエルの整った顔が迫り、甘くて解けるような微笑みを浮かべる。
逆に、無理をさせるってどういうことだろう、と悠長に考えていたのがいけなかった。
ラファエルの唇が、セラフの唇に触れる。
何度も、何度も、角度を変えて唇を吸われるので、ほとんど反射で同じようにしていれば、ラファエルの熱く柔らかい舌が滑り込んできた。
「ん…」
少し前に、キスで困っていたように感じたのは、気のせいだったのだろうか。
それとも、この短時間で、羞恥心を昇華することに成功したか、それを凌駕するような感情が、生じたか。
気を逸らそうと、考え事をしていれば、ラファエルの指先が寝衣と素肌の間に滑り込んだ。
「ん」
鎖骨のあたりを彼の指先の、厚めの皮膚が掠める感触に、びくりと身体が跳ねる。
ラファエルは、少しだけ唇を離して、セラフに問う。
「…いや…?」
「…平気」
濡れた唇を、彼の吐息が撫でれば、全身が震えるような感じがする。
それに耐えて、セラフが何とか返事をすれば、ラファエルはまた、セラフの舌に舌を合わせてきた。
舌と、舌が、擦り合わされ、絡み合えば、身体の中心がうずうずする。
寝衣と素肌の間で、素肌をくすぐるように動いていたラファエルの指先が、肌を滑りながら、肩のほうへと移動した。
彼の手が、寝衣を肩から抜き取ろうとしているのに気づいたのは、そのときだ。
そもそも、合意の上なのだから、抵抗するのは間違えている、けれど。
背徳感と、罪悪感が、喉のあたりでつかえているような気がする。
それらが、抑止力になってくれればよかったのだけれど、意志の弱い人間にとって、それらはどうやら、抑止力とはならないらしい。
思考や動きを鈍らせるだけだ。
つまりは、どうすべきか、どう動けばいいか、と考えている間に、事が進んでいく。
いつの間にか、両の腕から寝衣の腕の部分は抜き取られ、ワンピース型の寝衣の上半身の部分は、お腹のあたりに集まった。
キスをしながら、器用にセラフの寝衣を脱がせていたラファエルの唇が、そこで一度、離れる。
瞬間、ドッと大きく心臓が跳ね、同じくらいの音と速さで、駆け始めた。
まだ、素肌の上半身を見られる距離まで離れてはいない、けれど。
すぐに見られてしまうだろう。
裸体を、異性にさらすのなど、五年ぶりなのだ。
しかも、相手はセラフより年下で、若く、整った容姿を持ち、逞しい青年。
枕もとの灯りが、うっすらと、ぼんやりと部屋を照らしているので、セラフの裸体を確認できない、ということはない。
セラフは、思わず声を上げていた。
「あの、服を着たままでは、だめですか?」
「どうして?」
唇に吐息がかかるくらいの距離で、ラファエルが首を揺らす。
本心から、不思議がっている風だ。
だから、答えないわけにはいかなくて、セラフはしどろもどろになりながらも、言葉を絞り出す。
「こんなに、恥ずかしいとは、思わなくて…。 それに、貴方、がっかりすると思いますから」
「…がっかり?」
「だって、今まで、見たことがないのでしょう? …きっと、貴方の想像する女性は、女神像や天使像のような、完璧な肉体を持っているのだと思います」
それならば、セラフは服を着たまま、あるいは灯りを消して真っ暗にして、彼には彼の理想とする女性の身体を思い浮かべながら触れてもらった方がよいのではないだろうか。
そう、思ったから口にしただけなのに、ラファエルは静かに微笑んだ。
「でも、私は、女神像にも天使像にも欲情したことはないよ。 だから、比較する対象として、適切とは言えないし、理想もなければ想像したこともない。 だから、見ていいと思う」
見ていいと思う、という自らの持論を披露したラファエルは、セラフが呆気にとられている間に、少し後ろに下がった。
見られる、と覚悟して、セラフは顔を逸らし、全身に力を入れる。
訪れたのは、静寂。
ラファエルは、手を伸ばしてセラフに触れるでも、口を開いて何か言葉を発するでもない。
さすがに居たたまれなくなったセラフは、ラファエルを直視できないままに、両腕で自分を抱きしめるようにして、胸を覆い隠す。
「な…、何か言ってくださらないと、身が持ちません」
頬と、耳が、熱を持つ。 きっと、頬も、耳も、赤くなっているだろう。
全身熱いような気がするから、全身が色づいているかもしれない。
胸を覆い隠す腕に、そっと、厚い指先の皮膚が触れるのを感じる。
セラフが恐る恐るラファエルを見ると、ラファエルは瞬きするのも忘れたかのように、セラフを見つめていた。
「隠さないで。 …きれいだ。 人魚みたい」
「…脱がせても、いい?」
静かな、問いだった。
緊張が、こちらまで伝わるような。
「…どうぞ」
セラフにも、彼の緊張が伝播したのだろう。
全身が、心臓になったかのようだし、喉も乾いたような感じがする。
ぎこちなく頷くと、ラファエルの指が、そっとセラフの寝衣のボタンに触れる。
ゆっくりと、ボタンが外されていく様を、じっと見つめた。
ひとつ、ふたつ、みっつ…。
ひとつボタンが外されるごとに、セラフの素肌があらわになっていく。
寝衣のボタンは、お腹のあたりまで、計五つ。
身体のラインが出ない、ゆとりのある、寸胴型の寝衣は、あとは肩から落とし、足元から引き抜けば、取り去られてしまう。
だが、彼はすぐにはそうしなかった。
そっと、セラフのあらわになった胸元に、口づけを降らせている。
随分と、気が長い。
そう思って、セラフは、実は違うのではないかと気づいた。
だから、口を開く。
「…あの、ラファエル。 無理をしないで、大丈夫ですよ」
やっぱり女性と無理ならば、時間稼ぎをしないで無理と言ってくれていい、と言ったつもりだった。
だが、顔を上げたラファエルの表情から、ラファエルがそう受け取らなかったことは、わかる。
瑠璃のきれいな瞳を軽く見張ってセラフを凝視した彼は、唇を引き結んで、頬を赤く染めていた。
サッと視線を落とし、眉も下げたと思ったら、もごもごと口を動かす。
「すごく格好悪い」
「え?」
「…ルフォンおじさんは、女性慣れしていたから、きっと余裕があったでしょう。 …急がないように、って、繰り返していたのに、無理しているって、気づかれるなんて」
今度はセラフが言葉を失い、ラファエルを凝視する番だった。
というと、何か?
無理は無理でも無理の種類が違う、と?
「…逆に、無理をさせるかもしれないから…。 そのときは、教えて」
間近にラファエルの整った顔が迫り、甘くて解けるような微笑みを浮かべる。
逆に、無理をさせるってどういうことだろう、と悠長に考えていたのがいけなかった。
ラファエルの唇が、セラフの唇に触れる。
何度も、何度も、角度を変えて唇を吸われるので、ほとんど反射で同じようにしていれば、ラファエルの熱く柔らかい舌が滑り込んできた。
「ん…」
少し前に、キスで困っていたように感じたのは、気のせいだったのだろうか。
それとも、この短時間で、羞恥心を昇華することに成功したか、それを凌駕するような感情が、生じたか。
気を逸らそうと、考え事をしていれば、ラファエルの指先が寝衣と素肌の間に滑り込んだ。
「ん」
鎖骨のあたりを彼の指先の、厚めの皮膚が掠める感触に、びくりと身体が跳ねる。
ラファエルは、少しだけ唇を離して、セラフに問う。
「…いや…?」
「…平気」
濡れた唇を、彼の吐息が撫でれば、全身が震えるような感じがする。
それに耐えて、セラフが何とか返事をすれば、ラファエルはまた、セラフの舌に舌を合わせてきた。
舌と、舌が、擦り合わされ、絡み合えば、身体の中心がうずうずする。
寝衣と素肌の間で、素肌をくすぐるように動いていたラファエルの指先が、肌を滑りながら、肩のほうへと移動した。
彼の手が、寝衣を肩から抜き取ろうとしているのに気づいたのは、そのときだ。
そもそも、合意の上なのだから、抵抗するのは間違えている、けれど。
背徳感と、罪悪感が、喉のあたりでつかえているような気がする。
それらが、抑止力になってくれればよかったのだけれど、意志の弱い人間にとって、それらはどうやら、抑止力とはならないらしい。
思考や動きを鈍らせるだけだ。
つまりは、どうすべきか、どう動けばいいか、と考えている間に、事が進んでいく。
いつの間にか、両の腕から寝衣の腕の部分は抜き取られ、ワンピース型の寝衣の上半身の部分は、お腹のあたりに集まった。
キスをしながら、器用にセラフの寝衣を脱がせていたラファエルの唇が、そこで一度、離れる。
瞬間、ドッと大きく心臓が跳ね、同じくらいの音と速さで、駆け始めた。
まだ、素肌の上半身を見られる距離まで離れてはいない、けれど。
すぐに見られてしまうだろう。
裸体を、異性にさらすのなど、五年ぶりなのだ。
しかも、相手はセラフより年下で、若く、整った容姿を持ち、逞しい青年。
枕もとの灯りが、うっすらと、ぼんやりと部屋を照らしているので、セラフの裸体を確認できない、ということはない。
セラフは、思わず声を上げていた。
「あの、服を着たままでは、だめですか?」
「どうして?」
唇に吐息がかかるくらいの距離で、ラファエルが首を揺らす。
本心から、不思議がっている風だ。
だから、答えないわけにはいかなくて、セラフはしどろもどろになりながらも、言葉を絞り出す。
「こんなに、恥ずかしいとは、思わなくて…。 それに、貴方、がっかりすると思いますから」
「…がっかり?」
「だって、今まで、見たことがないのでしょう? …きっと、貴方の想像する女性は、女神像や天使像のような、完璧な肉体を持っているのだと思います」
それならば、セラフは服を着たまま、あるいは灯りを消して真っ暗にして、彼には彼の理想とする女性の身体を思い浮かべながら触れてもらった方がよいのではないだろうか。
そう、思ったから口にしただけなのに、ラファエルは静かに微笑んだ。
「でも、私は、女神像にも天使像にも欲情したことはないよ。 だから、比較する対象として、適切とは言えないし、理想もなければ想像したこともない。 だから、見ていいと思う」
見ていいと思う、という自らの持論を披露したラファエルは、セラフが呆気にとられている間に、少し後ろに下がった。
見られる、と覚悟して、セラフは顔を逸らし、全身に力を入れる。
訪れたのは、静寂。
ラファエルは、手を伸ばしてセラフに触れるでも、口を開いて何か言葉を発するでもない。
さすがに居たたまれなくなったセラフは、ラファエルを直視できないままに、両腕で自分を抱きしめるようにして、胸を覆い隠す。
「な…、何か言ってくださらないと、身が持ちません」
頬と、耳が、熱を持つ。 きっと、頬も、耳も、赤くなっているだろう。
全身熱いような気がするから、全身が色づいているかもしれない。
胸を覆い隠す腕に、そっと、厚い指先の皮膚が触れるのを感じる。
セラフが恐る恐るラファエルを見ると、ラファエルは瞬きするのも忘れたかのように、セラフを見つめていた。
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