【R18】一肌脱いだら、泣きを見た。

環名

文字の大きさ
9 / 29

8.理想と現実*

しおりを挟む
 ラファエルは、上目遣いにセラフを見上げ、そっとセラフの寝衣の、一番上のボタンに触れた。
「…脱がせても、いい?」


 静かな、問いだった。
 緊張が、こちらまで伝わるような。


「…どうぞ」
 セラフにも、彼の緊張が伝播したのだろう。
 ぎこちなく頷くと、ラファエルの指が、そっとセラフの寝衣のボタンに触れる。
 ゆっくりと、ボタンが外されていく様を、じっと見つめた。

 ひとつ、ふたつ、みっつ…。
 ひとつボタンが外されるごとに、セラフの素肌があらわになっていく。
 寝衣のボタンは、お腹のあたりまで、計五つ。
 身体のラインが出ない、ゆとりのある、寸胴型の寝衣は、あとは肩から落とし、足元から引き抜けば、取り去られてしまう。

 だが、彼はすぐにはそうしなかった。
 そっと、セラフのあらわになった胸元に、口づけを降らせている。


 随分と、気が長い。


 そう思って、セラフは、実は違うのではないかと気づいた。
 だから、口を開く。
「…あの、ラファエル。 無理をしないで、大丈夫ですよ」


 やっぱり女性と無理ならば、時間稼ぎをしないで無理と言ってくれていい、と言ったつもりだった。
 だが、顔を上げたラファエルの表情から、ラファエルがそう受け取らなかったことは、わかる。
 瑠璃のきれいな瞳を軽く見張ってセラフを凝視した彼は、唇を引き結んで、頬を赤く染めていた。
 サッと視線を落とし、眉も下げたと思ったら、もごもごと口を動かす。
「すごく格好悪い」
「え?」
「…ルフォンおじさんは、女性慣れしていたから、きっと余裕があったでしょう。 …急がないように、って、繰り返していたのに、無理しているって、気づかれるなんて」


 今度はセラフが言葉を失い、ラファエルを凝視する番だった。
 というと、何か?
 無理は無理でも無理の種類が違う、と?


「…逆に、無理をさせるかもしれないから…。 そのときは、教えて」
 間近にラファエルの整った顔が迫り、甘くて解けるような微笑みを浮かべる。

 逆に、無理をさせるってどういうことだろう、と悠長に考えていたのがいけなかった。
 ラファエルの唇が、セラフの唇に触れる。
 何度も、何度も、角度を変えて唇を吸われるので、ほとんど反射で同じようにしていれば、ラファエルの熱く柔らかい舌が滑り込んできた。


「ん…」
 少し前に、キスで困っていたように感じたのは、気のせいだったのだろうか。
 それとも、この短時間で、羞恥心を昇華することに成功したか、それを凌駕するような感情が、生じたか。
 気を逸らそうと、考え事をしていれば、ラファエルの指先が寝衣と素肌の間に滑り込んだ。


「ん」
 鎖骨のあたりを彼の指先の、厚めの皮膚が掠める感触に、びくりと身体が跳ねる。
 ラファエルは、少しだけ唇を離して、セラフに問う。
「…いや…?」
「…平気」
 濡れた唇を、彼の吐息が撫でれば、全身が震えるような感じがする。
 それに耐えて、セラフが何とか返事をすれば、ラファエルはまた、セラフの舌に舌を合わせてきた。


 舌と、舌が、擦り合わされ、絡み合えば、身体の中心がうずうずする。
 寝衣と素肌の間で、素肌をくすぐるように動いていたラファエルの指先が、肌を滑りながら、肩の方へと移動した。
 彼の手が、寝衣を肩から抜き取ろうとしているのに気づいたのは、そのときだ。


 そもそも、合意の上なのだから、抵抗するのは間違えている、けれど。
 背徳感と、罪悪感が、喉のあたりでつかえているような気がする。
 それらが、抑止力になってくれればよかったのだけれど、意志の弱い人間にとって、それらはどうやら、抑止力とはならないらしい。
 思考や動きを鈍らせるだけだ。


 つまりは、どうすべきか、どう動けばいいか、と考えている間に、事が進んでいく。
 いつの間にか、両の腕から寝衣の腕の部分は抜き取られ、ワンピース型の寝衣の上半身の部分は、お腹のあたりに集まった。
 キスをしながら、器用にセラフの寝衣を脱がせていたラファエルの唇が、そこで一度、離れる。
 瞬間、ドッと大きく心臓が跳ね、同じくらいの音と速さで、駆け始めた。


 まだ、素肌の上半身を見られる距離まで離れてはいない、けれど。
 すぐに見られてしまうだろう。


 裸体を、異性にさらすのなど、五年ぶりなのだ。
 しかも、相手はセラフより年下で、若く、整った容姿を持ち、逞しい青年。
 枕もとの灯りが、うっすらと、ぼんやりと部屋を照らしているので、セラフの裸体を確認できない、ということはない。
 セラフは、思わず声を上げていた。
「あの、服を着たままでは、だめですか?」
「どうして?」
 唇に吐息がかかるくらいの距離で、ラファエルが首を揺らす。


 本心から、不思議がっている風だ。
 だから、答えないわけにはいかなくて、セラフはしどろもどろになりながらも、言葉を絞り出す。
「こんなに、恥ずかしいとは、思わなくて…。 それに、貴方、がっかりすると思いますから」
「…がっかり?」
「だって、今まで、見たことがないのでしょう? …きっと、貴方の想像する女性は、女神像や天使像のような、完璧な肉体を持っているのだと思います」


 それならば、セラフは服を着たまま、あるいは灯りを消して真っ暗にして、彼には彼の理想とする女性の身体を思い浮かべながら触れてもらった方がよいのではないだろうか。
 そう、思ったから口にしただけなのに、ラファエルは静かに微笑んだ。
「でも、私は、女神像にも天使像にも欲情したことはないよ。 だから、比較する対象として、適切とは言えないし、理想もなければ想像したこともない。 だから、見ていいと思う」
 見ていいと思う、という自らの持論を披露したラファエルは、セラフが呆気にとられている間に、少し後ろに下がった。


 見られる、と覚悟して、セラフは顔を逸らし、全身に力を入れる。
 訪れたのは、静寂。


 ラファエルは、手を伸ばしてセラフに触れるでも、口を開いて何か言葉を発するでもない。
 さすがに居たたまれなくなったセラフは、ラファエルを直視できないままに、両腕で自分を抱きしめるようにして、胸を覆い隠す。
「な…、何か言ってくださらないと、身が持ちません」


 頬と、耳が、熱を持つ。
 きっと、頬も、耳も、赤くなっているだろう。
 全身熱いような気がするから、全身が色づいているかもしれない。


 胸を覆い隠す腕に、そっと、厚い指先の皮膚が触れるのを感じる。
 セラフが恐る恐るラファエルを見ると、ラファエルは瞬きするのも忘れたかのように、セラフを見つめていた。


「隠さないで。 …きれいだ。人魚みたい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...