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第二章.婚約編
4.満月のちから
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「ヴェルは、わたしに触りたくならないの?」
唐突に、うっすらと頬を染めて、目を潤ませたリーファに問われて、ヴェルドライトは目を点にした。
「んん?」
リーファの発言の意図が読めないし、リーファはつい先ほどまで、自分たちが何をしていたか、忘れたのだろうか。
「…今、まさに、触っていたところだけど…」
ヴェルドライトがささやかに主張すると、リーファは潤んだ目を更に潤ませた。
「…今のは、キス」
照れるなら言わなくてもいいのに。 可愛い。
思うと同時に身体が動き、ヴェルドライトはリーファの前髪の付け根に口づけていた。
実を言うと、ヴェルドライトとリーファは、まだ清い仲だ。
婚約を決めてから、一年ほど。
実際に婚約をしてから、数か月が過ぎたが、ヴェルドライトはキスでやり過ごしている。
自分でも意外だったのだが、ヴェルドライトはそこまで、リーファと性的な繋がりを求めていなかったらしい。
彼女が、自分を愛してくれて、自分と婚約してくれている。
それ以上に、何を望むというのだろう。
彼女を取り戻した当初、リーファを丸め込んで暴走できたのはきっと、飢えていたからだ。
無理矢理に奪い取ってでも、自分を満たして、それで満足しようとしていた。
だが、そんな必要はなく、ヴェルドライトが望むと望むまいと、彼女からの愛情は注がれ、受け取れるものだと、今は理解している。
だからこそ、大切に、大切に、したい。
そう思っていたのだが、リーファは何か不満だったのだろうか。
「…ヴェルって、本当にわたしのこと、好きなの? 本当は、やっぱり、重度のシスコンなだけではなくて?」
「…何か気になる?」
何が不満? と訊くのは直接的過ぎると思ったので、ヴェルドライトとしては言葉を選んだつもりだ。
ヴェルドライトがリーファの瞳を覗き込んで先を促すと、リーファは小さく、ぽそりと零した。
「あれから、ずっと、触らないから」
…それは、触ってほしい、ということでいいだろうか。
なんとなく、そうなのだろうか、とうすうす感じることはあったが、確かめられずにいた。
ヴェルドライトは、自室の、カーテンに覆われた窓を、一瞬見遣る。
恐らく、リーファに自覚はないのだろうが、彼女は月の満ち欠けの影響を強く受ける個体らしい。
気のせいだ、と自分に言い聞かせていたが、以前から、リーファが何となく物欲しそうに自分を見ている期間があった。
そして、今日は、【婚約のしるし】を刻んでから、初めての満月。
【婚約のしるし】で、満月の影響が増幅されているのだろう。
今夜のリーファは、珍しくも、夜着のままでヴェルドライトの私室を訪れた。
曰く、「おやすみのキスをしに」とのことだった。
驚きはしたが、リーファからのお誘いは大歓迎だ。
ヴェルドライトのベッドに二体で腰かけて、濃厚な口づけを交わし合った後での、リーファのあの発言。
ヴェルドライトはリーファが心配になって、両手で彼女の首を支えるようにして、触れた。
彼女の身体が、熱を持っているのがわかる。
「…お薬、もらう?」
ヴェルドライトが尋ねると、リーファはぼんやりとした様子で、熱で蕩けそうな目をヴェルドライトに向けてくる。
「え?」
わかっていない様子のリーファに、ヴェルドライトはひとまず、今のリーファの状態を説明することにした。
「こういうこと、男性体の僕から言われたら、いやかもしれないけど…。 リーファは多分、月の満ち欠けの影響を受けやすいんだよ。 それを、【婚約のしるし】が増幅してる」
ジッとリーファはヴェルドライトの言葉を聞いてくれてはいるが、その内容を理解しているかは謎だ。
リーファからのお誘いは、非常に、非常に魅力的だが、正気ではない彼女に付け込むのはどうかと思うし、もう懲りた。
「部屋まで送るから、気持ちを落ち着けるハーブティーを淹れてもらって、休もう?」
ヴェルドライトは、非常に理に適った提案をしたと思ったのだが、リーファは愕然とした表情になった。
「ヴェルは、わたしに触らなくても、平気なの?」
リーファの問いに、ヴェルドライトは言葉を詰まらせる。
平気か、平気でないかと問われて、正直なところを答えるならば、平気だ。
ヴェルドライトは、月の満ち欠けの影響を受けにくい。
受けにくい、というか、ほとんど、全く受けない、と言ってもいい。
加えて、以前のヴェルドライトは、リーファには元伴侶との【対のしるし】があると信じていた。
万一、想いが通じ合ったとしても、リーファと男女の関係になることは諦めていたのだ。
ヴェルドライトにとって、今の状況は、夢でしかなくて、実感が湧かない。
それに、以前、似たような状況になったリーファを丸め込んで付け込んだ翌日の、リーファの反応が、尾を引いているのもある。
「例えば、このまま、僕がリーファに触って、明日目が覚めたとき、リーファは後悔しない? 落ち込まない?」
正気に返って、間違いだった、とでも言われたら、本当に取り返しがつかない。
なかったことには、できないのだから。
ヴェルドライトは、リーファを大切にしたいと、思っている。
「…触るのは、だめ?」
しばらく口を閉ざしていたリーファに再度、そう問われて、ヴェルドライトは気づいた。
彼女は、どうやら、ヴェルドライトに触ってほしい、らしい。
「前のとき、みたいに、触るだけ?」
「…うん。 …途中までは、いや?」
リーファは、気まずそうに目を逸らしながら、ヴェルドライトを窺い見る。
自分でも、リーファに甘いとは思うのだが、これを聞いても「我儘で可愛いなぁ」としか思わないのだから、重症だ。
そして、最後までしないのであれば、許容範囲だろう、と判断した。
ヴェルドライトは、リーファに微笑む。
「いいよ、リーファが好きなら、そうしよう。 でも、今度はきっと、『僕は大丈夫』って言えないと思うよ。 それでもいい?」
ヴェルドライトが、リーファに触ったのは、婚約を決める前に暴走した、あの夜。
あの、一回きりだ。
そして、そのときヴェルドライトは、涼しい顔で自分の中に燻る熱を誤魔化し、自室で自分を慰めた。
今度は、あのときのようにはいかないだろう。
そう伝えたつもりだったのだが、リーファには伝わっただろうか。
「うん」
リーファは微笑んで頷いた。
その微笑みに、ヴェルドライトは屈したのだ。
唐突に、うっすらと頬を染めて、目を潤ませたリーファに問われて、ヴェルドライトは目を点にした。
「んん?」
リーファの発言の意図が読めないし、リーファはつい先ほどまで、自分たちが何をしていたか、忘れたのだろうか。
「…今、まさに、触っていたところだけど…」
ヴェルドライトがささやかに主張すると、リーファは潤んだ目を更に潤ませた。
「…今のは、キス」
照れるなら言わなくてもいいのに。 可愛い。
思うと同時に身体が動き、ヴェルドライトはリーファの前髪の付け根に口づけていた。
実を言うと、ヴェルドライトとリーファは、まだ清い仲だ。
婚約を決めてから、一年ほど。
実際に婚約をしてから、数か月が過ぎたが、ヴェルドライトはキスでやり過ごしている。
自分でも意外だったのだが、ヴェルドライトはそこまで、リーファと性的な繋がりを求めていなかったらしい。
彼女が、自分を愛してくれて、自分と婚約してくれている。
それ以上に、何を望むというのだろう。
彼女を取り戻した当初、リーファを丸め込んで暴走できたのはきっと、飢えていたからだ。
無理矢理に奪い取ってでも、自分を満たして、それで満足しようとしていた。
だが、そんな必要はなく、ヴェルドライトが望むと望むまいと、彼女からの愛情は注がれ、受け取れるものだと、今は理解している。
だからこそ、大切に、大切に、したい。
そう思っていたのだが、リーファは何か不満だったのだろうか。
「…ヴェルって、本当にわたしのこと、好きなの? 本当は、やっぱり、重度のシスコンなだけではなくて?」
「…何か気になる?」
何が不満? と訊くのは直接的過ぎると思ったので、ヴェルドライトとしては言葉を選んだつもりだ。
ヴェルドライトがリーファの瞳を覗き込んで先を促すと、リーファは小さく、ぽそりと零した。
「あれから、ずっと、触らないから」
…それは、触ってほしい、ということでいいだろうか。
なんとなく、そうなのだろうか、とうすうす感じることはあったが、確かめられずにいた。
ヴェルドライトは、自室の、カーテンに覆われた窓を、一瞬見遣る。
恐らく、リーファに自覚はないのだろうが、彼女は月の満ち欠けの影響を強く受ける個体らしい。
気のせいだ、と自分に言い聞かせていたが、以前から、リーファが何となく物欲しそうに自分を見ている期間があった。
そして、今日は、【婚約のしるし】を刻んでから、初めての満月。
【婚約のしるし】で、満月の影響が増幅されているのだろう。
今夜のリーファは、珍しくも、夜着のままでヴェルドライトの私室を訪れた。
曰く、「おやすみのキスをしに」とのことだった。
驚きはしたが、リーファからのお誘いは大歓迎だ。
ヴェルドライトのベッドに二体で腰かけて、濃厚な口づけを交わし合った後での、リーファのあの発言。
ヴェルドライトはリーファが心配になって、両手で彼女の首を支えるようにして、触れた。
彼女の身体が、熱を持っているのがわかる。
「…お薬、もらう?」
ヴェルドライトが尋ねると、リーファはぼんやりとした様子で、熱で蕩けそうな目をヴェルドライトに向けてくる。
「え?」
わかっていない様子のリーファに、ヴェルドライトはひとまず、今のリーファの状態を説明することにした。
「こういうこと、男性体の僕から言われたら、いやかもしれないけど…。 リーファは多分、月の満ち欠けの影響を受けやすいんだよ。 それを、【婚約のしるし】が増幅してる」
ジッとリーファはヴェルドライトの言葉を聞いてくれてはいるが、その内容を理解しているかは謎だ。
リーファからのお誘いは、非常に、非常に魅力的だが、正気ではない彼女に付け込むのはどうかと思うし、もう懲りた。
「部屋まで送るから、気持ちを落ち着けるハーブティーを淹れてもらって、休もう?」
ヴェルドライトは、非常に理に適った提案をしたと思ったのだが、リーファは愕然とした表情になった。
「ヴェルは、わたしに触らなくても、平気なの?」
リーファの問いに、ヴェルドライトは言葉を詰まらせる。
平気か、平気でないかと問われて、正直なところを答えるならば、平気だ。
ヴェルドライトは、月の満ち欠けの影響を受けにくい。
受けにくい、というか、ほとんど、全く受けない、と言ってもいい。
加えて、以前のヴェルドライトは、リーファには元伴侶との【対のしるし】があると信じていた。
万一、想いが通じ合ったとしても、リーファと男女の関係になることは諦めていたのだ。
ヴェルドライトにとって、今の状況は、夢でしかなくて、実感が湧かない。
それに、以前、似たような状況になったリーファを丸め込んで付け込んだ翌日の、リーファの反応が、尾を引いているのもある。
「例えば、このまま、僕がリーファに触って、明日目が覚めたとき、リーファは後悔しない? 落ち込まない?」
正気に返って、間違いだった、とでも言われたら、本当に取り返しがつかない。
なかったことには、できないのだから。
ヴェルドライトは、リーファを大切にしたいと、思っている。
「…触るのは、だめ?」
しばらく口を閉ざしていたリーファに再度、そう問われて、ヴェルドライトは気づいた。
彼女は、どうやら、ヴェルドライトに触ってほしい、らしい。
「前のとき、みたいに、触るだけ?」
「…うん。 …途中までは、いや?」
リーファは、気まずそうに目を逸らしながら、ヴェルドライトを窺い見る。
自分でも、リーファに甘いとは思うのだが、これを聞いても「我儘で可愛いなぁ」としか思わないのだから、重症だ。
そして、最後までしないのであれば、許容範囲だろう、と判断した。
ヴェルドライトは、リーファに微笑む。
「いいよ、リーファが好きなら、そうしよう。 でも、今度はきっと、『僕は大丈夫』って言えないと思うよ。 それでもいい?」
ヴェルドライトが、リーファに触ったのは、婚約を決める前に暴走した、あの夜。
あの、一回きりだ。
そして、そのときヴェルドライトは、涼しい顔で自分の中に燻る熱を誤魔化し、自室で自分を慰めた。
今度は、あのときのようにはいかないだろう。
そう伝えたつもりだったのだが、リーファには伝わっただろうか。
「うん」
リーファは微笑んで頷いた。
その微笑みに、ヴェルドライトは屈したのだ。
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