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第三章.婚姻編
2.妥協点
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夜、リーファは緊張しながら、ヴェルドライトの部屋を訪れた。
その、リーファの姿を見て、ヴェルドライトは固まり、言葉を失ったようだ。
呆然としたままで、リーファの姿を凝視している。
「…や…、やっぱり、着替えて」
リーファは、気合を入れて、こんな格好をしたことが急に恥ずかしくなって、ヴェルドライトに背を向けようとした、が。
「待って」
ヴェルドライトの声に、背を向けかけた足を止める。
いつの間にかベッドから腰を上げたヴェルドライトは、リーファの間近に立っていた。
「ごめん。 あんまり綺麗で、びっくりして…、反応できなかった。 これ、どうしたの? すごく綺麗」
ヴェルドライトが褒めてくれたので、リーファはほっとする。
リーファは、この日のために、ヴェルドライトには内緒でこっそりと、純白のドレスを用意していた。
それを今、身に着けている。
「母様が、準備するよう、勧めてくれて。 絶対、貴方が喜ぶから、って。 わたしも、貴方のためのわたしを、見てほしかったし」
今身に着けているドレスは、アンジェとの【婚姻の儀】で袖を通したものとは全くの別物だ。
そもそも、ヴェルドライトは、リーファとアンジェの【婚姻の儀】には出席していないので、リーファのドレス姿を見てはいない。
だから、これは、リーファがヴェルドライトに見てもらいたくて身に着ける、ヴェルドライトとリーファのためだけの、婚礼衣装だ。
ヴェルドライトは、リーファを公の場に連れ出すときには、露出の少ない意匠の衣装を好む。
だが、屋敷で二体きりのときは、その辺のことを気にはしない。
だから、きっと、嫌いなわけではないのだな、と結論付けた。
今身に着けているのは、純白の、ベアトップのロングドレスだ。
プリーツ状の裾が脚のラインを強調するようで、マーメイドラインに近い印象を与える。
ヴェルドライトは、リーファの装いを目で堪能したようで、その後でぎゅっとリーファの身体を抱きしめた。
「お母君、今からでも翠一族の当主に就任して、天辺取ってくれないかな…。 僕、一生ついて行くよ」
「天辺?」
いまいちよくわからない、ヴェルドライトの発言に、リーファは笑ってしまう。
まさか、最高権力者のことではあるまい、と思いながら、【天辺】の意味について確認した。
「お母君だったら、いい治世になると思う」
リーファの顔を見ながら、ひとつ大きく頷いたヴェルドライトは、どうやら本気らしい。
なぜか、ヴェルドライトの、リーファの母に対する信頼感がすごい。
「折角準備してくれて、着てくれたんだから、もっと見ていた気もするんだけど…」
ヴェルドライトは、もう一度、リーファの姿を目に焼きつけるように見た後で、リーファの顔を覗き込んだ。
「リーファ、いいかな? それとも、気が早い?」
いよいよか、とリーファは腹を括った。
背伸びをして、ヴェルドライトの唇に、そっとキスを贈る。
「…優しく、して?」
リーファのお願いに、ヴェルドライトは目を細めて小さく笑った。
「僕が、リーファに優しくないことがあった?」
リーファは、目を逸らして、言い訳でもするようにもごもごと口にした。
「ない、けど…。 初めて、だから、…やっぱり、少し、怖くて」
でも、それは、ヴェルドライトに対する恐怖ではない。
言うなれば、未知の体験に対する恐怖だ。
知らないものは、怖い。
婚約していた期間も、ヴェルドライトには、何度も触ってもらった。
だが、ヴェルドライトは、「婚姻したらね」と言って、最後まではしなかったし、絶対にリーファには触らせてくれなかった。
待ち遠しいような、まだ少し、先延ばしにしたいような、不思議な気分だ。
「…待って」
ヴェルドライトは、リーファの素肌の肩に手を置いたかと思うと、少し緊張したような声を出した。
「?」
「今、初めて、って言った?」
ヴェルドライトに問われたリーファは、ヴェルドライトの唇に、両手の指先を当てる。
「繰り返したら、いや」
リーファは、そっとヴェルドライトの唇を指先で押さえただけだったけれど、ヴェルドライトの唇を塞ぐには十分だったらしい。
ヴェルドライトは、リーファの手首を握る。
そして、口を開くために、リーファの手を無理矢理でない力で外した。
「アンジェと、してないの?」
問う、ヴェルドライトの頬は、紅潮していて、姿勢も前のめりだ。
翠柘榴石の瞳も、瞳孔が膨らんでいる。
ヴェルドライトの様子に、リーファは少しだけ、気圧された。
「だって彼、わたしのこと、好きじゃなかったもの。 そもそも、女性体が嫌いだし、貴方以外眼中にないし」
「ねぇ、リーファ、やっぱり僕、【対のしるし】、つけたいよ」
ヴェルドライトの、唐突な発言に、リーファは口を噤んだ。
【対のしるし】については、何度も何度もヴェルドライトと話し合ってきた。
ヴェルドライトは、リーファと【対】になりたくて、リーファにもヴェルドライトにも、【対のしるし】をつけたいと、望んでいる。
けれど、リーファは、自分にはつけてもらってもいいが、ヴェルドライトにはつけたくないと考えている。
二体の希望が合致しないので、【対のしるし】については、問題を先延ばしにすることで合意したのだ。
その、難問を、ヴェルドライト今、再び提起した。
「…どうして、急に?」
「リーファのこと、大切だから、初めてでも、初めてじゃなくても、いいって思ってた。 けど、初めてって聞いたら、特別な日にしたいって、思って」
ヴェルドライトは、リーファの手を握ったまま、その場に跪いて、リーファを見上げる。
「僕と【対】に、なってほしい」
話し合ったはずなのに、どうして、急に、そんな考えになったのだろう。
リーファには疑問だったが、先のヴェルドライトの発言から、何となく察して、尋ねた。
「…【婚姻のしるし】だけじゃ、足りない?」
「…そう、かも」
少し、考えるような間があった後で、ヴェルドライトは肯定した。
「ほかの誰にも、二度と奪われないように、僕の、唯一無二の【対】だって、実感したい」
ヴェルドライトは、甘えるように、リーファを窺う。
「…僕の我儘、きいてくれる?」
そんなに可愛く、甘えるようにおねだりされては、リーファが返せる答えなど、ひとつだけだ。
「ヴェルには、つけてあげられないけど、それでいいなら」
ヴェルドライトの我儘もきくから、リーファの我儘もきいてもらおう。
ヴェルドライトが、どれだけ望んでも、リーファはまだ、覚悟ができない。
ヴェルドライトに、逃げ道を残しておきたいと、考えてしまう。
ヴェルドライトは、立ち上がり、苦笑した。
「僕たち、結局、お互いに甘いよね」
ヴェルドライトは、妥協点に落ち着くことを決めたらしく、リーファの瞼に口づけてくれた。
そして、リーファの手を引いて、ベッドに誘ったのである。
その、リーファの姿を見て、ヴェルドライトは固まり、言葉を失ったようだ。
呆然としたままで、リーファの姿を凝視している。
「…や…、やっぱり、着替えて」
リーファは、気合を入れて、こんな格好をしたことが急に恥ずかしくなって、ヴェルドライトに背を向けようとした、が。
「待って」
ヴェルドライトの声に、背を向けかけた足を止める。
いつの間にかベッドから腰を上げたヴェルドライトは、リーファの間近に立っていた。
「ごめん。 あんまり綺麗で、びっくりして…、反応できなかった。 これ、どうしたの? すごく綺麗」
ヴェルドライトが褒めてくれたので、リーファはほっとする。
リーファは、この日のために、ヴェルドライトには内緒でこっそりと、純白のドレスを用意していた。
それを今、身に着けている。
「母様が、準備するよう、勧めてくれて。 絶対、貴方が喜ぶから、って。 わたしも、貴方のためのわたしを、見てほしかったし」
今身に着けているドレスは、アンジェとの【婚姻の儀】で袖を通したものとは全くの別物だ。
そもそも、ヴェルドライトは、リーファとアンジェの【婚姻の儀】には出席していないので、リーファのドレス姿を見てはいない。
だから、これは、リーファがヴェルドライトに見てもらいたくて身に着ける、ヴェルドライトとリーファのためだけの、婚礼衣装だ。
ヴェルドライトは、リーファを公の場に連れ出すときには、露出の少ない意匠の衣装を好む。
だが、屋敷で二体きりのときは、その辺のことを気にはしない。
だから、きっと、嫌いなわけではないのだな、と結論付けた。
今身に着けているのは、純白の、ベアトップのロングドレスだ。
プリーツ状の裾が脚のラインを強調するようで、マーメイドラインに近い印象を与える。
ヴェルドライトは、リーファの装いを目で堪能したようで、その後でぎゅっとリーファの身体を抱きしめた。
「お母君、今からでも翠一族の当主に就任して、天辺取ってくれないかな…。 僕、一生ついて行くよ」
「天辺?」
いまいちよくわからない、ヴェルドライトの発言に、リーファは笑ってしまう。
まさか、最高権力者のことではあるまい、と思いながら、【天辺】の意味について確認した。
「お母君だったら、いい治世になると思う」
リーファの顔を見ながら、ひとつ大きく頷いたヴェルドライトは、どうやら本気らしい。
なぜか、ヴェルドライトの、リーファの母に対する信頼感がすごい。
「折角準備してくれて、着てくれたんだから、もっと見ていた気もするんだけど…」
ヴェルドライトは、もう一度、リーファの姿を目に焼きつけるように見た後で、リーファの顔を覗き込んだ。
「リーファ、いいかな? それとも、気が早い?」
いよいよか、とリーファは腹を括った。
背伸びをして、ヴェルドライトの唇に、そっとキスを贈る。
「…優しく、して?」
リーファのお願いに、ヴェルドライトは目を細めて小さく笑った。
「僕が、リーファに優しくないことがあった?」
リーファは、目を逸らして、言い訳でもするようにもごもごと口にした。
「ない、けど…。 初めて、だから、…やっぱり、少し、怖くて」
でも、それは、ヴェルドライトに対する恐怖ではない。
言うなれば、未知の体験に対する恐怖だ。
知らないものは、怖い。
婚約していた期間も、ヴェルドライトには、何度も触ってもらった。
だが、ヴェルドライトは、「婚姻したらね」と言って、最後まではしなかったし、絶対にリーファには触らせてくれなかった。
待ち遠しいような、まだ少し、先延ばしにしたいような、不思議な気分だ。
「…待って」
ヴェルドライトは、リーファの素肌の肩に手を置いたかと思うと、少し緊張したような声を出した。
「?」
「今、初めて、って言った?」
ヴェルドライトに問われたリーファは、ヴェルドライトの唇に、両手の指先を当てる。
「繰り返したら、いや」
リーファは、そっとヴェルドライトの唇を指先で押さえただけだったけれど、ヴェルドライトの唇を塞ぐには十分だったらしい。
ヴェルドライトは、リーファの手首を握る。
そして、口を開くために、リーファの手を無理矢理でない力で外した。
「アンジェと、してないの?」
問う、ヴェルドライトの頬は、紅潮していて、姿勢も前のめりだ。
翠柘榴石の瞳も、瞳孔が膨らんでいる。
ヴェルドライトの様子に、リーファは少しだけ、気圧された。
「だって彼、わたしのこと、好きじゃなかったもの。 そもそも、女性体が嫌いだし、貴方以外眼中にないし」
「ねぇ、リーファ、やっぱり僕、【対のしるし】、つけたいよ」
ヴェルドライトの、唐突な発言に、リーファは口を噤んだ。
【対のしるし】については、何度も何度もヴェルドライトと話し合ってきた。
ヴェルドライトは、リーファと【対】になりたくて、リーファにもヴェルドライトにも、【対のしるし】をつけたいと、望んでいる。
けれど、リーファは、自分にはつけてもらってもいいが、ヴェルドライトにはつけたくないと考えている。
二体の希望が合致しないので、【対のしるし】については、問題を先延ばしにすることで合意したのだ。
その、難問を、ヴェルドライト今、再び提起した。
「…どうして、急に?」
「リーファのこと、大切だから、初めてでも、初めてじゃなくても、いいって思ってた。 けど、初めてって聞いたら、特別な日にしたいって、思って」
ヴェルドライトは、リーファの手を握ったまま、その場に跪いて、リーファを見上げる。
「僕と【対】に、なってほしい」
話し合ったはずなのに、どうして、急に、そんな考えになったのだろう。
リーファには疑問だったが、先のヴェルドライトの発言から、何となく察して、尋ねた。
「…【婚姻のしるし】だけじゃ、足りない?」
「…そう、かも」
少し、考えるような間があった後で、ヴェルドライトは肯定した。
「ほかの誰にも、二度と奪われないように、僕の、唯一無二の【対】だって、実感したい」
ヴェルドライトは、甘えるように、リーファを窺う。
「…僕の我儘、きいてくれる?」
そんなに可愛く、甘えるようにおねだりされては、リーファが返せる答えなど、ひとつだけだ。
「ヴェルには、つけてあげられないけど、それでいいなら」
ヴェルドライトの我儘もきくから、リーファの我儘もきいてもらおう。
ヴェルドライトが、どれだけ望んでも、リーファはまだ、覚悟ができない。
ヴェルドライトに、逃げ道を残しておきたいと、考えてしまう。
ヴェルドライトは、立ち上がり、苦笑した。
「僕たち、結局、お互いに甘いよね」
ヴェルドライトは、妥協点に落ち着くことを決めたらしく、リーファの瞼に口づけてくれた。
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