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テティーシェリ視点①
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時は紀元前、古代エジプト。
長椅子にうつ伏せに寝そべり、ぱたぱたと足を動かしながらテティーシェリは呟く。
「お兄様とお姉様は、どうしてご結婚なさらないのかしら」
誰かに聞かせる意図はなく、テティーシェリにとっては思わず漏れた独り言だったのだが、それに応じる声があった。
「なんですか、藪から棒に。 それから、テティ様、お行儀が悪いですよ」
「あら、ごめんなさい」
侍女のジェドに窘められて、テティーシェリは自分の姿に思い至り、ぱっと頬を赤らめた。
動かしていた足をピタリと止めて揃え、ジェドを窺い見る。
ジェドは、テティーシェリの傍らでそっと膝を折って、絨毯に膝をついた。
そして、干しナツメの載った皿を、テティーシェリに差し出してくる。
テティーシェリは、ジッとジェドを見つめた。
ジェドは、美人だ。
黒く長い睫毛が、象牙色の肌に影を落とす様が綺麗。
さらさらの、夜の帳のような長い髪に縁どられた顔は小さくて、鼻筋が通っている。
くっきりとした睫毛に縁どられた瞳は切れ長で、蓮の花のような色の唇はふっくらとしている。
ジェドは、テティーシェリの理想の美人だ。
何時間でも眺めていられる、というのはテティーシェリの本音である。
伏せられていたジェドの瞼が持ち上がって、テティーシェリとかちっと視線が合うので、テティーシェリは思わずドキリとした。
そう、ジェドは男も女もドキリとせずにはいられないような美人なのだ。
そのジェドの、形のよい唇が動いて、溜息のような音が漏れる。
「私のことを美人とおっしゃいますが、テティ様はご自分のお顔をよくご覧になったことがないのですか? 貴女こそ美人ですよ、特にその、猫のような目がお綺麗です」
ジェドのような美人に美人と言われて、テティーシェリはどのような反応を返していいのかわからなくなった。
褒められて嬉しいとは思うが、自分がジェドのような美人に美人と言われるような美人かと問われると自信が持てない。
だから、眉は下がって困り顔になったような気がするが、褒められたこと自体は嬉しくて口元はむずむずとして緩む。
ジェドには、鏡を見たことがないのかと問われたが、鏡に映った自分はお世辞にも美人とは言えない。
鏡の精度が低いのだ。 鈍色の輝きを放つそれは、テティーシェリの顔の、ぼんやりとした輪郭を映すのみ。
水面に映った自分の方が、鏡に映った姿よりも実物の自分に近いかもしれない、とすら思う。
水鏡の難点を挙げるなら、色彩が鮮明ではないところ、だろうか。
だから、ジェドが言うように、自分の目が猫の目に似ているのかどうかも、テティーシェリにはわからない。
水鏡に映った自分の姿にしたって、テティーシェリにはジェドの方が美人だと断言できるし、テティーシェリよりも兄姉弟の方が確実に美人だと言える。
あ、なんだか冷静になってきた。
テティーシェリはそっと身体を起こす。
お行儀よく、を意識して、ちょこんと長椅子に座り直した。
もちろん、膝を揃えて足を斜めに流す。 そして、余所行きの顔を意識して微笑んで見せる。
「あら、口から出ていました? ごめんなさい」
テティーシェリが言うや否や、ジェドは柳眉を寄せた。
窘める顔だ、と気づいて、テティーシェリは身構える。
「…素直で善良なのは貴女のよいところですが、簡単に謝罪を口にされるのはいただけませんね。 貴女は、神の血を引いていらっしゃる上に、この国の第二位王位継承者なのですから」
ジェドの言葉は、溜息にまみれている。
テティーシェリにとって、これは【嫌な話題】だ。
だから、意図してその話題から離れようとした。
「でもわたし、王位になんて全く興味ありませんし…。 だから、早くお兄様とお姉様にご結婚していただきたいのですけれど」
長椅子にうつ伏せに寝そべり、ぱたぱたと足を動かしながらテティーシェリは呟く。
「お兄様とお姉様は、どうしてご結婚なさらないのかしら」
誰かに聞かせる意図はなく、テティーシェリにとっては思わず漏れた独り言だったのだが、それに応じる声があった。
「なんですか、藪から棒に。 それから、テティ様、お行儀が悪いですよ」
「あら、ごめんなさい」
侍女のジェドに窘められて、テティーシェリは自分の姿に思い至り、ぱっと頬を赤らめた。
動かしていた足をピタリと止めて揃え、ジェドを窺い見る。
ジェドは、テティーシェリの傍らでそっと膝を折って、絨毯に膝をついた。
そして、干しナツメの載った皿を、テティーシェリに差し出してくる。
テティーシェリは、ジッとジェドを見つめた。
ジェドは、美人だ。
黒く長い睫毛が、象牙色の肌に影を落とす様が綺麗。
さらさらの、夜の帳のような長い髪に縁どられた顔は小さくて、鼻筋が通っている。
くっきりとした睫毛に縁どられた瞳は切れ長で、蓮の花のような色の唇はふっくらとしている。
ジェドは、テティーシェリの理想の美人だ。
何時間でも眺めていられる、というのはテティーシェリの本音である。
伏せられていたジェドの瞼が持ち上がって、テティーシェリとかちっと視線が合うので、テティーシェリは思わずドキリとした。
そう、ジェドは男も女もドキリとせずにはいられないような美人なのだ。
そのジェドの、形のよい唇が動いて、溜息のような音が漏れる。
「私のことを美人とおっしゃいますが、テティ様はご自分のお顔をよくご覧になったことがないのですか? 貴女こそ美人ですよ、特にその、猫のような目がお綺麗です」
ジェドのような美人に美人と言われて、テティーシェリはどのような反応を返していいのかわからなくなった。
褒められて嬉しいとは思うが、自分がジェドのような美人に美人と言われるような美人かと問われると自信が持てない。
だから、眉は下がって困り顔になったような気がするが、褒められたこと自体は嬉しくて口元はむずむずとして緩む。
ジェドには、鏡を見たことがないのかと問われたが、鏡に映った自分はお世辞にも美人とは言えない。
鏡の精度が低いのだ。 鈍色の輝きを放つそれは、テティーシェリの顔の、ぼんやりとした輪郭を映すのみ。
水面に映った自分の方が、鏡に映った姿よりも実物の自分に近いかもしれない、とすら思う。
水鏡の難点を挙げるなら、色彩が鮮明ではないところ、だろうか。
だから、ジェドが言うように、自分の目が猫の目に似ているのかどうかも、テティーシェリにはわからない。
水鏡に映った自分の姿にしたって、テティーシェリにはジェドの方が美人だと断言できるし、テティーシェリよりも兄姉弟の方が確実に美人だと言える。
あ、なんだか冷静になってきた。
テティーシェリはそっと身体を起こす。
お行儀よく、を意識して、ちょこんと長椅子に座り直した。
もちろん、膝を揃えて足を斜めに流す。 そして、余所行きの顔を意識して微笑んで見せる。
「あら、口から出ていました? ごめんなさい」
テティーシェリが言うや否や、ジェドは柳眉を寄せた。
窘める顔だ、と気づいて、テティーシェリは身構える。
「…素直で善良なのは貴女のよいところですが、簡単に謝罪を口にされるのはいただけませんね。 貴女は、神の血を引いていらっしゃる上に、この国の第二位王位継承者なのですから」
ジェドの言葉は、溜息にまみれている。
テティーシェリにとって、これは【嫌な話題】だ。
だから、意図してその話題から離れようとした。
「でもわたし、王位になんて全く興味ありませんし…。 だから、早くお兄様とお姉様にご結婚していただきたいのですけれど」
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