【R18】サンドリヨンの秘密

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第1章 サンドリヨンが王子様に捕まるまで

1.サンドリヨンはひとりの時間を満喫する予定です。

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 どうやら今日は、この西の大国――オキデンシアの、第一王子のお妃様選びの舞踏会らしい。

 継母ままはは継姉ままあねたちが着飾り、はしゃいでいるのを横目に見ながら、サンドリヨンことアシュリー・クリスタルヴァンはいそいそと床磨きに励んでいた。

「きっと、殿下のお妃様になれるわ」
「どちらが正妃に選ばれても、第二妃になっても恨みっこなしよ」
「そうねぇ、お前たちとても綺麗だもの。 殿下はどちらかなんて選べないかもしれないわねぇ」

 都で一番腕のいい職人にドレスを仕立ててもらい、それを身につけて、都で一番腕のいい美容師に髪を整えてもらい化粧をしてもらったらしい。 継姉たちのドレスには、――それほど仲がいいわけでもないのに――お揃いの、黒薔薇のコサージュがあしらわれている。
 これから女の戦場へと赴こうという継母と継姉たちの姿は、アシュリーの目には完全武装した魔術師のようにしか映らなかった。


 魔術師、とアシュリーは表したが、その実、この継母と継姉たちには魔力があり、魔術師と呼ばれる部類の人間だ。


 ここは、魔法が存在する世界。
 けれど、誰しもが魔法を使えるわけではない。
 魔力を持つ人間と、魔力を持たない人間。 それから、魔力を持つ動物と、持たない動物がおり、アシュリーの暮らす国には人獣族が保護されている地域もある。

 貴族には魔力持ちが多い、ということもあり、確かに各国の王族は膨大な魔力に恵まれている場合が多い。 だが、アシュリーは貴族の生まれではあるが、魔力を持たない人間だった。 
 アシュリーが魔力を持たない子どもだったために、母は親族連中から心ないことを言われ、心ない扱いを受けた。


 アシュリーが、母の不義の末に産まれた子であり、父の子ではないと言われていたのだ。


 だから母は、早くして亡くなってしまったのだと思うし、父はアシュリーと顔を合わせるのを避けるようになり、仕事に没頭するようになったのだと思う。 父は一年に一度か二度、領地から王都の屋敷に戻ってくればいいほうだ。
 そして、アシュリーがそんな父を責められないのも、母の死の一因が、自分にあるかもしれないという疑念を拭えないためだ。


 継姉たちの言うように、継姉たちが第一王子の妃になることも、ないとは言えないだろう。
 親族連中が、父の後妻にと迎えた女性は、父にとっては従姉にあたり強い魔力を持ったひとだったし、その連れ子の姉たちも例に漏れず強い魔力を持っていた。


 貴族の婚姻の場合に重視されるのが、血と魔力。
 なので、その点で言えば既に継姉たちは第一王子の妻となる権利を得ているといって差し支えない。


 だがなぜか、問題の第一王子は国王や臣下の勧める縁談には乗り気でなく、縁談を次から次へと断り、浮いた噂のひとつもない。 そんな第一王子に誰でもいいから選ばせるために、この舞踏会が開かれることになったということだ。

 自分たちの姿を三百六十度一回転して、姿見で確認し終えた継姉たちとその付き添いらしい継母の足が玄関へ向かう。 アシュリーは掃除の手を止めて見送りのために立ち上がった。


 アシュリーのこの家での立ち位置は、【家族】ではなく【召使い】に近いものだ。

 けれど、たまにしかこの屋敷に帰ってこない父は、そのことには気づいていない。 継母は狡猾で、父がいる間だけはアシュリーを【家族の一員】として扱ってくれるから。

 そして実は、父が普段は離れた領地にいることで安定しているのはアシュリーも一緒だ。
 遠くにいるから、たまにしか帰らないから、アシュリーの処遇に気づかずに、何も言わないのだと思っていられるのだ。 例えば父が、近くにいたとして、アシュリーの処遇に気づきながら何も言わないのだとしたら、アシュリーは絶望していたかもしれない。

 継母と継姉たちの先回りをして玄関の扉を開ければ、上の継姉がアシュリーの前で一度足を止めた。
「サンドリヨン。 お前も、舞踏会に行きたいと思っている?」

 意外なことを問われたアシュリーはきょとんとしてしまった。
「とんでもありません。 わたしのような者が、どうして舞踏会に行かれるというのでしょう」
 そっと目を伏せて、哀愁を漂わせる。

 ここで大切なのが、興味がないとか行きたくないという気持ちを見せないようにすることだ。
 行きたいのに行けない、という様子を見せることで、このひとたちは満足するのだから、そのように振る舞っていれば今以上に虐げられることはない。

 アシュリーの言葉を聞いて、下の継姉も笑った。
「あははは。 それはそうよね。 灰だらけの娘が舞踏会になんか、行けるはずないものね」

 意気揚々と、まるで踊るような足取りで二人の継姉たちが出ていくと、継母が通り過ぎざまに命じる。
「帰りは夜中になるから、起きていなさいね。 言われなくてもわかっていると思うけれど、夜食の用意と湯の用意をしておくのよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
 門前まで見送りに出たアシュリーは、馬車に乗り込むその後ろ姿まで見届けて、頭を下げる。

 そろそろ馬車が見えなくなっただろうか、と顔を上げれば馬車が路地の角を曲がったところだった。
 門を閉めてクルリと屋敷に向き直る。 屋敷へと向かう足取りが軽く、踊り出してしまいそうだ。 屋敷に入り、玄関の扉を閉めたアシュリーは思いきり伸びをした。
 思わず笑顔になってしまう。

「やっと行った…。 さて、何しようかな」
 誰もいないというのに、言葉が唇から零れるのは、誰も聞く者がいないと気が抜けるからなのだろう。

「今日は温かいお風呂に入れる。 お花屋さんがくれたポーションをいれよう。 夕飯も、今日は何にしようかな」
 まるで、歌でも口ずさむようになっているのも、理解している。
 滅多にないことだからこそ、継母と継姉たちが家を空けて、自由にできる時間はアシュリーにとって何よりも幸せなものなのだ。

 いつもは冷めかけた残り湯をもらうが、今日は温かいお風呂に入って、継母や継姉が帰るころにお湯を入れればいい。 彼女たちがいるときは、ほとんど残り物のような食事しか許されなかったが、今日は自分のための食事を作って食べられる。

 継母と継姉から「まるで灰を被ったよう」だと【灰かぶりサンドリヨン】と名付けられたアシュリーだが、別に毎日灰を被っているわけではない。

 使用人を雇うお金をけちった継母たちは、アシュリーを召し使いのように扱うが、それがよかったのだろうとアシュリーは思っている。 不潔な召使いが作った食事は食べたくない、洗った服は着たくない、という彼女たちのおかげで、アシュリーはお風呂に入ることは許された。 毎日きちんと洗濯をしたメイドの服を身につけることも許されている。

 雑巾とバケツを片づけて、手を洗いながらアシュリーは考えた。
 限られた時間なので、有効に使わなければならない。
 まずは夕食を作って食べて、お風呂に入ろう。
 それから仮眠を取って、深夜に帰ってくる継母と継姉たちを出迎えないといけない。
 そうと決まれば、とアシュリーは行動を開始したのである。


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