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第1章 サンドリヨンが王子様に捕まるまで
17.王子様は策士様です。
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捕まったら大変なことになる。
その確信が、アシュリーにはある。
アシュリーは犯罪者でも何でもないのだが、「捕まったら」という言葉が無意識に浮かぶほどの心境だった。 追い詰められている。
ああ、冷汗と動悸が止まらない。
アシュリーは別室の物陰で可能な限り息を潜める。
さて、継母の中では、王子様の【雲英雪の妖精】とアシュリーがイコールという図式が成り立っていない。 それゆえに継母は、王子様の要求を突っぱねてくれているし、自分の実の娘たちを王子様に売り込もうとしているらしい。 アシュリーが淹れた紅茶を継姉その一が運び、アシュリーが作ったクッキーを継姉その二が運び、王子様へ猛烈アピールをしている。
この辺の神経は、流石としか言い様がない。
だが、ここでアシュリーはふと気づいた。
昨夜も思ったが、王子様が気に入って婚約者にすると言ったのは、オリヴィエが魔法をかけたアシュリーなのだ。
今の魔法を解かれたアシュリーを見ても、【雲英雪の妖精】と気づかないに違いない。
例えば気づいたとしても、王子様が見初めた【雲英雪の妖精】とアシュリーが違いすぎることに失望して、百年の恋も冷めるのではないだろうか。
むしろ、会ってしまった方がよいのでは…!?
そんな考え事をしていたせいで、一瞬意識が逸れた。
手に持っていたケトルを流しに置く際に、こつんと小さな音が立った。
普段ならば気にも留めないような、音。
だが、この日は、「やってしまった」と思った。
「殿下、どちらへっ…!?」
「そちらはキッチンで、殿下の興味を引くようなものは、何もっ…」
継母と継姉の慌てふためいた声が聞こえる。
逃げなければ、と思ったのは本能。
考えるよりも先に身体が動いた。 移動魔法には敵わないが、自分でも驚くくらいの速さで裏口の扉に駆け寄り、そのドアノブに手をかけたときだった。
アシュリーが背を向けている、客間へと続く扉がばんっと音を立てて開く。
「見つけたよ、私の【雲英雪の妖精】」
甘くて、甘くて、昏くて、深い声に、全身の血の気が、ザッと音を立てて引くのがわかった。
金縛りに遭ったように、身体も動かない。
それが、アシュリーの意識の問題なのか、王子様が何か魔法を使ったためなのかはわからなかった。
言うまでもないと思うが、振り返ることなんて、とてもとてもできない。
嫌な汗が、肌に滲む。
背筋を、冷たいものが流れたような気がした。
重くて、甘い香りが近づいて、呼吸が辛くなるような気がする。
目の前が、昏くなって、崩れる、ような。
ああ、そう、貧血に似ている、と思ったときだ。
ふっと自分の身体が浮いた。
昨晩、舞踏会のあと、お手洗いまで連れて行かれるときの感覚と同じで、アシュリーはすぐに、自分が横抱き――姫抱きとは言いたくない――にされていることに気づいた。
「昨晩ぶりだね」
目と鼻の先で微笑む王子様に、アシュリーは自分の心臓が鼓動を止めるかと思ったほどだ。
断じて、恋だの愛だのといった、甘やかな感情のためではない。
どうして、なぜ、この王子様は、アシュリーを【雲英雪の妖精】と認識したのか、という驚きのためだ。
だが、アシュリーもいい加減往生際が悪い。
遠くの王子様より、王子様の向こうからアシュリーを物凄い形相で睨んでいる継母と継姉たちの方が怖かったとも言える。
「あの、何か、誰かとお人違いをされているようです」
ほとんど反射でその言葉が出た。
自分でも、よくしれっとその発言をぶちかませたと思う。
王子様はというと、一度きょとんとした顔をした後で、ふっと微笑んだ。
その笑みに、またもやアシュリーはぞっとする。
王子様の赤鉄鉱の瞳は、全く笑っていない。
「私を甘く見てもらっては困るよ。 私が君を間違う訳がないだろう?」
「っ…!」
愕然とした、としか言い様がない。
けれど、「オリヴィエどういうことですか!!?」と叫ばないだけの理性はアシュリーにもまだ残っていた。 ここでオリヴィエの名を呼んだら、話が更にややこしくなるような気がする。
誰に助けを求めれば救われるのか…!?
アシュリーが混乱の極みにいると、思わぬところから援護があった。
「殿下、昨晩の舞踏会には、この娘は参加しておりませんのよ」
「サンドリヨンになどお触れになっては、殿下が汚れてしまいますわ」
モンスター家族だ。
彼女たちの言う通りなので、早く下ろしていただきたいです!
声を上げかけて、アシュリーはぎくりとした。
「…灰かぶり?」
低く、小さな呟きが、耳に届いたからだ。
ほとんど、唇の動きだけ、吐息のような声だった。
だから、王子様に抱きかかえているアシュリーにしか届かなかったのだろう。
まだ何か言っているらしい継母や継姉たちに向き直って、王子様は優雅に笑む。
「いや、彼女に間違いないよ。私にはわかる」
優雅なのだが、有無を言わさぬ圧はさすが王子様だ。
そして王子様は、微笑んだままで、びっくりするようなことをまことしやかに語り始めたのだ。
「例えば、彼女がどうしても城の舞踏会に行きたかったとして、協力者がいたとして、貴女がたの目に彼女が彼女として映らないようにすることなど、朝飯前なんだよ」
王子様が言っていることは、半分が嘘で、半分が真実だ。
城の舞踏会になんて行きたくはなかったが、あの素敵なドレスに食指と興味が動いたのは事実。 協力者オリヴィエがいたし、アシュリーをアシュリーとして認識されない魔法だってかけてもらった。
だからアシュリーは咄嗟に反論できなかったし、殺気立って血走ったモンスター家族の視線を受けて言葉に窮したのである。
アシュリーは、優雅な微笑みをアシュリーに向ける王子様を、呆然と見つめ返すしかない。
どうして、そんな、火に油を注ぐようなことを仰るのか。
ここで、この家で、アシュリーは生き続けるしかないのに。
継母と継姉たちを敵に回して、どうやって生きて行けと?
そう思って、アシュリーは気づく。
ああ、なるほど。
この王子様は、アシュリーから帰る場所を奪おうとしているのか。
その確信が、アシュリーにはある。
アシュリーは犯罪者でも何でもないのだが、「捕まったら」という言葉が無意識に浮かぶほどの心境だった。 追い詰められている。
ああ、冷汗と動悸が止まらない。
アシュリーは別室の物陰で可能な限り息を潜める。
さて、継母の中では、王子様の【雲英雪の妖精】とアシュリーがイコールという図式が成り立っていない。 それゆえに継母は、王子様の要求を突っぱねてくれているし、自分の実の娘たちを王子様に売り込もうとしているらしい。 アシュリーが淹れた紅茶を継姉その一が運び、アシュリーが作ったクッキーを継姉その二が運び、王子様へ猛烈アピールをしている。
この辺の神経は、流石としか言い様がない。
だが、ここでアシュリーはふと気づいた。
昨夜も思ったが、王子様が気に入って婚約者にすると言ったのは、オリヴィエが魔法をかけたアシュリーなのだ。
今の魔法を解かれたアシュリーを見ても、【雲英雪の妖精】と気づかないに違いない。
例えば気づいたとしても、王子様が見初めた【雲英雪の妖精】とアシュリーが違いすぎることに失望して、百年の恋も冷めるのではないだろうか。
むしろ、会ってしまった方がよいのでは…!?
そんな考え事をしていたせいで、一瞬意識が逸れた。
手に持っていたケトルを流しに置く際に、こつんと小さな音が立った。
普段ならば気にも留めないような、音。
だが、この日は、「やってしまった」と思った。
「殿下、どちらへっ…!?」
「そちらはキッチンで、殿下の興味を引くようなものは、何もっ…」
継母と継姉の慌てふためいた声が聞こえる。
逃げなければ、と思ったのは本能。
考えるよりも先に身体が動いた。 移動魔法には敵わないが、自分でも驚くくらいの速さで裏口の扉に駆け寄り、そのドアノブに手をかけたときだった。
アシュリーが背を向けている、客間へと続く扉がばんっと音を立てて開く。
「見つけたよ、私の【雲英雪の妖精】」
甘くて、甘くて、昏くて、深い声に、全身の血の気が、ザッと音を立てて引くのがわかった。
金縛りに遭ったように、身体も動かない。
それが、アシュリーの意識の問題なのか、王子様が何か魔法を使ったためなのかはわからなかった。
言うまでもないと思うが、振り返ることなんて、とてもとてもできない。
嫌な汗が、肌に滲む。
背筋を、冷たいものが流れたような気がした。
重くて、甘い香りが近づいて、呼吸が辛くなるような気がする。
目の前が、昏くなって、崩れる、ような。
ああ、そう、貧血に似ている、と思ったときだ。
ふっと自分の身体が浮いた。
昨晩、舞踏会のあと、お手洗いまで連れて行かれるときの感覚と同じで、アシュリーはすぐに、自分が横抱き――姫抱きとは言いたくない――にされていることに気づいた。
「昨晩ぶりだね」
目と鼻の先で微笑む王子様に、アシュリーは自分の心臓が鼓動を止めるかと思ったほどだ。
断じて、恋だの愛だのといった、甘やかな感情のためではない。
どうして、なぜ、この王子様は、アシュリーを【雲英雪の妖精】と認識したのか、という驚きのためだ。
だが、アシュリーもいい加減往生際が悪い。
遠くの王子様より、王子様の向こうからアシュリーを物凄い形相で睨んでいる継母と継姉たちの方が怖かったとも言える。
「あの、何か、誰かとお人違いをされているようです」
ほとんど反射でその言葉が出た。
自分でも、よくしれっとその発言をぶちかませたと思う。
王子様はというと、一度きょとんとした顔をした後で、ふっと微笑んだ。
その笑みに、またもやアシュリーはぞっとする。
王子様の赤鉄鉱の瞳は、全く笑っていない。
「私を甘く見てもらっては困るよ。 私が君を間違う訳がないだろう?」
「っ…!」
愕然とした、としか言い様がない。
けれど、「オリヴィエどういうことですか!!?」と叫ばないだけの理性はアシュリーにもまだ残っていた。 ここでオリヴィエの名を呼んだら、話が更にややこしくなるような気がする。
誰に助けを求めれば救われるのか…!?
アシュリーが混乱の極みにいると、思わぬところから援護があった。
「殿下、昨晩の舞踏会には、この娘は参加しておりませんのよ」
「サンドリヨンになどお触れになっては、殿下が汚れてしまいますわ」
モンスター家族だ。
彼女たちの言う通りなので、早く下ろしていただきたいです!
声を上げかけて、アシュリーはぎくりとした。
「…灰かぶり?」
低く、小さな呟きが、耳に届いたからだ。
ほとんど、唇の動きだけ、吐息のような声だった。
だから、王子様に抱きかかえているアシュリーにしか届かなかったのだろう。
まだ何か言っているらしい継母や継姉たちに向き直って、王子様は優雅に笑む。
「いや、彼女に間違いないよ。私にはわかる」
優雅なのだが、有無を言わさぬ圧はさすが王子様だ。
そして王子様は、微笑んだままで、びっくりするようなことをまことしやかに語り始めたのだ。
「例えば、彼女がどうしても城の舞踏会に行きたかったとして、協力者がいたとして、貴女がたの目に彼女が彼女として映らないようにすることなど、朝飯前なんだよ」
王子様が言っていることは、半分が嘘で、半分が真実だ。
城の舞踏会になんて行きたくはなかったが、あの素敵なドレスに食指と興味が動いたのは事実。 協力者オリヴィエがいたし、アシュリーをアシュリーとして認識されない魔法だってかけてもらった。
だからアシュリーは咄嗟に反論できなかったし、殺気立って血走ったモンスター家族の視線を受けて言葉に窮したのである。
アシュリーは、優雅な微笑みをアシュリーに向ける王子様を、呆然と見つめ返すしかない。
どうして、そんな、火に油を注ぐようなことを仰るのか。
ここで、この家で、アシュリーは生き続けるしかないのに。
継母と継姉たちを敵に回して、どうやって生きて行けと?
そう思って、アシュリーは気づく。
ああ、なるほど。
この王子様は、アシュリーから帰る場所を奪おうとしているのか。
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