【R18】サンドリヨンの秘密

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第1章 サンドリヨンが王子様に捕まるまで

24.王子様は美しい思い出に浸っています。

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 その子は、とてもお行儀のよい子で、クレイディオが「食べていいよ」と言っても、クッキーにも飲み物にも口をつけなかった。
 クレイディオの手元に飲み物がくるのを待ってくれているのだろう、と何となく思った。

 彼女は、両親と共にお城に来たということだった。
 名前は、聞いても教えてくれなかった。 何でも、知らないひとに教えてはいけない、と教えられているからだそうだ。 そこで、クレイディオは自分の認識が誤っていたことに気づく。
 彼女は、クレイディオの手元に飲み物が来るのを待っているわけではなく、警戒しているのだろう。

 幼心に、それ以上根掘り葉掘り訊くのは得策ではないと考えたのかもしれない。
 だから、クレイディオはまずは、自分のことを彼女に知ってもらうことで、警戒を解いてもらおうとしたのだと思う。

 何を話したのかは覚えていない。
 とりとめもないような、脈絡もないようなことだった気がしないでもない。 とにかく、あのときのクレイディオは、緊張と警戒を解いてもらうことに必死だったのである。
 一生懸命話していると、コンコン、と扉が叩かれて、開かれた。

「殿下、その子のお母様をお連れしました。 それから、お飲み物です」
「まぁ、殿下と一緒にいたの」
 ヘルガと共に入室してきたのは、灰銀の髪と紫紺の瞳の優しそうな女性だった。
 その女性を目に留めると、可愛い妖精のような彼女の顔が輝いた。
「おかあさま」
「よかった、元気ね。 殿下、ありがとうございます。 わたくし、ゴーシュ・クリスタルヴァンの妻で、ミュリエルと申します。 なんとお礼を申し上げたらよいか…」

 クレイディオの妖精の母君は、ソファに腰を落ち着けるつもりはないようだ。
 話が終えたら、すぐに娘を連れ帰るつもりなのだろう。 ヘルガもヘルガで、クレイディオの前にグラスを置くと、部屋の隅に控える。
 よく知らない人間と、一国の王子を同じ部屋に置いておけないという心理はわかるが、今回くらい、と思ってしまう。

 悩んだのは、数瞬。 けれど、この機を逃してはならないと思ったのだ。
 クレイディオは立ち上がり、そして、膝を折って胸に手を当てた。


「礼に求めることが非礼なことはわかっているけれど、母上。 私は彼女を、妃に迎えたい」


 こんなに緊張したことが、今まであっただろうか。 いや、ない。
 本来ならば、クレイディオの気持ちひとつで口にしていいことではないのもわかっている。
 わかっているけれど、止められなかった。 きっと、これが恋なのだろう。

 部屋の隅に控えたヘルガは、ほとんど壁と同化しているようで何も言わない。
 クレイディオの妖精は、何の話をされているのかわかっていないかのように、無言だ。
 そして、母親であるミュリエルは、というと、少し困ったように微笑んで、そっとクレイディオを立たせるのだ。
「お立ちになっていただけますか、殿下。 殿下のお気持ちは、嬉しいのですけれど…。 申し訳ありません。 この子、殿下のお妃様にはなれませんわ」
 優しく、柔らかく、だけれど、クレイディオの希望は断られた。

 そのことはわかったのだけれど、認められなくて、クレイディオは食い下がる。
「どうして。 許婚でもいるのですか」
 クレイディオの悪あがきに、ミュリエルはますます、困ったような顔になった。
 そして、クレイディオをソファに座るよう促しながら、耳元でそっと囁いた。


「内緒ですよ? この子、男の子なんです」


 目を、見張った。
 信じられない思いで、ミュリエルを見返せば、ミュリエルは申し訳なさそうに微笑んで、クレイディオの妖精に手を伸べる。
「お父様が待っているから、帰りましょうね」
 ミュリエルがクレイディオの妖精に微笑めば、クレイディオの妖精も微笑み、ミュリエルの手を握り返して立ち上がる。
 クッキーにも、飲み物にも、手はつけられていなかった。


 その母子を引き留める術は知らない。
 引き留めたところで、何も変わらないのだ。
 だから、引き留めることはしない。


 だが、クレイディオにはひとつだけ、知っておきたいことがあった。
「母上、ひとつ、教えていただきたい」
「何です?」

「その子の髪の色は、何と言うんです? とても綺麗だ」
 目を眇めながら、クレイディオが問えば、ミュリエルは嬉しそうに笑ってその子の髪を撫でた。
「きらきら光って、まるで光を弾く雪原のようで綺麗でしょう。 わたくしは、雲母きら色と呼んでいます」


 途端に、そのイメージがクレイディオの目の前に広がった。
 まるで、触れたら溶ける、雪のような。


 その日から君は、私の、雲英雪きらゆきの妖精になったのだ。


 待ちに待った夕食の席で、クレイディオは父に訊いた。
「父上、お聞きしたいことがあります」
「なんだ、クレイ」


「どうして男と男は結婚できないのですか?」


 クレイディオの問いに、父は飲み物を吹き出しかけて噎せたし、母は肉を喉に詰まらせかけた。
 弟のオリヴィエは、「また何をおかしなことを…」と顔に書いている。


 不思議なことだが、クレイディオはあの雲英雪の妖精が、男の子だということにさほど衝撃は受けなかったのだ。 そもそも、妖精には性別がない。 納得した、といった方が正確かもしれない。
 クレイディオにとっては性別など、大した問題ではなかった。


 では、何に衝撃を受けたかと言えば、男と男が結婚できないという、この国の、この世界の仕組みに関して、だ。


 じっと答えを待つクレイディオに、父は長い、長い沈黙の後、このように答えた。
「………私たち人間という種の、存続のため、だろうか」


「…しゅの、そんぞく?」


 その頃は、まだその意味がわからなくて、クレイディオが首を傾げていると、おほん、とひとつ咳払いをし、父は続けた。
「男と男、女と女では子を成せない。 そうしたら、いつか我々は滅びてしまうだろう?」


 同じ性別を持つ者同士が、結婚できない理由は、子を成せないから。
 その答えは、クレイディオにとっては非常にシンプルで明快だった。
 その理論で行くと、同じ性別を持つ者同士の結婚など、簡単に可能になる。

 きっと、父が、男が男を好きになること、女が女を好きになること、それ自体を否定しなかったことにも、クレイディオは救われていたのだろうと、今なら思える。
 父の説明は、心の動きを問題にしたものではない。
 父は、同性が同性に恋する気持ちを認めた上で、けれど同性同士の結婚が認められていない理由を父なりに考えてくれたのだ。

 そして、その父の言葉は、クレイディオにはとてもわかりやすく、解法が簡単に導き出せるもの。
 クレイディオは、希望しか見えない未来に、満面の笑みを浮かべたのである。


「では、男と男、女と女でも、子が成せるようにすれば、結婚は可能になりますね!」


 クレイディオの発言に、今度こそ父は飲み物を吹き出し、母は肉を喉に詰まらせ、弟のオリヴィエは「こいつそもそも頭がおかしいんだった」と顔に書いた。

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