『だから、あの日、僕の声は届かなかった』

曇空

文字の大きさ
4 / 6

2月16日(火) 19:30

しおりを挟む
「やっぱり底冷えするね。」
彼女は顔を上げて空を仰ぎ見た。

彼女の携帯電話の画面には19:30と書かれていた。

「そろそろ始めよっか!」と言うなり、彼女は短い髪をピンでまとめて、右手には花火セット、左手にはバケツを手に取る。

「夏の残りだからさ、これくらいしかなかった…この時期だと、コンビニには売ってないんだよね。だから田舎は嫌なんだよ…」
と、まんざらでもない笑顔をしながら、花火セットの方を僕に手渡した。

それでも2人分とは思えないくらい沢山の『花火』があって、その色彩の広がりに僕は思わず見とれてしまった。実は僕は今まで一度も花火をしたことも、見たこともなかった。唯一知っている『花火』はテレビで見た花火大会だけで、種類や火の付け方も全く知らないといってもいいほど無知であった。

だからこそ、『花火』は、僕にとって憧れの対象でもあった。

「大丈夫!私が、全部教えるから!」
僕のそんな様子を横目に、彼女は胸を張って自信たっぷりに言った。

こんな僕でも少しは何かできるかなとは思っていたが、早速彼女がバケツにいっぱいの水を汲むのと同時に、ライターでろうそくに火を着けているのを見て、小さく頷き、任せることにした。

「初めはね…これ!」
と言って、1本の長めの鮮やかな色をした棒を取り出した。
その棒には片方にピンク色のペラペラした紙がついており、片方は細くなっていた。

「こっちに火をつけるから、細い方を持って。」
彼女に言われるまま、棒を持って…


「シュバーーーーー!」


彼女は唐突に叫んだ。

僕は、何が起きたのかわからなくて…息をするのも忘れて、その場にへたってしまった。そんな僕を見て、彼女は一人で大爆笑していた。僕は立とうとしたのだけれども、全く力が入らなかった。立ち方を忘れてしまったのか、どこに力を入れたらいいのかわからない。
ひとしきり笑った彼女は、しゃがみながら「ごめん、ごめん」と笑っていた。生まれたての子鹿のような非力な自分の姿に、僕も思わず笑ってしまっていた。

「それじゃあ、仕切り直しで…火をつけて。」
いつのまにか落としていた花火を僕に手渡し、彼女はそのまま僕の手を握って、ペラペラの紙をろうそくの近くへと運んでいった。
ピンク色のペラペラに火がつく。ボワっとついた火は、小さくなりゆっくりと棒を登っていく。

一瞬消えたのかなと思える静寂が訪れ…


「シュバーーーーー!」


本物の花火の音が、僕の耳に鳴り響いた。
さっきまでの火からは想像できないような、思わず手を話してしまいそうになるような勢いで光が放たれていく。この細い棒のどこにそんなエネルギーがあるのだろうか。そんなことを冷静に考えてしまうほどに、僕は輝きに魅了されていた。
と、突如辺りが暗くなる。花火がこんないきなりに終わるものだなんて思いもしなかった。

思わず彼女の方を振り向いた僕に
「次は、これにしよう!」
同じような棒を手に取り僕に渡した。

それから二人は夢中になった。いくつかの光の種子は湿気てその生命を終えてしまっていたが、か細く今日まで生き延びてきたモノたちは凛とした極寒の空の下で七色の饗宴を催していた。光の宴の中に、笑い声だけが響いていた。
あれだけ沢山の花火が入っているように見えたけれども、袋ん中はあっという間に空になっていった。

最後に残った一番細い花火。それを手に取った僕に彼女は
「もう最後だね…これが 
と言って、彼女は同じものを同じように手に取った。

「これはね、火がついたら手を動かしちゃダメだよ。絶対に火を落とさないようにね。小さな小さな
光を大切にね。」

二人して同時にろうそくに近づき、同じタイミングで火をつけた。
僕は絶対に動かないようにと緊張でガチガチに固まり、彼女はその様子を少し遠い目で見ていた。
線香花火は自らの火種をゆっくりと膨らませ、次第に大きくなっていく。

細さのあまり、あまり大きくなってしまうと落ちてしまうのではないかとハラハラし始めた時、
「パチパチ」と小さな音を立てて、オレンジ色の花が咲き始めた。四方八方に咲く橙灯花。
その姿、音、重さ全てが完璧に調和されて一つの花を咲かせていた。

今の二人に言葉は要らなかった。
ただ五感で、手にある光を、隣の人を、感じていたかった。
この儚く美しい時間に終わりが来るなんて、それが唐突だなんて思いもしなかった。

いきなりだった。
今までの無風をかき消すような、夢を冷ますような突風が、グッと二人を包み込んだのだ。
一瞬にして手に握られていた花は散り去り、ろうそくさえも生き絶えた。闇は一瞬にして、宴を呑み込んだ。
突風と暗闇でバランスを崩した僕は、思わずそこにいた彼女に捕まろうとしてしまった。


はずの、隣にいた彼女に。


しかし、僕の伸ばした右手は空気を掴んでいた。

彼女を掴むことができなかった。





僕は、その一瞬のことが理解できずに、倒れ込んでいた。
「終わっちゃったね。」
倒れ込んだ僕に、空から真っ白な彼女の声が降ってきた。その声は、誰の声かわからないくらいに震えていた。

「明日、23時に二人の場所に来て」
その声は、もう溶けて、泣いていた。いや、泣くことを隠すために存在していた。
だから、僕は見えない相手に頷いた。その時は、自分の頬に流れる冷い水滴に気がついていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

処理中です...