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2月16日(火) 19:30
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「やっぱり底冷えするね。」
彼女は顔を上げて空を仰ぎ見た。
彼女の携帯電話の画面には19:30と書かれていた。
「そろそろ始めよっか!」と言うなり、彼女は短い髪をピンでまとめて、右手には花火セット、左手にはバケツを手に取る。
「夏の残りだからさ、これくらいしかなかった…この時期だと、コンビニには売ってないんだよね。だから田舎は嫌なんだよ…」
と、まんざらでもない笑顔をしながら、花火セットの方を僕に手渡した。
それでも2人分とは思えないくらい沢山の『花火』があって、その色彩の広がりに僕は思わず見とれてしまった。実は僕は今まで一度も花火をしたことも、見たこともなかった。唯一知っている『花火』はテレビで見た花火大会だけで、種類や火の付け方も全く知らないといってもいいほど無知であった。
だからこそ、『花火』は、僕にとって憧れの対象でもあった。
「大丈夫!私が、全部教えるから!」
僕のそんな様子を横目に、彼女は胸を張って自信たっぷりに言った。
こんな僕でも少しは何かできるかなとは思っていたが、早速彼女がバケツにいっぱいの水を汲むのと同時に、ライターでろうそくに火を着けているのを見て、小さく頷き、任せることにした。
「初めはね…これ!」
と言って、1本の長めの鮮やかな色をした棒を取り出した。
その棒には片方にピンク色のペラペラした紙がついており、片方は細くなっていた。
「こっちに火をつけるから、細い方を持って。」
彼女に言われるまま、棒を持って…
「シュバーーーーー!」
彼女は唐突に叫んだ。
僕は、何が起きたのかわからなくて…息をするのも忘れて、その場にへたってしまった。そんな僕を見て、彼女は一人で大爆笑していた。僕は立とうとしたのだけれども、全く力が入らなかった。立ち方を忘れてしまったのか、どこに力を入れたらいいのかわからない。
ひとしきり笑った彼女は、しゃがみながら「ごめん、ごめん」と笑っていた。生まれたての子鹿のような非力な自分の姿に、僕も思わず笑ってしまっていた。
「それじゃあ、仕切り直しで…火をつけて。」
いつのまにか落としていた花火を僕に手渡し、彼女はそのまま僕の手を握って、ペラペラの紙をろうそくの近くへと運んでいった。
ピンク色のペラペラに火がつく。ボワっとついた火は、小さくなりゆっくりと棒を登っていく。
一瞬消えたのかなと思える静寂が訪れ…
「シュバーーーーー!」
本物の花火の音が、僕の耳に鳴り響いた。
さっきまでの火からは想像できないような、思わず手を話してしまいそうになるような勢いで光が放たれていく。この細い棒のどこにそんなエネルギーがあるのだろうか。そんなことを冷静に考えてしまうほどに、僕は輝きに魅了されていた。
と、突如辺りが暗くなる。花火がこんないきなりに終わるものだなんて思いもしなかった。
思わず彼女の方を振り向いた僕に
「次は、これにしよう!」
同じような棒を手に取り僕に渡した。
それから二人は夢中になった。いくつかの光の種子は湿気てその生命を終えてしまっていたが、か細く今日まで生き延びてきたモノたちは凛とした極寒の空の下で七色の饗宴を催していた。光の宴の中に、笑い声だけが響いていた。
あれだけ沢山の花火が入っているように見えたけれども、袋ん中はあっという間に空になっていった。
最後に残った一番細い花火。それを手に取った僕に彼女は
「もう最後だね…これが 最後の花火」
と言って、彼女は同じものを同じように手に取った。
「これはね、火がついたら手を動かしちゃダメだよ。絶対に火を落とさないようにね。小さな小さな
光を大切にね。」
二人して同時にろうそくに近づき、同じタイミングで火をつけた。
僕は絶対に動かないようにと緊張でガチガチに固まり、彼女はその様子を少し遠い目で見ていた。
線香花火は自らの火種をゆっくりと膨らませ、次第に大きくなっていく。
細さのあまり、あまり大きくなってしまうと落ちてしまうのではないかとハラハラし始めた時、
「パチパチ」と小さな音を立てて、オレンジ色の花が咲き始めた。四方八方に咲く橙灯花。
その姿、音、重さ全てが完璧に調和されて一つの花を咲かせていた。
今の二人に言葉は要らなかった。
ただ五感で、手にある光を、隣の人を、感じていたかった。
この儚く美しい時間に終わりが来るなんて、それが唐突だなんて思いもしなかった。
いきなりだった。
今までの無風をかき消すような、夢を冷ますような突風が、グッと二人を包み込んだのだ。
一瞬にして手に握られていた花は散り去り、ろうそくさえも生き絶えた。闇は一瞬にして、宴を呑み込んだ。
突風と暗闇でバランスを崩した僕は、思わずそこにいた彼女に捕まろうとしてしまった。
間違いなくいるはずの、隣にいた彼女に。
しかし、僕の伸ばした右手は空気を掴んでいた。
彼女を掴むことができなかった。
何も掴むことができていなかった。
僕は、その一瞬のことが理解できずに、倒れ込んでいた。
「終わっちゃったね。」
倒れ込んだ僕に、空から真っ白な彼女の声が降ってきた。その声は、誰の声かわからないくらいに震えていた。
「明日、23時に二人の場所に来て」
その声は、もう溶けて、泣いていた。いや、泣くことを隠すために存在していた。
だから、僕は見えない相手に頷いた。その時は、自分の頬に流れる冷い水滴に気がついていなかった。
彼女は顔を上げて空を仰ぎ見た。
彼女の携帯電話の画面には19:30と書かれていた。
「そろそろ始めよっか!」と言うなり、彼女は短い髪をピンでまとめて、右手には花火セット、左手にはバケツを手に取る。
「夏の残りだからさ、これくらいしかなかった…この時期だと、コンビニには売ってないんだよね。だから田舎は嫌なんだよ…」
と、まんざらでもない笑顔をしながら、花火セットの方を僕に手渡した。
それでも2人分とは思えないくらい沢山の『花火』があって、その色彩の広がりに僕は思わず見とれてしまった。実は僕は今まで一度も花火をしたことも、見たこともなかった。唯一知っている『花火』はテレビで見た花火大会だけで、種類や火の付け方も全く知らないといってもいいほど無知であった。
だからこそ、『花火』は、僕にとって憧れの対象でもあった。
「大丈夫!私が、全部教えるから!」
僕のそんな様子を横目に、彼女は胸を張って自信たっぷりに言った。
こんな僕でも少しは何かできるかなとは思っていたが、早速彼女がバケツにいっぱいの水を汲むのと同時に、ライターでろうそくに火を着けているのを見て、小さく頷き、任せることにした。
「初めはね…これ!」
と言って、1本の長めの鮮やかな色をした棒を取り出した。
その棒には片方にピンク色のペラペラした紙がついており、片方は細くなっていた。
「こっちに火をつけるから、細い方を持って。」
彼女に言われるまま、棒を持って…
「シュバーーーーー!」
彼女は唐突に叫んだ。
僕は、何が起きたのかわからなくて…息をするのも忘れて、その場にへたってしまった。そんな僕を見て、彼女は一人で大爆笑していた。僕は立とうとしたのだけれども、全く力が入らなかった。立ち方を忘れてしまったのか、どこに力を入れたらいいのかわからない。
ひとしきり笑った彼女は、しゃがみながら「ごめん、ごめん」と笑っていた。生まれたての子鹿のような非力な自分の姿に、僕も思わず笑ってしまっていた。
「それじゃあ、仕切り直しで…火をつけて。」
いつのまにか落としていた花火を僕に手渡し、彼女はそのまま僕の手を握って、ペラペラの紙をろうそくの近くへと運んでいった。
ピンク色のペラペラに火がつく。ボワっとついた火は、小さくなりゆっくりと棒を登っていく。
一瞬消えたのかなと思える静寂が訪れ…
「シュバーーーーー!」
本物の花火の音が、僕の耳に鳴り響いた。
さっきまでの火からは想像できないような、思わず手を話してしまいそうになるような勢いで光が放たれていく。この細い棒のどこにそんなエネルギーがあるのだろうか。そんなことを冷静に考えてしまうほどに、僕は輝きに魅了されていた。
と、突如辺りが暗くなる。花火がこんないきなりに終わるものだなんて思いもしなかった。
思わず彼女の方を振り向いた僕に
「次は、これにしよう!」
同じような棒を手に取り僕に渡した。
それから二人は夢中になった。いくつかの光の種子は湿気てその生命を終えてしまっていたが、か細く今日まで生き延びてきたモノたちは凛とした極寒の空の下で七色の饗宴を催していた。光の宴の中に、笑い声だけが響いていた。
あれだけ沢山の花火が入っているように見えたけれども、袋ん中はあっという間に空になっていった。
最後に残った一番細い花火。それを手に取った僕に彼女は
「もう最後だね…これが 最後の花火」
と言って、彼女は同じものを同じように手に取った。
「これはね、火がついたら手を動かしちゃダメだよ。絶対に火を落とさないようにね。小さな小さな
光を大切にね。」
二人して同時にろうそくに近づき、同じタイミングで火をつけた。
僕は絶対に動かないようにと緊張でガチガチに固まり、彼女はその様子を少し遠い目で見ていた。
線香花火は自らの火種をゆっくりと膨らませ、次第に大きくなっていく。
細さのあまり、あまり大きくなってしまうと落ちてしまうのではないかとハラハラし始めた時、
「パチパチ」と小さな音を立てて、オレンジ色の花が咲き始めた。四方八方に咲く橙灯花。
その姿、音、重さ全てが完璧に調和されて一つの花を咲かせていた。
今の二人に言葉は要らなかった。
ただ五感で、手にある光を、隣の人を、感じていたかった。
この儚く美しい時間に終わりが来るなんて、それが唐突だなんて思いもしなかった。
いきなりだった。
今までの無風をかき消すような、夢を冷ますような突風が、グッと二人を包み込んだのだ。
一瞬にして手に握られていた花は散り去り、ろうそくさえも生き絶えた。闇は一瞬にして、宴を呑み込んだ。
突風と暗闇でバランスを崩した僕は、思わずそこにいた彼女に捕まろうとしてしまった。
間違いなくいるはずの、隣にいた彼女に。
しかし、僕の伸ばした右手は空気を掴んでいた。
彼女を掴むことができなかった。
何も掴むことができていなかった。
僕は、その一瞬のことが理解できずに、倒れ込んでいた。
「終わっちゃったね。」
倒れ込んだ僕に、空から真っ白な彼女の声が降ってきた。その声は、誰の声かわからないくらいに震えていた。
「明日、23時に二人の場所に来て」
その声は、もう溶けて、泣いていた。いや、泣くことを隠すために存在していた。
だから、僕は見えない相手に頷いた。その時は、自分の頬に流れる冷い水滴に気がついていなかった。
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