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10、束の間の日常
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「いい日和だな」
「そうね」
篝に肩をかされながら、明久はゆっくりと縁側を歩いていた。
空は雲一つない快晴で、柔らかい日差しが降り注いでいる。
夜月との斬り合いから、もう一週間程が経っていた。
怪我をして数日は布団から起き上がるのもきつかったが、確かに怪我の治りは早いようで、一週間もすればそれなりに歩き回ることもできていた。
しかしまだ、一歩歩いただけで衝撃が肩に響き、思わず顔をしかめるほどの痛みがはしったりはする。完治とまでは言えなかった。
できれば治りきるまで寝たままのほうがいいのだろうが、寝たきりで体がなまるのを嫌った明久は、日に数時間は笹雪邸を歩き回ることにしていたのだ。
その際には気を利かせた篝が肩を貸して付き合ってくれる。篝はこれでなかなか、気立てのいい所があった。
「はぁ、なんであたしがあんたのリハビリに付き合わないといけないのよ」
口ではこう言うが、こちらが頼む前にごく自然に肩を貸したのは篝の方だ。
「すまない、迷惑をかける」
「いや、別に、本当に嫌がってる訳じゃないけど……」
明久ももう篝の扱いになれていた。彼女が憎まれ口を叩く時は素直に反応すればいいのだ。そうするとバツが悪そうに自分の言葉を否定してくる。
ようするに、彼女は見た目通り多感で素直になれない年頃の娘ということなのだろう。五百年も前に生まれた妖刀の精神がそんな少女というのは、少しばかり威厳にかける気がするものの、明久は篝のこのような性格は気に入っていた。
今はいない妹も、思春期を迎えた頃にはこう素直じゃなかったものだ。
「なに笑ってるのよ」
「少しおかしくてな」
「……はぁ? 意味分かんないんだけど……」
ふと明久は、失った家族のことを思い出しても気分が沈んでいないことに気づいた。
それは冷徹というよりも、くさびのように突き刺さっていたものが抜けて、心が冷静に事実を受け入れているだけであった。
――やはり俺は、変わったのか?
自身の変化は自分では分からないもの。明久は詮ない疑問だとばかりに頭をふった。
「そろそろあんたの部屋に戻りましょう。歩きすぎは怪我の治りを悪くするわよ」
「ああ、そうだな」
肩を貸す篝に先導されて、明久はゆっくりと歩いて行った。
ようやく部屋に戻って気を抜くと、軽い痛みが肩にはしる。やはり無理は禁物なようだ。
「なに、痛いの?」
心配そうに下から見上げられて、明久は問題ないと首をふった。
その動きがいけなかったのだろうか。突如肩に突き刺さるような激痛がはしり、軽くよろめく。
不幸は連鎖するものなのか、よろめかせた足をもつれさせ、明久は大きく体勢を崩して倒れかけた。
「ちょっと、なにしてんの」
倒れようとする明久を庇うように、篝が彼の体を支えようとした。
しかしそのままバランスを崩した明久の体を支えきれず、篝は明久の下敷きとなった。
「きゃっ……」
必然的に、篝は布団の上で明久に押し倒されるような形となる。
顔と顔が近い。篝の息づかいを感じて、明久は少しうろたえた。
わずかに巫女装束が乱れ、胸元が少しばかり露わになっている。細い首に、見た目相応に骨が浮き出た鎖骨。首元にほくろがあるのに気付いて、明久は人の姿に化けていると、こういう個性もしっかりあるのかと思った。
「は……早くどきなさいよー!」
「すまん……」
片腕を使えない状況で、下でじたばたと体を揺らす篝の動きに難儀しながらようやく明久は立ち上がった。
篝は体が自由になるとすぐに乱れた衣服を整えた。
顔を赤らめながら明久の視線を避けるようにするその仕草は、どことなく可憐だった。
しかし彼女はすぐキッと目をきつくして、明久を睨む。
「け、けが人じゃなかったらただじゃおかなかったんだから!」
篝の目には薄らと涙が浮かんでいた。あくまでこれは事故なのだが、なぜか猛烈な罪悪感に襲われてしまう。
このままではまずい。明久は本能的に、篝の怒りが尾を引きそうな匂いを感じていた。どうにか機嫌を直してもらわないと後々ややこしいことになるかもしれない。
こういう時は、褒めるのが一番だろう。明久は短絡的にそう考えた。普段刀を握ることしか考えてない彼からしたら、それは妙案のように思えた。
――だがどこを褒める? 誤った判断をすると火に油を注ぐ結果になることも……。
考えに考え抜いた明久は、ようやく口を開いた。
「篝」
「なによ」
「綺麗な肌をしていた」
「……」
「……聞こえなかったか? ならもう一度言う。綺麗な……」
「うるさいっ!」
顔を朱に染めた篝が、思いっきりジャンプして勢いそのままに明久の頭をはたいた。
そのまま溢れる怒りを抑えられないと言うように、荒々しくふすまを開けて出ていく。
明らかに篝の怒りに火を入れてしまったようだ。
「なにが間違っていた……?」
「あなたはもしかしてとんでもないアホなのですか?」
突然後ろから声をかけられて、明久は反射的に振り向いた。声は出さなかったものの、その顔は驚愕に歪んでいる。
背後から声をかけたのは、夜月だった。
「夜月……いたのか」
「ええ、先ほどから。正確には、あなたが篝を押し倒したところから」
金色の瞳でじとりと湿った視線を向けてくる。なにやら色々とややこしいことになりそうな予感を抱いて、明久は困ったように目を伏せた。
「違う、誤解だ」
「誤解? なにがですか?」
「押し倒した訳でも、下心があったわけではない」
「……はぁ」
「全て偶然だ。お前が思っていることはなにもない」
「おや、あなたは私の心が読めるのですか?」
じわりと明久の頬に冷や汗が浮かんだ。
夜月は声を荒げてこそいないものの、どこかその声色には怒気が滲んでいるように思える。
「いいか、俺からしたらお前たちは年端もいかない少女にしか見えない。だから俺はお前たちになんらかの感情を抱いてはいない。そもそも、俺にそういう性癖はない」
「……つまり、あなたは私たちくらいの姿かたちの子が好きとか、そういった病はない……と、そう言いたいのですか?」
「そうだ!」
「あなたは真面目な顔をしてなにを言っているのです」
夜月は呆れたように肩をすくめた。
「正直面と向かってこう言うと逆にごまかしているように聞こえるかもしれないが、俺は嘘を言っていない」
「では、先ほど篝の肌を見た時もなにも感じなかったと?」
「肌を見たという言い方は少し語弊がある。ただ鎖骨を凝視しただけだ」
「凝視、したのですか」
「失言だ。聞かなかったことにしてくれ」
「凝視、したのですね。篝の鎖骨」
「……」
「したのですね?」
「明確に凝視したかどうかは言いたくない」
「先ほど篝に綺麗な肌をしていたと言っていましたが?」
「……それは事実だ」
「見てるじゃないですか!」
夜月は思いっきり飛び上がって明久の頭をすぱんと叩いた。こういう所作は篝と非常に似ている。
「やはり人間は油断なりませんね。まさか私の姉に手を出そうとするとは……」
「だから誤解だと……姉……?」
夜月の言葉に引っかかり、明久は怪訝な顔をした。
「聞いているでしょう、私たちは姉妹剣。ならば人の姿を取る今、本当に姉妹と言っても過言ではありません」
「いや、それは知っている。だが、少し引っかかった」
「なにがですか?」
夜月は小首を傾げた。
「お前は、二人の姉じゃないのか?」
夜月は、やれやれなにを言ってるのかという風に肩をすくめた。
「見ての通り、私は三女です」
「……」
「なんですか、その顔は」
「……どこをどう見たらお前が三女だと分かるんだ?」
「それは……身長とか、胸とかでしょうか?」
「お前たち三人はどれも大差がない!」
うろたえるあまり明久は思わず大きい声になる。
「ありえない。なぜ一番落ち着いているお前が三女なんだ……!」
「もう、さっきからお兄ちゃんうるさいよ」
「明久、うるさい!」
ぴしゃりとふすまが開け放たれ、抗議と共に初音と篝が寝室に入ってくる。
明久の驚いた声は、静かな家屋に響き渡っていたようだ。
「ちょうどいい二人とも、さっきから夜月が世迷言を言って困っているんだ」
「世迷言など言ってません。無礼ですね」
むっと眉を寄せた夜月を無視して、明久は初音たちに話しかけた。
「お前たちは姉妹剣、ということは誰が姉で誰が妹かという概念があるはずだ」
「うん、あるけど?」
それがなに? と初音が目で訴えかけてくる。
「正直に言ってくれ、夜月が姉で、お前たちが妹なんだろう?」
「は? 違うけど?」
なに言ってるのこの男とばかりに、篝が冷たく言い放った。
「夜月が姉って、なに言ってるの? どうみても一番下の妹じゃない」
「だからどこを見たらそうなるんだ!?」
「それは……身長とか、むね……」
「それはもういい!」
明久は現実を受け入れられないあまり、慌ただしく三人の顔を次々に見た。
「……どう見ても夜月が姉だろう? 見ろこの金色の瞳に冷静で落ち着いた顔を!」
「金色の瞳はなんの関係もないでしょ」
「見ろ、初音のこの締まりのない顔を。これが姉の顔か?」
「えへへー」
くったくのない初音の笑みを見て、篝も思うことがあったのか小さくうなだれた。
「……まあ、初音が夜月の姉って言われて戸惑っちゃう気持ちは、私にも分かるけど」
「なにを言っている。お前もだ」
「ふあっ!? あ、あたしも?」
「ああ、お前が夜月の姉ということも信じられない」
「……ちなみにですが、最初に打たれたのは初音です。なので初音が長女、篝が次女のようなものですね」
「これ以上俺を驚かせないでくれ。傷に響く!」
迫真の顔で言われて、三人は呆れたようにため息を出した。
「傷に響くんなら大声出さないでよ、もう」
「そうだよ、お兄ちゃん驚きすぎだよー」
初音は自分が二人の姉に見えないと言われたことが嫌だったのか、膨れ面をしてみせた。
「……そうだな、少し、冷静さを欠いた。俺の中の概念が壊されてつい……」
「なに頭悪いことを言ってるのよ」
ゆっくりと深呼吸して、明久は心を落ち着けた。
冷静になって考えてみれば、初期に打った刀より後になって打った刀の方が出来がいいのはそう珍しくないのかもしれない。
ならば一番落ち着きがある夜月の方が後に作られた刀で、最初期に作られたのがお気楽な初音というのも頷ける。明久はそう考えて心の平穏を保とうとした。
「……お兄ちゃん、今とても失礼なこと考えてない?」
なぜかこういう時は目ざとく明久の心の内を読む初音。明久は図星を突かれて言葉が出てこなかった。
「……お兄ちゃん~?」
「いや、その……あ、すまない、肩が痛くなってきた……少し横にならせてもらう」
「明らかに逃げましたね」
夜月が意地悪く唇を歪めた。
「明久、なに本当に寝ようとしてるのよ。もうすぐ昼食の時間よ。ちゃっちゃと作ってくるから居間に行って大人しくしてなさい」
「あ、私も手伝うよ篝ちゃん」
二人が部屋から出ていき、ほどなくして台所で料理をする小さい音が耳に届いてきた。明久は言われた通り、夜月に肩を貸してもらい居間に向かった。
「そうね」
篝に肩をかされながら、明久はゆっくりと縁側を歩いていた。
空は雲一つない快晴で、柔らかい日差しが降り注いでいる。
夜月との斬り合いから、もう一週間程が経っていた。
怪我をして数日は布団から起き上がるのもきつかったが、確かに怪我の治りは早いようで、一週間もすればそれなりに歩き回ることもできていた。
しかしまだ、一歩歩いただけで衝撃が肩に響き、思わず顔をしかめるほどの痛みがはしったりはする。完治とまでは言えなかった。
できれば治りきるまで寝たままのほうがいいのだろうが、寝たきりで体がなまるのを嫌った明久は、日に数時間は笹雪邸を歩き回ることにしていたのだ。
その際には気を利かせた篝が肩を貸して付き合ってくれる。篝はこれでなかなか、気立てのいい所があった。
「はぁ、なんであたしがあんたのリハビリに付き合わないといけないのよ」
口ではこう言うが、こちらが頼む前にごく自然に肩を貸したのは篝の方だ。
「すまない、迷惑をかける」
「いや、別に、本当に嫌がってる訳じゃないけど……」
明久ももう篝の扱いになれていた。彼女が憎まれ口を叩く時は素直に反応すればいいのだ。そうするとバツが悪そうに自分の言葉を否定してくる。
ようするに、彼女は見た目通り多感で素直になれない年頃の娘ということなのだろう。五百年も前に生まれた妖刀の精神がそんな少女というのは、少しばかり威厳にかける気がするものの、明久は篝のこのような性格は気に入っていた。
今はいない妹も、思春期を迎えた頃にはこう素直じゃなかったものだ。
「なに笑ってるのよ」
「少しおかしくてな」
「……はぁ? 意味分かんないんだけど……」
ふと明久は、失った家族のことを思い出しても気分が沈んでいないことに気づいた。
それは冷徹というよりも、くさびのように突き刺さっていたものが抜けて、心が冷静に事実を受け入れているだけであった。
――やはり俺は、変わったのか?
自身の変化は自分では分からないもの。明久は詮ない疑問だとばかりに頭をふった。
「そろそろあんたの部屋に戻りましょう。歩きすぎは怪我の治りを悪くするわよ」
「ああ、そうだな」
肩を貸す篝に先導されて、明久はゆっくりと歩いて行った。
ようやく部屋に戻って気を抜くと、軽い痛みが肩にはしる。やはり無理は禁物なようだ。
「なに、痛いの?」
心配そうに下から見上げられて、明久は問題ないと首をふった。
その動きがいけなかったのだろうか。突如肩に突き刺さるような激痛がはしり、軽くよろめく。
不幸は連鎖するものなのか、よろめかせた足をもつれさせ、明久は大きく体勢を崩して倒れかけた。
「ちょっと、なにしてんの」
倒れようとする明久を庇うように、篝が彼の体を支えようとした。
しかしそのままバランスを崩した明久の体を支えきれず、篝は明久の下敷きとなった。
「きゃっ……」
必然的に、篝は布団の上で明久に押し倒されるような形となる。
顔と顔が近い。篝の息づかいを感じて、明久は少しうろたえた。
わずかに巫女装束が乱れ、胸元が少しばかり露わになっている。細い首に、見た目相応に骨が浮き出た鎖骨。首元にほくろがあるのに気付いて、明久は人の姿に化けていると、こういう個性もしっかりあるのかと思った。
「は……早くどきなさいよー!」
「すまん……」
片腕を使えない状況で、下でじたばたと体を揺らす篝の動きに難儀しながらようやく明久は立ち上がった。
篝は体が自由になるとすぐに乱れた衣服を整えた。
顔を赤らめながら明久の視線を避けるようにするその仕草は、どことなく可憐だった。
しかし彼女はすぐキッと目をきつくして、明久を睨む。
「け、けが人じゃなかったらただじゃおかなかったんだから!」
篝の目には薄らと涙が浮かんでいた。あくまでこれは事故なのだが、なぜか猛烈な罪悪感に襲われてしまう。
このままではまずい。明久は本能的に、篝の怒りが尾を引きそうな匂いを感じていた。どうにか機嫌を直してもらわないと後々ややこしいことになるかもしれない。
こういう時は、褒めるのが一番だろう。明久は短絡的にそう考えた。普段刀を握ることしか考えてない彼からしたら、それは妙案のように思えた。
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考えに考え抜いた明久は、ようやく口を開いた。
「篝」
「なによ」
「綺麗な肌をしていた」
「……」
「……聞こえなかったか? ならもう一度言う。綺麗な……」
「うるさいっ!」
顔を朱に染めた篝が、思いっきりジャンプして勢いそのままに明久の頭をはたいた。
そのまま溢れる怒りを抑えられないと言うように、荒々しくふすまを開けて出ていく。
明らかに篝の怒りに火を入れてしまったようだ。
「なにが間違っていた……?」
「あなたはもしかしてとんでもないアホなのですか?」
突然後ろから声をかけられて、明久は反射的に振り向いた。声は出さなかったものの、その顔は驚愕に歪んでいる。
背後から声をかけたのは、夜月だった。
「夜月……いたのか」
「ええ、先ほどから。正確には、あなたが篝を押し倒したところから」
金色の瞳でじとりと湿った視線を向けてくる。なにやら色々とややこしいことになりそうな予感を抱いて、明久は困ったように目を伏せた。
「違う、誤解だ」
「誤解? なにがですか?」
「押し倒した訳でも、下心があったわけではない」
「……はぁ」
「全て偶然だ。お前が思っていることはなにもない」
「おや、あなたは私の心が読めるのですか?」
じわりと明久の頬に冷や汗が浮かんだ。
夜月は声を荒げてこそいないものの、どこかその声色には怒気が滲んでいるように思える。
「いいか、俺からしたらお前たちは年端もいかない少女にしか見えない。だから俺はお前たちになんらかの感情を抱いてはいない。そもそも、俺にそういう性癖はない」
「……つまり、あなたは私たちくらいの姿かたちの子が好きとか、そういった病はない……と、そう言いたいのですか?」
「そうだ!」
「あなたは真面目な顔をしてなにを言っているのです」
夜月は呆れたように肩をすくめた。
「正直面と向かってこう言うと逆にごまかしているように聞こえるかもしれないが、俺は嘘を言っていない」
「では、先ほど篝の肌を見た時もなにも感じなかったと?」
「肌を見たという言い方は少し語弊がある。ただ鎖骨を凝視しただけだ」
「凝視、したのですか」
「失言だ。聞かなかったことにしてくれ」
「凝視、したのですね。篝の鎖骨」
「……」
「したのですね?」
「明確に凝視したかどうかは言いたくない」
「先ほど篝に綺麗な肌をしていたと言っていましたが?」
「……それは事実だ」
「見てるじゃないですか!」
夜月は思いっきり飛び上がって明久の頭をすぱんと叩いた。こういう所作は篝と非常に似ている。
「やはり人間は油断なりませんね。まさか私の姉に手を出そうとするとは……」
「だから誤解だと……姉……?」
夜月の言葉に引っかかり、明久は怪訝な顔をした。
「聞いているでしょう、私たちは姉妹剣。ならば人の姿を取る今、本当に姉妹と言っても過言ではありません」
「いや、それは知っている。だが、少し引っかかった」
「なにがですか?」
夜月は小首を傾げた。
「お前は、二人の姉じゃないのか?」
夜月は、やれやれなにを言ってるのかという風に肩をすくめた。
「見ての通り、私は三女です」
「……」
「なんですか、その顔は」
「……どこをどう見たらお前が三女だと分かるんだ?」
「それは……身長とか、胸とかでしょうか?」
「お前たち三人はどれも大差がない!」
うろたえるあまり明久は思わず大きい声になる。
「ありえない。なぜ一番落ち着いているお前が三女なんだ……!」
「もう、さっきからお兄ちゃんうるさいよ」
「明久、うるさい!」
ぴしゃりとふすまが開け放たれ、抗議と共に初音と篝が寝室に入ってくる。
明久の驚いた声は、静かな家屋に響き渡っていたようだ。
「ちょうどいい二人とも、さっきから夜月が世迷言を言って困っているんだ」
「世迷言など言ってません。無礼ですね」
むっと眉を寄せた夜月を無視して、明久は初音たちに話しかけた。
「お前たちは姉妹剣、ということは誰が姉で誰が妹かという概念があるはずだ」
「うん、あるけど?」
それがなに? と初音が目で訴えかけてくる。
「正直に言ってくれ、夜月が姉で、お前たちが妹なんだろう?」
「は? 違うけど?」
なに言ってるのこの男とばかりに、篝が冷たく言い放った。
「夜月が姉って、なに言ってるの? どうみても一番下の妹じゃない」
「だからどこを見たらそうなるんだ!?」
「それは……身長とか、むね……」
「それはもういい!」
明久は現実を受け入れられないあまり、慌ただしく三人の顔を次々に見た。
「……どう見ても夜月が姉だろう? 見ろこの金色の瞳に冷静で落ち着いた顔を!」
「金色の瞳はなんの関係もないでしょ」
「見ろ、初音のこの締まりのない顔を。これが姉の顔か?」
「えへへー」
くったくのない初音の笑みを見て、篝も思うことがあったのか小さくうなだれた。
「……まあ、初音が夜月の姉って言われて戸惑っちゃう気持ちは、私にも分かるけど」
「なにを言っている。お前もだ」
「ふあっ!? あ、あたしも?」
「ああ、お前が夜月の姉ということも信じられない」
「……ちなみにですが、最初に打たれたのは初音です。なので初音が長女、篝が次女のようなものですね」
「これ以上俺を驚かせないでくれ。傷に響く!」
迫真の顔で言われて、三人は呆れたようにため息を出した。
「傷に響くんなら大声出さないでよ、もう」
「そうだよ、お兄ちゃん驚きすぎだよー」
初音は自分が二人の姉に見えないと言われたことが嫌だったのか、膨れ面をしてみせた。
「……そうだな、少し、冷静さを欠いた。俺の中の概念が壊されてつい……」
「なに頭悪いことを言ってるのよ」
ゆっくりと深呼吸して、明久は心を落ち着けた。
冷静になって考えてみれば、初期に打った刀より後になって打った刀の方が出来がいいのはそう珍しくないのかもしれない。
ならば一番落ち着きがある夜月の方が後に作られた刀で、最初期に作られたのがお気楽な初音というのも頷ける。明久はそう考えて心の平穏を保とうとした。
「……お兄ちゃん、今とても失礼なこと考えてない?」
なぜかこういう時は目ざとく明久の心の内を読む初音。明久は図星を突かれて言葉が出てこなかった。
「……お兄ちゃん~?」
「いや、その……あ、すまない、肩が痛くなってきた……少し横にならせてもらう」
「明らかに逃げましたね」
夜月が意地悪く唇を歪めた。
「明久、なに本当に寝ようとしてるのよ。もうすぐ昼食の時間よ。ちゃっちゃと作ってくるから居間に行って大人しくしてなさい」
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