魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
5 / 185

5話、デスクラブのグラタン

しおりを挟む
 喫茶店で朝食を取った後私は、フェリクスの町を軽く観光していた。
 朝から昼に向けて時間が流れるにつれ、フェリクスの町は人で溢れていく。
 フェリクスの特徴は大きくて広い道路だ。太陽の光を反射するほど綺麗に磨かれた石畳で、馬車数台が並走できるくらいに広い。
 そこを数えきれないほどの人が歩くと、コツコツとかかとが鳴り大合唱が奏でられる。
 正直交通量と比べて道路が広すぎる気もするが、それだけ壮観な光景となっているのは事実。この大道路を観光するためだけにフェリクスの町にやってくる人もいるのだろう。

 私はその道路を目的もなく適当に歩き、目に入ったお店に入って気に入った小物類をなんとなくで購入していく。意外とこういうのも楽しいものだ。
 しかし今私は旅の途中なので、消費できない物をたくさん買うのはよろしくない。だから買ったのは紅茶の茶葉だったり、いくつかの調味料だったり。
 これなら野宿の際、保存食に味付けをしてちょっとは食事が楽しめそうだし、水さえあれば紅茶を楽しむことだってできる。

 ちなみに紅茶の茶葉は適当に複数見繕った。紅茶は結構飲むが、実はそこまで茶葉を意識したことはない。いつも弟子が淹れてくれていたから、そんなこと気にする必要も無かったのだ。色々飲んでどれが一番合うか試してみよう。
 調味料はとりあえず塩に、香辛料っぽいのを色々。おいしそうだな、と思った物を買っていく。
 こういうのはその時の気分だ。欲しいと思ったのを軽い気持ちで買えばいい。なんて、弟子が聞いたら呆れそうな考えで私は買い物をしていた。

 そしてようやく買い物を終えた頃には、お昼時になっていた。
 お腹も十分空いているし、お昼ごはんをどこで食べようかと色々お店を探して回る。
 フェリクスの町は広いので、これから何日か滞在するつもりだ。だからといって、一食を軽くは考えたくない。

 この旅の目的は色々なおいしい料理を楽しむということだ。
 今までは食べたことがあったり、まあこれはおいしいだろうというのを食べてきた。
 しかし今日は違う。せっかくだから普段なら挑戦しない料理が食べてみたい。
 そう思いながら町をうろついていたら、とある人気の無い一角に目が止まった。

「デスクラブ……専門店……?」

 そこにあったお店の看板にはそう書かれていた。
 デスクラブ……確か砂漠にいるカニだ。大きいハサミが特徴的で、砂の中から突然あらわれて人を襲うらしい。
 なかなか危険な生物らしく、こいつに襲われて命を落とす人も珍しくないとかなんとか。
 別名砂漠の死神。そんなデスクラブの……専門店?
 私も知識だけでその姿形はおぼろげなのだが、デスクラブは食用にもなるのだろうか。ちょっと想像できない。

 普段とは違う料理を食べたい。そういう気持ちがあるせいで少し気になるけど、この店なんかまともじゃない気もするので、頭の中で警鐘が鳴っている。
 どうしよう……お昼はデスクラブ? 私、人襲うカニを食べるの?
 どうして今日こんな気分の時に限ってこのお店が偶然目に入ってしまったのだろう。いや、普段食べないものに挑戦したい、その意気込みがあったからこそ目についたのかもしれない。

 好意的に考えれば、これもある意味旅の出会いと言えるのかもしれない。
 これからまだまだ続くであろう私の旅。その道中でこんな変な料理店を見つけることも多々あるだろう。
 その時私は、普段食べないからといって避け続けるのだろうか? でもそれでは色々なごはんを食べるために旅をしている意味が無い。こういう変な料理を食べてこその私の旅じゃないか。
 そうやって自分を鼓舞し、思いきってデスクラブ専門店に足を踏み入れた。ああ、もう戻れない。

「オー、イラッシャイ」

 店内に入ってすぐ私を出迎えたのは、色黒で背が大きい店主だった。しかも片言だ。この人には悪いけど、なんだかすごく怪しい人に見える。
 この時点で私はやってしまった気持ちでいっぱいになるが、今さら引き返すわけにはいかない。
 毒を食らわば皿まで。お店に入ったのだからちゃんと食べよう。食べるしかない。
 店内を見回してみるが、意外と言うべきか普通の内装をしていた。
 テーブル席がいくつかあるが、このお昼時にお客は空。……やっぱりと言うべきか、そんなに人気は無いお店なのかもしれない。

 ひとまず入口近くの席に私は腰かけた。そしてテーブルの上に置いてあったメニューを眺めてみる。
 デスクラブのスープ、デスクラブのシチュー、茹でデスクラブ、デスクラブのグラタン。
 さすが専門店。どれを見てもデスクラブばかりだ。できれば少しくらい普通の料理も置いて欲しかった。
 しかしこれで私はデスクラブという食材から逃げられなくなった。……いや、本当に食材なのかなあれ。デスクラブって食べられる生物なの?

 とりあえず注文はグラタンに決めた。まろやかなホワイトソースにとろけたチーズが特徴的なグラタンなら、デスクラブを初めて食べる私でも大丈夫だろう。デスクラブの風味とかそういうのを包み込んでくれてそうだし。

「ええと……デスクラブのグラタンをひとつ」
「ハイヨッ」

 店内には店員がいないので、店主に直接注文する。すると彼はお店の入口付近に備え付けられたキッチンに行って料理を開始した。
 どうやらこのお店、この人一人で切り盛りしてるらしい。
 募る不安に耐えながら、グラスに入った水を飲んで時間を潰す。
 すると……。

「オ客サン、デスクラブハハジメテ?」
「え? ……はい、そうですね」
「デスクラブオイシイヨ。スッゴクオイシイヨ」
「へえ……そうなんですか」
「ウチノ実家ナンテネ、毎日デスクラブヲ食ベテルンダヨ」

 この店主さん、なぜか料理中にすごく話しかけてくる。別にいいのだけど、料理の方は大丈夫なのだろうか。

「デスクラブハネ、襲ッタ人間ノ数ガ多イホドオイシイッテ言ワレテイルヨ」

 ……突然なに言ってるんだろうこの人。なんだかすごく嫌な予感。

「ウチノデスクラブハ絶品ダヨ。オ客サンキット満足スルヨ」

 さすがに私は絶句してしまう。それ、完全に人を襲ったデスクラブを提供するって言ってるよね? 私、人襲い済みクラブを食べるのすごく怖いんだけど……っていうか絶対食べられない。

「ナンテ冗談ダヨ」

 心底びっくりしている私の顔が面白かったのか、店主は笑いながらそう言った。私は笑えなかった。
 なにこの人……すっごくやりづらい。
 思わず私は頭を抱えてしまう。ああ、帰りたい。やっぱりこんな怪しいお店に入るんじゃなかった。

「ハイ、デスクラブノグラタンダヨ」

 深い後悔に襲われているうちにデスクラブのグラタンは出来上がったようだ。
 テーブルの上に置かれたのはグラタン皿と、なんか大きなお皿。
 大きなお皿は空だけど、グラタン皿の方は当然グラタンが入っている。
 そしてなぜか、肝心のグラタンの上にはすごく大きいハサミが乗っかっていた。これ、もしかして……。

「上ニ乗ッテルノハデスクラブノハサミダヨ。ハサミハ食ベラレナイカラコノオ皿ニ入レテネ」

 ならなぜ乗っけているのだろう。飾り付けにしては……邪魔すぎる。本当に何なんだろう、このお店とこの店主さん。
 もう私はこの人の頭の中が分からず戦々恐々としていた。
 さっきの話だと実家ではデスクラブをよく食べるって言ってたし、文化とかがあまりにも違うのかもしれない。まだ旅を初めて一日そこらの私では、異文化に触れるのはさすがに早すぎる。

 とにかく早く食べてこのお店から出て行きたい。その一心で私はグラタンに手をつけた。
 言われた通り上に乗っかってるハサミは大皿に取り除く。本当、なんで入れてるんだこのハサミ。
 まずは警戒するようにフォークで軽くグラタンを突ついてみた。表面はチーズがいい感じに焦げているし、中は乳白色でクリーミーな感じだ。
 あれ、ハサミ無くなったら意外と見た目普通かも……。
 とにかくまずは一口。

 食べてみると、ホワイトソースとチーズのまろやかな味が口中に広がる。
 うん、これ普通のグラタンだ。ちょっとカニの風味がある。
 グラタンの中身は多分ポテトとマカロニ、それにこの細長いすじみたいなのは……これがデスクラブの身だろうか?
 なんだこれ。普通。普通のカニ風味のグラタンだ。
 おいしいっていえばおいしいけど、心理的なマイナスがあってなんか普通。

 意外にも普通な味に驚きつつ、私は黙々と食べ進めた。
 牛乳とかチーズとか、そういう乳製品を使った食べ物は割と好きな方だ。だから本当なにも言うことない。これはカニ風味の普通のグラタン。なかなかおいしい。
 ちょっと変わった料理を求めてこの店に来たのに、変なのは店主だけで料理はすごくまともだった。
 ……いや、いくらなんでも普通すぎるじゃないか。わざわざデスクラブを使わなくてもいい気がする。

 もしかして、料理が普通すぎるからデスクラブのハサミを入れてデスクラブ料理だとアピールしてたのだろうか?
 疑問に思ったけど、あえて店主さんには聞かなかった。また変なことを言われたら私の頭が混乱してしまう。
 そのまま何の問題もなく全部たいらげた私は、コップの水を飲み干して会計をすませる。

「マタキテネ」

 店主に見送られながら店外に出た私は、そのままお店から離れていった。
 大分お店が遠くなった頃、私はふとお店の方に振り向いてここまでずっと思っていた言葉を吐いた。

「……普通のカニで良くない?」

 あの料理、デスクラブ全然関係ない。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...