魔女リリアの旅ごはん

アーチ

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39話、水着と海鮮バーベキュー

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 窓からカーテン越しに夕日が差し込む宿屋の一室。
 そこで私は今、いそいそと水着に着替えていた。

「なんでこんなことに……」

 海辺の町エスティライトは、水着が日常服という文化を持っている。
 でもだからといって、旅で立ち寄った私が水着に着替えなければいけないという理由は無い。

 そもそも私は黒紫を基調にした魔女服が結構お気に入りだし、せっかくだから水着に着替えたいという欲求も持っていない。
 だというのに今水着に着替えているのは、全てエメラルダのせいだ。

 ケーキ屋さんでエメラルダと偶然会った後、ケーキを食べ終えたあの子は突然こう言ったのだ。
 せっかくだし、師匠に似合う水着を見繕ってあげようか?

 なにがせっかくなのか分からないし、水着に着替えるつもりもないので全力で断った私なのだが、エメラルダに適当にいなされたあげく町中を引っ張り回されて水着をプレゼントされてしまった。
 そして水着に着替えて来いと宿屋まで送られ、今こうして水着に着替え終えたわけだ。

 ……気が重い。

 エメラルダにプレゼントされた水着は、ワンピースタイプのものだった。
 しかもピンク色で可愛らしいやつ。
 エメラルダいわく、これが私に一番似合うらしい。

 ……確かに私の見た目は十五歳頃だし、似合うには似合うんだろうけど、何かすっきりしない。
 姿見で全体像を確認した私は改めてため息をつき、魔女帽子を被って部屋から出た。

 部屋の外で待っていたライラとエメラルダに出迎えられる。

「おっ、やっぱり似合ってるじゃん」
「そうね、可愛いわよリリア」

 褒めてくれるのは嬉しいのだが、やっぱりちょっと微妙な気持ち。

 水着ってさぁ、それなりにメリハリある体じゃないと映えないと思うんだよね。
 少なくとも私のような小さくて細いのは、水着映えしないと思う。自信もない。

 ちなみにエメラルダはビキニタイプの水着を着けている。こいつ、イヴァンナの影に隠れがちだけど意外とスタイル良いんだよ。
 それと見比べて私はまたため息をついた。

「なに暗い顔してんの?」
「エメラルダには分かんないよ、この気持ち」

 そう言うとエメラルダは首を傾げた。やっぱ分からないよね。

「水着は良いとして、二人ともその帽子は外す気ないの?」

 私とエメラルダ、両方の姿を交互に見ながら、ライラは不思議そうに言った。
 エメラルダも私も、水着なのに魔女帽子を着用したままだ。

 最初エメラルダの姿を見た時私は、どうして水着に魔女帽子を組み合わせてるんだ、と思ったのだが、いざ自分が水着になってみるとその気持ちが分かる。
 この帽子被ってないとちょっとしっくりこない。なんか……魔女感ないもん。

 だいたいこの町では水着が日常服だ。だったら水着であろうが魔女帽子を被っていて変なことはない。
 だってこれを被るのが魔女にとっての日常なのだから。

「この帽子は魔女の証だからね。外すって選択肢は無いよ」
「そうそう、師匠の言う通り」
「……ふーん」

 私たちが意地でも帽子は外さないという意思を見せると、ライラは訳分からないという気持ちを全く隠さない相づちを打ってくれた。なんか冷たい。

 しかし水着のタイプは違うといえ、二人とも魔女帽子を着けているとお揃いに見える。
 そのことにエメラルダも気づいたのか、にやっと笑った。

「へへー、師匠とペアルック」

 エメラルダやめて。猛烈に恥ずかしくなってくるからやめて。

「で? 水着に着替えたけどどうするの? もう夕暮れ時だよ。あ、言っとくけど私絶対泳がないから」
「別に泳ごうって訳じゃないよ。っていうか師匠泳げないでしょ」
「お、泳げないっていうか……多分泳ごうと思えば泳げる気もするけど?」
「いや、無理でしょ」

 辛辣な言葉だった。

「ま、とりあえずビーチに行こうよ。おいしいの食べさせてあげるからさ」

 エメラルダは得意気に笑って歩き出す。
 そろそろ夕暮れが過ぎて夜。このまま夕飯を食べようというつもりだろうか。
 私とライラは少し顔を見合わせた後、おとなしくエメラルダの後をついていくことにした。

 ビーチに着いた頃にはすっかり夜。空は暗いけど、ビーチには照明がいくつか建てられていて結構明るい。
 ビーチに着くや、エメラルダは私とライラを残してどこかに行ってしまった。すぐ戻ると言っていたが、何をしているのだろう。

 数分待った頃、エメラルダがようやく戻ってきた。なんかよく分からない器具と食べ物が入った袋をいくつか持って。

「なにそれ?」
「バーベキューの道具だよ」

 バーベキュー……野外で食材を焼く行為のことをそう呼んだりする。その辺りの屋台でも普通にやっていたりするので、そんなに珍しいことではない。
 でも自分たちでやってみるというのは初めてかもしれない。

「この辺ってバーベキュー用の器具を貸し出してくれるし、それ用の食材も結構売ってるんだよ。観光客とかに人気のサービスってわけ」

 確かに辺りを見回すと、複数人の観光客が楽しそうにバーベキューをやっていた。

「へえ、バーベキューか。結構楽しそうじゃん」
「でしょ? ただ匂いが服にうつったりするから、普段の服よりは水着の方がいいんだよ。汚れても大丈夫だし」

 それで私を水着に着替えさせたのか。

「よーし、じゃんじゃん焼くぞー」

 エメラルダは慣れた手つきで器具をセットし、薪に火をつけあっという間にバーベキューの準備を終えていた。
 もしかしてこの子……

「エメラルダ、何度かやったことあるでしょ?」
「うん、この町に来た時はだいたいバーベキューしてるよ。一人で」

 一人でかよ。
 この大勢の人の中、一人でバーベキューとか……鉄の心かこいつ。

「食材は海鮮系メインで買ってあるから、師匠たちも好きなように焼きなよ。ほら早く早く」

 よっぽどバーベキューが好きなのか、エメラルダはテンション高めだった。
 でもその気持ちは少し分かる。自分で食材を焼くのってちょっとワクワクする。

 エメラルダが買ってきた食材は、ホタテ、エビ、イカ、あと数種類の魚だった。
 すでに好き勝手焼き始めているエメラルダに続いて、私もバーベキューコンロに食材を乗せていく。

 まずはホタテとエビから。ホタテは結構殻が大きく、身が厚い。エビも殻つきで大きめの種類なので、焼き上がるまで少しかかるだろう。
 しかしこうして焼き上がりを待つのも楽しいものだ。

 火が通るにつれ食材も少し変化していくので、見ていて飽きはこない。
 ホタテは身から水分が出てきて、それが蒸発しおいしそうな音を立てはじめる。
 エビは段々と赤くなっていき、香ばしい匂いが漂ってきた。

「ホタテもう食べられるよ師匠」

 さすが一人バーベキューに慣れているだけあって、エメラルダは食べごろが分かるようだ。

 熱々のホタテを取り皿に乗せ、調味料として買ってきてあったレモンを軽く絞って一かじりしてみる。
 ぷりっとした肉厚の身は弾力があって、噛むたびに味が染みだしていく。搾ったレモンの爽やかさがまた堪らない。

「リリア、私も食べたい」

 ライラが興味津々で近づいてきたので、熱いホタテの身に息を吹きかけて冷ました後、彼女に分け与えた。

「うん、おいしいわ」

 ご満悦といった顔でライラはホタテを食べていく。
 ライラはカニが大好きだから、海鮮系全般好みなのかもしれない。

 続いてエビを食べてみることにする。
 正直エビの見た目は……食欲をそそらない。足多いし。
 そもそもエビ自体そんなに食べたこともないのだ。森の中で出不精だったからね、私。

 エビはどうやら、まず殻を取る必要があるらしい。
 エメラルダに教えられながら殻をむくと、ちょっと赤が差した白い身があらわれた。
 殻をむいてみるとちょっとおいしそうに見えてきた。

 恐る恐るエビを口に運んでみる。
 まず一口食べて驚いたのが、結構匂いというか風味が強いということ。
 海っぽい風味と言うのだろうか。独特の匂い、風味が結構ある。

 でもまずいというわけではない。エビの身自体はおいしくて、ホタテとはまた違った旨みがある。
 匂いはちょっと苦手だけど、味は大丈夫かな。それがエビを食べた感想だ。

「師匠、これも食べていいよ」

 エビを絶妙な顔でもくもくと食べていた私に、エメラルダがなにかを差し出した。
 それはアルミホイルの包み。どうやらエメラルダはアルミホイルで何かを包んで焼いていたらしい。

「なに焼いてたの?」

 聞きながらアルミホイルを開き、中の食材を見てみる。
 そこにあったのは魚の切り身だった。そしてバターの良い匂いが漂ってくる。

「魚のムニエル風包み焼きだよ。おいしいから食べてみなよ」

 エメラルダのやつ、ちゃっかり料理が出きるようになってる。
 バーベキュー仕立ての簡易な料理とはいえ、ムニエルっぽいのが作れるとは……あれ、私よりはるかに料理できてない? この子。

 なんだかちょっと複雑な気持ちだったが、魚のムニエル風包み焼きは文句なくおいしかった。
 溶けたバターが魚の油と混ざっていて、まろやかでありながら魚の旨みはそのまま残っている。

 どうやら魚の切り身は塩こしょうで下味をつけてあるらしく、バターの風味以上にしっかりと魚の味が立っていた。

 おいしい。魚だけでなく、エビもホタテも。
 そしてそれ以上にバーベキューが楽しい。

 最近はライラがいたが、基本一人で席に座って黙々とごはんを食べていた日々だ。
 だからこうして気心の知れた人と一緒に料理をするというのは悪くない。

 エメラルダもライラも同じ気持ちなのか、心なしか二人とも楽しそうだった。
 こういうのもたまにはいいな。

 真っ暗になった海のさざめきを聞きながら、私はそんな明るい気持ちを抱いた。
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