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42話、そしてベアトリスは闇に消えた
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「ひああああ!?」
深夜、ぐっすり寝ていた私はそんなすっとんきょうな叫び声を耳にして目を覚ました。
ふかふかのベッドは名残惜しかったけど、気力を振り絞って体を起こし、先ほどの叫び声はいったいなんだったのか確認する。
辺りを見回して最初に目に入ったのは、床に尻もちをついているベアトリスだった。
そして私と同じく目が覚めたライラがふわふわと羽ばたいて、私のそばに近づいた。
「い、いたっ、痛いっ、な、なんなのよ今の! ビリビリってしたわ……!」
ベアトリスが爪で唇をひっかきながら、私に鋭い視線を向けた。
「いったいなにをしたの? リリア」
今の状況を理解できずにいるライラが、私に問いかけてくる。
「私は別になにもしてないっていうか……寝る前に、私に触れたら電撃がはしる魔術をかけておいたから、それが発動したんだと思う」
「……なにそれ、下手すると私がくらってたわよ、それ」
ライラが呆れたように肩をすくめるが、すぐに尻もちをついているベアトリスに視線をうつした。
「じゃあ、この人はつまり、寝ているリリアに触ろうとしたっていうこと?」
「そうなるね。唇を気にしているところを見ると、そこに電撃がはしったってところかな……」
「唇から……ほら、やっぱりこの人吸血鬼なのよ!」
ライラが叫ぶように言うと、ベアトリスがゆっくりと立ち上がった。
敵意がむき出しの彼女の瞳を見て、ライラは小さく息を飲んでいた。
「ふん……なるほど、私の正体に気づいていたようね。侮っていたわ。間が抜けていそうだと思っていたけど、腐っても魔女ね」
あれ、今私すごくひどいこと言われてない?
しかも私、別に本気で吸血鬼だと信じていたわけじゃないんだけど……。
ベアトリスの言葉をそのまま受け取れば、彼女は自分が吸血鬼だと認めたことになる。
ほぼ自白しているようなものなんだけど、私はまだ吸血鬼の存在について半信半疑だった。
「えっと……確認したいんだけど、本当に吸血鬼なの?」
ベアトリスは嘲るように笑う。
「今さらその質問になんの意味があるのかしら? 私の正体に気づいていたからこそ、この仕打ちでしょうに」
「いや……その、ライラは確かにあなたのことを吸血鬼だって疑ってたけど、私は別にそう思ってなかったというか……」
「……は?」
「今でも吸血鬼なんて本当にいるの? とか思ってたりして……あはは」
なんだか神妙な空気になりつつあり、それをかわすかのように軽く笑ってみたが……ライラは呆れてうなだれて、ベアトリスは白んだ目を私に向けていた。
なんだこの空気。私が悪いの、これ。
「ふざけているのか、それともとぼけているのか……いいわ、はっきりと名乗ってあげる。私はベアトリス・フォアブルク。正真正銘の吸血鬼よ」
「証拠は?」
「……は?」
名乗りをあげて勇ましく胸を張るベアトリスだったが、私の質問を受けぽかんと口を開けた。
「だから証拠。本当の吸血鬼なら証拠出せるでしょ?」
「証拠って……さ、さっきあなたの血を吸おうとしてたでしょうが!」
「いや、それ私寝てたから見てないし……それに失敗してるから結局血も吸えてないじゃん」
「う……」
ベアトリスが小さくうなり、考え込むように唇に手を当てた。
しかし彼女はすぐに何かを思いついたのか、指先で上唇を小さく持ち上げる。
「ほら、これっ! この牙っ! 完全に吸血鬼でしょ」
「ただの立派な犬歯かもしれないし」
「ううっ」
ベアトリスはまた小さくうなり、うつむいた。
「ちょっとリリア、本人が吸血鬼だって言ってるんだから証拠なんていいじゃない。これ以上はかわいそうよ」
ライラはなぜか咎めるような言い方だった。ちょっと吸血鬼の肩もってない?
「でもさ、本当に吸血鬼がいるなんてやっぱり思えないんだもん。もし彼女が本当の吸血鬼だとしたら、はっきりとした証拠がみたいじゃない」
「リリアが納得できる証拠って例えばなに?」
「おとぎ話だと吸血鬼はコウモリに姿を変えられるみたいだし、心臓に杭を刺さなければ死なないって言うからね。コウモリになるか、心臓以外に致命傷を受けて生きていれば信じるかも」
「どっちもできるかぁあっ!」
割り込んできたベアトリスの叫び声には、必死の色があった。
「あなた質量保存の法則を知らないの!? コウモリに化けるとか無理に決まってるでしょ! しかも致命傷を受けて生きろですって!? なにめちゃくちゃぬかしてるのよっ! 生きていられたとしても絶対死ぬほど痛いでしょそれっ! そんなめちゃくちゃをやってみせろとか、この鬼畜っ! 鬼畜魔女っ! 最終鬼畜魔女!」
……最後の方言ってること訳わかんないんだけど。
とは思うものの、ベアトリスの必死の形相に何も言えなかった。ちょっとその表情怖い。
気圧されているというか、私とライラは若干引きつつあった。
大声を出してぜえぜえと肩で息をしていたベアトリスは、やがて気を落ち着けて美しい金髪をかきあげた。
「ふん……我ながらくだらないことで息を荒げたものだわ。考えてみれば、私が吸血鬼だという証拠を口で示す必要はない。そんなに証拠が見たければ、行動で示してあげる!」
ベアトリスはわずかに上体をかがめ、私目がけて跳びかかった。
あっという間にベアトリスは私の懐に入り込み、その赤い唇から覗く牙で私の首筋に噛みつこうとして……。
「ひああああぁっ!?」
また情けない声をあげて尻もちをついた。
「び、びりびりって、またびりびりってきた……!」
ベアトリスは指先で唇をひっかいて、電撃の衝撃をやわらげようとしていた。
私はそんな彼女を見下ろしながら、呆れたように言った。
「あの、触れたら電撃がはしる魔術は、一回発動したら効果が切れるってわけじゃないよ……?」
「あ、危なっ。そういうことは最初に言っておいてよ。下手すると私もくらっちゃうじゃない」
ライラが驚いて私のそばから距離を取る。
ベアトリスが本物の吸血鬼かどうかはさておき、その牙で私に噛みつこうとしたのは事実だ。
「ねえ、もしあなたに噛みつかれていたら私どうなったの?」
ベアトリスに聞くと、彼女は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「当然、血を吸われていたわ」
「血を吸われたらどうなるの?」
「……はぁ? どうなるもこうもないでしょ」
「よく吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼の仲間になるって言われているけど?」
おとぎ話とか創作ではそれが当然とばかりに書かれていたりする。
「ふん、そんなことで吸血鬼の仲間になったりするわけないでしょ。いい? 吸血鬼っていうのは高貴な存在なのよ。人間如きがそんな簡単に私に並び立てると思わないでほしいわ」
なんだかものすごく高飛車な言い方だったけど、ひとまずそれはおいておこう。
「血を吸われても吸血鬼にならない……か。じゃあ死んだりとかは?」
「人が一人死ぬほど血を吸うのか、ということかしら? それなら愚問というほかないわね。そんなにたくさんの血を吸ったら、私のこの均整の取れた美しい体が崩れてしまうわ」
得意気に笑うベアトリスだったが、その体つきは別に私と変わりないように見える……自慢するほどだろうか。
なんだかちょっと私も悲しくなってきたので、今思ったことは忘れることにした。
「他にも気になることがいくつかあるんだけど……」
「……ちょっと、なんで私があなたのくだらない質問に何度も答えないといけないのかしら」
電撃の衝撃から立ち直ったのか、ベアトリスが立ち上がる。
そして大きい瞳を細めてこちらを睨みながら、彼女は後ずさりをした。
「悔しいけど、あなたの血を吸うのは少し骨が折れそうね。魔力に満ちた魔女の血を一度味わってみたかったけど、今日のところは退散させてもらうわ。だけど覚えておきなさい。この高貴な吸血鬼、ベアトリス・フォアブルクがいつも闇夜から狙っていることをね」
強気な言葉を言い終えると共に、ベアトリスが指を鳴らす。
すると足元から薄暗い影が湧き上がり、彼女の姿をすっぽりと覆い隠してしまった。
次の瞬間には、彼女の姿はどこにもなかった。文字通り影も形もなく、ベアトリスは消え去ってしまった。
「なに、今の。魔術かしら?」
ライラの言葉に、私は首を振って応えた。
「ううん、魔力の気配は無かったから魔術じゃないよ」
「じゃあ、なんだったの今の」
ライラの質問に、私は答えられなかった。
本当に、何だったのだろう今のは。魔術ではなく、なにか別の術技なのは間違いない。
吸血鬼に伝わるなにかしらの秘技だったのだろうか。
半信半疑だった私でも、今のを見たら少し思ってしまう。
もしかしたらベアトリスは、本当に吸血鬼だったのかもしれない、と。
「リリア、見て」
私の背にライラの焦った声色が届いた。
振り向いてみると、さっきまで寝ていたふかふかのベッドが、じわじわと乾いていくかのように変色していった。
ベッドだけじゃない。壁も、床も、妙な音を立てて変化していく。
それはまるで、何十年も時が経って腐食していくみたいに。壁や床に使われていた木材が古くなっていく。
慌てて私とライラが部屋から出ると、部屋の外も同じ有様だった。
急いで洋館から脱出し、改めてその全景を見てみると、そこにあったのは古くなって半壊した館だった。
最初に見たはずの立派な洋館は、いまやどこにも存在しない。
「ねえリリア。いったいこれ、どういうこと?」
「……さあ?」
先ほどまで泊まっていた洋館が見るも無残な姿かたちになり、私たちは呆然とするしかない。
「ふふふふ」
言葉を失っていた私たちの耳に、聞き覚えのある笑い声が届いた。
声の主は、半壊した洋館の屋根の上にいた。
月夜に映える美しい金髪。爛々と輝く赤い瞳、雪のように白い肌は闇夜との対比でむしろ青白い。
先ほど姿を消したベアトリスが、今再びあらわれたのだ。
「驚いたかしら。先ほどまでの洋館は幻ではなく現実。吸血鬼である私にとって、この古びた洋館を美しく見せるのは容易いことよ」
ベアトリスは悠然とうそぶいて、美しい金髪を風になびかせる。
「それではまた会いましょう、魔女リリア。次こそはあなたの血を吸ってみせるわ。……ちょっと、なにこの音?」
ベアトリスの綺麗な声は、洋館から大きく響く不協和音にほぼかき消されていた。
ベアトリスが不思議そうに周りを見渡していると、彼女が足場にしていた屋根にびしりと亀裂が入り、一瞬にして洋館全体が崩壊する。
「あわわわわっ!? あっ、あーーーっ!」
ベアトリスはそのまま、崩壊する洋館に飲みこまれていった。
後に残ったのは、無残な瓦礫の山。月明かりが無常にそれを照らしている。
「ねえリリア。本当になんだったのかしらね、今の」
「……さあ?」
なんだかとてもバカらしいものを見てしまった気がする。
まああの子が本当に吸血鬼だというのなら、死んではいないだろう。
今日起こったことは色々と衝撃的すぎて、正直うまく消化できそうにない。
私とライラはお互いに顔を見合して、頷き合った後、元洋館に背を向けた。
今日あったことはよく分からないし、全部無かった事にしよう。
私とライラは、無言のうちでそう結論づけて、夜の森をさまよいだした。
深夜、ぐっすり寝ていた私はそんなすっとんきょうな叫び声を耳にして目を覚ました。
ふかふかのベッドは名残惜しかったけど、気力を振り絞って体を起こし、先ほどの叫び声はいったいなんだったのか確認する。
辺りを見回して最初に目に入ったのは、床に尻もちをついているベアトリスだった。
そして私と同じく目が覚めたライラがふわふわと羽ばたいて、私のそばに近づいた。
「い、いたっ、痛いっ、な、なんなのよ今の! ビリビリってしたわ……!」
ベアトリスが爪で唇をひっかきながら、私に鋭い視線を向けた。
「いったいなにをしたの? リリア」
今の状況を理解できずにいるライラが、私に問いかけてくる。
「私は別になにもしてないっていうか……寝る前に、私に触れたら電撃がはしる魔術をかけておいたから、それが発動したんだと思う」
「……なにそれ、下手すると私がくらってたわよ、それ」
ライラが呆れたように肩をすくめるが、すぐに尻もちをついているベアトリスに視線をうつした。
「じゃあ、この人はつまり、寝ているリリアに触ろうとしたっていうこと?」
「そうなるね。唇を気にしているところを見ると、そこに電撃がはしったってところかな……」
「唇から……ほら、やっぱりこの人吸血鬼なのよ!」
ライラが叫ぶように言うと、ベアトリスがゆっくりと立ち上がった。
敵意がむき出しの彼女の瞳を見て、ライラは小さく息を飲んでいた。
「ふん……なるほど、私の正体に気づいていたようね。侮っていたわ。間が抜けていそうだと思っていたけど、腐っても魔女ね」
あれ、今私すごくひどいこと言われてない?
しかも私、別に本気で吸血鬼だと信じていたわけじゃないんだけど……。
ベアトリスの言葉をそのまま受け取れば、彼女は自分が吸血鬼だと認めたことになる。
ほぼ自白しているようなものなんだけど、私はまだ吸血鬼の存在について半信半疑だった。
「えっと……確認したいんだけど、本当に吸血鬼なの?」
ベアトリスは嘲るように笑う。
「今さらその質問になんの意味があるのかしら? 私の正体に気づいていたからこそ、この仕打ちでしょうに」
「いや……その、ライラは確かにあなたのことを吸血鬼だって疑ってたけど、私は別にそう思ってなかったというか……」
「……は?」
「今でも吸血鬼なんて本当にいるの? とか思ってたりして……あはは」
なんだか神妙な空気になりつつあり、それをかわすかのように軽く笑ってみたが……ライラは呆れてうなだれて、ベアトリスは白んだ目を私に向けていた。
なんだこの空気。私が悪いの、これ。
「ふざけているのか、それともとぼけているのか……いいわ、はっきりと名乗ってあげる。私はベアトリス・フォアブルク。正真正銘の吸血鬼よ」
「証拠は?」
「……は?」
名乗りをあげて勇ましく胸を張るベアトリスだったが、私の質問を受けぽかんと口を開けた。
「だから証拠。本当の吸血鬼なら証拠出せるでしょ?」
「証拠って……さ、さっきあなたの血を吸おうとしてたでしょうが!」
「いや、それ私寝てたから見てないし……それに失敗してるから結局血も吸えてないじゃん」
「う……」
ベアトリスが小さくうなり、考え込むように唇に手を当てた。
しかし彼女はすぐに何かを思いついたのか、指先で上唇を小さく持ち上げる。
「ほら、これっ! この牙っ! 完全に吸血鬼でしょ」
「ただの立派な犬歯かもしれないし」
「ううっ」
ベアトリスはまた小さくうなり、うつむいた。
「ちょっとリリア、本人が吸血鬼だって言ってるんだから証拠なんていいじゃない。これ以上はかわいそうよ」
ライラはなぜか咎めるような言い方だった。ちょっと吸血鬼の肩もってない?
「でもさ、本当に吸血鬼がいるなんてやっぱり思えないんだもん。もし彼女が本当の吸血鬼だとしたら、はっきりとした証拠がみたいじゃない」
「リリアが納得できる証拠って例えばなに?」
「おとぎ話だと吸血鬼はコウモリに姿を変えられるみたいだし、心臓に杭を刺さなければ死なないって言うからね。コウモリになるか、心臓以外に致命傷を受けて生きていれば信じるかも」
「どっちもできるかぁあっ!」
割り込んできたベアトリスの叫び声には、必死の色があった。
「あなた質量保存の法則を知らないの!? コウモリに化けるとか無理に決まってるでしょ! しかも致命傷を受けて生きろですって!? なにめちゃくちゃぬかしてるのよっ! 生きていられたとしても絶対死ぬほど痛いでしょそれっ! そんなめちゃくちゃをやってみせろとか、この鬼畜っ! 鬼畜魔女っ! 最終鬼畜魔女!」
……最後の方言ってること訳わかんないんだけど。
とは思うものの、ベアトリスの必死の形相に何も言えなかった。ちょっとその表情怖い。
気圧されているというか、私とライラは若干引きつつあった。
大声を出してぜえぜえと肩で息をしていたベアトリスは、やがて気を落ち着けて美しい金髪をかきあげた。
「ふん……我ながらくだらないことで息を荒げたものだわ。考えてみれば、私が吸血鬼だという証拠を口で示す必要はない。そんなに証拠が見たければ、行動で示してあげる!」
ベアトリスはわずかに上体をかがめ、私目がけて跳びかかった。
あっという間にベアトリスは私の懐に入り込み、その赤い唇から覗く牙で私の首筋に噛みつこうとして……。
「ひああああぁっ!?」
また情けない声をあげて尻もちをついた。
「び、びりびりって、またびりびりってきた……!」
ベアトリスは指先で唇をひっかいて、電撃の衝撃をやわらげようとしていた。
私はそんな彼女を見下ろしながら、呆れたように言った。
「あの、触れたら電撃がはしる魔術は、一回発動したら効果が切れるってわけじゃないよ……?」
「あ、危なっ。そういうことは最初に言っておいてよ。下手すると私もくらっちゃうじゃない」
ライラが驚いて私のそばから距離を取る。
ベアトリスが本物の吸血鬼かどうかはさておき、その牙で私に噛みつこうとしたのは事実だ。
「ねえ、もしあなたに噛みつかれていたら私どうなったの?」
ベアトリスに聞くと、彼女は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「当然、血を吸われていたわ」
「血を吸われたらどうなるの?」
「……はぁ? どうなるもこうもないでしょ」
「よく吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼の仲間になるって言われているけど?」
おとぎ話とか創作ではそれが当然とばかりに書かれていたりする。
「ふん、そんなことで吸血鬼の仲間になったりするわけないでしょ。いい? 吸血鬼っていうのは高貴な存在なのよ。人間如きがそんな簡単に私に並び立てると思わないでほしいわ」
なんだかものすごく高飛車な言い方だったけど、ひとまずそれはおいておこう。
「血を吸われても吸血鬼にならない……か。じゃあ死んだりとかは?」
「人が一人死ぬほど血を吸うのか、ということかしら? それなら愚問というほかないわね。そんなにたくさんの血を吸ったら、私のこの均整の取れた美しい体が崩れてしまうわ」
得意気に笑うベアトリスだったが、その体つきは別に私と変わりないように見える……自慢するほどだろうか。
なんだかちょっと私も悲しくなってきたので、今思ったことは忘れることにした。
「他にも気になることがいくつかあるんだけど……」
「……ちょっと、なんで私があなたのくだらない質問に何度も答えないといけないのかしら」
電撃の衝撃から立ち直ったのか、ベアトリスが立ち上がる。
そして大きい瞳を細めてこちらを睨みながら、彼女は後ずさりをした。
「悔しいけど、あなたの血を吸うのは少し骨が折れそうね。魔力に満ちた魔女の血を一度味わってみたかったけど、今日のところは退散させてもらうわ。だけど覚えておきなさい。この高貴な吸血鬼、ベアトリス・フォアブルクがいつも闇夜から狙っていることをね」
強気な言葉を言い終えると共に、ベアトリスが指を鳴らす。
すると足元から薄暗い影が湧き上がり、彼女の姿をすっぽりと覆い隠してしまった。
次の瞬間には、彼女の姿はどこにもなかった。文字通り影も形もなく、ベアトリスは消え去ってしまった。
「なに、今の。魔術かしら?」
ライラの言葉に、私は首を振って応えた。
「ううん、魔力の気配は無かったから魔術じゃないよ」
「じゃあ、なんだったの今の」
ライラの質問に、私は答えられなかった。
本当に、何だったのだろう今のは。魔術ではなく、なにか別の術技なのは間違いない。
吸血鬼に伝わるなにかしらの秘技だったのだろうか。
半信半疑だった私でも、今のを見たら少し思ってしまう。
もしかしたらベアトリスは、本当に吸血鬼だったのかもしれない、と。
「リリア、見て」
私の背にライラの焦った声色が届いた。
振り向いてみると、さっきまで寝ていたふかふかのベッドが、じわじわと乾いていくかのように変色していった。
ベッドだけじゃない。壁も、床も、妙な音を立てて変化していく。
それはまるで、何十年も時が経って腐食していくみたいに。壁や床に使われていた木材が古くなっていく。
慌てて私とライラが部屋から出ると、部屋の外も同じ有様だった。
急いで洋館から脱出し、改めてその全景を見てみると、そこにあったのは古くなって半壊した館だった。
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「ねえリリア。いったいこれ、どういうこと?」
「……さあ?」
先ほどまで泊まっていた洋館が見るも無残な姿かたちになり、私たちは呆然とするしかない。
「ふふふふ」
言葉を失っていた私たちの耳に、聞き覚えのある笑い声が届いた。
声の主は、半壊した洋館の屋根の上にいた。
月夜に映える美しい金髪。爛々と輝く赤い瞳、雪のように白い肌は闇夜との対比でむしろ青白い。
先ほど姿を消したベアトリスが、今再びあらわれたのだ。
「驚いたかしら。先ほどまでの洋館は幻ではなく現実。吸血鬼である私にとって、この古びた洋館を美しく見せるのは容易いことよ」
ベアトリスは悠然とうそぶいて、美しい金髪を風になびかせる。
「それではまた会いましょう、魔女リリア。次こそはあなたの血を吸ってみせるわ。……ちょっと、なにこの音?」
ベアトリスの綺麗な声は、洋館から大きく響く不協和音にほぼかき消されていた。
ベアトリスが不思議そうに周りを見渡していると、彼女が足場にしていた屋根にびしりと亀裂が入り、一瞬にして洋館全体が崩壊する。
「あわわわわっ!? あっ、あーーーっ!」
ベアトリスはそのまま、崩壊する洋館に飲みこまれていった。
後に残ったのは、無残な瓦礫の山。月明かりが無常にそれを照らしている。
「ねえリリア。本当になんだったのかしらね、今の」
「……さあ?」
なんだかとてもバカらしいものを見てしまった気がする。
まああの子が本当に吸血鬼だというのなら、死んではいないだろう。
今日起こったことは色々と衝撃的すぎて、正直うまく消化できそうにない。
私とライラはお互いに顔を見合して、頷き合った後、元洋館に背を向けた。
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