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65話、辛い町と唐辛子煮込み麺
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そろそろお昼時を迎えようという時間帯、私たちは道中にある小さな町に立ち寄って、軽く観光していた。
クロエと会うための旅路ではあるが、時間に多少余裕もあるし、モニカが普段私の旅を見たがっていたこともあって、いつものように通りがかりの町を見て回っていたのだ。
「あ、あんなところにビニールハウスがある。何かしらあれ、見てみましょうよ」
テルミネスのような大きな町などそうそう無いもので、こういうこじんまりとした町はそこまで見て回る物はない。
でも普段大きな町でしか公演していないモニカは、こういう小さな町の方が物珍しく感じるようだ。適当に町中を歩いている途中、町はずれにビニールハウスを発見した彼女は、一目散に駆けていった。
「ただの畑でしょ? そんな珍しいものかな」
町はずれの畑にあるビニールハウスなんて、基本植物を栽培しているに決まっていると私は知っていた。
「何を栽培しているのか気になるのよっ」
「……確かにそれは気になる」
ビニールハウスは中の温度をある程度保てるので、気候に適さない植物を育てるのに役立つ。ここは寒冷地なので、あの中には寒さに弱い植物が栽培されているはずだ。
でもそこまでして栽培する植物っていったい何だろう。魔法薬は植物をよく使うので、それを扱うのを主流としている魔女の私としても、確かに気になるところだ。
でもそれにしたってあんなに走る必要は無い。小走りのモニカと違って、私はのんびり歩きながら追いかける。
ようやくモニカに追いつくと、彼女はビニールハウスの端で屈みこみ、透明なビニール越しにそこに生えている植物をしげしげと眺めていた。
「見てよリリア。唐辛子がこんなに生えてる!」
モニカの背から覗き込むと、言うように立派な唐辛子が生えた茎が何本もあった。茎のそばには支柱も立てられており、紐で茎をくくりつけている。
「唐辛子かぁ……確か寒さに弱かったっけ」
「この辺のビニールハウス、全部唐辛子を栽培しているのかしら?」
モニカが首を傾げながら周囲を見回した。
遠目からだが、そこかしこのビニールハウス内には確かに赤い色がちらちら目に入る。
「あれ全部唐辛子だとしたら……この町どれだけ唐辛子好きなんだろう」
「唐辛子ってそんなにたくさん食べる物ではないわよね? 他の用途に使ってるのかしら」
モニカに問われて、今度は私が首を傾げる。
「うーん……確かにごはんのメインって感じの食べ物じゃないしね。辛いし。でも食べる以外の使い道もそんなありそうにないけど」
魔法薬でも唐辛子なんて基本使わないはずだ。
「じゃあやっぱり食べるんじゃないの? この町の人は唐辛子好きとか」
私の魔女帽子のつばから舞い降りて羽ばたきながらライラは言った。
「ええ~、唐辛子ってそんなにたくさん食べる物じゃないよ、辛いもん」
「そうよね、あれって薬味みたいな物じゃないの? 一本そのまま食べたりとかするのかしら?」
私とモニカが顔を見合わせて言うものだから、ライラは興味を引かれたようだ。好機心に爛々と瞳を輝かせる。
「唐辛子ってそんなに辛い食べ物なの? 私食べたことないから興味あるわ」
「……そういえば辛い食べ物もそんなに食べてこなかったっけ?」
言いながらこれまでの旅を思い返すが、確かにそんな辛い食べ物の印象はない。ライラと出会う前なら……と考えてみたが、ワニのお肉や地獄のオリーブオイル尽くしを思い出しただけだった。
「じゃあもうお昼頃だし、この町でごはん食べていこっか。本当に唐辛子を食べるのが好きな地域性なら、そういう料理たくさんあるでしょ。モニカもそれでいいよね?」
「いいわよ、別に。私辛いの嫌いじゃないもの」
意見がまとまったので、早速私たちは手頃なお店を探すことにした。
小さいとはいえちゃんとした町ではあるので、食事ができるお店は結構ある。今回はその中でも特に人気がありそうな、ちょっとシャレたお店に入ることにした。
理由としては簡単で、もしこの町が本当に唐辛子をよく食べるのなら、こういう人気店なら唐辛子を押し出しつつも外様向けに調整された料理があるだろうからだ。旅慣れてないモニカもいることだし、辛すぎる料理も困りものなので、こういったお店を選んだ。
そうしてお店の中に入ったとたん、私とモニカは一気にむせこんだ。
「けほっけほっ……ちょ、ちょっとなにこのすごい匂い……」
むせるモニカが顔の前を手で払いながらつぶやいた。
モニカの言う通り、お店の中はすごい匂いが漂っている。鼻の中や喉がツンとささくれ立つような刺激臭だ。
……いや、これはもう匂いと言っていいのかどうか。なんか臭いとかそういう分類ではない。ただただ鼻と喉が痛い。それに目も。自然と涙が出てきた。
ひとまず入口近くの席へ逃げ込むように座った私たちは、小声で話し合う。
「ちょ、ちょっとリリア、これどういうことよ……!」
「どうって言われても……げほげほっ。ちょ、ちょっと待って、喋ったらまたむせた」
とんとんと胸を叩いて息を落ち着け、モニカに話しかける。
「この匂い……っていうか刺激臭というか、店内に漂ってるこれ、多分大量の唐辛子の匂いだと思う」
「でしょうねっ、匂いだけですっごく辛いものっ」
怒ったような声を出すモニカだったが、刺激臭のせいで目をやられたのか、ぼろぼろと涙を流していた。
「うぅ、目が痛い……このお店激辛専門店なんじゃないのぉ……?」
涙ぐむモニカを見ていて、私ははっと帽子を見上げた。
私たちでこうなのだから、体の小さいライラはこの刺激臭の中大丈夫なのだろうか。
「ライラは大丈夫……?」
私が心配して声をかけると、ライラはひょこっと降りてきた。
「え、何が?」
「何がって……この匂い」
「ああ、確かにすごい匂いがするわね」
すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐライラは、意外にも私たちのようにむせたりしない。
「ライラってもしかして辛いのにも大丈夫だったりするの……?」
以前お酒をぐびぐび飲んでいた彼女の姿を思い出す。
「さあ、どうかしら? 苦手な人の反応が今のリリアやモニカのようなものだったら、もしかしたら大丈夫なのかもね」
「……そっか、妖精って魔力で体ができてるから、人間みたいな生理反応ってそんなにないのかも……」
お酒に強い理由も、おそらく体が魔力で作られていて人間とは全く別物だからだろう。
そう考えると風邪とかも引くことないだろうし、辛い物も意外と大丈夫なのだろうか……。
何にせよ、この刺激的な唐辛子の匂いの中、妖精の体質はかなり羨ましい。モニカなんてうな垂れてしまっている。
ひとまず私はテーブルの上に置かれていたメニューを眺めてみた。
「こ、ここの料理を食べるの……? 私怖いんだけど……。他のお店にしない?」
メニューを眺める私を信じられないとばかりにモニカは見つめる。
「……いや、モニカちょっとここ見てよ」
私はメニューを開いてすぐ一ページ目の大見出しを見て虚ろな目になり、それを指さした。
「なになに……観光客におすすめ、辛さを抑えた唐辛子煮込み麺。この町の唐辛子料理入門に最適……は? なにこれ」
「どうやらここ、やっぱり観光客向けのお店だったっぽいよ」
「い、いやいやいや、入門が唐辛子煮込み麺ってなによっ。唐辛子で煮込んだ汁ってことでしょこれ!? 私今まで生きてきて一度も唐辛子を煮込むって発想に至った事ないんだけど!?」
「私も無いよ……」
「ぜ、絶対嘘よ……唐辛子煮込んでるって絶対辛いもの……これがこの町で一番辛くない料理な訳が……」
モニカは希望を求めるようにペラペラとメニューをめくる。だけど一ページごとに彼女の顔は絶望に染まっていった。
「この町の家庭料理、唐辛子揚げと唐辛子炊き込みごはん……辛いのが苦手な人におすすめ、季節の野菜と唐辛子の炒め煮、唐辛子漬け鶏肉のスパイシー揚げ……ふ、ふふふ」
どれもこれもかなり辛そうな料理な上に、ご丁寧に辛さ度というこの店独自の辛さの指標まで設けてある。
唐辛子煮込み麺は辛さ度1、今モニカがあげた料理名はどれも3~5あった。ちなみに最大は10。
「ちょっと見てよ……一番辛い料理の名前……劇死って書いてある……劇死唐辛子チーズスープだって……あはは、普通料理に死ってつける? 劇毒の劇に死ぬの死だって……しかもチーズ入ってるのに一番辛いとか……」
モニカの目は完全に虚ろとなっている。目が劇死している。
モニカが思わず絶望的な乾いた笑いを漏らしてしまう気持ちは分かる。私はさっきついつい思い出してしまったオリーブオイル地獄のことを再度脳裏によぎらせていた。あの絶望的感覚が蘇ってくる。
とにかくここはもう覚悟を決め、この町で一番辛くないらしい唐辛子煮込み麺を頼むしかない。
私はごくりと生唾を飲みこみ、店員さんに注文を告げた。
「唐辛子煮込み麺二つお願いします」
店員さんは注文を聞き、私たちの様子を見て苦笑いしながら頷き、去っていった。
もう注文してしまったので後には引けない。後は覚悟をして料理が運ばれる時を待つだけだ。
「……え、あれ? リリアさっき唐辛子煮込み麺二つって言ってた?」
「言ったけど」
「なんで!? なんで二つ頼んでるのよ! ここは絶対一つでいいでしょ!」
「いやほら、私たち見た目はこうだけど大人だしさ、一つだけ注文するって変だし……」
「変でいいじゃない! 私食べきる自信ないわよ!? あっ!? しかもあんたライラちゃんと二人で分けるじゃない!? 実質一人分全部食べるの私だけじゃない!」
向かい席に座っているのに今にも詰め寄りそうな剣幕で声を荒げるモニカ。でもすぐにこの刺激臭をたっぷり吸いこんだことで盛大にむせはじめた。
「もう、そんな言い合いしないでよ。モニカが食べきれなかったら私が食べてあげるわ」
どうどう、と背を撫でてモニカをなだめるライラ。モニカはそれで落ち着いたらしく、一度水をぐびりと飲んだ。
やがて、私たちの前には唐辛子煮込み麺が運ばれてきた。
大きな器に真っ赤なスープ。そこに沈んだ元は白かったであろう真っ赤に染まる麺が見えた。後小皿に卵が一個乗っかっている。
「あ、卵つきなんだ。辛いの苦手な人は卵を入れて食べてってことなんじゃない?」
「卵入れただけでどうにかなるのこれ? 思ってた以上に辛そうだわ。匂いも……あ、店内の匂いがすごすぎてそこまででもない感じに思える」
そう言い終えた瞬間モニカは思いっきりむせた。店内に漂う辛い匂いがすごすぎるから、対比としてそこまで辛い匂いに感じないのだろうけど、やっぱりそれなりにするんだろうな。うかつに嗅ぐのはやめておこう。
ひとまず私は箸を手に取り、唐辛子煮込み麺の中に差し入れる。
そして麺を掴み、引っ張り出した。
真っ赤に色づく麺を前にして、私はごくりと唾を飲んだ。
「ま、まさかあんた、卵すら入れず食べる気!?」
「ひ、一口だけね。ほら、やっぱり一度はそのままの味を味わってみたいし……」
震える口で、麺を一口かじった。
そして私はそのまま動きを止めた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫? 額から汗すごいんだけど……おーいリリア」
モニカは固まった私の目の前で数度手を振り、反応が無いことを確認してライラに顔を向けた。
「リリア、劇死したわ」
「……し、してないから……!」
ようやく私は意識を取り戻し、無責任に死亡宣告するモニカを睨みつける。
いや、実際は睨んだ訳ではないんだけど、辛すぎて自然と険しい表情になってしまうのだ。
「おお……生きてたのね。どう? 意外といける辛さ?」
「やっぱりいけない辛さ……!」
もう辛いを通り越して口の中が痛かった。本当にこれで観光客向けなのだろうか?
でも麺に絡んだスープは辛さがすごかったけど、意外とおいしさも感じた。ちゃんと出汁とか取ってる良いスープなのだろう。それでなぜ唐辛子を煮込んでしまったのか。それがこの町の文化なのだろうか。
「私はちゃんと最初から卵を入れて食べるわ。場合によっては卵の追加をお願いする」
私の様子を見て学んだのか、モニカは卵を小皿に割って軽くかき回し、唐辛子煮込み麺の中に投入した。私も変に格好つけず、最初からそうすればよかった。
そうして卵を割ったところで、ライラが私のそでをくいくいと引っ張ってきた。
「ねえリリア、私も一応卵を入れる前のを食べたいわ」
「え~、大丈夫? これとんでもなく辛いよ?」
「きっと大丈夫よ。ほら、二人と違って辛い匂いも大丈夫だったし」
そこまで言うなら、と私は麺を箸で掴み、ライラの口元に持っていく。
ライラは小さな口でぱくんと麺をかじった。
そして一瞬動きが止まり、そのつぶらな瞳を驚きに見開く。
「はわわわっ!?」
ライラは突然ぶんぶんと顔を左右に振り、口元を抑え、ごくんと喉を鳴らして麺を飲みこむ。
そうして自由になった口で、盛大に驚愕を訴える。
「か、か、か、かっ!? 辛いっ! とんでもなく辛いわっ!」
大きく叫んで、辛さを洗い流す水を求めたのか、慌てながらコップのふちを目がけて飛ぶライラ。
そしてコップを抱きしめるようにして掴み、一息にぐびぐびと飲み干してしまった。
「はっ、はぁっ、はぁっ……! わ、私もリリアみたいに劇死するところだったわ……」
「勝手に劇死したことにしないでくれる?」
でも驚いた。匂いにはそこまで反応を見せてなかったのに、辛いのはダメなんだ。
いや、辛いのがダメというより、この料理は辛すぎるのだからこれが普通の反応だ。ただ、口にした辛さに対して普通の反応を見せるのが意外だった。
「……そっか、あくまでむせるとか生理的な反応には強かっただけで、辛いのに別段強いわけじゃないんだ」
思えば匂い自体には、すごい匂いがする、と言っていた。ちゃんと漂う辛い匂いが異常な物だと認識していたわけだ。
味覚はほとんど人間と同じみたいだが、前作った渋いリリスのハーブティーをおいしいと言っていたし……妖精は色々と謎が多い。
ライラの新しい一面を知って、改めて妖精のいまだ解明されてない神秘性を目の当たりにする。まあその新たに知った一面が、辛いの強そうに見えてそうでもないっていう俗な感じ凄まじいものだけど。
しげしげとライラを見ていた私をよそに、モニカは卵入り唐辛子煮込み麺をずるずるすすりだした。
「ん……卵入れればそこそこ大丈夫だわ。辛いけど結構おいしいかも……げほっ、ごほっ。でもむせる」
自称辛いのはそんなに苦手ではないモニカは、卵入り唐辛子麺をむせつつ食べ進めていた。
それを見て私とライラは顔を見合わせ、黙って卵をスープに投入した。
そして一口。
「辛っ!」
「やっぱり辛いわっ!」
私とライラは口をそろえてそう言った。
「え? そう……? そこそこいい感じになってると思うけど……」
モニカは不思議そうに私たちを見ながら、ずるずる麺をすすり続ける。
どうやら私たちの中で一番辛さに強いのは、あれほど泣き言を漏らしていたモニカのようだ。
なんか……理不尽。
クロエと会うための旅路ではあるが、時間に多少余裕もあるし、モニカが普段私の旅を見たがっていたこともあって、いつものように通りがかりの町を見て回っていたのだ。
「あ、あんなところにビニールハウスがある。何かしらあれ、見てみましょうよ」
テルミネスのような大きな町などそうそう無いもので、こういうこじんまりとした町はそこまで見て回る物はない。
でも普段大きな町でしか公演していないモニカは、こういう小さな町の方が物珍しく感じるようだ。適当に町中を歩いている途中、町はずれにビニールハウスを発見した彼女は、一目散に駆けていった。
「ただの畑でしょ? そんな珍しいものかな」
町はずれの畑にあるビニールハウスなんて、基本植物を栽培しているに決まっていると私は知っていた。
「何を栽培しているのか気になるのよっ」
「……確かにそれは気になる」
ビニールハウスは中の温度をある程度保てるので、気候に適さない植物を育てるのに役立つ。ここは寒冷地なので、あの中には寒さに弱い植物が栽培されているはずだ。
でもそこまでして栽培する植物っていったい何だろう。魔法薬は植物をよく使うので、それを扱うのを主流としている魔女の私としても、確かに気になるところだ。
でもそれにしたってあんなに走る必要は無い。小走りのモニカと違って、私はのんびり歩きながら追いかける。
ようやくモニカに追いつくと、彼女はビニールハウスの端で屈みこみ、透明なビニール越しにそこに生えている植物をしげしげと眺めていた。
「見てよリリア。唐辛子がこんなに生えてる!」
モニカの背から覗き込むと、言うように立派な唐辛子が生えた茎が何本もあった。茎のそばには支柱も立てられており、紐で茎をくくりつけている。
「唐辛子かぁ……確か寒さに弱かったっけ」
「この辺のビニールハウス、全部唐辛子を栽培しているのかしら?」
モニカが首を傾げながら周囲を見回した。
遠目からだが、そこかしこのビニールハウス内には確かに赤い色がちらちら目に入る。
「あれ全部唐辛子だとしたら……この町どれだけ唐辛子好きなんだろう」
「唐辛子ってそんなにたくさん食べる物ではないわよね? 他の用途に使ってるのかしら」
モニカに問われて、今度は私が首を傾げる。
「うーん……確かにごはんのメインって感じの食べ物じゃないしね。辛いし。でも食べる以外の使い道もそんなありそうにないけど」
魔法薬でも唐辛子なんて基本使わないはずだ。
「じゃあやっぱり食べるんじゃないの? この町の人は唐辛子好きとか」
私の魔女帽子のつばから舞い降りて羽ばたきながらライラは言った。
「ええ~、唐辛子ってそんなにたくさん食べる物じゃないよ、辛いもん」
「そうよね、あれって薬味みたいな物じゃないの? 一本そのまま食べたりとかするのかしら?」
私とモニカが顔を見合わせて言うものだから、ライラは興味を引かれたようだ。好機心に爛々と瞳を輝かせる。
「唐辛子ってそんなに辛い食べ物なの? 私食べたことないから興味あるわ」
「……そういえば辛い食べ物もそんなに食べてこなかったっけ?」
言いながらこれまでの旅を思い返すが、確かにそんな辛い食べ物の印象はない。ライラと出会う前なら……と考えてみたが、ワニのお肉や地獄のオリーブオイル尽くしを思い出しただけだった。
「じゃあもうお昼頃だし、この町でごはん食べていこっか。本当に唐辛子を食べるのが好きな地域性なら、そういう料理たくさんあるでしょ。モニカもそれでいいよね?」
「いいわよ、別に。私辛いの嫌いじゃないもの」
意見がまとまったので、早速私たちは手頃なお店を探すことにした。
小さいとはいえちゃんとした町ではあるので、食事ができるお店は結構ある。今回はその中でも特に人気がありそうな、ちょっとシャレたお店に入ることにした。
理由としては簡単で、もしこの町が本当に唐辛子をよく食べるのなら、こういう人気店なら唐辛子を押し出しつつも外様向けに調整された料理があるだろうからだ。旅慣れてないモニカもいることだし、辛すぎる料理も困りものなので、こういったお店を選んだ。
そうしてお店の中に入ったとたん、私とモニカは一気にむせこんだ。
「けほっけほっ……ちょ、ちょっとなにこのすごい匂い……」
むせるモニカが顔の前を手で払いながらつぶやいた。
モニカの言う通り、お店の中はすごい匂いが漂っている。鼻の中や喉がツンとささくれ立つような刺激臭だ。
……いや、これはもう匂いと言っていいのかどうか。なんか臭いとかそういう分類ではない。ただただ鼻と喉が痛い。それに目も。自然と涙が出てきた。
ひとまず入口近くの席へ逃げ込むように座った私たちは、小声で話し合う。
「ちょ、ちょっとリリア、これどういうことよ……!」
「どうって言われても……げほげほっ。ちょ、ちょっと待って、喋ったらまたむせた」
とんとんと胸を叩いて息を落ち着け、モニカに話しかける。
「この匂い……っていうか刺激臭というか、店内に漂ってるこれ、多分大量の唐辛子の匂いだと思う」
「でしょうねっ、匂いだけですっごく辛いものっ」
怒ったような声を出すモニカだったが、刺激臭のせいで目をやられたのか、ぼろぼろと涙を流していた。
「うぅ、目が痛い……このお店激辛専門店なんじゃないのぉ……?」
涙ぐむモニカを見ていて、私ははっと帽子を見上げた。
私たちでこうなのだから、体の小さいライラはこの刺激臭の中大丈夫なのだろうか。
「ライラは大丈夫……?」
私が心配して声をかけると、ライラはひょこっと降りてきた。
「え、何が?」
「何がって……この匂い」
「ああ、確かにすごい匂いがするわね」
すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐライラは、意外にも私たちのようにむせたりしない。
「ライラってもしかして辛いのにも大丈夫だったりするの……?」
以前お酒をぐびぐび飲んでいた彼女の姿を思い出す。
「さあ、どうかしら? 苦手な人の反応が今のリリアやモニカのようなものだったら、もしかしたら大丈夫なのかもね」
「……そっか、妖精って魔力で体ができてるから、人間みたいな生理反応ってそんなにないのかも……」
お酒に強い理由も、おそらく体が魔力で作られていて人間とは全く別物だからだろう。
そう考えると風邪とかも引くことないだろうし、辛い物も意外と大丈夫なのだろうか……。
何にせよ、この刺激的な唐辛子の匂いの中、妖精の体質はかなり羨ましい。モニカなんてうな垂れてしまっている。
ひとまず私はテーブルの上に置かれていたメニューを眺めてみた。
「こ、ここの料理を食べるの……? 私怖いんだけど……。他のお店にしない?」
メニューを眺める私を信じられないとばかりにモニカは見つめる。
「……いや、モニカちょっとここ見てよ」
私はメニューを開いてすぐ一ページ目の大見出しを見て虚ろな目になり、それを指さした。
「なになに……観光客におすすめ、辛さを抑えた唐辛子煮込み麺。この町の唐辛子料理入門に最適……は? なにこれ」
「どうやらここ、やっぱり観光客向けのお店だったっぽいよ」
「い、いやいやいや、入門が唐辛子煮込み麺ってなによっ。唐辛子で煮込んだ汁ってことでしょこれ!? 私今まで生きてきて一度も唐辛子を煮込むって発想に至った事ないんだけど!?」
「私も無いよ……」
「ぜ、絶対嘘よ……唐辛子煮込んでるって絶対辛いもの……これがこの町で一番辛くない料理な訳が……」
モニカは希望を求めるようにペラペラとメニューをめくる。だけど一ページごとに彼女の顔は絶望に染まっていった。
「この町の家庭料理、唐辛子揚げと唐辛子炊き込みごはん……辛いのが苦手な人におすすめ、季節の野菜と唐辛子の炒め煮、唐辛子漬け鶏肉のスパイシー揚げ……ふ、ふふふ」
どれもこれもかなり辛そうな料理な上に、ご丁寧に辛さ度というこの店独自の辛さの指標まで設けてある。
唐辛子煮込み麺は辛さ度1、今モニカがあげた料理名はどれも3~5あった。ちなみに最大は10。
「ちょっと見てよ……一番辛い料理の名前……劇死って書いてある……劇死唐辛子チーズスープだって……あはは、普通料理に死ってつける? 劇毒の劇に死ぬの死だって……しかもチーズ入ってるのに一番辛いとか……」
モニカの目は完全に虚ろとなっている。目が劇死している。
モニカが思わず絶望的な乾いた笑いを漏らしてしまう気持ちは分かる。私はさっきついつい思い出してしまったオリーブオイル地獄のことを再度脳裏によぎらせていた。あの絶望的感覚が蘇ってくる。
とにかくここはもう覚悟を決め、この町で一番辛くないらしい唐辛子煮込み麺を頼むしかない。
私はごくりと生唾を飲みこみ、店員さんに注文を告げた。
「唐辛子煮込み麺二つお願いします」
店員さんは注文を聞き、私たちの様子を見て苦笑いしながら頷き、去っていった。
もう注文してしまったので後には引けない。後は覚悟をして料理が運ばれる時を待つだけだ。
「……え、あれ? リリアさっき唐辛子煮込み麺二つって言ってた?」
「言ったけど」
「なんで!? なんで二つ頼んでるのよ! ここは絶対一つでいいでしょ!」
「いやほら、私たち見た目はこうだけど大人だしさ、一つだけ注文するって変だし……」
「変でいいじゃない! 私食べきる自信ないわよ!? あっ!? しかもあんたライラちゃんと二人で分けるじゃない!? 実質一人分全部食べるの私だけじゃない!」
向かい席に座っているのに今にも詰め寄りそうな剣幕で声を荒げるモニカ。でもすぐにこの刺激臭をたっぷり吸いこんだことで盛大にむせはじめた。
「もう、そんな言い合いしないでよ。モニカが食べきれなかったら私が食べてあげるわ」
どうどう、と背を撫でてモニカをなだめるライラ。モニカはそれで落ち着いたらしく、一度水をぐびりと飲んだ。
やがて、私たちの前には唐辛子煮込み麺が運ばれてきた。
大きな器に真っ赤なスープ。そこに沈んだ元は白かったであろう真っ赤に染まる麺が見えた。後小皿に卵が一個乗っかっている。
「あ、卵つきなんだ。辛いの苦手な人は卵を入れて食べてってことなんじゃない?」
「卵入れただけでどうにかなるのこれ? 思ってた以上に辛そうだわ。匂いも……あ、店内の匂いがすごすぎてそこまででもない感じに思える」
そう言い終えた瞬間モニカは思いっきりむせた。店内に漂う辛い匂いがすごすぎるから、対比としてそこまで辛い匂いに感じないのだろうけど、やっぱりそれなりにするんだろうな。うかつに嗅ぐのはやめておこう。
ひとまず私は箸を手に取り、唐辛子煮込み麺の中に差し入れる。
そして麺を掴み、引っ張り出した。
真っ赤に色づく麺を前にして、私はごくりと唾を飲んだ。
「ま、まさかあんた、卵すら入れず食べる気!?」
「ひ、一口だけね。ほら、やっぱり一度はそのままの味を味わってみたいし……」
震える口で、麺を一口かじった。
そして私はそのまま動きを止めた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫? 額から汗すごいんだけど……おーいリリア」
モニカは固まった私の目の前で数度手を振り、反応が無いことを確認してライラに顔を向けた。
「リリア、劇死したわ」
「……し、してないから……!」
ようやく私は意識を取り戻し、無責任に死亡宣告するモニカを睨みつける。
いや、実際は睨んだ訳ではないんだけど、辛すぎて自然と険しい表情になってしまうのだ。
「おお……生きてたのね。どう? 意外といける辛さ?」
「やっぱりいけない辛さ……!」
もう辛いを通り越して口の中が痛かった。本当にこれで観光客向けなのだろうか?
でも麺に絡んだスープは辛さがすごかったけど、意外とおいしさも感じた。ちゃんと出汁とか取ってる良いスープなのだろう。それでなぜ唐辛子を煮込んでしまったのか。それがこの町の文化なのだろうか。
「私はちゃんと最初から卵を入れて食べるわ。場合によっては卵の追加をお願いする」
私の様子を見て学んだのか、モニカは卵を小皿に割って軽くかき回し、唐辛子煮込み麺の中に投入した。私も変に格好つけず、最初からそうすればよかった。
そうして卵を割ったところで、ライラが私のそでをくいくいと引っ張ってきた。
「ねえリリア、私も一応卵を入れる前のを食べたいわ」
「え~、大丈夫? これとんでもなく辛いよ?」
「きっと大丈夫よ。ほら、二人と違って辛い匂いも大丈夫だったし」
そこまで言うなら、と私は麺を箸で掴み、ライラの口元に持っていく。
ライラは小さな口でぱくんと麺をかじった。
そして一瞬動きが止まり、そのつぶらな瞳を驚きに見開く。
「はわわわっ!?」
ライラは突然ぶんぶんと顔を左右に振り、口元を抑え、ごくんと喉を鳴らして麺を飲みこむ。
そうして自由になった口で、盛大に驚愕を訴える。
「か、か、か、かっ!? 辛いっ! とんでもなく辛いわっ!」
大きく叫んで、辛さを洗い流す水を求めたのか、慌てながらコップのふちを目がけて飛ぶライラ。
そしてコップを抱きしめるようにして掴み、一息にぐびぐびと飲み干してしまった。
「はっ、はぁっ、はぁっ……! わ、私もリリアみたいに劇死するところだったわ……」
「勝手に劇死したことにしないでくれる?」
でも驚いた。匂いにはそこまで反応を見せてなかったのに、辛いのはダメなんだ。
いや、辛いのがダメというより、この料理は辛すぎるのだからこれが普通の反応だ。ただ、口にした辛さに対して普通の反応を見せるのが意外だった。
「……そっか、あくまでむせるとか生理的な反応には強かっただけで、辛いのに別段強いわけじゃないんだ」
思えば匂い自体には、すごい匂いがする、と言っていた。ちゃんと漂う辛い匂いが異常な物だと認識していたわけだ。
味覚はほとんど人間と同じみたいだが、前作った渋いリリスのハーブティーをおいしいと言っていたし……妖精は色々と謎が多い。
ライラの新しい一面を知って、改めて妖精のいまだ解明されてない神秘性を目の当たりにする。まあその新たに知った一面が、辛いの強そうに見えてそうでもないっていう俗な感じ凄まじいものだけど。
しげしげとライラを見ていた私をよそに、モニカは卵入り唐辛子煮込み麺をずるずるすすりだした。
「ん……卵入れればそこそこ大丈夫だわ。辛いけど結構おいしいかも……げほっ、ごほっ。でもむせる」
自称辛いのはそんなに苦手ではないモニカは、卵入り唐辛子麺をむせつつ食べ進めていた。
それを見て私とライラは顔を見合わせ、黙って卵をスープに投入した。
そして一口。
「辛っ!」
「やっぱり辛いわっ!」
私とライラは口をそろえてそう言った。
「え? そう……? そこそこいい感じになってると思うけど……」
モニカは不思議そうに私たちを見ながら、ずるずる麺をすすり続ける。
どうやら私たちの中で一番辛さに強いのは、あれほど泣き言を漏らしていたモニカのようだ。
なんか……理不尽。
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中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
スローライフ 転生したら竜騎士に?
梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
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