魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
110 / 185

110話、瑠璃鳥の卵オムレツ

しおりを挟む
 死火山リグマットを中心にして広がる殺風景な火山地帯をしばらく進むと、地面が複雑に隆起する不思議な地形へと出くわした。

 ここは大昔の火山噴火の影響で所々地面が沈んでしまったらしく、今では沈み込む大地が目立ち、雨水が溜まった事で浅い川まで出来てしまっている。
 いわば、火山地帯の自然渓谷と言える場所だ。

「あ、鳥だ」

 そんな渓谷の底を歩きつつ崖を見上げていると、空を舞い飛ぶ複数の鳥を発見した。
 私の声に反応して、ライラも空を見上げる。

「わあ、青くて綺麗な鳥ね」
「多分ギムレッドって名前の野鳥だよ。瑠璃鳥とも呼ばれたりする」
「へえ、リリアって鳥に詳しいのね」
「ううん、昔イヴァンナが瑠璃鳥の卵は絶品って言ってたから、気になって調べただけだよ」
「……そう」

 食欲由来の知識だった事に呆れたのか、ライラの反応は素っ気なかった。
 確かギムレッドは海辺の崖に生息している鳥で、崖の微妙な起伏に巣を作り卵を産む習性がある。いわゆる海鳥のはずだけど、何でここに巣くっているのだろう。

 ……まさか崖なら結構どこでも生息するのかな? 川もあるし、ギムレッドからしたら海辺と何ら変わらない環境なのかも。
 事実はどうあれ、海を透過したような美しい瑠璃色の羽根を持つギムレッドは、中々どうして環境に適応する生命力に優れているのかもしれない。

「ギムレッドの卵か……」
「まさか取りに行くつもり?」

 ぽつりと呟いた私に、ライラがすかさず反応する。

「いや、止めとく。警戒した鳥に突つかれるかもしれないし、うっかり崖の鋭いとこで怪我するかもだし」
「懸命な判断ね。イヴァンナが美味しいって言う卵に少し興味あったけど」
「あ、ライラが取りに行ってみる?」
「リリアが言った理由そっくりそのままお返しするわ」

 だよね。崖にある卵を取るのはさすがにサバイバル的な難易度が高い。
 しかしライラが言うように、ギムレッドの卵を食べてみたかった。海辺の町に行った時に探してみようかな。

 そんな食欲に支配された頭のまま、空を飛ぶたくさんの瑠璃鳥を見上げながらしばらく歩き続けた。
 すると、隆起する岩盤がやや平らになった場所へと出くわす。
 そこには、なぜかぽつんと一件、小さな小屋が立っていた。

 こんな所に小屋? と近づいて見ると、小屋の前の立て看板に気づく。
 そこにはこう書いてあった。「瑠璃鳥の卵料理専門店」と。

「……これは私の食欲が生み出した幻覚かな?」
「もしかしたらリリアの方じゃなくて、私の食欲が生み出したのかもしれないわ」

 ライラと思わず顔を見合わせて、信じられないとばかりにひきつった笑いを見せ合う。

 確かにここは海鳥ギムレッドがたくさん生息しているし、海風が吹きつける海辺の崖と違って卵も取りやすいかもしれない。
 それにしたって、卵料理専門のお店をこんな場所に出すなんて……お店の主人はそうとうな卵フリークなのだろう。

「どうするライラ。入ってみる?」
「これが幻覚じゃないなら、ぜひ入って瑠璃鳥の卵を食べてみたいわ」
「私も同意見だよ」

 さすがに二人して食欲が生み出す幻覚を見ることは無いだろう。つまりこのお店は現実だ。
 そう判断した私たちは、思い切って入店する事にした。

 ドアを開けると、内側に付けられていた小さなベルがからんからんと鳴る。
 お店の中は当然ながら閑散としていた。とりあえずカウンター側に居たお店の主人に会釈して、テーブル席へと座る。

「やあやあこんにちは、魔女のお嬢さん。瑠璃鳥の卵を食べるのは初めてかい?」

 一息つく間もなく、お店の主人が私に話しかけてくる。
 お店の主人はまだ若い男性で、清潔そうな白いコック服を着ていた。お店のオーナーでありシェフなのだろう。
 彼は、私の返事を待たずまくしたてるように口を開く。

「実はこのお店は最近出店したばかりなんだ。つまり魔女のお嬢さんが一人目のお客様。ここは記念すべき初めてのお客様に、ぜひおすすめの卵料理を提供したいんだけど、いいかい? 値段は半額にしておくよ」
「え、あ、え……じゃ、じゃあおすすめで」
「それではすぐに作ってくるので、しばらくお待ちください」

 お店の主人でありコックでもある彼は、明るく鼻歌を歌いながら調理場へと向かっていく。
 何か……圧が強くて押しに負けてしまった。爽やかそうな見た目なのに濃い人だ。
 ……こんな所にお店を出すくらいだから、それも当然か。

 それにしても、私が初めてのお客って……大丈夫なのかな、このお店。
 濃いシェフと驚愕の事実を知り、私の中で段々と嫌な予感が膨らんでいく。

「おすすめって何が出てくるのかしらね?」

 テーブルにちょこんと座ったライラが見上げてくる。私は不安げな声で答えた。

「何だろうね……私としては普通のが良いんだけど」

 どうしても、かつてのデスクラブ専門店とかオリーブオイルを食べようの会とかを思い出してしまう。
 ほどなくして、それほど時間がかかる事もなく先ほどの主人がやってきた。その手には白いお皿とパンカゴを持っている。

「瑠璃鳥の卵のプレーンオムレツです」
「あ……」

 ことりとテーブルにお皿が置かれ、プレーンオムレツの全貌が明らかになる。
 それは黄色味の濃いオムレツだった。ケチャップなどはかかってなくて、完全に卵だけのプレーンな感じ。

「瑠璃鳥の卵は味が濃厚だから、オムレツにする場合はケチャップをつけるよりも少々の塩で味付けした方がおいしいんだ。さあどうぞ、召し上がって」

 差し出されたフォークとナイフを受け取り、オムレツにナイフを差し込んでみる。
 すると、すんなりナイフが沈み込み、切断面から半熟のトロトロの中味がこぼれ出す。

「パンと一緒に食べる前に、まずはオムレツだけで食べてみて」

 言われるまま、フォークでトロトロのオムレツをすくい上げて食べてみる。

「わっ、味が濃い」

 瑠璃鳥の卵は、市販の鶏卵と比べるとかなり濃厚でまろやかな味だった。力強い旨みがあって、かなり美味しい。

「そう、瑠璃鳥の卵は味が濃厚なんだ。市販の物と比べると栄養価も高く、味も比べ物にならないっ。私は色々な動物の卵を食べてきたけど、間違いなくこの瑠璃鳥の卵が一番美味しいと自信を持って言えるっ!」

 何か……お店の主人が興奮してきて怖いんだけど。

「驚くことにこのオムレツには牛乳や生クリームを入れてないんだよ! それでこのまろやかな風味は信じられないだろう!? ただ瑠璃鳥の卵は一つ難点があって、熱を加えるとすぐに硬くなってしまうんだ。市販の物より栄養価が高いという事は、たんぱく質も豊富という事だからね。その瑠璃鳥の卵をトロトロのオムレツにするには、絶妙な火加減の他、二回に分けて卵を投入する必要があり……」

 何か解説が始まっちゃったよ……。
 話すのに熱中するあまり、店の主人は弁論するかのように身振り手振りも入れてきた。
 これ、聞かなきゃダメな奴?

 話半分聞き流しながら、今度はパンと一緒に食べてみる。
 とろっとろの卵をカリっと焼かれたパンに乗せて、ぱくっと一口。
 カリっとした食感に焼けたパンの香ばしい風味。そこに濃厚なオムレツの味が広がり、口の中が幸せに包まれる。

「そのパンもかなりこだわった一品で、実は瑠璃鳥の卵を小麦粉に加えて生地を作ってるんだ。そこから自然発酵させるのに三日かけ、焼く時も瑠璃鳥の溶いた卵を表面に塗って照りをつけ……」

 ……どうしよう。ずっと喋ってるよ、この人。

 聞き流しつつライラの為にパンを千切り、オムレツを乗せる。それを渡してまた一緒に食べ始めた。
 もう私に話しているという認識があるのかどうか、熱を込めて喋る主人を尻目に全部食べ終えた私たちは、これ以上長話に巻き込まれるのを恐れてすぐに席を立つ。

「あっ……もう全部食べたのかい。満足して頂けたら嬉しいよ。どうぞまたご来店下さいっ!」

 そんなシェフの声を聞きながらお店を出て、深くため息をつく。

「はぁ~……まさか食べてる間中、すぐ隣でずっと喋り続けるとは思わなかった」
「あんなに落ちつかない食事は初めてだったわ」

 さすがのライラも疲れたように肩を揉んでいた。

「オムレツは文句なく美味しかったけど……あのお店、これから大丈夫かしら?」

 ライラに私は何も返せなかった。
 こんな場所にお店を構えているのもあるけど、あのまくしたてるように喋り続けるシェフも濃いし……繁盛している未来が見えない。

「ま、まあ、私の知り合いには教えておこうかな、このお店」

 味は文句なしに美味しかったし、隠れた名店とでも言っておけば大丈夫だろう。
 美味しいごはんを食べ終えたばかりだというのに、妙な疲れを感じつつ私はまた旅を再開するのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

俺とエルフとお猫様 ~現代と異世界を行き来できる俺は、現代道具で異世界をもふもふネコと無双する!~

八神 凪
ファンタジー
義理の両親が亡くなり、財産を受け継いだ永村 住考(えいむら すみたか) 平凡な会社員だった彼は、財産を譲り受けた際にアパート経営を継ぐため会社を辞めた。 明日から自由な時間をどう過ごすか考え、犬を飼おうと考えていた矢先に、命を終えた猫と子ネコを発見する。 その日の夜、飛び起きるほどの大地震が起こるも町は平和そのものであった。 しかし、彼の家の裏庭がとんでもないことになる――

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

処理中です...