魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
136 / 185

136話、旅館と天ぷら色々

しおりを挟む
 ルキョウの町について植物公園を一通り見て回った頃、空はすっかり夕暮れになっていた。
 となると自然と話題になるのが今日の夜ごはんだ。ベアトリスとライラの二人と相談した結果、ひとまず宿屋へ行き荷物を降ろしてから改めて考えようとなった。

 ルキョウの町の宿は主に旅館と呼ばれている。部屋は畳と呼ばれる草を編んで作った床材が敷かれており、独特な青い匂いがほのかに香っていた。これは植物の匂いで、どことなく落ち着く香りをしている。どうやらリラックス効果もあるらしい。
 一部屋がわりと広く、ベッドではなく布団と呼ばれる敷くタイプの寝具が備え付けられている。なので複数人一緒の部屋に泊まった方がお得なのだ。

 というわけでベアトリスも同じ部屋に泊まる事となり、一端荷物を置いて腰を落ち着ける。大きな広い部屋を仕切りで二つに区切っていて、一つが居間、そしてもう一つが寝間となっている。
 居間にはローテーブルと座卓があり、ベアトリスと向かい合わせで座りながら、ライラも入れて三人で夕食の話し合いを始めた。

「夜ごはんどうする?」

 私が言うと、腰を落ち着けてすっかりリラックスしているベアトリスが気の無い返事を返した。

「そうねー……とりあえず今はしばらく動きたくないわ」

 ようやく落ち着ける宿にたどり着いたからか、一気に気が抜けてしまったのだろう。それは私も同じだった。この畳み独特の落ち着く香りが満ちる部屋で腰を降ろしたら、まるで根が張ったように立てなくなる。
 ……ライラなんて、畳みの上でごろごろ転がってるし。

「でもこのままこうしてるとお腹が空いていくばかりなんだよな~」

 それが問題だった。この部屋は落ち着くしできればもう外に出たくないが、しかし夜ごはんがまだな現状、じわじわお腹が空いていく。
 このままだと、気がつけばお腹が空いていて動く気力も尽き、夕食を食べずに寝てしまう未来が待っていそうだ。せっかく町にたどり着いたのにそんな結末は避けたい。

 だからといって、ここですぐ外に出てお店を探そうと言う事もできなかった。いや本当、落ち着くんだよここ。せめて後十分……いや十五分ほどはゆっくりしたい。それからごはんの事は考えよう。……やっぱり二十分後で。
 私がそんな自堕落に陥っていた時、ベアトリスは何の気なしにローテーブルの上に置いてあった旅館の案内書を手にして、ぱらぱらとめくり始めた。これには当旅館の説明や周囲の地図に観光地が記されているはずだ。

「あら」

 するとそんな小さな声を出して案内書をめくる手を止めた。

「なにかあったの?」
「見てこれ。ここ、ごはんを注文できるらしいわ」
「え、うそっ」

 ベアトリスが差し出した案内書を見ると、確かにそう書かれていた。これまでの宿屋は基本的に泊まる為だけの施設だったが、この旅館は料理を提供するサービスも行っているらしい。
 これは渡りに船だ。外に出る事なくごはんが食べられるなんて今の私には夢のよう。

「よし、ここでごはん注文しよう」
「そうね。それが一番だわ」
「私はなんでもいいわよー」

 二人も問題ないようなので、早速何を食べるか決めるべく、案内書に記されている料理の種類をざっと眺めてみる。
 肉料理や魚料理などのメジャーどころの料理名は基本的にあった。しかしどうせ食べるならこの町独特の物が良いというのが私の持論であり旅の目的である。
 そういう目線で見ると、おのずと食べたい物が限られてくる。
 その中でも気になった料理名を、私は二人に告げてみた。

「天ぷらってどうかな? ちょっと気になるんだけど」
「天ぷら? ……ああ、揚げ物料理の事よね。ちょっとだけ聞いた事があるわ。小麦粉で作った衣で包むのはフリッターと同じだけど、それと比べて衣が薄くサクっとした食感だとか。私も食べた事ないから気になるわ」
「じゃあベアトリスも天ぷらね。ライラは?」
「私もそれでいいわー」

 ライラはまだ畳の上でごろごろしていた。
 となると、複数人で食べられる天ぷらの盛り合わせを頼めば問題なさそうだ。
 私はすごくおっくうだったが、部屋から出て旅館の入口に向かい、受付の人に料理の注文を告げた。そうすると料理ができあがったら部屋に持ってきてくれるのだ。
 部屋に戻ると、なぜかベアトリスもライラみたく畳みの上で横になっていた。

「……なにしてるの」
「ライラが気持ちよさそうだったからつい」

 確かに気持ちよさそうだけども。まあ好きにさせておこう。
 そんなだらけた時間が十数分ほど経った時、ドアがノックされる。注文していた天ぷらの盛り合わせが届いたのだ。
 もうお腹が大分空いていたので、すぐさまドアを開けて招き入れる。ローテーブルの上に天ぷらの盛り合わせを置いた従業員さんを見送った後、私達は一斉に天ぷらの前に集まった。

 樹の根を編み込んだような独特な器に油を吸う為のペーパーが敷かれ、その上に天ぷらが山盛りになっている。これは壮観な見た目だ。

「これが天ぷら……思ってた以上に衣が薄いわね。やっぱりフリッターとは違ってるわ」

 ベアトリスは興味津々といったていで天ぷらへ視線を送っている。どちらかというと食欲よりも料理体系への興味が強いようだけど。
 対して私とライラは、なんでもいいからおいしければいいという考え。早く食べたくてうずうずしていた。

「冷めないうちに食べましょうよ」

 ライラのその言葉に、そうだとばかりに私は頷く。ベアトリスはちょっと呆れつつも、そうねと肯定した。

「だけど山盛りになってるから何がなんだか分からないわね」
「食べてみればわかるんじゃない? まさか一種類だけって事はないだろうし」

 早速私は山盛りの天ぷらの一番頂点へ箸を伸ばした。
 掴んだのは非常に薄い天ぷら。衣だけでなく具材も薄い。うっすらと衣が透けて、緑色の葉っぱのような具材が見えた。

 なんだこれ。本当に葉っぱじゃん。食べられるの?
 そう思いつつ一口噛んでみると、じゃくっと小気味いい音と共に簡単に噛みちぎれた。
 すると口の中に爽やかでさっぱりとしたほのかな酸味が広がる。

 これ、シソの葉か。別名大葉。お肉に巻いて食べたり千切りにしてかけたりと、どちらかといえば薬味に近い葉っぱだ。
 それを一枚丸ごとからっと揚げるのは面白い。シソ独特の匂いは食欲を増進させる効果があるのか、食欲が更にわいてきた。

「あ、備え付けの塩と天つゆがあるわよ。具材によってはこれをつけて食べた方がよりおいしいかもね」

 ベアトリスが二つの小皿にそれぞれを入れてくれる。ただシソの葉に限っては何もつけなくても十分に感じた。
 よし、このままどんどん食べていこう。私達三人は、気の向くまま山盛りの天ぷらを崩していく。

 次に私が手に取ったのはししとうの天ぷらだった。また緑色じゃんと思ったが、揚げられたししとうはボリっとした食感と共に青くさい野菜の旨みに溢れ、甘じょっぱい天つゆと合わせて食べると非常においしい。
 野菜もいいけど肉系とかないのかな、と思い、それっぽいのを次はチョイス。

「これは……肉だよね。なんの肉?」

 疑問に思いつつ、塩をつけて一口かじってみる。すると溢れる肉汁と旨み。この味は知っている。

「鳥肉だ」

 これは鶏の天ぷらだった。鶏肉はさっぱりしつつクセがなく、豚や牛と比べると少々淡泊な印象がある。しかし油であげるとジューシーさが増して食べごたえも抜群。じわっと染み出る鶏肉の旨みはなんとも言えないおいしさである。
 私がそんな風に舌つづみを打っていると、ベアトリスもちょうど何かの天ぷらを頬張る所だった。

「これは……かき揚げよね。これも食べるの初めて……さて、どうかしら」

 かき揚げは小さい食材を衣で纏めて揚げた物で、天ぷらの一種らしい。所々黄色が見えたが、さて、何を食べたのだろう。
 じゃくじゃく小気味いい音が私の耳にも届き、ベアトリスはごくんと飲みこんだ。表情を見るに非常においしかったようだ。すごく満足げ。

「それなに?」
「トウモロコシだったみたい。甘くてすごくおいしいわ」
「本当? 私も食べる」
「これなら天つゆがおすすめかしら」

 勧められるまま、天つゆをつけてトウモロコシのかき揚げを一口。
 かき揚げは通常の天ぷらのようにサクっとした食感がありつつ、中は厚い衣のもっちりとした食べごたえもあった。そしてふんだんに入ったトウモロコシが本当に甘い。砂糖とかの甘味料とは違う、野菜の甘みだ。ベアトリスが言う通り、天つゆが非常に合っている。

「見てリリア、こんなに大きいエビー」

 ライラの方は天ぷらの盛り合わせの奥からエビを発見したらしく、大きなエビをぱくっと頬張っていた。

「おいしいわ。二人も食べたら? エビー」

 エビの天ぷらか……エビフライは食べた事あるけど、天ぷらだとやはりちょっと違う物なのだろうか。
 そう思いながらエビを探していたら、掴んだのはまたかき揚げだった。
 今度のは所々赤い。なんだろうこれ。

 とりあえず何もつけずに食べると、ピリっとした辛味が口に走る。
 この味は……ショウガだ。どうやら赤く色づけした紅ショウガをかき揚げにして揚げた物らしい。
 紅ショウガは以前食べた肉丼の上に乗っていたが、やはりこれも薬味に近い。天ぷらって薬味をメイン食材として食べたりするのか。ちょっと独創的。

 この天ぷらの盛り合わせ。色んな種類がある上に量も多く、三人で食べても食べてもまだ無くならない。しかも何が入っているのか分かってないから、食べるごとに驚きと発見があって楽しかった。まるで山を掘ってお宝を探している気分になる。
 エビにタラか何かの白身魚、そして薬味系のミョウガ、ネギにきのこ。食べれば食べるほど色んな味が楽しめる。

 パンやごはんといった主食が無い分、たくさんの天ぷらが楽しめた。ようやく全部食べ終えた頃には私達のお腹は限界だった。

「さすがに多かったわね……でもおいしかったわ」

 満足したように三人ため息をつき、油で汚れた口元を紙で拭う。
 しかしあれだ。こうして油っ気あるものをたくさん食べた後は……熱いお茶で口を潤したい。
 ……また受付まで行ってお茶を注文するか。でも面倒な気も。ああ、どうしよう。
 すると私の迷いを察したのか、ベアトリスが言う。

「飲み物を注文してくるなら、私のもお願い。種類は任せるわ」
「私もおねがーい」

 ……うまいことお願いされてしまった。お腹が重かったがしかたなく立ち上がり、部屋を出る。
 その際に完全に食後のだらけきったベアトリスとライラを見て、ふと思った。
 なんか今回は私だけ堕落してなくない?
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...