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キャサワリー
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真っ黒な一台のバイクが、地下の駐車場へつながるスロープを降りてゆく。
車体もライダースーツもヘルメットも全て黒い。
きつく締め上げられたライダースーツのなぞるボディーラインが、そのバイクのライダーを女だと主張している。
午前六時過ぎ。
停めてある車もまばら。
もちろん、人影もない。
柱の影に、隠れるように一台の白いクーペが停めてある。
バイクはその隣に停まった。
女はヘルメットを脱ぐ。
絹糸の束のような赤い髪が、広がる。
瞳が青い。
透き通るような白い肌は、北欧の血が流れているだろうことを物語る。
女はバイクから降りて、隣に停めてある車に近づく。
左側のドアを無造作に開ける。
助手席のシートの上にはスマートフォンと、彼女のものだと思われる着替えの服。
スマートフォンの画面が光り、音もなく着信を告げている。
「シャワーが浴びたいわ」
電話に出るなり、女はそう言った。
日本語ではない。
フランス語だ。
「フランス人は風呂が嫌いなのではなかったかね?」
太く低いかすれた男の声が、そう言って笑った。
「十九世紀辺りの話をされても、困るわ」
女は鼻で笑い、着替えに用意された服を広げた。
「夜明け前の君の仕事ぶりには驚いたよ。我々にトラックまで用意させて、電話でお話ししただけとはな」
「ねえ、こんな低い車用意しといてミニスカートって。素敵なセンスだわ」
女は相手の皮肉を無視して、皮肉を返す。
「君の長い足なら問題ないだろう?」
男は愉快そうに笑う。
「注文したものは?」
「トランクにある」
チラッと女はシートの後ろのスペースを見た。
長方形の黒いケースが置いてある。
「それとな」
男が続ける。
「M428を同行させる。もう直ぐそちらに着くはずだ」
「M429の姉妹品?まともなんでしょうね?」
「心配ない。品質は保証しよう」
女はライダースーツのファスナーを下ろし、脱ぎ出した。
「あとはM428が教えてくれる。まあ、次は払った分の仕事はしてくれると、期待しているよ」
通話が切れた。
女は下着姿になり、着替え始めた。
彼女がスカートに足を通していると、一人の少女がこちらに近づいてくるのが見えた。
耳が隠れるくらいの短い黒髪。
顔つきは日本人である。
大人しそうな顔をした少女である。
「あのう……」
少女は無表情に、女に話しかけた。
「フランス語は?」
女がフランス語で問いかけると、
大丈夫だと、流暢なフランス語で、少女は答えた。
「ミヤ、と言います」
そう名乗った。
「火喰鳥よ」
「鳥の名前がお名前なんですか?」
「そうよ」
女、ーーキャサワリーはそう言ってセミロングの赤毛をかきあげた。
ミヤに乗れと促して、キャサワリーは運転席に滑り込んだ。
キャサワリーは車を走らせ始める。
「で、Mナンバー、アナタは何ができるのかしら?」
Mナンバーと呼ばれると、ミヤは明らかに不快そうな顔をした。
「Mナンバーと呼ぶのはやめてください」
フン、と鼻で笑う。
「まあ、なんでもいいわ。アナタは何ができるの?」
上目遣いにキャサワリーを睨みつけながらミヤは右耳の後ろを弄り、そこから何かコードのようなものを引っ張り出してきた。
「アナタ体からコードが出てくるの?」
「このコードをこの車のナビゲーションシステムに繋ぎます」
そう言ってミヤはそのコードをカーナビの左下にある外部入力端子に差し込んだ。
「このナビは私と接続できる専用のナビに取り替えてあります」
ミヤはコードを繋げたまま目を閉じ、しばらくしてからそのコードを引き抜いた。
「これでこのナビは完全に私とシンクロしました。この車から世界中の情報が閲覧できます」
コードを耳の裏に仕舞い込みながら、ミヤはそう言った。
「有線で私と繋げばハッキングも可能です」
ナビゲーションのモニターには地図が映し出されている。
細い一本道の上に、赤い矢印のポインターが示されている。
「県境にある峠です」
ミヤが言うと、画像が衛星写真のような映像に切り替わった。
そこには奥深い山の山頂付近に停車する一台の車が映し出されている。
「日本の情報収集衛星光学七号機による映像です。軌道上にいたので、十五分ほど前に使わせてもらいました」
そして、画面がまた切り替わり、今度はカーナビの本来の画面のような、現在地から目標までのルート、距離、到達時間が記された地図が映し出された。
「マヤまでのルートです」
ミヤはそう言ってチラッとバックミラーを見た。
「ちなみに、警備警察はまだマヤたちの居所は掴んでいません。四十分ほど前にNシステムで補足はしたようですが、その先はロストしたようです」
「それがアナタの能力なの? とんでもないわね」
呆れたような声で、キャサワリーは聞いた。
「世界は私に隠し事はできません。でも私は世界から完全に隠れることもできます。といっても、情報の上で、ですが」
ミヤはキャサワリーの顔を覗きこむように言った。
キャサワリーは背中に冷たいものを感じた。
ミヤのこの顔。
私が誰だか知っている。
「やっぱり不気味ね、Mナンバーは」
蔑むように、キャサワリーは言った。
「私、アナタが嫌いです」
ミヤがキャサワリーを睨む。
「ワタシもアナタのこと嫌いよ。でもお仕事だからお互い我慢しましょう」
キャサワリーはタバコに火をつけた。
ミヤが嫌そうな顔をして、窓を開ける。
「後ろの五十口径は、マヤに使用するために?」
そう言われて、キャサワリーはバックミラーに目をやった。
「さあ。まあ、保険とお守りみたいなもんかしらね」
「マヤはの強化骨格は五十口径くらいでは砕けませんよ。HEIAP(徹甲炸裂焼夷弾)でも無理です」
キャサワリーは声を上げて笑った。
全てキャサワリーが注文した内容だ。
「ホント、なんでもお見通しなのね。アナタ生きてて嫌にならない?」
「なりません。あなたのタバコの方が嫌になります」
キャサワリーはまた声を上げて笑い、タバコを窓から投げ捨てた。
車体もライダースーツもヘルメットも全て黒い。
きつく締め上げられたライダースーツのなぞるボディーラインが、そのバイクのライダーを女だと主張している。
午前六時過ぎ。
停めてある車もまばら。
もちろん、人影もない。
柱の影に、隠れるように一台の白いクーペが停めてある。
バイクはその隣に停まった。
女はヘルメットを脱ぐ。
絹糸の束のような赤い髪が、広がる。
瞳が青い。
透き通るような白い肌は、北欧の血が流れているだろうことを物語る。
女はバイクから降りて、隣に停めてある車に近づく。
左側のドアを無造作に開ける。
助手席のシートの上にはスマートフォンと、彼女のものだと思われる着替えの服。
スマートフォンの画面が光り、音もなく着信を告げている。
「シャワーが浴びたいわ」
電話に出るなり、女はそう言った。
日本語ではない。
フランス語だ。
「フランス人は風呂が嫌いなのではなかったかね?」
太く低いかすれた男の声が、そう言って笑った。
「十九世紀辺りの話をされても、困るわ」
女は鼻で笑い、着替えに用意された服を広げた。
「夜明け前の君の仕事ぶりには驚いたよ。我々にトラックまで用意させて、電話でお話ししただけとはな」
「ねえ、こんな低い車用意しといてミニスカートって。素敵なセンスだわ」
女は相手の皮肉を無視して、皮肉を返す。
「君の長い足なら問題ないだろう?」
男は愉快そうに笑う。
「注文したものは?」
「トランクにある」
チラッと女はシートの後ろのスペースを見た。
長方形の黒いケースが置いてある。
「それとな」
男が続ける。
「M428を同行させる。もう直ぐそちらに着くはずだ」
「M429の姉妹品?まともなんでしょうね?」
「心配ない。品質は保証しよう」
女はライダースーツのファスナーを下ろし、脱ぎ出した。
「あとはM428が教えてくれる。まあ、次は払った分の仕事はしてくれると、期待しているよ」
通話が切れた。
女は下着姿になり、着替え始めた。
彼女がスカートに足を通していると、一人の少女がこちらに近づいてくるのが見えた。
耳が隠れるくらいの短い黒髪。
顔つきは日本人である。
大人しそうな顔をした少女である。
「あのう……」
少女は無表情に、女に話しかけた。
「フランス語は?」
女がフランス語で問いかけると、
大丈夫だと、流暢なフランス語で、少女は答えた。
「ミヤ、と言います」
そう名乗った。
「火喰鳥よ」
「鳥の名前がお名前なんですか?」
「そうよ」
女、ーーキャサワリーはそう言ってセミロングの赤毛をかきあげた。
ミヤに乗れと促して、キャサワリーは運転席に滑り込んだ。
キャサワリーは車を走らせ始める。
「で、Mナンバー、アナタは何ができるのかしら?」
Mナンバーと呼ばれると、ミヤは明らかに不快そうな顔をした。
「Mナンバーと呼ぶのはやめてください」
フン、と鼻で笑う。
「まあ、なんでもいいわ。アナタは何ができるの?」
上目遣いにキャサワリーを睨みつけながらミヤは右耳の後ろを弄り、そこから何かコードのようなものを引っ張り出してきた。
「アナタ体からコードが出てくるの?」
「このコードをこの車のナビゲーションシステムに繋ぎます」
そう言ってミヤはそのコードをカーナビの左下にある外部入力端子に差し込んだ。
「このナビは私と接続できる専用のナビに取り替えてあります」
ミヤはコードを繋げたまま目を閉じ、しばらくしてからそのコードを引き抜いた。
「これでこのナビは完全に私とシンクロしました。この車から世界中の情報が閲覧できます」
コードを耳の裏に仕舞い込みながら、ミヤはそう言った。
「有線で私と繋げばハッキングも可能です」
ナビゲーションのモニターには地図が映し出されている。
細い一本道の上に、赤い矢印のポインターが示されている。
「県境にある峠です」
ミヤが言うと、画像が衛星写真のような映像に切り替わった。
そこには奥深い山の山頂付近に停車する一台の車が映し出されている。
「日本の情報収集衛星光学七号機による映像です。軌道上にいたので、十五分ほど前に使わせてもらいました」
そして、画面がまた切り替わり、今度はカーナビの本来の画面のような、現在地から目標までのルート、距離、到達時間が記された地図が映し出された。
「マヤまでのルートです」
ミヤはそう言ってチラッとバックミラーを見た。
「ちなみに、警備警察はまだマヤたちの居所は掴んでいません。四十分ほど前にNシステムで補足はしたようですが、その先はロストしたようです」
「それがアナタの能力なの? とんでもないわね」
呆れたような声で、キャサワリーは聞いた。
「世界は私に隠し事はできません。でも私は世界から完全に隠れることもできます。といっても、情報の上で、ですが」
ミヤはキャサワリーの顔を覗きこむように言った。
キャサワリーは背中に冷たいものを感じた。
ミヤのこの顔。
私が誰だか知っている。
「やっぱり不気味ね、Mナンバーは」
蔑むように、キャサワリーは言った。
「私、アナタが嫌いです」
ミヤがキャサワリーを睨む。
「ワタシもアナタのこと嫌いよ。でもお仕事だからお互い我慢しましょう」
キャサワリーはタバコに火をつけた。
ミヤが嫌そうな顔をして、窓を開ける。
「後ろの五十口径は、マヤに使用するために?」
そう言われて、キャサワリーはバックミラーに目をやった。
「さあ。まあ、保険とお守りみたいなもんかしらね」
「マヤはの強化骨格は五十口径くらいでは砕けませんよ。HEIAP(徹甲炸裂焼夷弾)でも無理です」
キャサワリーは声を上げて笑った。
全てキャサワリーが注文した内容だ。
「ホント、なんでもお見通しなのね。アナタ生きてて嫌にならない?」
「なりません。あなたのタバコの方が嫌になります」
キャサワリーはまた声を上げて笑い、タバコを窓から投げ捨てた。
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