オヤジとJK、疾る!

柊四十郎

文字の大きさ
上 下
9 / 36

五十口径

しおりを挟む
 林道冠山線は、その名の通り林道である。
 路肩を含めても三メートル六十センチしかない道路の幅員、連続する急カーブ、急な下り坂。
 谷底への落下を防ぐガードレールや縁石の類も置かれていない箇所も多い。
 しかも、ガードレールに至っては落石の影響なのか、破壊されているものばかりである。
 その林道を、三台の車がタイヤを鳴らしながら駆け下りてゆく。
 谷底に落ちるか、むき出しの岩肌に激突するか。
 死と隣り合わせのダウンヒル。
 最後尾を走る公安警察のBMWを駆る小山内たちは、自分たちが徐々に引き離されていることに焦りを感じていた。
「先輩、こりゃ追いつけないかもかも知れんですよ」
 ハンドルを握る内舘が、悔しそうに言った。
「なぜだ?」
 小山内は割れて飛び散ったフロントガラスの破片を払いながら聞いた。
「うちの車が重すぎるんです。パワーもありすぎる。それに、前を走ってるフェアレディZ、ありゃ頭がおかしいですよ」
 歯軋りの聞こえてきそうなほど歯を食いしばり、追い詰められた顔でハンドルを握る内舘の表情が、この峠の下り道の恐ろしさを雄弁に物語っている。
 前を走っているであろう白いフェアレディZの姿はもう見えない。
 だが、カーブごとに残る、白い煙とゴムの焼けたような匂いだけが、その存在を強烈にアピールしている。
 どうなってやがる!
 小山内は車のダッシャボードを殴り付けたいような気持ちでガラスの割れたフロントウィンドウを睨みつけた。
 前を走る車の運転手は、おそらく少女だったように思われる。
 発砲される前に、一瞬だけだが顔が見えた。
 あの小野寺という男といい、前を走る謎の少女といい、謎が多すぎる。
 おまけに山頂からの狙撃。
 あれも前を走る少女の仕業なのか?
 まあさ、とは思ったが、小山内たちに向けて拳銃を発砲してきたのはまぎれもなくその少女である。
 ありえないとは言い切れない、と小山内は思った。
 それに、狙撃が少女でなかった場合、狙撃手が別にいたということになる。
 あの車に一緒に乗っているということか?
 あの野上マヤという少女は何なんだ?
 この訳のわからない追走劇、それに加えて中国の特殊部隊までもが、野上マヤを奪取しようと、日本国内に潜んでいる。
 どれほどの価値が野上マヤにはあるのか。
 日帰り程度の仕事だと、少し気を抜いていた小山内にとって、この展開はあまりにも予想外であった。
「内舘、何とかならんか!? リアタイヤに一発ブチ込んで谷に落としてやる」
「先に自分らが落ちてしまいますよ! 無茶言わんでください!!」
 悲鳴のような声を上げて、内館が答える。
 すると、急に車がスピードを落とし始めた。
 ガタガタと車体が揺れ始め、ボンネットの隙間から白い煙のようなものが立ち上る。
「クッソ!!」
 内館が悔しそうにハンドルを叩き出した。
「エンジンに一発貰いましたからね。もうダメです」
 内舘は諦めたようにそう言って、サイドブレーキをゆっくりと引き上げながら、車を減速させ始めた。
「エンジンが死にましたよ。電気系統もです。ブレーキも効きません」
 内舘はそのまま右の山肌に車をぶつけ、ガリガリと押しつけるようにして車を停車させた。
「V8をブチ抜くなんて、どんな拳銃なんですか?」
 内舘はそう言って、安堵のため息をつき、滝のように流れる額の汗を拭う。
「おそらく五十口径のマグナム弾だ」
 小山内はそう答えてから、衝撃を受けた。
 あの少女は車の窓から体をひねった姿勢で、片手撃ちしていた。
 しかも二連射。
 訓練されたガンマンでも、五十口径の拳銃など片手で撃てる代物ではない。
 俺たちは何を相手にしているんだ?
 小山内はそら恐ろしくなってきた。
「内舘、俺たちはとんでもないものを相手にしているんじゃないか?」
 思い詰めたような顔で小山内はそう内舘に語りかけた。
 内舘は呆れたような顔をして、
「そん事はとっくにわかってる事じゃないですか。何を今更」
 と答えた。
「とにかく、降りてください。歩いて山を下りるしかないですよ」
 優秀だけど、どっかぬけてんな、この先輩。
 そう思うと、内舘は少しおかしくなってきた。
 
 
 


 
 
しおりを挟む

処理中です...