オヤジとJK、疾る!

柊四十郎

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赤毛の女

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 ブレーキがもたない!
 さすがに小野寺も恐怖を感じはじめていた。
 このままこの急峻な峠道を降り続けるには、あまりにも脆弱なブレーキ。
「くそっ!」
 いつ終わるかも知れないこのデスレース。
 小野寺の車はすでに限界にきつつある。
 落ちるか、ぶつかるか?
 選択肢はその二つに絞られつつある。
 その時、ルームミラーに何かの光が反射した。
 二回。
 パッシング?
 小野寺はあらためてルームミラーを覗き込んだ。
 すると、後続のフェアレディZが減速し、小野寺たちの車から遠ざかっていく姿が見えた。
 相手の意図はわからないが、正直なところ、助かった、と思ったことに間違いはない。
 小野寺は車のスピードを緩め、真っ赤になっていそうなブレーキを冷ますように、緩やかな運転に切り替えた。
「どうしちゃったんだろーね?」
 マヤが、後ろを確認するようにサイドミラーを覗き込む。
「さあな。だが、諦めてくれたわけじゃねぇみてえだな」
 白いZは小野寺の車のスピードに合わせて、ついてきている。
 先ほどまでの、フロントバンパーとリアバンパーがぶつかりそうなほどは詰めてきてはいないが、車一台半くらいの車間で追走してきている。
「マヤ、怪我とかしてないか?」
 裸のまま抱えて助手席に無理矢理マヤを押し込んだのだ。
 どこかぶつけたりしていないかと、小野寺は気になった。
「しんぱいしてくれるんだぁ?」
 嬉しそうに笑って、マヤは運転している小野寺に絡みつこうと身を乗り出してきた。
「バカ。あぶねぇよ」
 小野寺は左手でマヤの肩を押さえて助手席に押し戻した。
「その前に服着ろ」
 あの時、二人とも全裸のまま車に乗り込み、そのまま走り出している。
 いきなりの急展開に、服を着る余裕すらなかった。
「ケチンボだな、デラはよぅ」
 マヤはふくれっ面になり、拗ねたような声を出す。
「だいたい、服ないよ。二人ともお外で脱ぎ脱ぎしてそのままじゃん」
 小野寺はマヤに言われて、その事を思い出した。
 小野寺も全裸である。
「後ろのシートに俺の着替えがある。なんかみつくろって着とけ」
 マヤはシートを倒して後部座席に散らばった小野寺の服をあさり出した。
「ちょっと、みんなおっさんの臭いがキッツいんだけど! ありえんし!」
「うるせえ。黙って着ろ。どっかで服買ってやるからそれまで我慢しろ」
「買ってやるからって、どっちにしろあたしのお金じゃん。偉そうだぞ、デラは」
 白いワイシャツに袖を通しながらマヤはブツブツと文句をたれている。
「でも、デラちゃんの匂いだから嫌いじゃない……」
 マヤは照れたように呟いた。
「なんだって?」
「なんでもねぇよ、オヤジ。バカ」
 たまに凄く口が悪くなる事があるな。
 今時の子、か、と小野寺は苦笑する。
「マヤ、そこから後ろの車の奴らが見えるか?」
 小野寺もルームミラー越しになんとなくは確認してはいるが、女が二人乗っているのはわかる。
 助手席は赤毛の女。
 白人のようにも見えるが、確信はない。
 運転しているのは東洋系の女のようだ。
「女の子二人だよー。一人は外人さんかな? あ、手、ふってくれた」
 マヤも手を振り返して笑っている。
「あ、なんかね、赤い髪のオネーサンが電話するってジェスチャーしてるよ」
 電話?
 という事は、昨日の夜に投げ込まれたあのスマートフォンに、ということか?
 という事は、あの時会話した女と後ろを走る車に乗る女は同一人物、もしくは関係者という事か。
 しかし、ここは圏外のはず。
 衛星経由の携帯でもなければ繋がらないはずなのだが。
 が、小野寺の持つそのスマホは着信を告げた。
 どういうことかわからないまま、小野寺は電話に出た。
「がんばるわね、オノデラサン。随分と見直したわ」
 あの時と同じ声。
 マヤは助手席の赤毛の女が電話をかけると言っていた。
 となると、あの赤毛があの時の女という事か。
「疲れちまったぜオイラ。休憩しねえか?」
「その子とあんなことするからよ」
 女の笑い声がスピーカーから響いた。
「公安の人たちにはご退場していただいたから、安心なさいな。それにアタシ達はアナタ達の敵じゃないわ」
 そんな言葉は信用できるものではない。
「もうすぐこのうっとうしいワインディングを抜けるわ。道が広くなった先に車停めて、キチンと服を着て、それからちゃんとお話ししましょう」
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