オヤジとJK、疾る!

柊四十郎

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鳶に油揚げ

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 追跡をしていた黒いフーガ。
 小山内の話によると、北京から来た中国人の姉妹が日本を観光中だという。
 まあ、昨今の外国人観光客の急増ぶりには目を見張るものがある。
 そんな旅行者など掃いて捨てるほどいると思うのだが、小山内には何か引っ掛かるものがあると言う。
「まずは目つきだ。姉と言っていた助手席の女の眼光が鋭すぎる」
 と、小山内は言った。
 冠山峠に野上マヤがいると言い当てた小山内の読みの鋭さを目の当たりにはしている内舘である。
 が、まぐれ当たりだ、とも思わないでもない。
 どうだろうねぇ。
 と、思っていた矢先、黒いフーガが白い車に強引に割り込まれ、急ブレーキを踏んだ。
 内舘もすかさずブレーキを目一杯踏み込んで、なんとか追突は免れた。
「……んだ!? バカヤロウ!!」
 強いショックにシートベルが肩に食い込む。
「Zだ!」
 助手席から小山内が言った。
 もはやぶつけるつもりのようなタイミングでテールスライドをしながらフーガの前に割り込んだ白いフェアレディZの姿が、小山内からはありありと確認できた。
「あの時のZだぞ」
「またかよ!」
 内舘は小さく悲鳴を上げた。
 Zの後輪がもうもうと立ち上げた煙をくぐり抜けるように、前方の黒いフーガは車体を後ろに沈ませて、加速しだす。
 内舘もすかさずアクセルを底まで踏み込んで、覆面のクラウンを加速させる。
 キュッ!
 と後輪が鳴り、凄まじい勢いで加速してゆく。
「サイレンは?」
「いらん。大事おおごとになる」
「もうなってますよ!」
 出勤ラッシュにはまだ少し早い。
 が、すでに道路には多数の車が走っている。
 三台の車が縫うように前走車を避けながら、朝の福井の街道を走り抜けてゆく。
 それも、信じられないスピードで、である。
 当然、道路上は大混乱である。
 信号や一時停止、一方通行など全て無視である。
 チラリと、内舘がスピードメーターを見ると、一四五キロあたりを針は指していた。
「パトライト!」
 内舘は叫ぶように言った。
「サイレン鳴らさんと危険すぎますよ!」
 最後尾とはいえ、緊急車両の存在を周りにアピールしなければ、危険である、と内舘は言う。
「県警が出張ってくるぞ!」
 小山内は頑としてサイレンを鳴らすことには反対のようである。
「出張らせりゃぁいいじゃないですか!」
「これは公安のヤマだぞ」
「手に負えないってまだわかんないんスか!? ライフルで狙撃されたり、車を銃で破壊されたり、街中を一四〇キロ以上で追跡したり……」
 黒いフーガに強引に前に割り込まれたトラックが、急なブレーキで体制を崩し、車線を超えて小山内たちの前を塞ぐように倒れ込んできた。
「……ッ!!」
 踏み抜くほどの勢いでブレーキを踏み、内舘はハンドルを思いっきり右に切る。
 車は驚くような素早さで右に回頭し、アスファルトにタイヤ痕を引きずるように残しながら、倒れたトラックのわずか数センチ手前で停止した。
 内舘は喉の奥から絞り出すように大きく息を吐き出した。
 額には大粒の汗が浮かび上がり、頬を伝って顎の先から流れ落ちた。
「何をしている!? 早く車を出せ!」
 助手席で小山内がわめいている。
「もう、無理ですよ。それより、警官としての本分を全うしましょう」
 ハンドルに額を乗せて、安堵のため息を吐きながら、内舘は弱々しい声でつぶやいた。
「トラックの運転手の救助ですよ」
 そう言って内舘はドアを開いて車外に出た。
「じゃあどうするんだ!? 奴らは?」
 小山内もつられて車を降り、内舘に詰め寄った。
 その時、高回転で回る甲高いエンジン音を轟かせて、一台のオレンジ色のバイクが二人の横を通り過ぎて行った。
 一瞬だったが、小山内と内舘に片手をあげて、会釈したようにも見えた。
「今のは?」
「オレンジのハヤブサ……? 松山か!」
 小山内は忌々しそうに走り去るバイクの後ろ姿に吐き捨てるように言った。
「また美味しいとこ持ってかれましたね」
 くそっ! とクラウンのボンネットを殴りつける小山内に、内舘は諦めたように言う。
「ペギーさんに任せましょう」
「なんで松山がこのヤマに……」
 納得のいかない顔で、小山内は呟く。
「俺たちだけじゃ心許ないってことでしょう」
 現に、もう対象を追えない状況に落ち込んでいるではないか、と内舘は思った。
「とにかく、消防と県警に連絡してください。俺は運転手の安否を見てきます」
 そう言って、内舘は横倒しになったトラックの方に歩いて行った。
「あ、交通誘導も忘れないでくださいね」
 悔しさなのか、ただ呆然としているだけなのか。
 二台の車と一台のバイクが走り抜けて行った先を見つめる小山内に、内舘は声をかけた。
 

 
 
 
 

 
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