オヤジとJK、疾る!

柊四十郎

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ペギー

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 小山内の携帯電話が着信を告げる。
 救急車の手配と、県警への連絡を済まし、交通誘導に精を出していた矢先のことであった。
 相手の予想はついている。
「松山か……」
 小山内は呟いた。
 上着の内ポケットからスマホを取り出し、画面を見る。
 ペギー。
 と、相手先の名前と電話番号が表示されている。
 予想通りである。
 あまり出たくはない相手だが、職務上そうもいかない。
「松山、お前……」
「松山だなんて、他人行儀じゃないの」
 クスクスと笑う声と共に、松山はそう言った。
「要件はなんだ?」
「つれないのねぇ。初彦ちゃんは」
 からかいやがって、と松山の笑い声に小山内は舌打ちをした。
「でもまあ、安心して。初彦ちゃんとは標的が違うから」
「何だと?」
「あたしはあの瀋陽から来た二人に用事があるの」
 松山にそう言われ、小山内はやはりそうか、奴らが例の特殊部隊か、と自分のカンの正確さに、我がことながら驚いた。
「とにかくね、今は追跡中だから詳しくはまたね。そっちのお目当ては今頃東尋坊に向かってる」
 野上マヤと小野寺昭嘉の足取りまで、松山は知っていた。
 どうやら、小山内達と松山達では動員力が違うらしい。
 一人の少女と、隣国の特殊部隊の日本国内での作戦行動とでは、確かに重要度に違いがあるのはわかるが。
「随分と待遇が違うじゃないか」
 鼻で笑って、小山内は言った。
「まあそう言わないの。お仕事なんだから。ね?」
 子供を諭すような声で、松山は小山内に言った。
 言った尻から悪戯っぽくクスクスと笑う声が漏れている。
「とにかく、奴らがフェアレディZそちらに気を取られている間に、俺たちは野上マヤを確保する」
「わかった。じゃあもうきるわね」
 松山のその言葉で、通信は切れた。
 フー、とため息をついて小山内は懐にスマホをおさめた。
 やがて、遠来よりのサイレンの音が鳴り響き出した。
 どうやら救急車や県警の到着を告げる音のようである。
「運転手さん無事ですよ。頭を軽くぶつけたくらいです」
 そう言いながら、内舘が歩み寄ってきた。
「そうか。よかった」
「どうしたんです? 仏頂面して」
 むっつりと不機嫌そうな顔で答える小山内を見て、内舘は苦笑まじりに聞いた。
 まあだいたいこの人はいつもこんな顔なんだがな、と思わず苦笑がもれたのである。
「東尋坊に行くぞ」
 内舘の言葉には取り合わず、小山内は言った。
「東尋坊? 観光地の?」
「そこに野上マヤがいるらしい」
「へえ……」
 説明の足りない小山内の言葉に、内舘は思わず生返事で答える。
「らしいって……、どっからの情報ですか?」
「まずは車に乗れ」
 小山内は珍しく運転席のドアを開けた。
「え? 県警が来ますよ」
 状況説明や事の経緯を話したりしなくて良いのか、と内舘は言ったが、小山内は何も答えず車のエンジンをかける。
「ったくよ!」
 内舘も仕方なく助手席に乗り込んだ。
「関わると長くなる。そんな時間はない」
 内舘が座るなり車を走らせ、小山内はそう言った。
「状況説明くらいはしとかないと、後でヤイヤイ言われますよ」
 ハンドルを握る役目を仰せつかっている内舘は、慣れない助手席に少し戸惑っている。
 来た道を戻る小山内達の横をサイレンを鳴らしたパトカー数台が反対車線を走りすぎてゆく。
「教えてください。どっから東尋坊が出たんです?」
 聞かれて小山内は、チラリと内舘を見た。
「松山だ」
「は? ペギーさんですか?」
 言われて内舘は驚いた。
 確かに、小山内と松山、それに内舘もだ公機捜に所属していることは同じだが、同じ部課ではない。
 第一、公安は秘密主義である。
 同僚でも、担当が違えば捜査内容などの情報交換などは一切しない。
「ああ。松山は瀋陽の特殊部隊を追っているようだ。俺たちとは仕事が違う」
「それはわかりましたが、なんでペギーさんから先輩に連絡が?」
 そこが内舘にはわからない。
「さあな。老婆心なんじゃないか」
 しつこい内舘に、小山内の眉間にしわが寄りはじめた。
「いや、先輩とペギーさんが仲良いなんて知りませんでしたよ」
 内舘がそう言って笑うと、小山内の額のしわが晴れ、苦笑し出した。
「そうか。お前は知らんか」
「知りません。て、何がですか?」
 内舘はもどかしくなってきた。
 そんな内舘を見て、小山内は少し体裁の悪いような顔で話し出した。
「松山マーガレットはな」
 ペギーとはマーガレットの愛称である。
「はい」
「元妻だ」
「は?」
「3年も前に別れたがな」
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