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一章『出会い』
プロローグ
しおりを挟むVRMMOという娯楽が定着して数十年。
数多あるタイトルの中の一つであるアトランティス・オンラインというRPGに私は嵌っていた。
生来の無口さから、あまり、というか全く友達は出来なかった。
チャット機能等が無く、人と人とのコミュニケーションが重要になってくるVRのMMOという事もあって余計にコミュニケーション能力に欠ける私には厳しかったのだと思う。
しかし、そんな私にも固定パーティーという小さいコミュニティではあるが、奇跡的に参加する事が出来た。
アトランティスというゲームがサービスを開始して3年。
2年以上をソロプレイヤーとして活動した私にとって、それはそれは楽しい毎日だった。
パーティーメンバーは前衛職が二人と後衛職が二人、支援職が一人という5人パーティーだ。
パーティーに入る切っ掛けとしては、前衛の騎士職でパーティーのリーダーである女性が募集していた高難易度ボス討伐クエストに、私が徹夜明けのテンションに任せて参加し、我ながら出来過ぎなぐらい上手く立ち回れた事から声を掛けられたという感じだ。
20人以上の人数で挑むので、私がどれほどコミュ障であろうとも、最低限挨拶さえして存在を消して、余程下手な立ち回りをしなければ、何とか参加できるソロプレイ以外のコンテンツだ。
まぁ余程のテンションと気分が乗らなければ、万年ソロプレイヤーの私では早々参加しないのだが。
経緯はさて置き、そんな感じで運良くパーティーのリーダーと知り合った私はなんやかんやあって固定パーティーに誘われるという偉業を達成した。
そして、あまり人と喋るのが得意では無かった私が、パーティーメンバーに嫌われる事を恐れて取った行動は、取り合えず私が皆の役に立つという事を知ってもらうという事だ。
コミュニケーション能力皆無なつまらない奴である私が、円滑な人間関係を構築するには、私がその人にとって如何に有益であるかを知ってもらうしかないと思っている。
そうして固定パーティーとして活動をし始めた後、ダンジョンでの立ち回りや各ボスの情報、アイテムや職業の知識等をソロプレイしていた時以上に猛勉強した。
知識を詰め込み、足を引っ張らない様に必死でパーティーの皆に就いていく毎日。
しかし、ソロでプレイしていた時よりも遥かに楽しい日々だった。固定での活動が無い時は、後衛職の二人の為に、魔術の媒体として使用するアイテムや、罠の作成に使用するアイテム等をひたすら集めて手渡し、回復アイテム等もかき集め、みんなの装備を充実させる為に金策にも走った。
そして、なんとか高ランクのプレイヤー達のパーティーとも肩を並べ始めた頃、その時はやって来た。
私はある日、後衛職の一人である魔術師に呼び出された。
何か頼み事か、欲しいアイテムでもあるのかな、とそんな事を考えながら特に危機感も無く待ち合わせ場所へと向かう。
そして、待ち合わせ場所へと着いた所で、軽く挨拶を交わし、彼は話を始めた。
「―――という訳で、今までありがとうな。おつかれ」
「……そうか。わかった……此方こそ、……ありがとう」
曰く、高ランクプレイヤーと肩を並べ始め、アトランティスというゲーム内に置いてある程度の名声という様な物を手に入れ始めた彼、彼女等は、ギルドを作るという事になったそうだ。
10人以上の加入者を集めて作成されるギルドは、大規模な物であれば100人を超す大所帯な所もある様だ。
まぁ万年ソロプレイヤーだった私には関係のない物だったが。
現在既に加入者は50人近くが集まっているそうで、固定パーティーとしての活動は終わりになるという話だ。
その話を聞いて、じゃぁ私もそのギルドに入りたい、とは言い出せない。
言いかけたが、言えなかった。
私が必要だと、言ってほしかった。けれど、言われる事は無かった。
今まで自分なりに頑張って来たつもりだったが、どうやら私は何処かでヘマをした様だと結論付けた。
自分の気持ちを伝えるのには勇気がいる。そしてその勇気を私は持ち合わせては居ない。
その気持ちを受け入れて貰えなかった時の事を考えると膝が笑い、立っていられなくなる。
他人に受け入れてもらえるなんて私にとっては幻想だ。無償の愛なんて家族内でしか成立しないんじゃないだろうか。
友達、恋人、それは私にはとても遠い遠い存在の様に思える。
その関係に至るまでにどれ程の利害関係を築かなければ行けないのかと思うと気が遠くなる。
結局、人と人との繋がりなんて、その人が如何に自分にとって有益であるかに依存する。
私は、彼女等にとって、それ程有益な存在では無かったんだろうなぁ。
そんな事を考えながらトボトボと歩く。
結局また、一人になってしまった。
今までが楽しかっただけに、思考も後ろ向きになってしまうのは仕方がない事だろう。
気を取り直してまた明日からは以前の様にソロプレイヤーとして遊ぼう。
「と、そう言えば新しいシステムアップデートが来たんだっけ」
ポツリと独り言を呟く。
アトランティスというゲームがサービスを開始して3年。
高ランクのプレイヤー達は勿論、その他のプレイヤー達もレベルが上限値に達してしまったプレイヤー達は数多く存在する。
そこで新たな成長システムとして導入されたのが転生というシステムだ。
アトランティスというゲームに置いて、レベルの上限値は100だ。
選べる職業は転生前と同一の物に固定されるが、転生を行うと、ステータスにボーナスを貰い、レベルを1に戻せる様になった。レベル1の状態で転生前のレベル50相当の強さを確保出来るらしい。
更に、転生職として新たに上位職業が解放され、レベルの上限値は150となる。
固定パーティーの面々でこの事に就いて語り、育成の計画を楽しく立てていた事を思い出して溜息を吐く。
もう私には縁のない事だ。
私は一人で育成を行うしかない。
今日は固定パーティーで集まる予定だったが、その予定はキャンセルされたので暇になる。
早速転生して育成を開始しよう。
まずは、アイテムを使用して街へと転移し、現在装備している物を全て倉庫に詰め込んでいく。
システム上、転生する前に所持アイテムをカラッポにして置かなければロストしてしまうという事前情報があった為だ。
布の服に長ズボンとブーツという初期装備に身を包んだ私は、早速転生場所となる神殿へと足を運び、いざ転生と言う所で、ふと自分の姿を見る。
スキンヘッドに2メートルを超す筋骨隆々の体。
ソロが容易である前衛職にしようと決めていた為に、それに見合う様に拘って作ったアバターだ。
今まで3年間この姿でゲームを楽しんできたが、何だかこの姿を見ていると先程まで組んでいた固定パーティーの事を思い出して辛くなってくる。
万年ソロプレイヤーとしての思い出よりも、パーティーを組んでいた思い出の方が鮮明に覚えているというのが質が悪い。
そこで、私は課金アイテムであるミラージュボトルというアバターを再設定できるポーションを一気に呷る。
この姿でウロウロして、以前のパーティーメンバーにでも会って気まずい思いをするのもごめんだ。
ならばいっそ似ても似つかない様な姿にでもなって気付かれない様に努めた方がいい。
そして、無事転生を終えた私は早速一度ログアウトしてアバターを再設定する事にする。
適当にランダム作成ボタンを押して、クルクルと変わる容姿を眺めながら一時間程。
もうこれで良いかな、と疲れが出て来た頭でぼんやりと設定されたアバターを眺める。
金色の煌く長髪は背中の中程まで伸び、緑色をした瞳に長い耳。
誰がどう見てもファンタジー世界の定番種族であるエルフの姿だ。
少し耳の長さを弄って普通のエルフより短めに設定する。私には別にエルフ属性は無いので、何だか耳が長いという姿に違和感を覚えた為だ。
髪から少し覗く程度で、普通の人間種よりも長く尖っているかな?という塩梅だ。
純粋なエルフというよりも、ハーフエルフ等と言った方がしっくりくる容姿だろうか。
聊か美形が過ぎるが、以前の姿とは似ても似つかないのでこれで良いだろう。
折角のゲームだ。イケメンに憧れても罰は当たらないだろう。
以前の2Mという高身長を踏まえて、真逆に低身長、150cmにも満たない程に設定する。
これで良し。
そして決定ボタンを押して、再設定終了だ。
早速ログインして、低くなった視線に悪戦苦闘しつつも、慣れた所で倉庫へ向かう。
取り出すのは、取り敢えず初期装備として最低限のモノだ。
レベルの指定や能力値の指定がある装備は、転生してレベル1からなので言わずもがな使用できない。
所持重量の上限値が低レベルだと低いので持っていく事も出来ない為、取り出すのは必要最低限のアイテムだけになる。
ある程度成長するまでは街と狩場との往復を繰り返す事になるが、それが仕様なので仕方ない。
取り合えず、一応上限値まで鍛え上げた私の選択職業である闇戦士ダークウォーリアー初期装備、鉄の大剣が一本。
そして防具として皮の胸当てと、後は……。
と、ここで重大な事が判明する。
布のズボンが装備出来ていない。
バグかと思って首を傾げるが、こんなバグは聞いた事が無い。
そこで思い当たるのは……、性別の制限だ……。
私が持っていた布のズボンの説明文の最後の一文。男性専用……。
初期装備として与えられる布のシャツとズボンの一式は、男性アバターと女性アバターで差異がある。
女性ならスカートで男性ならズボンだ。
どうやらアバター設定の時に性別を間違えたらしい。
子供の容姿と美形が多いエルフだったから仕方がないと言い訳して置く。
因みにネカマと呼ばれるプレイは可能ではあるが決して多くはない。
何故ならば、声を変える事は出来ないからだ。女の姿でおっさんの声とか悪夢以外の何物でもない……。まぁ、明日にでもまた課金アイテムを購入して手直しすればいいだろう。
今日はまぁ仕方ないと諦める事にする。
幸い私はソロプレイヤー。喋る事が無いので問題ない。自分で言っててちょっと泣きそうだけど事実だ。
という訳で現在私はズボンを履いてないのだが、まぁ必要以上にセクシーになり過ぎない様に、女性の下着も現実で言う所のボクサーパンツの様な形状なので恥ずかしさはそれ程ではない。
しかし、何時までもこのままという訳にもいかないので取り合えず必要な物を倉庫から取り出した後、初期装備を売っているNPCショップでスカートを購入して装備して置く。
さて、気を取り直して始まりの森と呼ばれるビギナー御用達のレベル上げポイントへ。
鬱蒼とした森へと分け入り、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く事数秒。
早速獲物を発見した。
緑色のプルプルとした柔らかそうな容姿。
ピョンピョンと跳ねるそれは、女性プレイヤーにも人気の高い雑魚モンスターでゼリーと呼ばれる魔物だ。
早速私は武器を構えて、いざ、突進!
と、勢いよく飛び出した所で訪れるのは浮遊感。
「ん?……なああああああああっ!!!!?」
足を踏み出した所で突如として出来た穴へと足を踏み外し、真っ逆さまに落ちていく。
そして数秒後、お尻で穴の底へと着地する。
「いてっ!ん?」
痛い?
そこまで深い穴では無かった様で、直ぐに底へと着地したが、自分に訪れた衝撃に頭を傾げる。
上を見上げ、立ち上がれば何とか出られそうだと考えた所で、パラパラと上から土が落ちて来た。
どうやら少し口を開けていた為に土ソレが口の中へと入ってしまった。
「うぇっ、ぺっぺっ!!」
は?
土が口の中に入る?
穴に落ちた時に受けた衝撃と口の中に入った土。
有り得ない。
アトランティスというゲームに置いてだけではない。飲食をしても味等は解らない。口に物が入るという事がそもそも起こりえない。
痛みなんてモノはまず感じない様に作成されている。そんな痛みモノがあるゲームを一体誰がするというのか。どのゲームに置いても、兎に角安全という面においては十分に考慮されて作成されているのだ。
だから、穴に落ちて痛いという感覚も、土が口の中に入って不味いという感覚も……。
有り得ない事だ……。
「……いや、落ち着け。取り合えずこの穴から出よう……ん?」
ここで更に違和感を覚える。自分で発した声だと言うのにその声は今まで聞きなれた筈のおっさんの声ソレではない。違和感アリアリの少女の様な高い声……。
冷や汗をダラダラと垂らしながら私は取り敢えず穴から脱出する。
そこに広がるのは木々の騒めきと照り付ける太陽。
直ぐ近くに見えていた筈の始まりの村という開始地点は無く、ひたすらに広がる広大な森。
鼻孔を擽る有り得ない筈の緑の匂い・・に更に冷や汗をかきながらつぶやく。
「どこ、ここ……」
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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