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第76話 『憧れ』
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霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?
著者:ピラフドリア
第76話
『憧れ』
「……さん!! ………………れっ……さん、……………」
もうその声が近くからか、遠くからか。認識することもできない。
朦朧とする意識の中。俺の視線の先には…………。
ニューヨーク州マンハッタン。そこで俺は育った。家庭的には裕福で家庭環境、交友関係共に恵まれていた方だと自負している。
本来なら日本に来ることもなく、赤いスーツに身を通すこともなかったろう。
全てが始まったのは、あの事件がきっかけだ。
「おう、アリス! 今日も元気か?」
朝日が照らす朝方、母親に見送られて家を出ると、庭の先に一台の車が停まっている。見慣れたボロ車。ツギハギだらけでいつ爆発してもおかしくない廃車同然の中古車だ。
「また来たの? いつもいつも飽きないな」
俺は車から顔を出す東洋人に呆れた顔を見せる。しょげるかと思ったが、東洋人はニヤリと笑い、さっさと乗れと車体を叩く。
「俺はひつこさだけは世界一だ。どの国のストーカーにも負ける自信はないぜ」
「アンタはいつか捕まれば良い」
俺は彼の頭を叩いてから助手席に乗り込んだ。俺が乗ってシートベルトをしたのを確認すると、東洋人はアクセルを踏み込む。
寂れたエンジンを震わせながら、加速するポロ車。整備されている道だというのに、この車内の揺れ方はおかしすぎる。
「いつまでこんなオンボロに乗ってる気なの? バイト代もしてるんでしょ、それでもう少しマシなの買えないのか?」
私が話しかけると、彼はハンドルを片手で運転しながら、
「喋ると舌噛むぞ~。…………っと、親父が金を使いまくるんだ。そのせいで家賃やら食費やらは俺持ち。あんなんだから母さんに逃げられんだ」
「大変ね……」
彼の物心付く前に、父親は仕事で日本からここに引っ越してきた。母親は父親に愛想を付かせて、帰国したが彼は父親とニューヨークに残っている。
「リク。アンタ、家出でもすれば、そうすればもう少し楽は生活できるんじゃないの?」
「なんだ、アリス。お前の部屋に泊めてくれるのか?」
「そんなことしたら俺の父親に殴られるぞ」
俺と彼は出会ってから2年ちょい。彼とは同じスクールに通っていることもあり、よく一緒にいることが多い。
このオンボロ車を買ってから、毎日迎えに来ていることからも、なんとなく彼の気持ちは察している。
しかし、その気持ちに応えるとなると、いくつか問題がある……。
「お、アリス! 見ろよ、ヒーローが飛んでるぜ!!」
赤信号で止まっていると、ビルの隙間を機械の鎧を纏ったヒーローが通過する。
その様子にリク。は車体から大きく身を乗り出して、大きく手を振った。
「いつものことでしょ」
「そりゃ~、そうだが。俺は昔っから好きでよ~」
「その話はもう十回以上聞いた」
「あぁ、そうだっけか……」
また語り始めようとしたリクを俺は止める。そして前方を見て、
「青信号だぞ」
信号が変わっていることをリクに伝えた。
リクの話を拒否したわけではない。しかし、もう知っているから十分なのだ。彼が何に憧れているか、何を目標にしているのか。
しばらく走ると、やがてスクール内の敷地に入る。
そして駐車場に車を停めて、俺達が車から降りようとした時。
「よぉ、朝から俺の娘と登校とは良い身分だなぁ、リク」
彼が車を降りると同時に彼の頭を鷲掴みにする男性。短髪の金髪に丸太のように太い腕を持った人物。そんな男性に頭を掴まれて、リクは逃げたくても腕を引き剥がすことができない。
「父さん、朝からリクを揶揄うのはやめろよ」
「父さんじゃない。学校では先生と呼びなさい。後、もう良い歳なんだから、口調にも気をつけなさい」
彼は俺の父であり、このスクールの教師をしている。
リクとの関係も知ってはいるが、認めてはくれていない。リクの気持ちに答えられない理由の一つだ。
俺は父の腕を叩いて、リクを解放する。そしてリクの腕を引っ張って連れ出した。
「アリスが俺の手を引っ張ってくれるなんて~」
俺が引っ張る腕にリクが頬擦りしてくる。
「っ!?」
俺は咄嗟に手を離し、リクを突き飛ばす。
「おいおい、そこまでしなくても」
「するわ!!」
もう父も追ってきてないことだし、俺は手を離して校内に入る。リクも俺の後を追ってくる。
ロッカーに荷物をしまう中、リクが呟く。
「さっきのヒーロー何してんのかな?」
「まだあれが気になんのか?」
「当然、俺の憧れだからよ」
「はいはい、そうだな」
俺はロッカーを勢いよく閉める。その音が廊下に響き渡る。
もう一つ、この男の気持ちに答えられない理由。それがこれだ。
リクは小さな頃に一度、ヒーローに助けられている。スクールバスのバスジャックで誘拐された時に、ヒーローに救われた。
それから彼はヒーローの虜だ。
「なぁ、アリス。俺がもしヒーローに……」
俺の後ろに立ってリクが何か言いかけたところで、チャイムが鳴り出す。
「やばい、急げ!!」
俺とリクは急いで教室に入る。
朝の授業が終わり、昼の休み時間。先程聞き逃したリクの話を聞こうと、リクの元へと向かう。
「なぁリク。さっき……」
その時だった。校内のアラームが鳴り出した。ジリリリリっと高い音が耳の奥に残る。
「なんなの!?」
生徒達が動揺しパニックに陥りそうになっている。リクはテーブルの上によじ登り、皆を落ち着かせようと声をかける。
「落ち着け、何かの間違えだ。みんな席で待つんだ!!」
リクが叫ぶと皆も冷静さを一瞬取り戻す。これで一件落着か。そう思われたが……。
隣の教室から火薬の弾ける音。銃声だ。発砲音で今度は完全にパニック状態になり、皆思い思いに逃げ惑う。
リクが必死に叫ぶが、その声が皆に届くことはない。
教室の中がパニックになる中、廊下へ繋がる扉が勢いよく開く。
現れたのは、
「みんな逃げろ!! 急げ、こっちだ!!」
「先生!!」
俺の父親だ。父はパニックに陥る生徒達をどうにか誘導して、廊下へ出しそのまま外へと誘導する。
俺とリクは皆が出るのを確認し、最後に教室を出る。そして父と一緒に廊下を走る。
「何が起こったの!?」
「銀行強盗が逃げて学校に侵入してきたんだ。とにかく逃げるぞ」
父に背中を押されて、廊下を走る。そんな中、背後から男の叫び声が聞こえてきた。
「おぉおっいっ!! 何やってんだぁ!! 人質がぁ、逃げんじゃねー!!」
叫び声と共に発砲音。そして後ろを走っていた父が倒れた。
「父さん!?」
「お父さん!!」
倒れた父を心配し、私とリクは足を止める。父に駆け寄ると、父の右足から血が出ていた。
父は歯を食いしばりながら、寝っ転がった状態から座る。そして傷口を抑えた。
「お前達は逃げろ」
「でも、父さんは!?」
「俺が人質になれば、あの犯人も満足するだろ。生徒を危険に晒すわけにはいかない」
父がそう言うが、本当にあの犯人が逃がしてくれるだろうか。かなりの興奮状態にある。
もし俺達が逃げられたとしても、人質の父さんが無事に解放されるとは思えない。
俺は頭の中が真っ白になり、何も考えられずにいる中。リクは父さんの前に立ち、犯人から俺達を守るように立ち塞がった。
「リク、何をやってるんだ。お前も俺の娘を連れて逃げるんだ」
父はリクに逃げるように促すが、リクは首を捻りこちらを向く。そしていつものおちゃらけた顔ではなく、真面目な表情で頬を上げた。
「リク……?」
「まだ言ってなかったが、俺、資格を取ったんだ」
そう言って胸ポケットから小さなカードを取り出す。そして俺達の前にカードを落とした。
左右に揺れながら落ちたカード。そこにはヒーロー認定という文字と共に、リクの名前が刻まれていた。
「卒業したら故郷でヒーローになる。そのために取ったんだ」
リクは自慢げに鼻の上を掻く。その後、拳を握りしめて戦う姿勢になった。
「リク、やめろ!! まだお前は俺の生徒だ、危険なことはさせられない!!」
「そうだ。相手は武器を持ってるんだぞ!! 危険だ!!」
俺達は止めようと必死に説得を試みるが、リクは聞く耳を持たない。そして背を向けた状態でリクは、
「守るものがある以上。ヒーローは絶対に退けない」
そう言って犯人を睨みつける。犯人はリクの態度に苛立ちを覚え、近くにあった扉を蹴り壊す。
「何がヒーローだ。このガキが!! 俺はなぁ、俺はぁぁ!!」
犯人は発狂してリクに銃口を向けた。そして弾を射出する。
犯人から俺達の距離は、スクールバス三台分。それだけの距離があり、犯人の精神状態が不安定とはいえ、怖くなり動けなくなりそうな状況。
しかし、リクは前に踏み込み、さらに弾丸を避けてみせた。
「なんだぁっと!? このやろぉ!!」
犯人は次々と発砲する。しかし、リクに弾丸は当たらない。リクは距離を詰めようとしているが、一気に詰める様子はない。
犯人の弾切れを待っているのか。
このままあと何発か避ければいける。そう希望が見えてきた時。
「このガキがぁ!! ならこれでどうだ!!」
犯人の銃口の向きが変わる。標的は……。
「アリス!!」
俺達だ。
父が必死に俺に抱きついて守ろうとしてくる。父の身体で視界が遮られる。
しかし、俺には見えていた。身体の隙間に映った景色は、
俺達を守るために身を盾にする。リクの姿だった。
赤い液体がリクを貫通する。そして力を失ったリクは、その場で倒れた。
「っ……リク!?」
俺に少し遅れ、父もリクの倒れた音に気づく。
今の弾で最後だったのだろう。犯人は弾を入れるために、服の中を漁り始める。
焦る犯人は弾をポロポロと落とす。やっと弾を入れられて、銃を構えようとした時。
窓が割れてそこから機械仕掛けのスーツの着込んだ人物が侵入してきた。
彼は犯人を押さえつけると、手錠をかけて拘束する。
どうやらヒーローが到着したらしい。
ヒーローと到着と少し遅れて、警官達が入ってくる。
「大丈夫か!? 君達!!」
「大変な、怪我をしているぞ!!」
警官が俺達を保護して、父やリクの怪我の治療を始める。父が撃たれた場所は分かっており、問題ないことを知っていた俺は、リクの元へと駆け寄る。
「リク、大丈夫か!!」
応急処置はされたみたいだが、リクの顔は青く苦しそうだ。
かなりの重症なのか……。
「アリ……ス…………」
俺が駆け寄ると、タンカーに乗せられたリクが俺のことを見つめてくる。
「言えてなかったことが……あるんだ」
歯を食いしばり、片目を瞑った状態でリクは俺の腕を掴む。
「俺と一緒に……日本に……来て……くれ…………」
リクの腕を掴む力は徐々に弱くなり、スルリと落ちた。そして力尽きるように意識を失った。
加藤さんに殴られ続けるレッド。もういつ倒れてもおかしくない。しかし、それでも倒れないレッドに、加藤さんの表情は焦りと恐怖が混じりだす。
「リク。あんたはヒーローとして一つ間違ってた」
殴られながらも前に踏み込むレッド。今まで全ての攻撃を受けてきたが、ここで初めて一発だけ避けた。
加藤さんの拳が空を殴る。空振りに終わった拳が引かれる前に、レッドは加藤さんの拳を両手でガッチリと掴んだ。
掴んだところでさらに一歩踏み込む。これで加藤さんの身体と密着した状態。右手は掴んだまま、左手で加藤さんのネクタイを掴む。
「ヒーローとは守るものの前で負ける姿は見せられない!!」
反撃を予想できなかったのか。加藤さんの反応は遅れ抵抗はできず。
レッド身体を半回転させる。そして全体重をかけて加藤さんを引っ張った。
「うっ!?」
足が浮く。地面から離れて、世界が反転する。何もかもひっくり返った世界で、一瞬時が止まった。
自分でない何かに塗り潰されていたはずが、スッとこの瞬間にハらわれた。そうして自分を取り戻した配信者の感じたことは……。
──救われた──
また時間が動き出す。今度はひっくり返った世界が戻り戻り出す。時間の進みは加速していき、目の前に地面が現れると、スイッチが切れたように映像が途切れた。
加藤さんを投げ飛ばしたレッドは、動かなくなったのを確認して腕を上げて勝利のポーズを決める。
しかし、勝利を収めたことで気が抜けたのか。ふらっとすぐに倒れそうになった。
「レッドさん!?」
魔法少女達が巨人の悪霊を連れてどこかへ消えて、残ったレッド達を見ていた私は、倒れそうになったレッドに駆け寄る。
私が支えようとするが、レッドはふらついているのに、意地を張って自力で立ち続ける。
「弱ってるところは見せられない」
「はぁ、めんどくさい人ね」
かつてヒーローを目指している男がいた。彼は願いを叶え、故郷でヒーローとしての人生を歩む。そんな彼だが、婚約者にヒーロー活動での成績で負け、自信を失いヒーローを辞めてサラリーマンへと転職した。
著者:ピラフドリア
第76話
『憧れ』
「……さん!! ………………れっ……さん、……………」
もうその声が近くからか、遠くからか。認識することもできない。
朦朧とする意識の中。俺の視線の先には…………。
ニューヨーク州マンハッタン。そこで俺は育った。家庭的には裕福で家庭環境、交友関係共に恵まれていた方だと自負している。
本来なら日本に来ることもなく、赤いスーツに身を通すこともなかったろう。
全てが始まったのは、あの事件がきっかけだ。
「おう、アリス! 今日も元気か?」
朝日が照らす朝方、母親に見送られて家を出ると、庭の先に一台の車が停まっている。見慣れたボロ車。ツギハギだらけでいつ爆発してもおかしくない廃車同然の中古車だ。
「また来たの? いつもいつも飽きないな」
俺は車から顔を出す東洋人に呆れた顔を見せる。しょげるかと思ったが、東洋人はニヤリと笑い、さっさと乗れと車体を叩く。
「俺はひつこさだけは世界一だ。どの国のストーカーにも負ける自信はないぜ」
「アンタはいつか捕まれば良い」
俺は彼の頭を叩いてから助手席に乗り込んだ。俺が乗ってシートベルトをしたのを確認すると、東洋人はアクセルを踏み込む。
寂れたエンジンを震わせながら、加速するポロ車。整備されている道だというのに、この車内の揺れ方はおかしすぎる。
「いつまでこんなオンボロに乗ってる気なの? バイト代もしてるんでしょ、それでもう少しマシなの買えないのか?」
私が話しかけると、彼はハンドルを片手で運転しながら、
「喋ると舌噛むぞ~。…………っと、親父が金を使いまくるんだ。そのせいで家賃やら食費やらは俺持ち。あんなんだから母さんに逃げられんだ」
「大変ね……」
彼の物心付く前に、父親は仕事で日本からここに引っ越してきた。母親は父親に愛想を付かせて、帰国したが彼は父親とニューヨークに残っている。
「リク。アンタ、家出でもすれば、そうすればもう少し楽は生活できるんじゃないの?」
「なんだ、アリス。お前の部屋に泊めてくれるのか?」
「そんなことしたら俺の父親に殴られるぞ」
俺と彼は出会ってから2年ちょい。彼とは同じスクールに通っていることもあり、よく一緒にいることが多い。
このオンボロ車を買ってから、毎日迎えに来ていることからも、なんとなく彼の気持ちは察している。
しかし、その気持ちに応えるとなると、いくつか問題がある……。
「お、アリス! 見ろよ、ヒーローが飛んでるぜ!!」
赤信号で止まっていると、ビルの隙間を機械の鎧を纏ったヒーローが通過する。
その様子にリク。は車体から大きく身を乗り出して、大きく手を振った。
「いつものことでしょ」
「そりゃ~、そうだが。俺は昔っから好きでよ~」
「その話はもう十回以上聞いた」
「あぁ、そうだっけか……」
また語り始めようとしたリクを俺は止める。そして前方を見て、
「青信号だぞ」
信号が変わっていることをリクに伝えた。
リクの話を拒否したわけではない。しかし、もう知っているから十分なのだ。彼が何に憧れているか、何を目標にしているのか。
しばらく走ると、やがてスクール内の敷地に入る。
そして駐車場に車を停めて、俺達が車から降りようとした時。
「よぉ、朝から俺の娘と登校とは良い身分だなぁ、リク」
彼が車を降りると同時に彼の頭を鷲掴みにする男性。短髪の金髪に丸太のように太い腕を持った人物。そんな男性に頭を掴まれて、リクは逃げたくても腕を引き剥がすことができない。
「父さん、朝からリクを揶揄うのはやめろよ」
「父さんじゃない。学校では先生と呼びなさい。後、もう良い歳なんだから、口調にも気をつけなさい」
彼は俺の父であり、このスクールの教師をしている。
リクとの関係も知ってはいるが、認めてはくれていない。リクの気持ちに答えられない理由の一つだ。
俺は父の腕を叩いて、リクを解放する。そしてリクの腕を引っ張って連れ出した。
「アリスが俺の手を引っ張ってくれるなんて~」
俺が引っ張る腕にリクが頬擦りしてくる。
「っ!?」
俺は咄嗟に手を離し、リクを突き飛ばす。
「おいおい、そこまでしなくても」
「するわ!!」
もう父も追ってきてないことだし、俺は手を離して校内に入る。リクも俺の後を追ってくる。
ロッカーに荷物をしまう中、リクが呟く。
「さっきのヒーロー何してんのかな?」
「まだあれが気になんのか?」
「当然、俺の憧れだからよ」
「はいはい、そうだな」
俺はロッカーを勢いよく閉める。その音が廊下に響き渡る。
もう一つ、この男の気持ちに答えられない理由。それがこれだ。
リクは小さな頃に一度、ヒーローに助けられている。スクールバスのバスジャックで誘拐された時に、ヒーローに救われた。
それから彼はヒーローの虜だ。
「なぁ、アリス。俺がもしヒーローに……」
俺の後ろに立ってリクが何か言いかけたところで、チャイムが鳴り出す。
「やばい、急げ!!」
俺とリクは急いで教室に入る。
朝の授業が終わり、昼の休み時間。先程聞き逃したリクの話を聞こうと、リクの元へと向かう。
「なぁリク。さっき……」
その時だった。校内のアラームが鳴り出した。ジリリリリっと高い音が耳の奥に残る。
「なんなの!?」
生徒達が動揺しパニックに陥りそうになっている。リクはテーブルの上によじ登り、皆を落ち着かせようと声をかける。
「落ち着け、何かの間違えだ。みんな席で待つんだ!!」
リクが叫ぶと皆も冷静さを一瞬取り戻す。これで一件落着か。そう思われたが……。
隣の教室から火薬の弾ける音。銃声だ。発砲音で今度は完全にパニック状態になり、皆思い思いに逃げ惑う。
リクが必死に叫ぶが、その声が皆に届くことはない。
教室の中がパニックになる中、廊下へ繋がる扉が勢いよく開く。
現れたのは、
「みんな逃げろ!! 急げ、こっちだ!!」
「先生!!」
俺の父親だ。父はパニックに陥る生徒達をどうにか誘導して、廊下へ出しそのまま外へと誘導する。
俺とリクは皆が出るのを確認し、最後に教室を出る。そして父と一緒に廊下を走る。
「何が起こったの!?」
「銀行強盗が逃げて学校に侵入してきたんだ。とにかく逃げるぞ」
父に背中を押されて、廊下を走る。そんな中、背後から男の叫び声が聞こえてきた。
「おぉおっいっ!! 何やってんだぁ!! 人質がぁ、逃げんじゃねー!!」
叫び声と共に発砲音。そして後ろを走っていた父が倒れた。
「父さん!?」
「お父さん!!」
倒れた父を心配し、私とリクは足を止める。父に駆け寄ると、父の右足から血が出ていた。
父は歯を食いしばりながら、寝っ転がった状態から座る。そして傷口を抑えた。
「お前達は逃げろ」
「でも、父さんは!?」
「俺が人質になれば、あの犯人も満足するだろ。生徒を危険に晒すわけにはいかない」
父がそう言うが、本当にあの犯人が逃がしてくれるだろうか。かなりの興奮状態にある。
もし俺達が逃げられたとしても、人質の父さんが無事に解放されるとは思えない。
俺は頭の中が真っ白になり、何も考えられずにいる中。リクは父さんの前に立ち、犯人から俺達を守るように立ち塞がった。
「リク、何をやってるんだ。お前も俺の娘を連れて逃げるんだ」
父はリクに逃げるように促すが、リクは首を捻りこちらを向く。そしていつものおちゃらけた顔ではなく、真面目な表情で頬を上げた。
「リク……?」
「まだ言ってなかったが、俺、資格を取ったんだ」
そう言って胸ポケットから小さなカードを取り出す。そして俺達の前にカードを落とした。
左右に揺れながら落ちたカード。そこにはヒーロー認定という文字と共に、リクの名前が刻まれていた。
「卒業したら故郷でヒーローになる。そのために取ったんだ」
リクは自慢げに鼻の上を掻く。その後、拳を握りしめて戦う姿勢になった。
「リク、やめろ!! まだお前は俺の生徒だ、危険なことはさせられない!!」
「そうだ。相手は武器を持ってるんだぞ!! 危険だ!!」
俺達は止めようと必死に説得を試みるが、リクは聞く耳を持たない。そして背を向けた状態でリクは、
「守るものがある以上。ヒーローは絶対に退けない」
そう言って犯人を睨みつける。犯人はリクの態度に苛立ちを覚え、近くにあった扉を蹴り壊す。
「何がヒーローだ。このガキが!! 俺はなぁ、俺はぁぁ!!」
犯人は発狂してリクに銃口を向けた。そして弾を射出する。
犯人から俺達の距離は、スクールバス三台分。それだけの距離があり、犯人の精神状態が不安定とはいえ、怖くなり動けなくなりそうな状況。
しかし、リクは前に踏み込み、さらに弾丸を避けてみせた。
「なんだぁっと!? このやろぉ!!」
犯人は次々と発砲する。しかし、リクに弾丸は当たらない。リクは距離を詰めようとしているが、一気に詰める様子はない。
犯人の弾切れを待っているのか。
このままあと何発か避ければいける。そう希望が見えてきた時。
「このガキがぁ!! ならこれでどうだ!!」
犯人の銃口の向きが変わる。標的は……。
「アリス!!」
俺達だ。
父が必死に俺に抱きついて守ろうとしてくる。父の身体で視界が遮られる。
しかし、俺には見えていた。身体の隙間に映った景色は、
俺達を守るために身を盾にする。リクの姿だった。
赤い液体がリクを貫通する。そして力を失ったリクは、その場で倒れた。
「っ……リク!?」
俺に少し遅れ、父もリクの倒れた音に気づく。
今の弾で最後だったのだろう。犯人は弾を入れるために、服の中を漁り始める。
焦る犯人は弾をポロポロと落とす。やっと弾を入れられて、銃を構えようとした時。
窓が割れてそこから機械仕掛けのスーツの着込んだ人物が侵入してきた。
彼は犯人を押さえつけると、手錠をかけて拘束する。
どうやらヒーローが到着したらしい。
ヒーローと到着と少し遅れて、警官達が入ってくる。
「大丈夫か!? 君達!!」
「大変な、怪我をしているぞ!!」
警官が俺達を保護して、父やリクの怪我の治療を始める。父が撃たれた場所は分かっており、問題ないことを知っていた俺は、リクの元へと駆け寄る。
「リク、大丈夫か!!」
応急処置はされたみたいだが、リクの顔は青く苦しそうだ。
かなりの重症なのか……。
「アリ……ス…………」
俺が駆け寄ると、タンカーに乗せられたリクが俺のことを見つめてくる。
「言えてなかったことが……あるんだ」
歯を食いしばり、片目を瞑った状態でリクは俺の腕を掴む。
「俺と一緒に……日本に……来て……くれ…………」
リクの腕を掴む力は徐々に弱くなり、スルリと落ちた。そして力尽きるように意識を失った。
加藤さんに殴られ続けるレッド。もういつ倒れてもおかしくない。しかし、それでも倒れないレッドに、加藤さんの表情は焦りと恐怖が混じりだす。
「リク。あんたはヒーローとして一つ間違ってた」
殴られながらも前に踏み込むレッド。今まで全ての攻撃を受けてきたが、ここで初めて一発だけ避けた。
加藤さんの拳が空を殴る。空振りに終わった拳が引かれる前に、レッドは加藤さんの拳を両手でガッチリと掴んだ。
掴んだところでさらに一歩踏み込む。これで加藤さんの身体と密着した状態。右手は掴んだまま、左手で加藤さんのネクタイを掴む。
「ヒーローとは守るものの前で負ける姿は見せられない!!」
反撃を予想できなかったのか。加藤さんの反応は遅れ抵抗はできず。
レッド身体を半回転させる。そして全体重をかけて加藤さんを引っ張った。
「うっ!?」
足が浮く。地面から離れて、世界が反転する。何もかもひっくり返った世界で、一瞬時が止まった。
自分でない何かに塗り潰されていたはずが、スッとこの瞬間にハらわれた。そうして自分を取り戻した配信者の感じたことは……。
──救われた──
また時間が動き出す。今度はひっくり返った世界が戻り戻り出す。時間の進みは加速していき、目の前に地面が現れると、スイッチが切れたように映像が途切れた。
加藤さんを投げ飛ばしたレッドは、動かなくなったのを確認して腕を上げて勝利のポーズを決める。
しかし、勝利を収めたことで気が抜けたのか。ふらっとすぐに倒れそうになった。
「レッドさん!?」
魔法少女達が巨人の悪霊を連れてどこかへ消えて、残ったレッド達を見ていた私は、倒れそうになったレッドに駆け寄る。
私が支えようとするが、レッドはふらついているのに、意地を張って自力で立ち続ける。
「弱ってるところは見せられない」
「はぁ、めんどくさい人ね」
かつてヒーローを目指している男がいた。彼は願いを叶え、故郷でヒーローとしての人生を歩む。そんな彼だが、婚約者にヒーロー活動での成績で負け、自信を失いヒーローを辞めてサラリーマンへと転職した。
応援ありがとうございます!
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