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第14話 『恐れ』

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ギルドでNo.1の冒険者パーティに見習いとして加入することになった俺は、最強の冒険者として教育される。



著者:ピラフドリア



第14話
『恐れ』




 恐怖。それは人間の持つ本能。もしもそれを克服したというのならば、それは悪手。
 人は恐怖を感じるからこそ、逃げることを選択できる。対峙した相手との実力の差を感じることができる。



 もし武器を持たない人間がライオンに遭遇したのならば、人間に勝ち目はない。



 人間は弱い。だからこそ、その恐怖を持って生存してきた。その本能こそが人間の歴史を作ってきた。






 俺が逃げようとした道を、チンヨウが立ち塞がる。



 圧倒的実力差。かかと落としだけで地面が抉れ、周囲の建物が吹き飛んでいた。
 こんな生物に俺が勝てるはずがない。



 逃げる。逃げたい……。だが、



「君はもう逃げられない」



 逃げ道を塞いだチンヨウは、ゆっくりと俺に向かって歩み寄る。チンヨウが近づいてくると、空気が重くなり、全身を押しつぶされているような感覚に陥る。
 その場にいるだけで敵の体に重みを感じさせてしまうオーラ。俺はもう足を持ち上げることもできず、その場で立ち尽くすことしかできなかった。



 レジーヌもエイコイもやられた。俺も逃げられない。もう終わりだ。



 チンヨウは右拳を握ると、身体をのけぞらせるほど大きく構える。俺が逃げられないのをわかっているからこそ、これだけ大きな構えをする。



「潰れな……」



 大きく振りかぶった拳を、俺に向けて振り下ろす。曲線を描いて向かってくる拳に、俺は防御の姿勢を取ることもできず、その拳を受け入れた。



「…………ェ」



 拳が向かってきて目を瞑っていたが、数秒経過しても拳がやって来ない。何が起きたのか、俺が目を開くと、



「ドミニクさん!?」



 俺とチンヨウの間に入って、ドミニクが剣を横にしてチンヨウの拳を止めていた。



 俺が目を開き、ドミニクを視界にとらえたと同時に、チンヨウの拳の勢いで発生した風だろうか。
 拳は止まったが、風が遅れてやってくる。その風は俺が立っていることができず、後ろに転がって何回転もしてしまうほどの強風であり、もしも拳が止まっていなかったら、どれだけの破壊力を持った一撃だったのかを、その風が物語っていた。



 俺が地面を転がり込んだことで、背中でつながっているエイコイも地面に激突する。



「痛い痛い!? 何が起きてるんだ!!」



「エイコイ、起きたか!!」



「相棒……って、なんじゃこの状況!!」



 起きたエイコイは目の前の状況に驚きの声を上げる。



 それもそうだろう。助けに来ないと思っていたドミニクが助けに来て、チンヨウの拳を止めていたのだから。



 ドミニクは剣で拳を止めた体制のまま、チンヨウを睨む。



「……チンヨウ」



「ドミニク・ワンデインか。久しいな……」



 どうやら二人は面識がある様子。睨み合った二人は、拳と剣を戻して、二人して後ろへ飛び跳ねて距離をとった。
 二人が移動した距離はちょうど同じ距離。そしてドミニクの位置は、俺とエイコイ、さらにはその後ろにいるレジーヌを守るような位置にいる。



 ドミニクの態度から助けに来てくれないと思っていた。実際この状況になるまで、全く手を出して来なかった。
 しかし、現れたドミニクは俺達を守るような姿勢をとった。そんなドミニクにチンヨウは両手をポケットに入れて、興味深そうに見つめる。



「もう懲りて、弟子は取らないものだと思っていたが……君ももうトラウマを乗り越えたってことかな?」



「……弟子じゃないさ。仲間に言われて見張ってただけだ」



「ふむ、しかし、私には君がその子達を大切にしているように見えるがね……あの頃のように……」



 チンヨウはニヤリと笑いながら挑発をする。そんな挑発にドミニクは明らかに苛立ちを見せる。



「貴様がワタシの射程にわざと移動させて、ワタシを挑発していたせいだ。……本来なら見捨てる気だったが、貴様の態度が気に食わん」



 ……やっぱり見捨てる気だったのかァ。



 とはいえ、来てしまった以上は、チンヨウと戦うようだ。任せることができるかもしれない。



「見捨てる……か。君のような人間がそんなことができるとは思えないがね……。しかし、やっとだよ」



 チンヨウはポケットに両手を入れたまま、顎を上げて見下ろすようにドミニクを睨みつける。



「君に負けて6年。私は君にずっとリベンジをしたかった」



 チンヨウがドミニクを睨みつける力を強める。すると、チンヨウから溢れる気配で風が生まれて、俺やエイコイはその風で吹き飛ばされそうになる。
 俺達が必死に地面にしがみついて、チンヨウの迫力に耐える中、ドミニクは堂々とチンヨウと向き合っていた。



「そうか、まだやられたりなかったか」



 ドミニクは剣を腰につけた鞘にしまうと、チンヨウを睨み返した。今度はドミニクの迫力でチンヨウの風を押し返す。



 二人の迫力がぶつかり合い、二人の間では行き場のなくなった風が上空へ飛び、天を真っ二つに割く。
 空を覆っていた雲はたった二人の人間の力で、吹き飛ばされて青い空が現れ始めた。



「これから何が起きるんだ……」



 俺とエイコイはその場に座り込み、二人の様子を見守る。



 風がぶつかり合う中、突如、戦闘は始まった。何を合図にしたかは分からない。
 風で枝が折れる音か、石がズレた音か、その合図がなんだったにしろ、二人は同時に踏み込んだ。



 ドミニクは剣を向き、居合の抜刀斬り、チンヨウはポケットから手を抜いて、鞭のように手を振るいビンタのように殴る。
 二人の剣と拳がぶつかり合い、爆発音と共に山賊のアジトの建物は全てその衝撃で崩れ壊れた。



「あれが人間同士の戦いかよ!?」



 ドミニクとチンヨウはお互いの一撃がぶつかり合い、弾き合うと次の攻撃に素早く切り替える。また剣と拳をぶつけ合い、それを連続で繰り返した。



 俺の目からは二人はその場で立ち尽くし、二人の中央で火花が散っているだけのように見える。これを戦いだと知らなければ、二人が仲良く花火をしていると勘違いしていただろう。



 何度も何度も攻撃が衝突したことで、二人を囲むように竜巻が発生する。周囲で戦いを見ていた山賊達は、二人の戦いに頭を抱えて逃げ惑う。



 二人の戦いを姿勢を低くして観戦していたエイコイが、俺に話しかけてくる。



「相棒、君はレイメイのドミニクについて知らないよね」



 俺が別の地球から来たことを知っているエイコイは、俺にドミニクについて聞いてもないのに解説をし始める。



「あの人は冒険者になる前はとある王国の騎士だったんだよ。そしてドミニクさんはたった一人で一個師団に並ぶと呼ばれてたんだ」



 エイコイはドミニクの姿に目を輝かせる。



「あの人の戦いを生で見られるなんて~!!」



 ドミニクの姿に興奮している様子のエイコイ。そういえば、セルゲイの時はここまで見やすい状況ではなかった。
 彼にとっては憧れの人の戦い、だからこそ目を輝かせているのだろう。



「一個師団……か」



 もしもエイコイの言うことが本当だとしたら、それと互角に戦っているチンヨウ。彼もかなりの実力者ということになる。
 なぜ、山賊の親玉がここまでの実力を持っているのか。ここまでの実力を持っていながら、山賊の親玉という身分で満足しているのか。



 俺達が見守る中、武器をぶつけ合っていたドミニクとチンヨウは一旦距離を取る。



「実力を上げたみたいね」



 距離を取ったドミニクはチンヨウを睨みながら言う。それに反応するようにチンヨウも



「君も私の期待を超えて強くなっている。これは楽しめそうだよ」



「楽しむ……ね。ワタシは貴様とは遊ぶ気はない。さっさと決着をつけさせてもらおうか」



「君はせっかちだな。だが、私も長々とは続けたくはないな。実力の探り合いはもう十分だろう、ここからは本気でやり合おうじゃないか、ドミニク君」



 その言葉を合図に二人は構えを変えた。ドミニクは剣を前方で横にして構える。チンヨウは左手を前にして右手をその後ろにして、両手を前にする構えを取る。











 時は遡り、平山のいた地球。
 イタリアのとある街で二人の男性が向かい合っていた。



「首領(ドン)。来月の集会ですが、用心棒にムエタイの元チャンピオンを呼ぶことにしました」



 豪華な椅子に座る男性に、地面に膝をつけて頭を下げて報告する。



「……そう……か」



 元チャンピオンほどの用心棒を呼ぶというのに、首領(ドン)は顔を下に向けて身体を震わせる。その様子に部下は心配する。



「やはり、不安……ですか」



「ああ、ボクシングのチャンピオンでも、プロレスの王者でも、どんな屈強な男を連れてきても……安心できない…………」



「チンヨウはそれほど強かったのですか……?」



「強い……恐ろしいほどに強い」



 首領(ドン)は震えながら、部下に過去の話を伝える。



「私は15年前当時の首領(ドン)の護衛として、歴戦の兵隊とジャパンから呼び寄せた空手家を用心棒として、敵組織との対談へ向かったんだ」



 首領(ドン)は両手で身体を覆うように腕を組んで激しく震える。



「その時だ。チンヨウと出会ったのは……。目的は敵組織のボスの暗殺。協力関係だった組織のボスを守るため、私達も戦闘へ参加した……」



「それで……何人がやられたんですか……?」



「全滅……だ」



「……ッ!?」



 部下は流石に数名を倒して、逃亡したものだと考えていた。しかし、全滅と聞いて口をパクパクさせる。



「たった一人の拳法家に敵組織は全滅。こちらも殆ど壊滅状態……。空手家に至っては全身の骨を粉々に砕かれてしまった」



「そんな……チンヨウは一体どんな武器を使ったんですか!?」



「チンヨウは武器を持たない……。持つとするなら……」



 首領(ドン)は拳を握りしめる。そしてその手を前に出して部下へ見せた。



「拳(ケン)だ」



「……拳?」



「彼は彼の住む祖国で武術を極めた、格闘家なんだよ」







 ドミニクとチンヨウは向かい合い、そして同時に一歩踏み込んだ。たった一歩進んだだけのはずだったが、その一歩で二人の距離は一気に縮まる。
 先手を取ったのはドミニクだった。



 剣を横にしてチンヨウの胴体を目標に振る。大振りのような一撃で、かなりの勢いはあっただろう。
 しかし、チンヨウはその剣を片足を上げて蹴り上げて防いだ。



 蹴られた剣は方向がズレて、斜め上へと方向が変わる。だが、方向を変えたが、剣の威力は止まっていない。
 それに剣は胴体よりも上を目指して動き、チンヨウの首を狙う形になった。



 これはチンヨウのミスなのか……。そんなことはなかった。



 チンヨウは片足を上げたまま、残った足の力を抜く。すると、チンヨウの身体は崩れるように倒れる。
 そして剣をスレスレで避けることに成功した。頭上を通り抜ける剣、そんな剣の下を潜り抜けたチンヨウは、力の入りにくそうな姿勢のまま、ドミニクへパンチを放った。



 俺から見れば、全身の力を抜いた柔らかなパンチに見えた。だが、その威力は……。



「っく!?」



 ドミニクの身体を後方へ3メートルほど吹っ飛ばすほど強力な一撃であった。
 パンチを受けた胴体の鎧は凹み、チンヨウの拳の跡が残っている。



「あんな姿勢から攻撃……」



 チンヨウの体勢は攻撃なんてできるような姿勢じゃなかった。しかし、チンヨウは攻撃を放ち、そしてドミニクを吹っ飛ばした。
 ドミニクを吹っ飛ばし、一旦距離ができたことでチンヨウは立ち上がり、姿勢を元に戻す。そして



「ドミニク君。君は覚えてるよな。私の使う、地と天を……」



 そう言ってニヤリと笑った。















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