滅理姉妹【偶数日更新】

週刊 なかのや

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壱章

十話 殺人姉妹②

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才牙の眼光は、夜気そのものを凍てつかせるほど冷たかった。

「貴様が踏み入れたのは、我が国の土ではない。」

声は凪いだ湖面のように静かで、刃より鋭い。

「これは命をもって償うべき罪の庭だ。娘らの笑顔を踏みにじり、恥を知らぬ身に、人の言葉は不要。」

「辛うじて音を発するだけの肉袋が、人の形を汚すなど有り得ぬ。……苦しみ抜き、地獄へ墜ちろ。」

才牙が一歩、足を滑らせた瞬間、空気が裂ける。

「⸻陰五逆・黒縄。」

空気が波打ち、影が絡まり、男の周囲に黒い光が奔る。
その圧だけで、男は膝を折り、声にならない声を吐き出した。

刃が収まったあとも、肌はまだ裂け続けていた。
男の身体には、数えきれぬほどの細い線が浮かび、やがて裂け目となって鮮血を吐き出す。

その赤は止まることを知らず、肌を滑り、床を染め、金属の匂いを満たしていく。

男は崩れながらも、声だけは潰れない。
断末魔というには長すぎる、掠れた悲鳴が幾度も湧き、喉を掻きむしる。

全身が自分のものではないかのように痙攣し、指先さえ思うように動かせない。
恐怖と痛みが交互に押し寄せ、呼吸の度に肺が焼ける。
私は一歩も近寄らず、その様を無言で見下ろしていた。
ただ、冷たい瞳だけが、終わりの時を計っている。

「まだ終わらせぬ。半刻──その刹那ごとに、己が罪を骨の髄まで噛み締めよ。」
「息絶えるなど許さぬ、生きたまま悔いを刻め。」

才牙は、月明かりに濡れた石畳を一瞥した。
──血。
だがそれは、己が想像していた”人間の血”という認識を拒むように、夜の光を不自然に弾いていた。
赤い。
けれど、何かが違う。胸の奥に”この男は人の理から外れていた”という確信だけが静かに根を下ろす。

私は無言で拭い紙を取り、刀身を丁寧に拭き上げる。
布に染みた色が月光にくすぶり、音もなく腕輪の魔術へと消えていった。

そのまま縁の手を握り、落ち着いた声で問いかける。

「……何処で異国の言葉を習った?」

縁は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。

「姉上と何処かへ観光する日が来るかもしれぬと思い、幼き日に独学で勉強したのでござるよ。」

その声は、闇の底に残るざわめきを和らげるように明るい。
才牙は短く息を吐き、指先で縁の手を軽く握り返した。

「……そうか。」

夜風が、遠く祭りの太鼓を運んでくる。
激しい出来事の直後とは思えぬほど、二人のあいだには穏やかな沈黙だけが流れていた。

けれど、穏やかに帰れるのは後になりそうだ。
男の友人だろうか三、四人程同じ国籍の男がやって来た。
死にかけの男の元へ駆け寄ると携帯で電話かけようとしている。
救急車が来たとして、私の刃で斬られた者は十五分も経てば助からない。やるだけ無駄だろう。延命措置は必要無い。

男の友人達は私達の方を見た。
勘がいいのか馬鹿なのか、異国の言葉を並べて責め立てる。何を言っているの全く分からないが、一人が懐からナイフを出した。
折りたたみ型の果物を切るようなナイフだ。
余程治安の悪い育ちなのだろうか、仲間を殺されて仇討ちをしようと考えたのか分からぬ。
男の友人の一人がナイフを取り出せば駆け寄っていた他三人もナイフを取り出して此方に突っ込んでくる。

馬鹿の一つ覚えだ。

日本から離れた遠い国に、頭の悪い鳥類で、ダチョウという生き物がいる。
そいつらは頭が非常に悪く、一匹が走り出せば全員が理由も無く走り出すのだという。
眼前の男達は頭蓋に脳味噌がこれっぽっちも入っていないのだろう。

男らは死に逝く男と同類であり、これから罪を犯す可能性を孕む肉袋。
今はしていなくても、きっとこのような男達が過去に自国で同じようなことをしていたのかもしれぬ、これからするのかもしれぬ。

であれば、我が国を汚す前に断罪の前払いをしておこう。
日本の法は生温い。性犯罪者は懲役数年、知能の無い者が行った犯罪は責任能力を持っていない為に不起訴又は情状酌量の余地あり?笑わせる…心に傷を負えば、その者はこれから普通に生きられなくなる。人の人生を壊しておいて当たり前に生きられる等、言語道断。
性犯罪者は殺人と同義であり死刑…責任能力の無いものは獣とし畜生は屠殺すればいい。人でなければ殺人とは言わぬ。
及び、先程の男も前に出た男の友人らも獣と同義であり、処刑対象だ。

「生かしておく理由も無い」

私は刀を再度取り出す素振りをするが、その前に、瞬き一つのうちに眼前で突っ込んできた異国の男達が全員輪切りとなった。そこら中に血を撒き散らし、胴と下半身が泣き別れだ。

「陽・白滅陽炎…畜生以下の存在が姉上に刃を向ける等、愚の骨頂。死して償え蛮族が」

吐き捨てるように刀を鞘に収めたのは縁だ。

誰一人、才牙へ刃を届かせることはできなかった。
冷たい夜気の中で、ただ縁の瞳だけが揺らぎなく光っている。

「……これで帰れまする」

振り返った縁は、血飛沫を浴びながらも淡い笑みを浮かべた。
月の光がその頬を照らしている。

ただ静かな決意だけがそこにあった。

才牙は息をひとつ吐き、妹の肩にそっと手を置く。
闇はまだ深い。
けれど、二人であれば、どんな闇も裂ける…そう思わせる夜だった。
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