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弐章
十七話 懸賞姉妹①
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予約したホテルに戻ると、ロビーの一角で顔色の悪い若者がそわそわと歩き回っていた。
私達姉妹が受付から案内される通路に入ると、その若者は突然こちらへ近寄ってくる。
一歩前に出た才牙がすかさず縁の前に立ちふさがり、低く問う。
「何用か」
若者は声を震わせながら口を開いた。
「あ、あの……じ、自分、ま、魔術協会の⸻」
言い終える前に、姉上は胸倉をつかみ上げ、若者を軽く宙に浮かせた。
「姉上!」
私は慌てて止めようとしたが、姉上の眼差しは冷たくも澄んでいる。
「人を呼び出した側が時間通りに来ないなど、言語道断だ…」
「常に十五分前行動をする、と今ここで約束しろ」
若者は何度も必死に首を縦に振り、かすれ声で「は、はい」と繰り返した。
姉上はようやく手を放し、振り返る。
「これでよい。私とて無用な暴力は振るわぬ」
その言葉に安堵しつつ、私は思わず言った。
「拙者も十五分前行動を心掛けるでござる」
すると姉上は小さく笑みを浮かべた。
「お前はいつもそうしているだろう。早い時は前の日から待っている……そこまでせずとも良いというのに」
その笑顔は、私の知るどんな光よりも美しかった。
廊下で、魔術協会員の若者と立ち話をした。
相手は気弱そうだが男──姉上と私、女二人きりの部屋に入れるなど論外である。
話を聞けば、半魔獣化した姉上を快く思わぬ別組織「HEX」なる連中が、私たちに賞金を懸けているという。
家や漫画喫茶で襲撃があったのも、そのためらしい。
姉上はその説明を黙って聞き、額に青筋を立てながらも何も言わなかった。
だが別れ際、若者に向かって低く告げる。
「次は無いと思え」
当然の言葉だ。
私達が強かったからこそ今日を無事に終えられたが、もし弱ければ、情報の遅れ一つで最悪の結末を迎えていたはず。
時代が時代なら、あの若者は介錯も許されぬ切腹もの──
そう考えながら、私は姉上の背を追った。
部屋に戻ると、姉上は先に湯へ。
私は先ほど若者から渡されたパソコンを開き、情報収集に取りかかる。
”──HEX。
魔術協会〈Aegis〉から独立した勢力。
地球外生命体と契約する魔術師を狩り、懸賞金を糧に動く賞金稼ぎ集団”。
私たち姉妹への懸賞金は……340万ドル。
……安い。
姉上だけでも500万ドルの価値はあるはず。
私なら保護のためにもっと積む。
二人まとめてこの額とは、あまりに失礼だ。
さらに調べると、懸賞金が設定されたのは二日前。
──家が爆破された日と一致する。
ふざけた話。
私達を勧誘するAegisの誰かが情報を漏らしたに違いない。
そうでなければ、私たちに賞金など掛けられるはずがない。
馬鹿げている。
そして、腹立たしい。
私は風呂から出てきた姉上と入れ替わる。
浴室に漂う、姉上の淡い香りが鼻腔を通り抜け──
腹の奥で渦巻いていた怒りが、すっと溶けていく。
湯気に包まれながら思う。
やはり姉上という存在は、あらゆる感情や事象を超えて私を鎮めてくれる。
その温もりに触れるだけで、世界が静かになる。
シャワーを浴び、姉上が使ったシャンプーとボディソープで髪と肌を洗う。
泡が流れ落ちる感覚とともに、心も研ぎ澄まされていく。
やがて私は、シャワーの水を受けながら魔力の流れを意識した。
──心臓から血管を通り、全身を巡る力。
それを外へ、肌の輪郭に沿わせて纏わせる。
身体強化魔術の初歩は、”外殻をつくる”こと。
漫画喫茶のパソコンで見つけた資料には、身体能力の向上、技の威力と速度の強化などが記されていた。
爆発物を処理した際、魔力を物質に纏わせることで爆発を抑え、鋏の刃に力を宿して斬り伏せることができた。
次の戦闘では、より深く身体強化を試してみよう。
姉上と並び立つために──。
魔力は無限の可能性を秘めている。
その極みに至ったものこそ、魔術と呼ばれるのだろう。
風呂から上がると、姉上がパソコンを前に眉をひそめていた。
私がそばへ寄ると、姉上は勢いよく振り返り、困った顔で言う。
「すまぬ縁……どうやらこの機巧箱、壊してしまったようだ」
その表情は、何とも言えず愛らしい。
“襲ってください”などと…
──いや、もちろん口には出さない。
「どうされたのでござるか?」
問いかけると、姉上は少し焦った面持ちで続けた。
「縁が風呂に入ってすぐ、明かりのついた機巧箱を弄っていたのだ。」
「下にある平仮名や数字、英語が書かれた上下に動く奇妙な板を押してみたのだが──」
……キーボードのことだな、と私は心の中で頷く。
「何を打っても小さい“っ”や英語ばかり。考え込んでおったら、」
「画面が暗くなってしまった……私はまた壊してしまったらしい」
姉上は不安げにパソコンを見つめる。
その様子があまりに可笑しく、胸の奥でそっと笑いがこみ上げた。
「これは数分放置すると、自動的に暗くなるよう仕組まれておりますゆえ、壊れたわけではありませぬ、姉上。」
そう言って私はキーボードの Enter を軽く押す。
瞬く間に画面が明るさを取り戻し、同時に姉上の表情もふわりと晴れた。
私達姉妹が受付から案内される通路に入ると、その若者は突然こちらへ近寄ってくる。
一歩前に出た才牙がすかさず縁の前に立ちふさがり、低く問う。
「何用か」
若者は声を震わせながら口を開いた。
「あ、あの……じ、自分、ま、魔術協会の⸻」
言い終える前に、姉上は胸倉をつかみ上げ、若者を軽く宙に浮かせた。
「姉上!」
私は慌てて止めようとしたが、姉上の眼差しは冷たくも澄んでいる。
「人を呼び出した側が時間通りに来ないなど、言語道断だ…」
「常に十五分前行動をする、と今ここで約束しろ」
若者は何度も必死に首を縦に振り、かすれ声で「は、はい」と繰り返した。
姉上はようやく手を放し、振り返る。
「これでよい。私とて無用な暴力は振るわぬ」
その言葉に安堵しつつ、私は思わず言った。
「拙者も十五分前行動を心掛けるでござる」
すると姉上は小さく笑みを浮かべた。
「お前はいつもそうしているだろう。早い時は前の日から待っている……そこまでせずとも良いというのに」
その笑顔は、私の知るどんな光よりも美しかった。
廊下で、魔術協会員の若者と立ち話をした。
相手は気弱そうだが男──姉上と私、女二人きりの部屋に入れるなど論外である。
話を聞けば、半魔獣化した姉上を快く思わぬ別組織「HEX」なる連中が、私たちに賞金を懸けているという。
家や漫画喫茶で襲撃があったのも、そのためらしい。
姉上はその説明を黙って聞き、額に青筋を立てながらも何も言わなかった。
だが別れ際、若者に向かって低く告げる。
「次は無いと思え」
当然の言葉だ。
私達が強かったからこそ今日を無事に終えられたが、もし弱ければ、情報の遅れ一つで最悪の結末を迎えていたはず。
時代が時代なら、あの若者は介錯も許されぬ切腹もの──
そう考えながら、私は姉上の背を追った。
部屋に戻ると、姉上は先に湯へ。
私は先ほど若者から渡されたパソコンを開き、情報収集に取りかかる。
”──HEX。
魔術協会〈Aegis〉から独立した勢力。
地球外生命体と契約する魔術師を狩り、懸賞金を糧に動く賞金稼ぎ集団”。
私たち姉妹への懸賞金は……340万ドル。
……安い。
姉上だけでも500万ドルの価値はあるはず。
私なら保護のためにもっと積む。
二人まとめてこの額とは、あまりに失礼だ。
さらに調べると、懸賞金が設定されたのは二日前。
──家が爆破された日と一致する。
ふざけた話。
私達を勧誘するAegisの誰かが情報を漏らしたに違いない。
そうでなければ、私たちに賞金など掛けられるはずがない。
馬鹿げている。
そして、腹立たしい。
私は風呂から出てきた姉上と入れ替わる。
浴室に漂う、姉上の淡い香りが鼻腔を通り抜け──
腹の奥で渦巻いていた怒りが、すっと溶けていく。
湯気に包まれながら思う。
やはり姉上という存在は、あらゆる感情や事象を超えて私を鎮めてくれる。
その温もりに触れるだけで、世界が静かになる。
シャワーを浴び、姉上が使ったシャンプーとボディソープで髪と肌を洗う。
泡が流れ落ちる感覚とともに、心も研ぎ澄まされていく。
やがて私は、シャワーの水を受けながら魔力の流れを意識した。
──心臓から血管を通り、全身を巡る力。
それを外へ、肌の輪郭に沿わせて纏わせる。
身体強化魔術の初歩は、”外殻をつくる”こと。
漫画喫茶のパソコンで見つけた資料には、身体能力の向上、技の威力と速度の強化などが記されていた。
爆発物を処理した際、魔力を物質に纏わせることで爆発を抑え、鋏の刃に力を宿して斬り伏せることができた。
次の戦闘では、より深く身体強化を試してみよう。
姉上と並び立つために──。
魔力は無限の可能性を秘めている。
その極みに至ったものこそ、魔術と呼ばれるのだろう。
風呂から上がると、姉上がパソコンを前に眉をひそめていた。
私がそばへ寄ると、姉上は勢いよく振り返り、困った顔で言う。
「すまぬ縁……どうやらこの機巧箱、壊してしまったようだ」
その表情は、何とも言えず愛らしい。
“襲ってください”などと…
──いや、もちろん口には出さない。
「どうされたのでござるか?」
問いかけると、姉上は少し焦った面持ちで続けた。
「縁が風呂に入ってすぐ、明かりのついた機巧箱を弄っていたのだ。」
「下にある平仮名や数字、英語が書かれた上下に動く奇妙な板を押してみたのだが──」
……キーボードのことだな、と私は心の中で頷く。
「何を打っても小さい“っ”や英語ばかり。考え込んでおったら、」
「画面が暗くなってしまった……私はまた壊してしまったらしい」
姉上は不安げにパソコンを見つめる。
その様子があまりに可笑しく、胸の奥でそっと笑いがこみ上げた。
「これは数分放置すると、自動的に暗くなるよう仕組まれておりますゆえ、壊れたわけではありませぬ、姉上。」
そう言って私はキーボードの Enter を軽く押す。
瞬く間に画面が明るさを取り戻し、同時に姉上の表情もふわりと晴れた。
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