滅理姉妹【偶数日更新】

週刊 なかのや

文字の大きさ
21 / 24
弐章

十九話 懸賞姉妹③

しおりを挟む
また逃げられた。
縁は思う。

逃げる姉上の背は、追い付けそうになるたびにするりと遠のく。
まるでこちらの速度を計ったかのように、さらに加速するのだ。
このままでは、決して届かない。

私は立ち止まり、息を整えた。
──何としても勝たねばならぬ。
何としても、姉上の唇を我が物にせねばならぬ。

胸に熱が灯る。恋慕と渇望が力へと変わる。
私は遠回りを選んだ。位置情報共有の術、──いや、アプリで姉上の進路は大体読める。
ならば次は横合いから叩けばいい。

木刀を肩に構え、腰を沈める。
魔力を血潮に巡らせ、筋肉を一気に灼熱させる。

「──無窮御剣流、 陽・炎鳥日脚よう・かちょうひきゃく!」

口走った技名とともに、私は壁へ蹴り込む。
衝撃の反動を力へと変え、再度踏み込み、刃を突き出す。
炎鳥が壁を渡り飛び移るが如く、通りに壁がある限り、私は止まらない。
身体を捻り、回転を加えて方向を変え、まるで炎が翔けるように街上空を駆け抜ける。

魔力で強化された肉体は、人の身を超えた速さを発揮した。
才牙姉上の想定を凌駕し、私はその横合いへと飛び出す。

「またお会いしましたね──姉上ッ!」

木刀が横薙ぎに閃く。
狙いは頬でも肩でもない。たとえ布一枚であろうと、触れれば「勝ちへの道」に近付けるのだ。

刃風が才牙の服をかすめ、裂け目を残す。
ほんの一瞬、
──あと一歩で、姉上の体を抱き締められる距離。


──突如、私と姉上の真ん中に、漫画喫茶で投げ込まれた爆発物と同じ形のものが落ちた。

「ッ──!」

咄嗟のことに、昨日のように魔力で包み斬伏せるのは不可能。
しかも私は木刀を振り抜いた直後で、体勢が悪い。
爆炎を受けると思った瞬間──

姉上が動いた。
持っていた木刀で爆発物を空高く搗ち上げる。
次の刹那、上空で炸裂音が響き渡った。

「縁!」

姉上は私の手を掴むや否や、そのまま私を──お姫様抱っこした!

あ、あね、姉上の整ったお顔がこんなにも近くに……拙者、これはもう死んでしまいまする……!

と、思う間もなく優しく地に下ろされた。

「縁、分かっていると思うが敵だ。一時休戦としよう。」
「敵の数が分からぬ今、単独行動はさせられん」

私の前に立ち塞がる姉上の背は、何よりも頼もしい。

しかし爆発物を投げた者は姿を現さない。
昨日の敵は確かに姉上が討った。
だが同じ形の爆発物を使う者が他にいる。つまり敵は複数……もしくは、この爆弾そのものが量産品。

そう考えを巡らせた瞬間──
姉上と私の両脇に、同時に四つの爆発物が現れた!

「姉上、これは魔術でしょうか!」

問いながら、私は木刀を二連撃で振るい、二つを叩き斬る。
姉上も同時に薙ぎ払い、残りを処理。

四方で小爆発が連鎖し、煙と風圧が私達を包み込む。
だが微動だにせず、私達姉妹は視線を交わし、木刀を消す。

そして同時に、魔術腕輪から自身らの愛刀を呼び出した。
刃が鞘から走り出す鈍い金属音が、周囲の空気を裂く。

──戦闘開始だ。

「恐らく、術者には投げた物体が見えているのだろう。そして、爆発する直前にこちらからも視認できる仕組みだ」
「姿を隠してはいるが、それ程遠い場所には居ないはずだ」

姉上の的確な状況判断を聞きながら、私は《陽禍》を発動した。
しかし──強風。
周囲の情報は乱され、ほとんど拾えない。
ならば別の手だ。

爆発物そのものに纏わせたであろう魔力の微細な残滓──
風がどれだけ強かろうと、それは投げた者へと続く。
私は目を細め、線を追った。

「……敵の大体の位置を特定しました故、次の爆発に合わせ挟み撃ちとするでござる」

小声で姉上に告げる。

直後──またしても爆発物が視界に出現。
姉上は刹那の間も置かずに斬り払った。
その瞬間、私と姉上は爆風を背に走り出す。

私は左斜め前方へ。
姉上は右斜め前方へ。
獲物を包囲する双牙のように。

当然、敵も人間。動くだろう。
しかし、姉上の斬撃がそれを許さない。

「虎の尾を踏んだのだ…逃げられる訳が無い」
「見えずとも大体この辺りにいるのだろう」

姉上が魔力を纏わせた斬撃を、超速で十連発。
黒い三日月のような斬閃が嵐のように飛び交う。

必然的に、敵は突如の窮地に追い込まれる。
回避しようとすれば隠れていた位置が僅かに露呈する。
そして動揺は思考を狂わせ、身体に出る。

──焦りを逃さぬのが、我ら姉妹の狩り口だ。

敵の輪郭が視えた。
奴は隣の工事中のビルへ跳躍。

──逃がすものか。

私は同じ軌道を飛び、着地の刹那を狙い定める。

「──無窮御剣流、 陽・燼天照よう・じんてんしょう!」

六方同時の刺突。
魔力強化を限界まで高めた一息の連撃。
床ごと貫き、敵を巻き込み、建物は呻くように崩落した。

瓦礫と共に内部へと落ちていく。
天井の穴の脇から姉上の声が響いた。

「縁!聞こえるか!」
「返事をしろ!」

焦りを孕んだ声、それだけで心臓が温かくなる。

「拙者は無事故!姉上は他に敵がいないか、周囲のご確認を!」

叫び返し、私は即座に刀を構えた。

土煙が舞い、視界は閉ざされる。
だが──この空間は私の領域だ。

《陽禍》。

一瞬で、世界が凪いだ。
空気の震え、土埃の流れ、敵のわずかな呼吸の揺らぎ。
全てが予兆として私の脳に零秒の遅延なく刻まれる。

投げられた爆発物が現れる。
しかし、私の服を掠めることすらない。
爆風も、金属片も、土埃すら──
私を傷つけることは万に一つ有り得ぬ。

ただ一歩、また一歩。
敵へと近づく。

……姉上が私を案じて叫んで下さった。
その事実が、この身体をさらに研ぎ澄ます。
誰であろうと、この場で私に触れることは許されぬ。

──姉上を失う可能性があるならば、尚更。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

処理中です...