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弐章
十九話 懸賞姉妹③
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また逃げられた。
縁は思う。
逃げる姉上の背は、追い付けそうになるたびにするりと遠のく。
まるでこちらの速度を計ったかのように、さらに加速するのだ。
このままでは、決して届かない。
私は立ち止まり、息を整えた。
──何としても勝たねばならぬ。
何としても、姉上の唇を我が物にせねばならぬ。
胸に熱が灯る。恋慕と渇望が力へと変わる。
私は遠回りを選んだ。位置情報共有の術、──いや、アプリで姉上の進路は大体読める。
ならば次は横合いから叩けばいい。
木刀を肩に構え、腰を沈める。
魔力を血潮に巡らせ、筋肉を一気に灼熱させる。
「──無窮御剣流、 陽・炎鳥日脚!」
口走った技名とともに、私は壁へ蹴り込む。
衝撃の反動を力へと変え、再度踏み込み、刃を突き出す。
炎鳥が壁を渡り飛び移るが如く、通りに壁がある限り、私は止まらない。
身体を捻り、回転を加えて方向を変え、まるで炎が翔けるように街上空を駆け抜ける。
魔力で強化された肉体は、人の身を超えた速さを発揮した。
才牙姉上の想定を凌駕し、私はその横合いへと飛び出す。
「またお会いしましたね──姉上ッ!」
木刀が横薙ぎに閃く。
狙いは頬でも肩でもない。たとえ布一枚であろうと、触れれば「勝ちへの道」に近付けるのだ。
刃風が才牙の服をかすめ、裂け目を残す。
ほんの一瞬、
──あと一歩で、姉上の体を抱き締められる距離。
──突如、私と姉上の真ん中に、漫画喫茶で投げ込まれた爆発物と同じ形のものが落ちた。
「ッ──!」
咄嗟のことに、昨日のように魔力で包み斬伏せるのは不可能。
しかも私は木刀を振り抜いた直後で、体勢が悪い。
爆炎を受けると思った瞬間──
姉上が動いた。
持っていた木刀で爆発物を空高く搗ち上げる。
次の刹那、上空で炸裂音が響き渡った。
「縁!」
姉上は私の手を掴むや否や、そのまま私を──お姫様抱っこした!
あ、あね、姉上の整ったお顔がこんなにも近くに……拙者、これはもう死んでしまいまする……!
と、思う間もなく優しく地に下ろされた。
「縁、分かっていると思うが敵だ。一時休戦としよう。」
「敵の数が分からぬ今、単独行動はさせられん」
私の前に立ち塞がる姉上の背は、何よりも頼もしい。
しかし爆発物を投げた者は姿を現さない。
昨日の敵は確かに姉上が討った。
だが同じ形の爆発物を使う者が他にいる。つまり敵は複数……もしくは、この爆弾そのものが量産品。
そう考えを巡らせた瞬間──
姉上と私の両脇に、同時に四つの爆発物が現れた!
「姉上、これは魔術でしょうか!」
問いながら、私は木刀を二連撃で振るい、二つを叩き斬る。
姉上も同時に薙ぎ払い、残りを処理。
四方で小爆発が連鎖し、煙と風圧が私達を包み込む。
だが微動だにせず、私達姉妹は視線を交わし、木刀を消す。
そして同時に、魔術腕輪から自身らの愛刀を呼び出した。
刃が鞘から走り出す鈍い金属音が、周囲の空気を裂く。
──戦闘開始だ。
「恐らく、術者には投げた物体が見えているのだろう。そして、爆発する直前にこちらからも視認できる仕組みだ」
「姿を隠してはいるが、それ程遠い場所には居ないはずだ」
姉上の的確な状況判断を聞きながら、私は《陽禍》を発動した。
しかし──強風。
周囲の情報は乱され、ほとんど拾えない。
ならば別の手だ。
爆発物そのものに纏わせたであろう魔力の微細な残滓──
風がどれだけ強かろうと、それは投げた者へと続く。
私は目を細め、線を追った。
「……敵の大体の位置を特定しました故、次の爆発に合わせ挟み撃ちとするでござる」
小声で姉上に告げる。
直後──またしても爆発物が視界に出現。
姉上は刹那の間も置かずに斬り払った。
その瞬間、私と姉上は爆風を背に走り出す。
私は左斜め前方へ。
姉上は右斜め前方へ。
獲物を包囲する双牙のように。
当然、敵も人間。動くだろう。
しかし、姉上の斬撃がそれを許さない。
「虎の尾を踏んだのだ…逃げられる訳が無い」
「見えずとも大体この辺りにいるのだろう」
姉上が魔力を纏わせた斬撃を、超速で十連発。
黒い三日月のような斬閃が嵐のように飛び交う。
必然的に、敵は突如の窮地に追い込まれる。
回避しようとすれば隠れていた位置が僅かに露呈する。
そして動揺は思考を狂わせ、身体に出る。
──焦りを逃さぬのが、我ら姉妹の狩り口だ。
敵の輪郭が視えた。
奴は隣の工事中のビルへ跳躍。
──逃がすものか。
私は同じ軌道を飛び、着地の刹那を狙い定める。
「──無窮御剣流、 陽・燼天照!」
六方同時の刺突。
魔力強化を限界まで高めた一息の連撃。
床ごと貫き、敵を巻き込み、建物は呻くように崩落した。
瓦礫と共に内部へと落ちていく。
天井の穴の脇から姉上の声が響いた。
「縁!聞こえるか!」
「返事をしろ!」
焦りを孕んだ声、それだけで心臓が温かくなる。
「拙者は無事故!姉上は他に敵がいないか、周囲のご確認を!」
叫び返し、私は即座に刀を構えた。
土煙が舞い、視界は閉ざされる。
だが──この空間は私の領域だ。
《陽禍》。
一瞬で、世界が凪いだ。
空気の震え、土埃の流れ、敵のわずかな呼吸の揺らぎ。
全てが予兆として私の脳に零秒の遅延なく刻まれる。
投げられた爆発物が現れる。
しかし、私の服を掠めることすらない。
爆風も、金属片も、土埃すら──
私を傷つけることは万に一つ有り得ぬ。
ただ一歩、また一歩。
敵へと近づく。
……姉上が私を案じて叫んで下さった。
その事実が、この身体をさらに研ぎ澄ます。
誰であろうと、この場で私に触れることは許されぬ。
──姉上を失う可能性があるならば、尚更。
縁は思う。
逃げる姉上の背は、追い付けそうになるたびにするりと遠のく。
まるでこちらの速度を計ったかのように、さらに加速するのだ。
このままでは、決して届かない。
私は立ち止まり、息を整えた。
──何としても勝たねばならぬ。
何としても、姉上の唇を我が物にせねばならぬ。
胸に熱が灯る。恋慕と渇望が力へと変わる。
私は遠回りを選んだ。位置情報共有の術、──いや、アプリで姉上の進路は大体読める。
ならば次は横合いから叩けばいい。
木刀を肩に構え、腰を沈める。
魔力を血潮に巡らせ、筋肉を一気に灼熱させる。
「──無窮御剣流、 陽・炎鳥日脚!」
口走った技名とともに、私は壁へ蹴り込む。
衝撃の反動を力へと変え、再度踏み込み、刃を突き出す。
炎鳥が壁を渡り飛び移るが如く、通りに壁がある限り、私は止まらない。
身体を捻り、回転を加えて方向を変え、まるで炎が翔けるように街上空を駆け抜ける。
魔力で強化された肉体は、人の身を超えた速さを発揮した。
才牙姉上の想定を凌駕し、私はその横合いへと飛び出す。
「またお会いしましたね──姉上ッ!」
木刀が横薙ぎに閃く。
狙いは頬でも肩でもない。たとえ布一枚であろうと、触れれば「勝ちへの道」に近付けるのだ。
刃風が才牙の服をかすめ、裂け目を残す。
ほんの一瞬、
──あと一歩で、姉上の体を抱き締められる距離。
──突如、私と姉上の真ん中に、漫画喫茶で投げ込まれた爆発物と同じ形のものが落ちた。
「ッ──!」
咄嗟のことに、昨日のように魔力で包み斬伏せるのは不可能。
しかも私は木刀を振り抜いた直後で、体勢が悪い。
爆炎を受けると思った瞬間──
姉上が動いた。
持っていた木刀で爆発物を空高く搗ち上げる。
次の刹那、上空で炸裂音が響き渡った。
「縁!」
姉上は私の手を掴むや否や、そのまま私を──お姫様抱っこした!
あ、あね、姉上の整ったお顔がこんなにも近くに……拙者、これはもう死んでしまいまする……!
と、思う間もなく優しく地に下ろされた。
「縁、分かっていると思うが敵だ。一時休戦としよう。」
「敵の数が分からぬ今、単独行動はさせられん」
私の前に立ち塞がる姉上の背は、何よりも頼もしい。
しかし爆発物を投げた者は姿を現さない。
昨日の敵は確かに姉上が討った。
だが同じ形の爆発物を使う者が他にいる。つまり敵は複数……もしくは、この爆弾そのものが量産品。
そう考えを巡らせた瞬間──
姉上と私の両脇に、同時に四つの爆発物が現れた!
「姉上、これは魔術でしょうか!」
問いながら、私は木刀を二連撃で振るい、二つを叩き斬る。
姉上も同時に薙ぎ払い、残りを処理。
四方で小爆発が連鎖し、煙と風圧が私達を包み込む。
だが微動だにせず、私達姉妹は視線を交わし、木刀を消す。
そして同時に、魔術腕輪から自身らの愛刀を呼び出した。
刃が鞘から走り出す鈍い金属音が、周囲の空気を裂く。
──戦闘開始だ。
「恐らく、術者には投げた物体が見えているのだろう。そして、爆発する直前にこちらからも視認できる仕組みだ」
「姿を隠してはいるが、それ程遠い場所には居ないはずだ」
姉上の的確な状況判断を聞きながら、私は《陽禍》を発動した。
しかし──強風。
周囲の情報は乱され、ほとんど拾えない。
ならば別の手だ。
爆発物そのものに纏わせたであろう魔力の微細な残滓──
風がどれだけ強かろうと、それは投げた者へと続く。
私は目を細め、線を追った。
「……敵の大体の位置を特定しました故、次の爆発に合わせ挟み撃ちとするでござる」
小声で姉上に告げる。
直後──またしても爆発物が視界に出現。
姉上は刹那の間も置かずに斬り払った。
その瞬間、私と姉上は爆風を背に走り出す。
私は左斜め前方へ。
姉上は右斜め前方へ。
獲物を包囲する双牙のように。
当然、敵も人間。動くだろう。
しかし、姉上の斬撃がそれを許さない。
「虎の尾を踏んだのだ…逃げられる訳が無い」
「見えずとも大体この辺りにいるのだろう」
姉上が魔力を纏わせた斬撃を、超速で十連発。
黒い三日月のような斬閃が嵐のように飛び交う。
必然的に、敵は突如の窮地に追い込まれる。
回避しようとすれば隠れていた位置が僅かに露呈する。
そして動揺は思考を狂わせ、身体に出る。
──焦りを逃さぬのが、我ら姉妹の狩り口だ。
敵の輪郭が視えた。
奴は隣の工事中のビルへ跳躍。
──逃がすものか。
私は同じ軌道を飛び、着地の刹那を狙い定める。
「──無窮御剣流、 陽・燼天照!」
六方同時の刺突。
魔力強化を限界まで高めた一息の連撃。
床ごと貫き、敵を巻き込み、建物は呻くように崩落した。
瓦礫と共に内部へと落ちていく。
天井の穴の脇から姉上の声が響いた。
「縁!聞こえるか!」
「返事をしろ!」
焦りを孕んだ声、それだけで心臓が温かくなる。
「拙者は無事故!姉上は他に敵がいないか、周囲のご確認を!」
叫び返し、私は即座に刀を構えた。
土煙が舞い、視界は閉ざされる。
だが──この空間は私の領域だ。
《陽禍》。
一瞬で、世界が凪いだ。
空気の震え、土埃の流れ、敵のわずかな呼吸の揺らぎ。
全てが予兆として私の脳に零秒の遅延なく刻まれる。
投げられた爆発物が現れる。
しかし、私の服を掠めることすらない。
爆風も、金属片も、土埃すら──
私を傷つけることは万に一つ有り得ぬ。
ただ一歩、また一歩。
敵へと近づく。
……姉上が私を案じて叫んで下さった。
その事実が、この身体をさらに研ぎ澄ます。
誰であろうと、この場で私に触れることは許されぬ。
──姉上を失う可能性があるならば、尚更。
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